君がくれたもの
無々さんに感想を送る
君の優しさに触れたから
君が優しさをくれたから
今…僕は優しく在れるんだ…
君がくれたもの
「ココア二人分くださいっ。」
大声で店の外から喫茶店の店員に声を掛ける。店員店長そして客…、皆が皆、その声の主を唖然と眺めていた。視線の先には、まだ若い♂のヒトカゲ。ココアを受け取ると、お金をカウンターに置き、ありがとーございます、と言い残して店を出る。貰ったココアは、水筒にうつした。
「苺1パックくださいっ。」
今度は八百屋の前で立ち止まり、また、大声をあげる。ゴーリキーの八百屋のおじさんは、元気が良いな、と笑って、苺を差し出した。それと同時に、小銭をじゃらじゃらと差し出して、ありがとーございます、と笑った。苺は近くの井戸水できれいに洗って、肩掛けバックから出した、ブラスチックの容器にうつした。
水筒を右手に、容器を左手に甃(いしだたみ)の道を歩いていると、一匹のヒノアラシがぽんっと肩を叩いた。
「やっ!何持ってんの?」
ヒトカゲは驚く様子もなく、よ、と短く応答した。
「苺とココア。」
ヒノアラシの質問にそう答えると、彼はすげー組み合わせ、と苦笑いした。そして、きょとんとしながら、あれ、と呟く。
「御前さ、苺もココアも嫌いじゃなかったっけ?」
「嗚呼、まーな。」
「何?誰かのパシリ?」
今度はヒトカゲが苦笑した。
「俺がそんなこと引き受けると思うか?今日、友達が誕生日でな、これらが好きだから買ってってやるんだよ。」
「…ふーん…。」
ヒノアラシは不思議そうな顔をした。余程ヒトカゲが誰かのためにものを買うのが珍しいらしい。
「じゃ、僕は図書館に用があるから、この辺で。一滴しかない優しさを大切になっ!」
そう言いながら表通りへと駆けてくヒノアラシに、余計な御世話だ、と呟いたのだった。
歩く道は、アスファルトから甃に、甃から砂利道にかわり、今歩いているのは、土の上だ。ついこの間、雨が降ったため、土は軟らかく、ヒトカゲが歩いた所には、くっきりと足跡が残る。
やがて、その土が見えなくなるほど、草が生い茂った道…もはや道とは言えない所をひたすら歩き続けた。辺りはまるで林の様な、広葉樹が兵隊のようにずらりと並んでいて、薄暗い。やっと日の当たる場所に出ると、そこは…丘だった。
何の変哲もない丘には、シロツメクサやタンポポの花が咲いていて、一番高いところには、その和やかなムードに似合わない、ごっつい岩が、ここは自分の特等席だと言わんばかりに座っていた。
ヒトカゲはその岩の前にしゃがみ込んだ。
「よお、久しぶりだな。」
当然ながら、返事はない。何せ、此処にいるのはヒトカゲだけなのだから。
「俺はおかげさまで、ってか馬鹿なおかげで風邪なんかひくこともなくぴんぴんしてるよ。」
そこで一旦喋るのを止めると、容器の蓋を開けて、真っ赤に熟れた苺を見せた。
「苺、好きだろ?…食えよな。ゴーリキーのおっちゃんが誇る、絶品だからさ。」
鞄から出した紙コップにココアを注ぐと、あまったるい匂いが丘いっぱいに広がり、ヒトカゲは顔を顰めた。
「…御前はなんっでこんな甘いモン飲めるわけ?」
水筒に残ったココアは、岩にどばどばとかける。そして、自分は、紙コップに注がれたのを飲み干す。暫くしてから、青くなった顔で、うえー…と呟いた。
「…あっっっまあぁぁぁ……。」
げほげほと、また暫くの間むせていたが、やがて意を決したように、真っ赤な苺を口に放り込んだ。と、同時に、んぐっと変な声も漏れる。酸っぱ甘くてべちょべちょしててざらざらしてて…。それでも何とか飲み込むと、はーはー息を吐きながら、岩を見た。
「…美味いよ。」
