モノクロ
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少年は言った。
世界なんかつまらない。だから、旅するのさ。
『モノクロ』
田舎町。
そう表現するのが一番しっくりくるような、そんな町だった。
道行く人はまばらで、しかしその大半が愛玩用なのか護身用なのか、
モンスターボールから解放されたポケモンを伴って歩いている。
春であれば、町中に植えられた樹木が枝いっぱいに淡いピンクの花を付け、
それは見事な景色になるそうだが。
夏も終わりに近づいたこの時期には特にこれといった見所もなく、
木陰を通り過ぎる風が心地よいばかりである。
少年がこの町を訪れたのは昨日の夕刻、ほぼ日も暮れて、夜の影がゆるやかに空を覆い始めた頃だった。
目も髪も、服まで漆黒をまとった彼は、闇にとけるように町を歩く。
日が短くなったな、と誰にでもなく呟くと、
唯一それを聞いていた彼のパートナー・・・一般的な名をあげるならニューラ、が、短く鳴いて答えた。
その声の意味するところを、彼が知るよしはなかったが。
それから夜が明けて、彼はまずフレンドリィショップを探した。
食料と傷薬が尽きかけていた。
特に前者は割と深刻で、言ってしまえば一つ前の町での購入を、忘れていたのである。
その町からこの次の町まで直で行くつもりだったのを、急遽この町に立ち寄った理由は主にそれである。
そして、お目当ての店がこの町に存在しない事に少年が気付いたのは、
ずいぶんと日が昇ってからだった。
田舎町だからなぁ。必要なときは、西に三日くらい歩いたところにある町でまとめ買いするんだよ。
少し困った顔でそう言った青年は、一瞬途方に暮れた少年を哀れに思ったらしい。
ちょっと待ってて、と言い残した数分後、戻ってきたその腕には、傷薬の類がいくつか抱えられていた。
いわく、食料は町の雑貨屋で一応売ってるけど、こればっかりはこの町じゃ手に入らないから。
あげるよ、と差し出された傷薬を受け取る前に、代金を払おうとした少年を、青年は笑って制した。あげるよ。
柔和な顔立ちの彼は戸惑った少年の腕に無理矢理傷薬を突っ込んで、お礼も言う前にさっさと手を振って行ってしまった。
相当懐いているらしい彼のロコンが、その横を楽しそうに歩く。
一人と一匹の後ろ姿を眺めながら、少年は呟いた。変な人。
少なくとも三日は持つ量の食料を購入して、少年は町の出口付近を歩いていた。
この先は延々と森を歩くことになる。一応、切り開かれた『道』ではあるが。
町の終わりを示す看板・・・消えかかった字でようこそ、と書いてある・・・の付近に、一人の少女がいた。
身長は少年よりずっと低い。頭の位置が恐らく彼の胸ぐらいで、
ほとんど白に近いのではないかと思われる銀色の髪が風になびいていた。
白いワンピース。向こう側に広がる森の緑とのコントラストが目に痛い。
こんにちわ。少女が言った。少年が同じ言葉を口にすると、少女はにっこり笑った。
お兄ちゃん、ポケモントレーナー?
そのポケモン、何てポケモン?
旅をしているの?
矢継ぎ早に発せられた質問に、少年は一つ一つ丁寧に答えた。
にゅーら、と舌っ足らずに呼ばれた黒猫は、眉をひそめて小さく唸った。
もともと気難しいポケモンである。それでも、少女は楽しそうだった。
再び問いかける。旅は楽しい?
少年は答えた。今のところ、そうは思えないね。
少女が目を見開いて首を傾げた。どうして、と呟くように問う。
何処か遠くを見ながら、少年が答える。世界って、つまらないんだよ。
ポケモンはどこにでもいるし、人間はもっとそう。町だってどこも似たようなモノだ。
どこに行っても何の代わり映えもなく、目が疲れるほどの色がただ光っているだけ。
つまらないよ、本当に。白と黒だけの世界って、無いのかな。
ねえ、そんな世界、あったら面白いと思わない?
少女はしばらく目を瞬かせていたが、やがてふと、少年の服に目をやった。
それから自分の身なりを確かめて、小走りに少年の横に並ぶ。
その意図を図りかねている少年をよそに、スカートの両端を指先でつまんで、ふわり、と広げた。
白、と、黒。
ほら見て。
少女が笑う。これでモノクロ、と。
二人が並んだその空間。少年の肩でやり取りを見守る、ニューラの耳飾りは異端だ。
鮮やかな紅。少年は片方の手で、それを覆い隠した。
その手もまた、白くも黒くもなかったが。
ねえ、これで面白い? 少女の問い。
少年は空を仰いだ。青い。
羊雲がゆるやかに姿を変えてゆくのを見ながら、呟く。
世界なんかつまらない。だから、旅するのさ。
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