MY WAY

空真さんに感想を送る


――― 先日、ウツギ邸に泥棒が入った。

「そいつ・・・・っ!そいつ、あろうコトか、私の、私のっ!!」

あのつぶらな瞳。なに考えているのかわからない表情。絶対、旅に出るならあの子って決めていたのに。

「ワニノコ盗んでいきやがった――――!!!!うわぁぁぁぁんっっ!!」
「いや、まだカナタのって決まってたわけじゃ・・・と、とりあえず落ち着いて?ね?」




******




お使いが重なって2週間ワカバを空けていた息子さんが帰ってくるなり、彼の服を涙と鼻水で汚したのは私ですゴメンナサイ。
と、お隣のおばさんが洗濯物をかける後姿に謝りながら、カナタはくるりと振り返る。
草原の上、赤いパーカーは着ていないけれど、黄色い帽子はいつもどおりの幼馴染が瞼を閉じて寝転がっていた。

「ねぇユウト」
「んー・・・・?」

しぱしぱ、と眩しそうに瞬きをして、ユウトはむくりとその体を起こした。
黒髪の下、金色の瞳が優しく瞬く。
これを見ると、心が落ち着いてしまうのは、カナタだけではあるまい。
現に、彼の手持ちになって2週間のヒノアラシもまた、その瞳を見てまた彼の膝の上に寝転び、まどろんでいる。
たった、2週間だ。2週間しか経っていないのに。
大きなお使いから帰ってきた彼は、カナタの知っていた彼とはどこか違って見える。
自分のいない間に、ウツギ博士からもらったヒノアラシはもうべたべたに懐いているし。
そう思ってちらりとヒノアラシに視線を向けると、彼は何もわからないといった様子で首を傾げる。

・・・・・きっとおそらく、カナタがあの服さえ汚さなければ、今日の朝にでも旅立つ気だったのだろう。
それだけは、泥棒に感謝である。ナミダヲダサセテクレテアリガトウ。

「どうしたの、カナタ?」
「・・・あんたさ、本当は、ヨシノのずっと向こうまで行ってきたでしょ」
「!!・・・・なんで?」
「今の驚いた顔でわかった」
「・・・カマかけた?」

そして僕は見事に掛かっちゃったのか、と諦めた様に呟いて苦笑し、母さんには内緒ね、といって人差し指を唇に当てた。
そういう仕草は、「黙っていて」の合図ではなく「これ以上聞かないで」の合図だと、彼女は知っている。
けれどカナタは黙らない。多分、ユウトはそれをちゃんとわかっている。

「どこまで?」
「んー・・・・コガネまで」
「そんなに!?!どうし・・・っ」

思わず荒くなった声を上げる口を押さえて、ユウトはおろおろと金色の瞳に動揺を浮かべた。

「しーっしーっ!!カナタ、声大きい!!」
「あ、ごめん。それで、なんで?どうして?」
「うーん・・・・・・言わなきゃ、だめ?」
「だめ」
「どうしても?」
「どうしても!」
「だって言うと・・・カナタ着いて来るって言うからなぁ・・・」
「言わなくたって、着いてくから」

これに関しては、もう決めてある。
ユウトが直ぐに旅立つつもりだったのだと風の噂に聞いたときから、絶対に私も行こうと、カナタは決めていた。
ただし、親に了解を取るのは、今夜である。

「だめだよ、旅は危ないんだよ?」
「ユウトに出来て私に出来ないことは無い!!」
「また・・・・その通りかもしれないけど・・・でも、さ、やっぱり女の子の一人旅は大変だよ」
「どうして、“一人旅”なの?・・・・・・・・・・いつものユウトなら、そこで私を一緒に連れて行くのを選択するのに」

変わってしまった?いや、本質はそのまま。そう、彼の優しい瞳が語っている。
彼女のやりたいことを認めてくれる、きっと大丈夫だよと背中を押す。
―――いつだって、彼だけはカナタの味方だった。
なら何が変わったのか。何が彼を急がせる。・・・・・・幼馴染を、置いて行くほどの、何が。

「わかった、理由、話すよ。でも、僕の旅に、カナタは連れて行けない」
「私が勝手に足跡を追うから、いいよそれでも。・・・・・・何があったの?」
「一言で言うなら、“泥棒を追いかけていた”」
「!!」