笑いながらそう言う。その顔は御世辞にも美味いとは言ってなくて、冷や汗がだらだら、オレンジ色の顔は真っ青。それでも満面の笑みで岩に語りかける。
「御前が死んで、今日で丁度一年だ。まさか自分の誕生日にお空のお星様になるなんて思ってなかっただろ?」
そよそよと風が吹く。生ぬるい風は、甘ったるいココアの匂いも、甘酸っぱい苺の匂いも全て何処か遠くに飛ばしてしまう。
「…御前は…怒ってるか?」
ふっとヒトカゲの表情は曇った。
此奴は殺された。此奴の友達…、そして俺の友達でもある奴に。っと、その時だ。
「よっ!流石早いな。最愛の妻を亡くした夫さんっ。」
背後から…というか首元で急に声がしたため、凄い勢いで後ずさりする。効果音には是非、『すざっ』というのを採用したい。
「ななななななななんだよ…そそそそそそそれ…」
「お、どもり症かね、ヒトカゲ君。」
「ややや…やっかましいっ!」
ライチュウはヒトカゲの横に腰を下ろした。
「なななんで御前が此処を知ってんだよ…。」
「へ?町の人は皆知ってるよ。でも御前があんまりこそこそと此処に来るもんだから、皆知らんぷりしてたってわけ。」
ヒトカゲは、まじ?え、まじで??と大声で呟いている。それを見て、ライチュウは苦笑した。
「やー…流石、一人前の馬鹿だけあるな。」
「あ゙?なんか言ったか?」
「いーや何も。」
そう言って目を逸らしてから、ライチュウは、あ、と声を上げて、持ってきたビニール袋の中に手を突っ込んだ。突っ込んだ手を引き出すと、色とりどりの花弁が茶色い手の平にこんもりと載っかっていた。
「げ、なにこれ。」
「見ての通り、花弁だ。」
そうじゃなくて…とヒトカゲは不満そうな顔をした。一方、ライチュウは、花弁を、ココアでびちょびちょになった岩にぶっかけた。
「これは俺からのプレゼント。んでもって償い。ちゃーんと千切らないで落ちてるの拾ってきたからな。」
ライチュウは手で、岩をそっと撫でた。
暫く、そのまま、時が過ぎた。
「…なあ…」
「あ゛ァん?」
ヒトカゲの声はえらく不機嫌だった。それに気づいてか、ライチュウは岩の傍をどき、ヒトカゲの横に腰を下ろした。」
「悪ィ。此奴は御前のだったな。」
「な゛…!!」
一瞬で顔が火照ったのがわかる。今日はそんなに暑いわけではないはずだが。
「っっ…で!!…なんだよ…。」
「おう。あのな…、此奴…まだ俺のこと怒ってるかな…。」
「え…?」
「冗談で此奴の背中を押したら、道路に出ちまって、どーんだからな。…憎まれて当然だ。」
そう…、他界した彼女を殺したのはライチュウだ。
彼は俯いて、本当なら呪われてもいいのにな、と冗談とも本気ともとれない意見を述べた。
彼女は即死だった。苦しまなかった。でも…此処にはもういない…。
ヒトカゲはそっと岩に歩み寄った。目を瞑って、岩をなぞった。鋭い爪を通しても、そのごつごつして冷たい感じは伝わる。
「…うん。大丈夫、怒ってないと思うよ。」
「…………………は?」
ヒトカゲの尻尾の炎がゆらりゆらりと揺れた。草に点火したら燃えてしまう。だから彼も気を遣って、尻尾は高めの位置に構えていた。こののどかな野原を…、愛する彼女の墓のある場所を…、壊したくないから。
「俺はさ、此奴じゃないからわかんねぇけど、此奴も俺と同じくらい…いや、それより上だから御前くらいか?…馬鹿だから、そんなこと気にしてないと思う。」
「あ゙?誰が誰より馬鹿だって?」
怒りを覚えてか、タンポポ色の頬から、ぱちぱちと音を立てて電気が飛び散っていた。当然、ヒトカゲはそれをシカトだ。
「馬鹿だから…ほんっと馬鹿だから…、わざとじゃないからしょうがないよって笑ってるよ…絶対…。」
炎ポケモンなのに、目から水が出る。しょっぱい海水が目から流れる。可笑しいけど…しょうがないんだと思う。
