snow flower

空真さんに感想を送る




湖の淵に立ったまま動かないリオを視界の端に映して、そう言えばどうして自分たちはここまで来たんだっけかな、とサクはふと考えた。
それは、彼女の後ろにゆらりと映った大きな影を認識した瞬間、何で忘れていたんだと言う後悔に変わる。

「リオ!」

それは彼女の耳に届いたのか、夢見心地のような顔のまま、リオがゆっくりと顔を上げる。
その向こうで、大きな物体が何かのエネルギーを収束しているのが、はっきりとわかる。
彼女の目が見開くのと、向こうが其れを放つのと、どっちが早かったのか。

ち゛っと、掠った様な音がした。
あたりの空気さえも凍らせるような美しい蒼色の光線が、いまさっきまで自分が立っていた場所を通過して、入り口を凍らせた。
ずだん、と大きな音とともに、地面に倒れこむ。
白い花が、宙に舞った。
覆い被さる様にリオの上に倒れたサクは、すぐに立ち上がり、ダイヤモンドダストの中揺らめく影に向き合った。

「・・・・ラプラス!!」
「くぉぉぉぉっっ!!!!!」

甲高い鳴き声は、空間中を揺らし、響いて反響させる。
通常のラプラスより一回り体の大きいこの洞窟の主は、標的を少年に定めたようだ。

「シュカ・・・は無理か、セキジ!!」

ぼん、と炸裂音と同時に、鋼赤色が飛び出す。
両手に金の模様が入り、本来の頭にある黄金色の瞳と合わせると、まるで三つ首に見えるそのポケモンの学名は、ハッサム。

「頼むぜ・・・・・セキジ、“にらみつける”!」
「ふっ!」
「くぉぉぉ!!」

ハッサムの両手鋏とその鋭い眼光から繰り出される威圧感は、ラプラスの“白い霧”によって阻まれる。
そして、いつの間にか、蒼い巨体は視界から消えていた。

「どこ・・?!」
「くそっ・・・・!?リオ、あぶねぇっ!!」

サクの叫び声に合わせるようにセキジがリオの体を攫い、“高速移動”で迫り来る“冷凍ビーム”を切り抜けた。
リオの腰のボールが一つ、がたがたと揺れ、中から黄色い生物が飛び出してきた。
其れは、宙に浮いている状態から綺麗に着地を決め、“電光石火”で駆け出した。

「ヒカリ・・・?」
「ぴぃかぁ!!」

高く鳴いたピカチュウは、地面に降ろされた主人の方に飛び乗り、耳と尻尾をぴくぴくと動かした。
そうか!と嬉声を挙げたサクは、リオのすぐ隣に並び、ヒカリの行動を見守る。
ピカチュウの尻尾は特性のレーダーだ。耳もまた些細な音を拾う造りになっている。其れを思い出したのだ。
ぴくっ!と耳が上がり、ヒカリが飛び出す。
ほとんど遅れずにセキジが鋏を掲げ、ヒカリを守るように、振り下ろされたラプラスの鰭に当てた。
其れは鋼化させた体の一部を相手に勢いよく叩きつける技、“アイアンテール”。
タイプの相性もありセキジはかろうじて持ちこたえるが、膝を付き、反撃が出来ない。

「セキジ!」
「・・・・ヒカリ、電じ」
「止めろリオ!」
「っ?!」

苦しそうなハッサムの様子に、リオがヒカリへと指示を出そうとすると、その口を塞がれた。
何で、と見上げると、サクはセキジの様子を見るため視線を前にやったまま、苦々しそうに答えた。

「このラプラスは俺たちがここを荒らすと思って暴れてんだ。攻撃しちゃ駄目だ」
「っぷはっ!でも、このままじゃセキジくんが!」

塞がれた口を開放されたリオが、苦しそうな様子のセキジに視線を移す。
その間に二匹の攻防戦の下から抜け出たヒカリは、湖の辺を囲むように駆け出した。

「どうすればいいの!?」
「どうもすんな、隙を見て逃げる!」
「でも、入り口は塞がれてて・・・っ」
「ぴぃ!!」

二人の口論を遮る様に、ヒカリの鳴き声が一際高く空間に響き渡った。
その声を辿って見上げた先には、ヒカリの黄色い体と、小さな蒼い体。
・・・・・・ラプラスの、子供たち。
だがその体はどれも、ぐったりと横たわっていて、どこか生気が無かった。

