ハルカさんの哲学

さんそさんに感想を送る


 恋と愛は違うものなのか。
 区別がつきにくく悩まなければならない。





 ミシロタウン。といえば、当然高名なオダマキ博士の研究所が存在する場所。
 トレーナーを目指す者、研究者を目指す者、とにかくポケモンに関わることを生業とする、または志すものが多く集まる場所なのだ、此処は。
 それらの人々が会いに来るのは、当然オダマキ博士。しかし、娘のハルカに言わせれば、ポケモンヲタクのヒッキー親父だそうだ。まあ確かにいつも博士に会いにきても研究所にしかいないし、帰っている様子が見受けられないし、そう言われても仕方がないといえば仕方がない。

 しかし、時たまオダマキ博士以外に会いに来る者もいるわけさ。オレのように。










 恋と愛の違い。
 愛には種類がある。親子愛、兄弟愛、友達愛など実に様々な愛が存在する。
 恋には種類がない。物の例えには使われるが、いわゆる「恋愛」という意味でしか単体では使われない。
 ならば恋だけ「恋愛」という意味で使えばいいのに、と思うのだが、世間一般には恋が進んで愛になるという話だから、全く、どういう区別をしたらいいのだか。
 いっそのこと恋と愛をくっつけてしまった人がいる。だから「恋愛」という言葉がある。けれど、これはあまり単体では使われない。堅苦しい感じがするといえばするが、結局のところ恋と愛は違うから、並列の関係で使ってしまっては違和感があるから使われないのだろう。
 恋と愛の違い…。ダメだ、データが少なすぎる…。



「うわーん、もうだめっ!」

 ハルカは、論文のメモ、下書き用のノートを投げ出した。ノートは勢いをつけて坂の下へ落ちていく。バサッと派手に音がする。
 ハルカはミシロタウンのはずれの小さな丘の桜の木に寄りかかっていた。丘はちょっとした公園…と言っても、遊具はない。ぽつんとベンチがひとつ、そしてそれに寄り添うように立っている街頭だけだ。あとは、桜の木。公園の入り口を避けて、公園の周りに何本も植えられている。ハルカが寄りかかっている桜の木は、入り口に一番近く、一番外側に植えられている木で、ハルカはその桜を背に、足は坂の下のほうに投げ出して座っていた。


 彼女は何故そのような所にいるのか。それはその場所が好きだからだ。
 彼女は何故論文を書こうとしているのか。それは彼女がチャンピオンを志してトレーナーをしていたものの、隣に越してきたトレーナーに負けてそれを断念し、まだ諦めがつかないながら、父の研究を手伝ううちに研究者を志す気持ちも芽生え、研究者ならば論文もかけねばなるまい、と思い、こんなことを書く羽目になっているのである。なんだか某オーキド博士の孫と似ている気がするがそれは全くの気のせいである。


 桜がはらはら散る。

「ああ、もういいや。寝よう。」

 そう言ってハルカは目を閉じた。
 それから少しして、上からいきなり何か降ってきた。桜か?いや、違う。何か固い。
 目を開けて降ってきた物を見ると、それはさっきほり投げたはずのノート。

「え?なんで…。」
「ハ〜ル〜カ〜!」


 声の主を見ると、それはさっき話題に上がったお隣さんだった。そのお隣さんは、物凄い形相で、ハルカの右隣に立っている。

「あ、おかえりなさい、ユウキくん。」

 ハルカはノートを草の上に置いてすっくと立ち、ユウキの方を向いて、にこやかにそう言った。

「あ、ただいま…じゃ、ねえーっ!」
「なによう。ごあいさつだねえ。」
「おまえオレに恨みでもあるのか!?いきなり頭にノート降らせやがって!降るのは桜の花びらだけで充分だ!」
「あ、そうだったの。偶然だよー。でも、災難だね…。」
「災難ですむかーっ!」

 すむかと言われても…と、ハルカは返答に窮する。他に何と言えばいいんだろうか。

「おまえ、頭いいくせに、謝罪の文句も思いつかねえのか?」

 ユウキが半ば呆れ、半ば嫌味のように言ったのを聞いて、やっと理解する。

「ごめんなさい、ユウキくん。今度から坂の上から物は投げないようにするよ。」
「はじめからそうしてくれよ…。」


 ユウキはため息を一つついて桜の木に背を預けて座り込んだ。ふと、草の上に置いてあったノートをとって、ぱらぱらとめくりながら話す。

「おまえ、こんなクソ面白くもねえもん書いてるのな。」

 ハルカはそのユウキの隣に座る。

「そーなの。もう嫌になっちゃう。」
「なら書くなよ。」
「そういうわけにはいかないよ…。」
「なんで。」
「なんでも。」
「あっそ。」

 聞いといてなんだ、とハルカはユウキの答えに少しむっとした。が、気を取り直してユウキに問う。

「ねえ、恋と愛の違いってなんだと思う?」


 ユウキはノートを取り落とした。それが坂の下をずずっとすべり落ちていく。
 ワンテンポ遅れて顔がぼっと赤くなり、それが首まで浸透して、それから少ししてやっと口から声が出てきた。

「な、な、な、な、おまっ…、なっ、なに…!」
「そんなに取り乱さなくても…。あーあ、自分で言っといて坂の下にノート落としてる…。」
「普通んなこと突然聞かねえだろうが!!」
「あ、そうかな?ごめんごめん、論文の課題、煮詰まっちゃって。データが全然足りないんだ。だからユウキくんのデータをお聞かせ願おうと思って。」
「ん、んな急に言われても…。」
「あ、じゃあ、わたしがノート取りに行ってる間に考えといて?別に言うことがなければ言わなくてもいいし。」


 そう言うなりハルカは立ち上がり、歩いて坂の下まで向かい始めた。
 その後姿をじっと見つめて、ユウキは考える。


―恋と愛の違い―
―それは、君に感じてた想いが変わっていく、その時の時間の名前ではないだろうか―
―恋とは、好意が愛に変わるまでの時間の名前ではないだろうか―
―そして、オレは―


 ハルカがノートを抱えて戻って来た。

「なんか思いついた?」

 ユウキは笑った。

「いや?オレに聞くのが間違ってんじゃん?」
「なんで?」
「オレは考えるのがでえっきれえだから!」
「もーっ!バトルのことでは頭使ってるくせに!」
「それとこれとは話が別!」
「頭使うことは一緒でしょ!」
「ちーがーう!」

 そう言ってユウキは、さっきノートが滑り落ちたように丘を滑り降り、駆け足でミシロの中心部へと向かっていく。

「あっ!待ちなさーい!」

 ハルカが後を追う。
 去っていく二人など気にも留めないかのように、桜が散っていく。もうすぐ、桜も終わりだ。










 ただひたすらに想うこと。ただ恋して、そして愛すること。
 恋は愛に変わるのではない。恋は愛に変わるまでの時間の名。
 その時間がどんな時間かは、感じてみないとわからない。いつ恋の時間が終わるかもわからない。今感じているのが恋か愛かもわからない。
 だから、そんな課題の論文を書くのは無駄だと教えてやろうかともオレは考えた。
 でも、やめた。


 何故って?それは、今日帰ってきたのがハルカに会うためだった、なんてハルカに言わないのと同じ理由さ。

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