故郷

あきはばら博士さんに感想を送る

実に三年ぶりの故郷だった。
僕はとうとう帰ってきた。
三年ぶりに見たこの光景は昔とまったく変わっていなかった。
昔、誰かが「安住を求める旅人にとって最も住みやすい所は他でもない、自分の故郷だ」と言っていたが。今あらためてそれは正しいと思った。
いままで旅してきたどこの町にも負けない素晴らしいところだと感じた。
両親にもこの帰郷は伝えていなかった。
栞織を驚かそうと思ったからだ。
今回の帰郷はほとんど栞織に会うためのものだった。




僕と栞織の出会いは今から八年前のことだ
栞織は僕の近所に住んでいる人見知りする女の子だった。
僕は前から栞織のことが気になっていた

でも、僕はバトルが好きな活動的に対して
栞織は引きこもりがちで、共通の趣味が全く無かった
それに、どうしても恥ずかしさが先行してしまって
話しかけることが出来なかった。

僕はなんとか栞織と話をしたいと三日三晩、考え抜いた末
《バトル》という同じ土俵に誘い出すことにした。

栞織はポケモンを持っていなかったので、
僕は何日も何日も森の中を歩いて、栞織にあげるポケモンを探した。
そして、とうとうピカチュウを見つけて、栞織にプレゼントした。

栞織はとても喜んでいた、僕も嬉しかった。
そこで僕は栞織に「バトルをしよう」と誘った。
栞織はあまり乗り気でなかったが、半ば強引な説得のかいあって
栞織は申し出を受けてくれた。

結果は………

栞織の完敗だった……。


まあ、無理もなかった。栞織はバトルに関して全くの初心者だ
勝ってしまったら僕の立場が無い。
僕は悔しがる栞織に今の対戦の悪かった点をいくつかあげて
それぞれの改良策をアドバイスした。
それを聞いた栞織は僕の手を握って
「また明日もやろうね」と言って、去って行った。
嬉しかった。



それ以来、僕は毎日栞織とバトルをした
栞織は毎回負けていた。
僕は栞織が負ける度に反省会を開いた
栞織の戦い方の悪いところピカチュウの動きの悪いところ、細々とチェックをして教えた
そして、僕のバトル仲間に紹介をしてたくさんの人と戦い、
タッグバトルの相手を務めることもあった。
栞織はだんだん強くなっていった
ポケモンバトルだけではなく、精神的にもだ。
引っ込み思案が治っていた。


栞織が初めて僕に勝った日は忘れもしない、五年前のことだ
いつもどおりの勝負を始める前に
「もし栞織が勝ったら。僕は恋人になってやるよ」
と、僕は冗談交じりでそう言った。すると栞織は
「本当!?約束するよね、忘れないでね!」
と興奮しながら答えた。僕はいままで栞織に好かれていたことを知って驚き隠せなかった。
考えてみればその通りだった、好きでもない男の子と毎日会ってバトルするわけないのだから。
僕は自分の鈍感さに笑った。
すぐにバトルは始まった
内心、栞織に負けてやりたいという気持ちもあったが
そんな気持ちは取っ払って、全力で勝負をした。
そんなことをしても栞織は喜ばないし、僕だって満足しない。
いつもどおりの全力投球
初めてのバトルの時からは考えられない激戦を繰り広げた
そして、フルバトルの末に最後までに立っていたポケモンは
栞織のライチュウだった。
僕は自分のポケモンを戻して、おめでとうと一言言おうとした時
突然、栞織が僕の胸に飛び込んできた。
僕はビックリしてバランスを崩したものの、なんとか持ちこたえた。
そして、耳元で呟いた
「ねぇ、約束でしょ、私が勝ったら恋人になってくれるって」
僕はやや赤面しながら答えた
「ああ、約束だ……」
片思いが両思いになった






三年前のこと、僕は旅に出ることにした。
栞織との両思いが叶った今、僕はもうひとつの夢、ポケモンマスターになる夢をかなえたかったからだ。
栞織は反対した、当然のことながら旅は危険で生きて帰れないものだったからだ。
ある調査によるとトレーナーが野生のポケモンに襲われて死んでしまう確立は60%らしい、
特に洞窟は危険だった、後ろから吸血鬼のゴルバットに一度でも噛まれてしまえば、あの世逝きだった。
それでも僕の意思は固かった、栞織もとうとう折れてくれた。
栞織も一緒について行きたかったそうだが、もともと病弱だったために町に残ることになった。

