イチゴウタ。

わたぐもさんに感想を送る


日が昇る。夜を旅する彼は、もう眠る時間だ。
目を閉じて、眠りに落ちる寸前・・・ふと、旅に出たばかりの頃の記憶がよみがえる。


やや間を置いて、呟いた。


「・・・彼女の名前は、何だったっけ?」




‥‥ イチゴウタ。 ‥‥




月のない夜だった。
星明かりだけが暗い森を照らしている。
ふいに、ざわ、と草木が波打った。

風が吹いた。

舞い上がる。
何がって、彼女が。

「キミも旅ポケモン?」
「そうよ」
「よくそんなんで旅できるね」
「仕方ないでしょ、ワタッコなんだから」

通りすがりの旅ポケモンが、彼女に声をかけた。
やさぐれたような声音で返した彼女に、更に声をかける。

「どこまで行くの?」
「さあ? 風に聞いてよ」
「どうやって?」
「私に聞かないで」

どうやらゆくあても特にないらしい事を悟ると、
通りすがりの旅ポケモン、レディアンは少し怪訝な顔をした。
本当に、どこに行くか分からないで飛んでいるのだろうか。

「そうよ」

にべもなく返す彼女に、思わず嘆息する。
一応目的を持って旅する彼にしてみれば、それは旅ではなくただの放浪である。
と、そう言ったらむっとした顔で睨まれた。

「目的なんかなくても旅は旅よ。今までいろんな所に行ったわ。
夜の海に輝くランターンの群れはそりゃあキレイだったし、
山の上の一面に白い花が咲いているのを見た事もあるわ。
その場所にずっと止まっていたいと思うような場所にも何度も巡り会った。
でも風は止まってる事なんかできないから、全部お別れして、そして」

今ここにいるのよ、と。
そう言った彼女は誇らしげに胸を張った。
もっとも、それはレディアンには理解できない誇りだったが。

「・・・よく、分かんないや」
「ああそうね、期待してないわ。最初から。・・・それより、いつまで付きまとうつもりよ」
「だって夜に飛んでるポケモンって珍しいじゃないか。
街にはヤミカラスやヨマワルがいるけど、彼らと付き合うとロクなコトないし」

星明かりをエネルギーに飛ぶレディアンは、いつでも夜の空を行く。
今夜は月もなく、彼の調子はすごぶる良い。
そんな夜に同じ旅ポケモンに出会えば、多少なりともテンションは上がるというものだ。
ただ一つ、疑問が残るとすれば、ワタッコという種族がバリバリの昼行性であることだろうか。

「キミは、どうしてこんな夜に?」
「ふん。あんたは夜しか飛べないものね。私は時間なんて関係ないわ。
いついかなる時でも、私は旅ポケモンなんだから」
「いついかなる時でも?」
「いついかなる時でも」

ふ、と風が消える。ゆっくりと高度を落とし始めた彼女にあわせて、レディアンの羽ばたく音も変わる。
そして彼女が、不快そうに叫んだ。

「だから、どこまで付いてくる気よ!?」
「だって、一人は寂しいよ?」
「旅ポケモンだもの、当たり前でしょ! 寂しいと思うんなら旅する資格なんかないわ!」
「でも集団で旅するポケモンもいるし」
「あんなの旅ポケモンじゃないわ、ただの集団移民じゃない」
「いいじゃん、夜中飛ぶんだろ? 仲良くしようよ。僕、エーアトベーレっていうんだよ」
「何それ、名前? ・・・長いわよ」
「じゃあベリィでいいよ」

いつの間にかレディアンのペースになっている事に、気付いているのかいないのか。
両手を忙しく動かす彼女の表情は見えない。
せめて月明かりがあれば良いのに、と思って、すぐに自分が今絶好調な事を思い出して、少し笑った。
振り返った彼女が怪訝な声を上げる。

「何笑ってるの?」
「うんまあ、ちょっとね。笑いたくなった」
「はあ? ・・・変なポケモン」
「ねえ、キミの名前は?」

問いかけたのとほぼ同時に、再び風が彼女の身体を舞い上げる。慌てて追いかけようとするが、速い。
雲さえ吹き飛ばす風、追いつけない。・・・もう、届かない。

「リート」

彼女の声が響く。レディアンの故郷の言葉に、そんな単語があった。
だがその意味はもう思い出せない。遠い昔に、置き去りにした記憶。

「・・・『Wiedersehen』!」

精一杯叫んだが、彼女に聞こえたかどうかは分からない。
聞こえたとしても、きっと忘れてしまうだろう。彼女なら。
レディアンもやがて忘れる。長い長い旅の途中、いつか。

それでもただ一つだけ、覚えておきたい事があるなら。

「僕も、・・・旅ポケモンさ。いついかなる時でも」

ただここに存在する、そのことすらも旅なのだと。
きっと彼女はそう言ったのだと、思うから。

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