桜 『前編』
無々さんに感想を送る
―――…素敵です―――
―――…ありがとう―――
桜 前編
とある森に、一匹のニューラがいた。大きな桜の木の根本の洞穴が彼の住居。彼の名は、ギシャ。彼はいつも独りであった。けれども、周りはそうしようと望んでいたし、彼自身もそれを望んでいた。
今、桜は満開。それを眺めているのが彼の最近の日課である。今日も、青い空をバックに桜を眺めようと外に出、空を仰ぐ。…ギシャは顔を顰めた。
「…誰だ…?…御前は…。」
一番太い枝にちょこんと座っていたのは、一匹のアゲハント。アゲハントはギシャに気が付くと、軽く頭を下げた。
「此処は…貴方の家ですか?」
大きな青い目を輝かせ、丁寧で落ちついた口調で尋ねる。それに対し、正にぶっきらぼうなのはギシャの返事。
「…質問に質問を返すな。」
アゲハントは少し、たじろいだが、直ぐに
「…失礼しました。」
と、謝罪した。
「私はロナ…。見ての通り、アゲハントです。…貴方は?」
「…俺はギシャ。…御前の質問に答えると、此処は俺の家だ。」
「…そうですか…。すみません…、あまりにこの桜が綺麗だったからつい…」
ギシャの変わった形の耳がぴく、と動く。
「…この桜が綺麗だと思うのか?」
ロナは一瞬、きょとん、と目を丸くしたが、ええ、とても綺麗です、と頷き、桜の花をうっとりと眺めた。それを見て、ギシャは怪訝そうな顔をした。
「この綺麗な色は、この根の下に埋まっている生きものの血を吸って色づいている。…この木は吸血鬼だ。…この辺では有名な話だ。」
「…それじゃあ…血の色はとても綺麗なんですね。」
今度はギシャが、きょとんとする番だった。綺麗だと?血の色が?吸血鬼だろ、怖いとか思わないのか?
「…変な奴…。」
「それはお互い様です。」
知らない間に、二匹は微笑していた。
日が経つうちに、ギシャは気づいた。ロナの立派な羽根が一枚無いことに。右の後ろの羽根が無かったのだ。生まれつきですよ、と彼女は笑っていたが、ギシャはどうしてもそれが気になった。此処まで飛んできたのか、と聞くと、ロナは、私、結構根性あるのよ、と笑っていた。
「…羽根の色…綺麗だな…。」
ある日、ギシャはまじまじとロナの羽根を見つめていった。ロナは頬を桜色に染めて、ありがとう、と言った。
「羽根の色…褒められたの初めて。嬉しい。」
あんまり嬉しそうに笑うもんだから、ギシャの顔も桜の花のように淡い赤に染まる。照れてるの?とロナが尋ねると、ギシャは、そうかもな、とそっぽを向いた。誰かを褒めたのは初めてだった。…なんか…良かった…。
照れ隠しに、ちょっと行ってくると言い残し、その場から逃げるように歩き出す。
「何処に行くんですか?私も一緒に行ってもいいですか?」
ロナはギシャの後ろ姿に問いかけた。時々、ギシャは居なくなる。そしてそのたびそのたび、ロナはこの質問をするのだった。ギシャの答えは決まってNO。駄目だ、と首を振り、そのまま足早に立ち去るのだ。そんな時は、どうしても淋しくなる。
好きだから、一緒にいたいのに。
好きだから、もっと知りたいのに。
どうして貴方はそれを拒むの?
…やはり、今日の答えもNOだった。ロナは膨れて、彼が見えなくなるのを待った。彼女の好奇心だろう。今日は…今日こそは、ギシャが何をしているのか見てやる。そう心に誓い、こそこそと、3枚の羽根で宙を舞い、彼の後を追った。
彼が足を止めたのは、椎の木の前。長い爪を引っかけると、木に登る。こんな事は造作もない。元々この爪は木に登るために発達したものなのだ。一番低い位置の枝に座ると、その付け根にある巣に目を止めた。これは…ポッポの巣だ。巣の中には幾つか卵が入っている。それを守るように上にはポッポが座っていた。ギシャを威嚇するため、羽根を広げている。ギシャは冷酷な瞳で、爪を振り上げた。…赤い水が木の枝を伝わる。彼の顔にはどろどろしたものが付いていた。根元には、卵の殻が落ちていた。
巣の中が空っぽになると、ギシャは木から飛び降りた。
「 ! ! ! 」
ギシャは驚いた。目の前にいたのはロナ。ロナの目は真っ直ぐ、ギシャの血だらけの顔を見ていた。
見てたのか…。
ギシャの顔は引きつっていた。
「…ギシャ…さん…。」
ロナが名前を呼ぶと、ギシャの体が揺れる。動揺している証拠だ。
瞬間、ロナはギシャの頬にそっと口付けした。長いストローのような口だが、確かにそれは口付けというものだ。
「…御免なさい…。ギシャさん…ずっと隠してきたのに…私…勝手に付いて来ちゃって…。」
ギシャの顔が歪む。ロナも顔を顰めた。
「…俺のこと…嫌いになったか…?」
ギシャは俯きながら問う。
「嫌いになんて…なれませんよ…。…だって…ギシャさんは生きるためにこうしてきたんです…。ギシャさんは悪くありません…。」
「だが…」
ロナはその手でギシャの長い耳を撫でた。そして、目を閉じて、言い聞かせるように、優しく…けれども強く、語り出した。
「桜は血を吸って綺麗な色になります。ほら、ギシャさんの耳も綺麗な色です。きっと…色んな方の血が、ギシャさんの中にあるんです。ギシャさんを染めてます。優しくしてます。」
ギシャは目を細めた。ロナは微笑して、もう一度、軽く口付けをおとした。
「…素敵です。」
「…ありがとう。」
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