驚きに、カナタの瞳が見開かれる。
口がトサキントの様にパクパクと動き、けれど放つべき言葉が見つからずに、結局、首を傾げた。

「でも彼は、泥棒、じゃ、無い」
「・・・彼って、・・・・ワニノコ、盗ってったやつ?」
「・・・・・うん」

フツ、と、カナタの心の何かに火が点いた。
ふつふつ、とそれは何かを煮え滾らせる。
それが怒りだと認識する前に、彼女はその荒れた気持ちを、目の前の少年にぶつける。

「何で!!どうしてそんな奴の肩持つの!!ワニノコ盗ったってことは、どんな理由があっても泥棒なんだよ?!」
「うん・・・・・わかってる」
「わかってるならどうして!!」

いつの間にか、辺りにはだれもいなくなっていた。
ユウトの母親は洗濯が終わったのか家に入っているし、彼のポケモンは呑気に少し離れた所で蝶々を追いかけている。
カナタの荒声に流石に振り向きはしたが、主人が小さく首を振ったのを見て、遊びを続行する。

「彼・・・・彼はね、背負ってるものが、あるんだ。
 泥棒したのは悪いことだ。ワニノコは、いつか返してもらわなきゃいけない。
 でもね、ワニノコは、その彼に懐いてる」
「!!!」
「彼はその上、僕のことも何度も助けてくれた。
・・・・・・僕が無事にワカバに帰って来られたのは、半分以上あいつのおかげなんだ」

あいつ、だなんて、親しげに。
悔しいと思う間も、間違ってると思う間もなかった。
何より、ユウトが思うことを間違ってるなどとは、到底思えない。
彼の瞳は何より真っ直ぐで、ずっと一生、“間違ったこと”はしないだろう。
彼にとって、間違っていることは、しないだろう。

「その彼を、助けに行くんだね?」
「うん」
「・・・・・・私を連れてはいけないって、そういうことだね」
「うん。・・・・カナタはまだ、ポケモンを知らないから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかってる」

2週間、たった2週間の差が、広く遠い。
私も旅をしたい、それは憧れの気持ちだった。
けど、・・・・けど今は。

強くなった金色の輝きを真っ直ぐに見据え、カナタは何も言わずに、佇んでいた。





******





「カナタちゃん、ごめんっ!」

それから3日後、2日2晩にも及ぶ壮大な親子喧嘩の後、旅立つ権利をGETした若きトレーナーは、いきなり謝られていた。
目の前でぺこぺこと何度も頭を下げる若い博士は、チコリータの入ったボールを彼女の手に渡しながら言った。

「そのチコリータ、やっぱりどうしてもぜんぜん懐いてくれないみたいなんだ・・・・・
それで、調べてみたら、どうやらこの子もう自分の親を心に決めちゃってるみたいで。
 アサギシティは知っているかい?そこに住んでいる女の子が昔このワカバに住んでいてね、チコリータがすごく懐いちゃっていたんだ。
 それがあの子突然アサギシティに引っ越すことになってね・・・チコリータも着いて行きたがったんだけど、女の子は、年端も行かない自分が引き取るわけに行かないって
 泣く泣く別れた二人・・・あ、いや一人と一匹なんだよ・・・・・・・。それでやっぱりその子しかいないって・・・・・・」

申し訳無さそうに説明を続けるウツギ博士をよそに、カナタは少し年季の入ったボールの中を覗き込み、行こうか、と声を掛けた。
軽く空に放り上げると、黄緑色の体が地面に降り立つ。

「じゃぁ、最初の目的は、アサギシティかな!」

にっと、足元に笑いかける。
そこには、3日前一足先にまた旅立ったユウトに貰った卵から、孵ったばかりの、イーブイ。
元気よく返事をするなり、チコリータの元に駆け寄っていって飛び掛る。
やんちゃ盛りもいいところだが、軽くチコリータがいなしている姿がおかしくて、一頻り笑う。

――― 旅に出るから。

その一点張りで、親の反対を押し切ってきた。

旅に出て、強くなりたい。
分かり合える、強さが欲しい。
そう、彼のような、強さが、欲しい。



その旅の中で、彼と、そして恨んでも恨みきれない“泥棒”と、深く係わり合い、また、何よりも“大切なモノ”を得ることになるとは、彼女はまだ知らない。



踏まれてもまた柔らかくしなって天を向く若葉の絨毯を駆け抜け、ワカバタウンを飛び出した。
彼女たちの旅はまだ始まったばかりである。

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