時計
雅糖 しょこらさんに感想を送る
時計
よく晴れた日だった。
砂漠の真ん中に一匹のフライゴンがたたずむ。そう、私だ。
大きな体を縮めて丸めて、握り締めた木片を正確に組み立てられるように。
私は工作に夢中だった。
大雑把で能天気な、とある血液型だとよく言われるのだが。とにかくそんな私がピリピリと神経を張り巡らせて何かに取り組むというのは、とても珍しいことであると自分でも思った。
数日前、大き目の砂嵐がやってきた。大きいと言っても、「砂漠の精霊」とも謳われる私にとってはただの心地よい風でしかない。ふわりと駆け抜けた風は、面白そうなものを持ってきてくれた。
ペン、枕、ブレスレットに・・・これはジテンシャのタイヤだろうか?
ふんふん・・・と一歩進み、確認をするたび感心した。
「人間とはなかなか面白い生き物だな。私たちのように炎や水を操ることは出来なくても、こうして物を作り出す力がある。ひょっとすると、これが彼らの“力”なのかもしれないな。」
ひととおり見学が終わろうかというとき、私の目に飛び込んできた小さな木片と、ガラスの破片。
私はそれらをしばらく見つめた後、辺りを見回した。
「これはいい。砂なら、いくらでもある。」
すっと木片とガラスを拾い上げ、言った。
「砂時計を。」
そして、今に至る。
「もう少し砂が少ない方がよかったか・・・。いやしかし、長い時間を計れるものはなかなか便利がいい。いやいや、短い時間を計るものも重宝する・・・。」
ガラスの中の砂たちは、出されたり入れられたりでさぞかしくたびれたことだろう。
ああ、私もくたびれたよ。だが、
「出来た」
「こんにちは。何が出来たんですか?」
思わずひっくり返りそうになるほど驚いてしまった。
振り返ると、にっこり笑ったカイリューが立っていた。
「あ、ああ・・・こんにちは。砂時計を作っていたんですよ。」
「砂時計・・・ほう、それは面白そうですね。少しばかり見せていただけませんか。」
「構いませんよ。」
ほう・・・とかへえ・・・とか感嘆の声をひっきりなしに呟きながら、彼は本当に楽しそうに時計を見た。
「あの・・・これはどうやって使うものなんですか?」
砂漠に住むものは、皆これで時間を知る。知らないということはつまり、
「旅人さん・・・ですか。少なくとも砂漠は初めてでしょう。」
「ええ。ずっと東の方から来ました。故郷は海ですから。」
「海ですか。いいですね・・・。もう何年眺めていないことやら。あの水平線は素晴らしい。」
「そうでしょう!?僕もそう思うんです!」
彼は嬉しそうに腕を組んだ。
「水ポケモンがたくさんいます。皆既のいい奴らばかりです。それから、海の中から見上げる太陽!手を伸ばしたらつかみ取れそうで・・・それから、」
潮風が気持ちよいこと、食べ物がおいしいこと、海底には宝があったりすること・・・彼の話はしばらく続いた。
「あっ、すみません。僕ばっかり喋って。」
「いいえ、構いませんよ。貴方は本当に故郷を愛しているんですね。」
「もちろんです。貴方もこの砂漠を愛しているでしょう?それと同じです。」
砂漠はどういったところがいいんですか?と聞かれた。
少し考えた後、私はのんびりできること、ゆっくり眠れること、夜の月を眺めながら詩を創るのはとても素敵なことだということを挙げておいた。言った後に、もう少し活発なことを言えばよかったと少し後悔した。
「そういえば、砂時計の話をしていたんでしたね。これはですね・・・」
手に持った小さな時計をくるりとひっくり返した。
さらさらと落ちていく砂の音に静かに耳を澄ませて。
「綺麗ですね。」
彼が言った。私もそう思う。我ながら、かなり良い出来だろうと思う。
砂が全て落ちた。空っぽのガラス上部には、横に伸ばされた私と彼がまぬけに映っていた。
私たちは思わず顔を見合わせ、笑った。
「なかなか素敵じゃないですか砂時計。僕は今まで行った町で花時計やはと時計、水時計なんかは見たことがあるんですが、これは初めてですね。大変気に入りました。」
「水時計?私はそっちを知らないですね。」
「そうでしたか。今ちょうど持っていますから、お見せしましょう。」
旅をしているにしては小さめのカバンのがま口をパチンとならした。
中から出てくる出てくる・・・地図やナイフは分かる。
しかし、風船、重たそうな辞書、完全に故障しているゲーム機、ポテトチップス数袋は旅に必要ないはずだが。
その中で、私の見たことのないものがあった。丸くて薄い、円盤のような・・・。
私の視線に気づいたのか、彼は円盤を拾い上げ、言った。
