桜の花びら舞う中で
freedomさんに感想を送る
春が来ました。
土から生きる力を貰い、風に吹かれ、雨水を吸って育った樹が花をつけました。
薄紅色の美しい花をつけた樹の名前は――桜。
風に吹かれて花びらが舞い、散っていく花々の間に黄緑色の若葉が見えました。
桜の樹の近くを通るポケモン達は、穏やかな微笑みを浮かべ、枝に咲く小さな花々と、散っていく美しい花吹雪に見入っていました。
しかし、咲く事なく落ちた蕾や、地面に落ちた花には、誰も見向きもしませんでした……。
春の訪れ
「……綺麗」
一匹のフシギダネが、桜の木の下で桜を見上げていた。
彼女の名前はレジェンド。救助隊レッドスのリーダーで、元人間である。
レジェンドは、はらはらと舞い降りてくる桜の花びらを一枚掴んだ。
「ホント、綺麗だなぁ。今度皆を誘ってお花見でもしようかな?」
皆とは、レジェンドの仲間であるヒトカゲの焔(ほむら)、アブソルの白銀(しろがね)の事である。
「フフッ。桜が散る前に来なくちゃね」
そんな事を呟きながら、レジェンドは気の向くままに歩きだした。
暫く歩いた時だった。
「……あり?おかしいな…」
いつの間にかレジェンドは、知らない場所に来ていた。
「もしかして私、迷子?」
つまりそういう事なのである。
「参ったなぁ。どうしよう……。……ん?」
どうやって基地まで帰ろうかと思案していたレジェンドの鼻先に、柔らかい何かがついた。
何かと思って手をやり、ついたものを確認すると……
「…花びら?」
それは薄紅色の花、桜の花びらだった。
周りを見回してみれば、風が吹いてくる方向から、幾枚もの桜の花びらが飛んでくる。
そして、林の向こう側に大きな桜の樹が見えた。
レジェンドは自分が迷子なのも忘れて桜の樹を見る。
「大きい桜……。近くで…見てみたいな…」
桜の樹を目指し、レジェンドは駆け出した。
「わぁ〜…。す…すごい……!」
その桜の樹は、遠目に見た時よりも壮大な美しさをレジェンドに見せた。
どの枝も、白に近い桃色の花で彩られ、時折見ることの出来る若葉もまた、美しかった。
風が吹く度に無数の花びらが舞い散り、樹の周りをも染めていく。
レジェンドは感嘆の息を吐き、暫し桜に見入った。
と……
「ん?」
桜に夢中で気が付かなかったが、樹の根元に誰かがいる。
そっと近付いて見てみると……
「フーディン……」
レジェンドの憧れであり、初恋の相手であるポケモン、チームFLBのリーダー、フーディンであった。
フーディンは今、桜の幹にもたれて目を閉じている。
どうやら眠っているようだった。
レジェンドは眠るフーディンにそっと近付き、その顔を覗き込む。
「意外だなぁ……。フーディンはこんな顔もするんだ」
いつもは少し厳しいけれど、本当はとても強くて優しいフーディン……。
今は、とても穏やかな顔をしている。
レジェンドがその顔に見惚れていると……
はらり
一枚の桜の花びらがフーディンの肩に落ちた。
レジェンドはつい、その花びらを取った。
すると……
「……ん…」
小さく声を漏らしてフーディンが目を開けた。
「あ。ゴメンねフーディン。起こしちゃって」
「レジェンドか?」
フーディンはゆっくりと木の幹から身を起こすと訊いた。
「何故此処にいる?」
「あ。散歩してたら道に迷っちゃって、そしたらその桜の樹が見えて。其処の林を抜けたら来れた」
「そうか……」
レジェンドはフーディンの隣に座る。
「フーディンこそ、何で此処に?」
「此処はワシの秘密の場所だ。ケーシィの頃から此処で寝るのが好きだった」
「ふぅん」
それから暫く、二匹は黙って桜を見ていた。
沈黙を破ったのはレジェンドだった。
「桜ってさ、ホント綺麗だよね。私大好きなんだ」
「ワシも桜は好きだ。花が咲き、それが散って葉をつけ、季節によってその姿を変えていく…。この世界では年から年中緑色の樹のほうが圧倒的に多いからな」
「それもそうだね」
また沈黙が漂う。
そして、今度沈黙を破ったのはフーディンだった。
「レジェンド……」
「何?」
「御主は桜が好きだと言ったな。何処が好きだ?」
「ん〜……。そうだな…。色々かな?」
「ほう?」
「蕾が色付き始めた頃の桜も、満開の桜も、風に吹かれて散る桜も、地面に落ちてる花びらも、葉桜も。そういうのは全部好き。大抵のポケモンは花しか見ないけど、私は桜っていう樹が見せる色んな姿が好き。フーディンは?」
「……ワシは、落ちた桜……だな」
そう言うとフーディンは、草の上に散る花びらを幾枚か拾い上げて、掌に乗せる。
レジェンドがそれをじっと見ていると、風が花びらを攫って宙に舞い上げる。花びらは暫く宙を舞って、また地面の上に落ちた。
「儚く散ったモノであるのに、色褪せて大地に還るまでその存在を主張し続ける花に、何処か強いものを感じる……」
「ふぅん……」
それからレジェンドとフーディンは、桜を見ながら色々な話をした。
時間が経つのも忘れ、太陽が地平線に沈みかけるまで――。
「あ、やばい。もうこんな時間。フーディン、今日はありがとう。楽しかったよ」
「ワシもだ」
二匹は立ち上がった。
桜の花は夕陽に照らされ、少し紅く見える。
ふとフーディンが手を伸ばし、桜の花を一房摘み取り、レジェンドの右耳の近くに飾った。
「フーディン?」
よくわからなくて聞き返してしまったレジェンドに、フーディンは微笑んだ。その微笑みに、レジェンドの心音は一気に高まる。
「良く似合っている」
「そ…そう?」
「それよりも、もうそろそろ暗くなる。レッドスの基地まで案内しよう」
「あ。ありがとう。すごく助かる〜」
連れ立って歩いていく二匹を、桜の樹が見送っていた……。
THE END
戻る