ライチュウは黙って、ヒトカゲを見ていた。しばらくの間、ずーっと…泣いている彼を…、眺めていた…。
「…優しいから…ほんっと優しいから……、そういう気持ちも全部…わかってくれるよ…。」
「…あのさぁ?」
キッと取り仕切るような口調で、ライチュウは言った。
「優しすぎるんじゃねーの?」
今度はヒトカゲが「は?」と答えた。
「俺、彼奴の未来も、御前の幸せも、彼奴の親類の期待も、ぜーんぶ壊したんだよ?なんで責めてくれねぇの?責めてよ。どんっどん責めて。寧ろ呪ってくれ。」
あまりにもきっぱりと言うもんだから、ヒトカゲは理解するのに時間がいった。それでも、初めの一声は「へ?」という間抜けなもので、ライチュウの苛々度は満タンまで達しかけていた。
「優しいのって…、時には剣で体をブスブス刺されるのよりも痛いと思う。」
「…うん。」
「で、俺は正にその状態。痛い。ほんっと痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ。わかる?」
「…うん。」
「わかってんならとっととやれ。」
「…うん。」
ヒトカゲはゆっくり立ち上がり、大きく深呼吸した。ライチュウは胡座をかいて、ヒトカゲを睨み付けた。
……鈍くて重たい音が響く。ヒトカゲは“いかり”を連続で繰り出す。炎は使わない。壊さないように…。この場所も、彼の体も、自分の意志も、全部。
…どれだけ怒り狂っただろう…。互いに荒い息を吐き、額は汗でびしょびしょに濡れていた。
ライチュウは草に顔を埋めて動かない。ヒトカゲも倒れ込んだ。
「…あ゛ぁ〜…………っすっきりした。」
「…そ…うかよ…」
「おうっ…。」
仰向けになると、空が見える。青い青い空は、澄んでいて、生温かい風が頬を掠めた。
「これで気が済んだだろ…。俺も彼奴ももう何も言わない。御前も気にするなよ。」
ヒトカゲの言葉に安心したのか、ライチュウは、小さく、嗚呼、と呟いた。
時が経ったのだろう。ココアの匂いも、苺の匂いも薄くなってきていた。なんだか、自分の気持ちも薄くなってるような気がして、ヒトカゲは胸に手を置いた。
「…なぁ…」
またライチュウが尋ねる。ヒトカゲは、アァ?と声をあげた。決して不機嫌なわけではないが、その様な声が出てしまい、自分自身が顔を顰めてしまう。けれどもライチュウはそんなこと気にしてないようなので、胸をなで下ろした。
「…御前さ、彼奴のこと好きだっただろ。」
「な゛っ…!!」
一瞬のうちにかぁっと頬が熱くなる。正確には顔が、そして体が熱くなって、湯気が出ている。
「…彼奴と会って、御前は幸せだったか?今でも、幸せだと思うか?」
ヒトカゲは起きあがって、ライチュウの方を見た。ライチュウは相変わらず、俯せに寝っ転がっていて、顔は見えない。だから彼が何を考えてるか分からなかった。けれども、ヒトカゲは少しだけ、口角をあげて、また寝っ転がった。
「すっげぇ幸せだったよ。会えたことも、彼奴を好きになったことも、後悔してない。」
満面の笑みでそう言った。その顔は日も暮れかけて、星がちらほら出掛けていた空を見ていた。空の星になったなら、何処にいても上を見上げりゃぁ居るから。形が無くても見えるから。
ヒトカゲの声を聞くと、ライチュウの口角も上がった。
「…そっか。」
そう呟きながら…。
君がくれたものは きっと何よりも大きい
だから無くすことはないだろう
ずっとずっと 大きくても柔らかいそれを持って歩いていくから
…歩いていくから…
ずっと
ずっと…
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