最後の別れの日に、栞織は最後のバトルを挑んできた。
もうこれで、最後になるかもしれないバトル
あの、戦いはじめた頃とはまったく次元の違うバトル
僕は五年間のすべての栞織との思い出をここに託して、楽しみながら戦った

最後は僕の勝利だった

バトルが終わり、夕焼けの中一人ぽつんと立っていた栞織の目から熱いものが流れ出ていた
「私以外の誰にも負けないで。そして必ず生きて帰ってきて……お願い……約束だよ……破ったら承知しないよ……」
栞織はそう言って、わあわあと泣き出した。
僕も目に込みあがる熱い感覚を堪え切れなかった。





そうやって旅立った僕は何度も死にそうな目に遭いながらも、各地を回ってマスターに成るべくバッヂ集めをした。
だが、どうしても最後のバッヂを手に入れることが出来ず、リーグにも参加できなかった。
しかし僕はそれでも満足だった、旅の最中でたくさんのことを見聞してたくさんのことを知った。
そして僕にはポケモンマスターになるよりもずっとずっと大切な存在があったからだ

予定より二年も帰りが遅くなってしまった。
着いたらまず、栞織に会おう。










男は乗っていたギャロップから降りて、町の中へ連れて歩いていった。
そのまま迷わずに恋人の家へ一直線に歩いていった
だが、そこには家は無かった
「(三年間の月日で引っ越したのかな?)」
と考えていると、後ろから懐かしい声が聞こえてきた。
「直人?直人なの?!」
直人と呼ばれた男は振り返った、あれから月日が過ぎ、髪も伸びて、だいぶ大人っぽい雰囲気に変わってはいたがそれは間違いなく栞織の姿だった。
栞織は走り出していた、涙を流しながら
そして二人は抱き合った
栞織は直人の胸に涙を流しながらこぶしを叩きつける
「バカバカ、何で早く帰ってきてくれないのよ・・・」
栞織は直人の胸に顔を埋めた
三年ぶりに抱いた栞織の体は、細く、やわらかく、あの思い出と寸分違わなかった
直人は、ゆっくりと栞織の頭をなでた
ちいさく、栞織は直人の暖かい胸の中で呟いた
「お帰りなさい・・・」





直人は栞織を、昔バトルしていたあの思い出の場所に誘った
そこで栞織に旅の思い出話を語った。
初めての戦で苦戦を強いられたこと
カルチャーショックを受けた瞬間
ウツボットに喰われそうになったこと
ニュースでやっていた事件の現場に行ってきたこと
いままで思い込んでいた常識が実は間違っていたこと
旅で知り合った人々のこと
死んでしまった人々のこと
それらの話を栞織は実に楽しそうに聞いてくれた
直人が夢を叶えられずに戻ってしまったことを謝っても
栞織は笑って許してくれた。

二人はまるで三年前までのあの頃に戻ったようだった
ただし、今回はバトルは無しだった。
そんなものが無くとも二人は通じ合っていた。

話も終盤にさしかかったところで、直人は切り出した。
「栞織……ずっといっしょにいてくれるよな」
栞織の手をそっと握った。
栞織はとても嬉しそうな表情をしたが、すぐに暗くなり
「……ごめんなさい……」
出てきた言葉は断りの返事だった
「……どうして?……何があったんだ?!……」
直人は予想外の返事に戸惑いを隠せず、栞織を問い詰めた。
栞織は泣きそうな声で言った
「私……もう、この世にいないの…」
「え……?」
「つい、一年前にうちが火事にあってね…その時、直人との思い出のものを部屋に忘れてしまったの
急いで取りに戻ったんだけど…どうしても出るのが間に合わなくて…死んじゃったの」
「…そっ…そんな……」
栞織の姿が透けてきていることに、直人は気付いた
「待っていると言っていたじゃないか…僕は約束通り戻ってきたというのに…」
「ごめんなさい…でも、直人なら私がいなくともちゃんとやっていけるよね」
いつのまにか、直人の頬にも熱いなにかが流れていた。
「直人にはいままで旅をしてきた仲間がいるだろうし、一人じゃないよ」
「栞織……」
「元気でね、私の愛する直人」
「栞織ぃぃぃぃ―――――!!」
直人の腕が空を切った。
栞織がさっきまでいた場所には古いモンスターボールが残された。
かつて、直人が「帰ってくるまで預かって欲しい」といって栞織に渡した
二人の思い出の品だった。


男はただそこに立ち尽くすだけだった。

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