snow flower
空真さんに感想を送る
「ううー」
「きゅあ・・・」
「寒いのか?んな薄着してっからだよ」
どかん、と小気味良い音がした。
フシギダネを抱えた少女の右手が、白く凍りついた壁に添えられている。
―――いや、添えられていると言うよりは、硬く握った拳を押し当てたと言うか、むしろ殴りつけたと言うか。
メコリと砕けた壁に、思わず蒼褪め体を引いたのは、後ろで余計な口を聞いてしまった少年だけではない。
Snow flower
前編
「きゅううう〜」
「ジュジュ・・・?あ、そっか。君は草タイプだったっけ・・・」
冷気が強まる凍滝の洞窟(イテダキノドウクツ)奥地で、ずっとご主人の腕に大人しく嵌っていたフシギダネ、ジュジュがとうとう根を上げた。
ゴメンねと瞬く赤い瞳に、こっちこそと笑い返し、ボールに戻す。
赤と白の半々で出来たボールに彼を帰すと、急に寒さが強まってきた。
洞窟の奥からは、時折、雪霰を混じらせた突風が吹いてくる。
それは、目当てのポケモンが近いという証拠だろうと、少女、リオはがむしゃらに洞窟を進んでいた。
三半歩半後ろに幼馴染兼ライバルの、サクを従えて。
元より、凍滝の奥に潜む主のデータが欲しいと、頼まれたのはサクだった。
彼の祖父、オーキド博士は、屈強なトレーナーがコテンパンにやられるポケモンとは何か、興味があるらしい。
ただ、生態系を狂わせるのは好ましくないため、主は捕まえずポケモン図鑑に認識させればいいとの事。
それでどうして、(サクを嫌っている様子の)リオが着いて行く事になったかと言うと。
「しっかし、お前もアレだな。ユキの手掛かりあるって言うとすぐに首突っ込むよな・・・このブラコンめ」
「殴るよ?」
「っ・・・!!痛い痛い、もう殴ってる・・・ってか、抓ってるって!」
頬をさすりさすり、また機嫌を悪くして前に向き直った薄い茶髪を眺めながら、同じ色の髪を持った少年を思い出す。
名前をユキ、リオの一つ年上・・・つまり、自分と同い年の、少年。
自分とリオの一年前にゼニガメを貰って旅立って・・・以来、音信不通な馬鹿野郎。
いったい何をしているのか、たった一人の肉親(イモウト)は、お前を心配するあまり旅に出たというのに。
ここ、4の島のポケモンセンターに、リオがいたのは不覚だった。
『・・・と言う訳で、お前にはその主の調査を頼みたいんだが・・・サク、くれぐれもリオの耳に入れるんじゃないぞ』
『何でだよ、じいちゃん』
『その4の島は、かつてユキが立ち寄ったと育て屋の夫婦から連絡があったんじゃ。
昔暴れていた主が大人しくなったのもその時期で、恐らくはユキが係わっているだろう。
そうと聞けばリオは黙ってないだろう?・・・・主は強いと言う噂じゃし、あの子は兄の事になると、がむしゃらになり過ぎる』
リオもそちらに向かったと聞いたからな、くれぐれも気をつけるんじゃぞ。そう言われて通信を切断して、振り返ったら
『で、その主がいるのって、どこ?』
深緑の瞳が、逃げ場を塞ぐ様にこちらを睨みつけていた。
勿論、その威圧にサクが勝てるはずもなく。
(あーもう、もっとちゃんと駄目っつえばよかった・・・)
危険な目に合わせるのは、こちらとしても不本意だ。
そんな事をサクが考えているなどとは露知らず、リオはずんずんと洞窟の奥へ踏み込んでいった。
すっかり黙り込んでしまった二人の耳には、時折吹き抜ける風の音と、足音しか聞こえない。
ここまで深くなった所にはこおりポケモンたちもさすがに住めないのか、生き物の気配もしない。
本当にここの先に主なんているのかよ、とサクが心の中でぼやいた瞬間、前を歩いていたリオの、息を詰めた気配を、感じた。
「っ!?どうした」
「すご・・・・・・・・い」
「は?」
足を止め、惚けた様子で何かを呟く彼女の頭越しに、サクは洞窟の先を覗き見た。
――――――――そこは、氷の楽園だった。
天井は高く吹き抜けになっていて、氷に反射して降り注ぐ太陽の光は、中央の大きな泉を中心に降り注いでいる。
雪の中で健気に咲くと、図鑑でしか見たことの無い小柄な花が、洞窟の壁を覆いつくすように咲いている。
空気中には雪の結晶が舞い散り、ダイヤモンドダストと呼ばれる現象を起こしていた。
「・・・・こりゃ、すげぇ・・・・・」
「・・・・・・」
足元を薄く染める雪を、キシキシと踏み鳴らしながら、二人はその空間に足を踏み入れた。
小さな花に触れ、その雪を落とし、まじまじ観察するサクと、降り注ぐ結晶を浴びて、浮かれてクルクルと回っているリオと。
この二人にしては珍しい穏やかな空気が、空間を支配していた。
「な、リオ」
「んっ?」
ふわりと、甘い香りが、鼻孔をくすぐった。
ずっと深く被っていたフードを払い、帽子を勝手に奪って、その頭に白い花で作られた冠を載せる。
いつもだったら怒られそうな行為だが、不意打ち過ぎて、リオは黙ってされるがまま。
前髪についた氷の粒を優しく払って、サクはその炎のように赤い瞳を、柔らかく細めた。
「ン、似合う似合う」
不意に見せたその笑顔が、触れた掌が、温かい。
まともに顔を見ていられずに、リオはふいと視線をそらした。
後ろでサクが「そんなに怒ってたのかよ・・・・」と半ベソになっていることなど露知らず、小走りで湖に近づいた。
湖に移る自分は、薄茶色の長い髪を靡かせ、フードに白いファーを付けた紅いダッフルコートを身に纏っている。
白い可憐な花の冠に、手袋を嵌めた手を添えて。
深緑の瞳は自分を映し、・・・・頬は、真っ赤。
「・・・・・」
似合う、だって。
いっつも、嫌味しか言ってこないくせに。
不意の行動と珍しい言葉に、嬉しい自分がいる。
ありがとうぐらい、言うべきかな。
瞬間、空気が凍り付いた。
二人は、忘れていたのだ。
この洞窟の奥に潜む、主の存在を――――――
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