素敵な出会い

無々さんに感想を送る

 のどかな春の昼下がり。一匹のヤルキモノは全速力で走っていた。
彼の名前は、シグマ。何故彼が、こんな勢いで走っているのかというと、それにはわけがある。つまり、がむしゃらに走っている馬鹿では無いというわけだ。
「やっかましいっ!」
 おっと、失礼。
 とにかく、彼が走っているのには、走らないといけないわけがあった。週に1回、午後12:15きっかりに、『彼女』があらわれるから。彼女とはいっても、相手はシグマを知らないし、シグマも彼女の名前すら知らない。はっきり言ってしまえば、シグマの片思いと言うわけである。
 現在12:14。残り1分で彼女は、柏の木の前を通るのだ。最早、体力の限界とかなんとか言ってる場合ではない。限界を超えて、といえば大げさだが…、まさにそんな感じだ。
 シグマはあまりに一生懸命走っていたので、気づかなかった。目の前にでっかくて尖った石があることに。
 …踏んだ。
「っっっっっっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 所謂、声にならない叫びというものだ。勢いよく踏んだため、足を抱え、その場にうずくまる。体が小刻みに震え、暫くすると、どあおおぉぉぉ〜…という謎の声が口から漏れた。
「…何してんの?」
 涙で潤んだ目で必死に上を見上げると、…噂をすれば、彼女だ。シグマは痛みに耐えながらも、声を掛けられた感動に酔いしれていた。
 此処までは、漫画やドラマでよく見るシーンだ。しかし、現実は厳しい。何せ、彼女の第2声は
「…馬鹿じゃない?」
 彼女はふん、と鼻を鳴らして、シグマを見下ろしていた…。

 シグマは堕ちていた。精神的にの話だが、例えるならば、上空からタライが絶えなく頭上に降ってくるという状態だ。思い出すたび、がーんごーんぐわーんといい音を鳴らしながらタライが落ちる。
 彼女はキレイハナ。自分はヤルキモノ。決して結ばれない運命にある、とロマンチックに妄想していたが、彼女の性格のおかげで、その想像も、あっという間に崩れ落ちたのだった。想像では、優しくってふんわりとしていて、如何にも女の子って感じのする子だと思っていた。
 …やっぱり現実は厳しい。シグマは大きな大きな大きな大きな大きな溜息を吐いた。
「…何よ。昨期からブツブツ呟いたり、溜息吐いたり…。」
 彼女はしゃがみ込んで、堕ちているシグマを見ていた。
「…ほら、足貸してみて。血ィでてるじゃん。」
「…え?」
「足貸せって言ってんでしょ。それとも何?そのままほっといて足腐らせたいの?」
「い…いえいえいえいえっっ!!そんな滅相もない!!」
 顔が青くなり、全身全霊で否定する。
 …ちょっと待ってくれ。性格歪んでる上、毒舌かよ…。
 シグマは絶望の淵に立たされていた。
 とりあえず足を見せると、キレイハナは、あー…ぐっさり、と恐ろしい表現を使ってくる。おかげで自分の傷も見れず、目を背ける。
 彼女は、花から蜜をちょっと採ると、それを傷に練り込んだ。
「いってえぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!!!!!いていていていていていていてってっていていーいていてっていててててていていt」
「黙れ。」
「…はい。」
 最後に自分の葉っぱを千切ると、包帯代わりに巻いて出来上がり。
「終わったわよ。ったく…何をそんなに焦ってたの?こんなでっかいのを踏むなんて…」
「そ…それは…」
 当然、言えるわけがない。君に会うために、だなんt
「わーっわーっわーっっっっ!!!!!!!!」
「…え…」
 キレイハナの頬がばっと染まった。と、同時に、シグマの頬ももっと染まった。
「…何それ…。…そんな下らない…」
「くだらなくない!!!」
 思わず、大声を上げていた。言った後で、すぐに口を塞ぐ。これ以上無いくらい真っ赤になりながら。…同じように、キレイハナも赤くなった。
「…セリナ…。」
 暫くして、キレイハナはぼそっと呟いた。あんまり小さな声だったので、シグマは、え?と彼女の方を見た。彼女の顔は赤くて、戸惑いの表情が浮かんでいた。
「…セリナ!…私の名前よ…。お…覚えてよねっ!」
 目をそらしていたのは、きっと照れ隠し。シグマもそれを察してか、
「俺はシグマ…。ありがと…。」
と、頬を淡い桃色に染め、微笑しながら言った。

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