「・・・・・・そんな」
「其れで・・・・暴れてんのか・・・!?」

冷凍ビームがセキジを直撃し、セキジは大きく鋏を振り上げて跳び退った。
「よくやった!」と言ってモンスターボールに戻すと同時に、サクは我が身も省みずラプラスに向かって突進していく。

「サク!」
「おい、お前!」

ラプラスの眼光は依然として変わらない。
敵と認識した少年を睨みつけ、口元にエネルギーを収束していく。

「誰にやられた!」
「くぉぉぉぉ・・・・」
「誰にやられたんだ!!」

容赦ない、冷気を纏った光線は、確かにサクに当たり

「カイ!」

・・・そうになった所で、リオのシャワーズが其れを受けていた。
“冷凍ビーム”対“冷凍ビーム”。
シャワーズも踏ん張るが、何せラプラスの力は強い。
跳ね飛ばされる寸前で、“とける”、さらに、“波乗り”で難を逃れる。
戻ってきたヒカリが、ラプラスの前に光の壁を築いた。

「何・・・してるの、死ぬつもり?!」
「・・・・・・・」
「熱くなるのも時と場合を考えてっ!あんたが、ポケモンを大事に想ってるのは、知ってる、わかってるから・・・・!!!」
「・・・・・・でも、伝わって、ねぇよ」
「そんなこと無い・・・・!」

リオの腰のボールから、フシギダネのジュジュが飛び出した。
主人を一度振り返り、すぐに戦っている仲間の元へ向かう。

「そんなこと、無いよ。伝わってる。でも、止められないの!」

大切なものを傷つけられた苦しみが、ラプラスの思考を邪魔している。
止まらない。止められない。悲しみが心を締め付ける。

「止めてあげるのが、きっと、この状態を見た私たちのすべき事だよ・・・
・・・あの子の前で無茶して、サクが傷ついたら、悲しむ誰かが、増えるだけだよ・・・!!!」

雫がぽたりと零れ落ちて、少年の頬を濡らした。

カイが“アイアンテール”に跳ね飛ばされる。ヒカリが、“波乗り”によって押し戻される。
ジュジュが、二匹の前に躍り出て、“冷凍ビーム”をその体で受け止めた。

「ジュジュ!!“ギガ ドレイン”!」

凍りついた瞼をこじ開け、ジュジュの赤い瞳が、ラプラスを見上げる。
ラプラスの蒼い体から、黄緑色の光が飛び出しては、ジュジュに吸い込まれていく。
徐々にラプラスの体から力が抜け、瞼を動かすことさえもしんどそうに、蒼い巨体は湖の辺に倒れこんだ。





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てぃんてぃんてぃろりん♪

『トレーナー番号18番でお待ちのサク様、リオ様、ポケモンの回復が終わりました。カウンターまでお越しください』
「・・・・呼ばれてるぞ、リオ・・・・・って、何だこいつ、寝てやがる」

そういうサクもつい先ほどまでウトウトとしていたので、人のことは言えない。
肩に凭れ掛かるリオをそっと椅子に寝かせ、自分のコートを上に掛けると、サクはカウンターへと向かった。
・・・・離れて行く少年の背中を薄目で見つめながら、リオはその胸に抱えた緑色の体をそっと撫でた。
ジュジュは、眠そうなトロンとした目つきで、己の主人の、泣きだしそうな顔を見上げ、そっと、擦り寄った。

ラプラスの子供たちは、かろうじて息をしていた。
一度ボールに入れて、親ともどもポケモンセンターに預かってもらって。
よかった、と思う。生きてて良かった、傷が癒えて良かった。

・・・・良かった?