「これはレコードというものです。もう随分古いですが、まだ聴けると思いますよ。」
「聴ける?何かを聴くんですか?それで?」
「そうです。これだけでは無理ですが、専用の器械があれば今すぐにでも。」
時代も、変わったものですね。
私の小さな呟きが彼に聞こえたかどうかは分からない。
残念そうに肩を落とす彼を、私もまた残念に思った。
あんなに薄くて小さなもので音楽が聴けるのか。やるじゃないか人間。今回は実に残念だ。
「それじゃあ、今度ここを通りかかるときに聴かせてください。そのレコードとやらを。」
彼はゆっくり顔を上げ、そうしますと短く答えた。
その後、最近ではこれよりもっと小さなCDというのがあって、音楽を楽しむ環境がどんどんよくなっていることも加えた。
日が傾きかけてきた。砂漠は急に冷え込んでくる。
一息おいて、私は切り出した。
「あの・・・すごくありがちな質問をしてもいいですか?」
「構いませんよ。」
落ちていく夕日が私たちをオレンジ色で包み込んだ。
優しく微笑む彼が、少し遠くに見えた気がした。
「なぜ、旅をしているんですか。」
「ああ・・・よく聞かれます。それで、いつも同じように答えます。“知りたい”んです。とにかく色んなことを。何でもいい。町の人たちと話す、買い物をする、木の実を食べてみる。もちろん楽しいことばかりではないです。
助けてあげられない病気の子に会いました。
地震で崩れていく町々を見ました。
銃弾が飛び交っていくのを止められませんでした。」
私は黙って頷いた。
「でも、もっとたくさんのことを知りたい。楽しいことも、悲しいことも、腹が立つことも、嬉しいことも。そして、今ここにいることも。全部僕の大事な旅なんです。こんなに素敵な生活が、他にありますか?」
「よく分かりました。」
「・・・帰りたいと思わないのか?とか、いつまで続けるんだ?とか聞かないんですね。」
「そんなこと、聞かなくても分かります。“帰りたくなる時はある。でも、この道の先にもっと、もっと素晴らしい何かが待っているかもしれない。いつまで続けるかなんて、この道が決めることだ。”とか、キザなことを言うんでしょう?」
やっと見つけ出した水時計とやらを手に、彼は苦笑した。
見破られちゃいましたか、と少し悔しそうだった。
だけど、それは仕方のないことなんだよ。
だって、私も―――
「これはお恥ずかしい・・・旅の先輩に旅持論を偉そうに語ってしまうとは・・・。」
「ちょっと遊んでみたんです。」
「わざとですか。」
「ええ。旅にはユーモアが必要なんですよ。」
おどけて言った私の言葉に、はい、よく心得ておきますと返事が返ってきたときには、少し罪悪感を感じたが。
「この分だと、私は役者としてやっていけますかね?」
「それは・・・」
冷や汗と共に言葉を詰まらせながら、彼はそっと時計を置く。
それと同時に、プラスチックの壁の中の小さな水車が回る。くるくる、くるくる。
規則正しく時を刻む。空の澄んだ青色のような水の泡は、浮いては沈む。
私はそっと、砂時計をひっくり返した。
小さな2つの時計が動く。
同じ時を、刻む。
「僕も、いつか自分の居場所を見つけられるでしょうか。」
「望めば、ね。私はこの砂漠が気に入りました。静かで、明るくて、それでいて優しい。
ここは私の故郷ではありません。でも、私の故郷です。」
「故郷・・・ですか。やっぱり先輩の意見は重みがありますね。」
2人の旅人は、少し笑いあった。
「これからどちらへ。」
「そうですね・・・西の村へ向かいます。何でもウォーターフェスティバルとかいう大きなお祭りがあるみたいで。
それに参加してみようと思っています。」
荷物を整え終わった彼は、思い出したようにまたカバンをあさり、あの小さな時計を取り出し言った。
「交換、しませんか?」
2つの時計にそっと夕日が落ちていく。
オレンジに染まっていく。
「いいですよ。」
私は砂時計を渡し、代わりに水時計を受け取った。
2つの時計は、ほんのわずかにまた同じ時を刻む。
「会えてよかった。フライゴンさん。」
「私もですよ。」
私の手の中の水時計はいつまで回り続けるだろうか?
彼の手の中の砂時計はいつまで流れ続けるだろうか?
「それじゃあ!」
大きな翼を広げ、彼は空に狙いを定めた。
「よい旅を!」
私は故郷に残るけれど、
彼は旅に戻るけれど、
水泡は静かに浮き沈みを繰り返す。
砂はまだ流れているだろうか。
またいつか、小さな2つの時計が同じ時を刻めば良いなと思う。
そうであることを心から、願う。
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