本当に、よかったのかな。

「・・・・・・・・・お前、狸寝入り下手だな」

と、真上から声が降ってきた。
深紅の瞳は深緑の瞳を見下ろし、それから、赤と白のボールを二つ、手渡した。

「ラプラスたちは明日にでもあそこに行って離して来てやろう。
 もともとデータが取れればよかったんだし。な?
・・・・・・・なぁ、泣くなよ。お前、なんも悪いことしてねぇじゃんか・・・・・」

ぼろぼろぼろと透明な雫を頬に伝わせ、リオは泣いていた。
その視線は、サクの右足の包帯に注がれている。

「俺の怪我だって大したことねぇしさ。ほら、泣き虫、泣き止め?」

ひっく、ひっくと嗚咽を上げるリオの、その柔らかい髪をそっと撫で、あやし続ける。
困ったように眉を八の字にして、深紅の瞳に優しい色を浮かべて。

「・・・・ゴメンね・・・・」
「何が」
「・・・・・私、あんたに怒る資格なんて、無い・・・・」

何を言っているのかわからず一瞬きょとんとして、それからラプラスの前に立ちはだかった時の事を言っているんだと気づいた。
溢れでる涙をむりやり拭き取りながら、小さく言葉を零す。

「自分が悲しいから、ラプラスを弱らせてボールに入れたの。
 それで、人間に捕らえられたって傷をつけることなんて、知りませんでしたって振りしてたの。
 ラプラスたちの傷は一生治らないよ。だって、私、酷いことしたもん・・・!!」
「・・・・だから、なんだよ?」
「だから・・・・って・・・・其れは・・・・」
「答えられないだろ?過ぎた事に答えを出せるのは、誰もいないんだよ。
第一、ラプラスたちが傷ついたかどうかは、あいつらに直接聞かないとわかんないだろ」

じゃ、悩むな。そう言って、サクはリオの額を人差し指で思いっきり弾いた。

「もう一個」

こつん、と軽く突付いたその指は、そのまま耳元の髪に触れて、離れた。

「・・・・・・・・・・やっぱ似合うな、其れ」

にっと笑ったサクの瞳に、白い花を耳元に一厘挿した自分。
――――思わず、力の限りに抱きついてしまった。

「・・・っ?!え、ちょ、ちょと、リオさん?!」

満面の笑みを浮かべた彼女とは対照的に、少年が真っ赤になっているとも知らずに。
勿論彼は開いた両手を宙でわたわたと動かすだけで、少女の背中に置く事も出来ずにいた。



「ラプラス・・・・ゴメンね、ごめんなさい」
「くぉ・・・・・?」

翌々日。凍滝の洞窟最奥。
赤白のボールからラプラスの親と、その子供たちを開放して、リオは開口一番謝った。
隣に並ぶサクや、リオのポケモン達は、一歩離れたところから黙って見守っている。

「くぅぅ・・・」

だが、ラプラスは静かに首を振って、そばにいたリオの頬に、その頭を摺り寄せた。

「くぅ・・・・ん」
「え・・・・?」
「・・・・・ほら、やっぱそうだろ?」

ついでにペロペロと頬を舐められて、目を白黒させるリオの後ろで、サクがクスクスと笑みをこぼす。

「お前の優しさに、傷ついてなんかいねぇだろ、そいつら」

そこまで柔じゃないってこった。そういったサクの傍から離れたジュジュが、ラプラスの子供たちと戯れ始めた。

「きゅあっ」
「くぅっ!」

その際に大きく跳ねた水が、笑って見守っていたサクの顔面にかかった。

「うぉわっ?!」
「・・・・・・っぷ」

柔らかな光の中、氷の楽園に笑い声が響く。



『4の島−5の島間のシーギャロップ号をご利用のお客サマー、まもなく出航となりますー』
「よっし・・・じゃ、ここでお別れな、リオ。俺はじいちゃんに図鑑のデータ直接渡してくるから」
「うん」

ばいばい。と一度手を振ったリオが、顔を俯かせた。
俺、また何かしたか?!と焦ったサクがその顔を覗きこむ・・・・その前に。

柔らかい物が、瞼の上に当たった。

「お礼!おにいちゃんの手掛かりはなかったけど、綺麗なもの見れたし、ラプラス達とも仲良く慣れたし」

白い花を帽子に飾りつけた少女は、そう言うなりくるりとターンして、後ろで今にも走り出しそうな船に駆け乗った。
甲板に出てもう一度、惜しみない笑顔でサクに手を振るのと同時に、館内アナウンスが「シーギャロップ号、出航〜」とのんびりした口調で鳴った。
やがてゆっくりと動き出し、乗り場から離れると、その姿はあっという間に見えなくなった。



「・・・・・・・・ふ、不意打ちだ・・・・っ」

首まで真っ赤に染めた少年を、船着場に残して。



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