FOLKLORE

久方小風夜さんに感想を送る

気付かないほうが、幸せだったかもしれないのに。
知らなければ、苦しまずに済んだのに。
抱いてはいけない、想いだったのに。

遠い遠い昔の、物語。




FOLKLORE
―Myth of Ocean and Ground―




今から、何万年も昔のこと。
陸と海を、それぞれ司る者がいた。
大地の化身、グラードン。
大海の化身、カイオーガ。

海と陸は、常に繋がっていながら、決して混ざり合うことはない。
片や大地。片や海。互いに相反する者同士だから。

グラードンとカイオーガは、出会ったその時から、互いを憎みあい、争いを始めた。
その実に流れる血が求める、本能という名の宿命だった。


争いは、何百年、何千年と続いた。
『殺せ!』と命じる互いの本能と、そして。

出会った時に生まれた、わけのわからぬ感情を整理するために。


そのわけのわからぬ想いの正体がわからず、グラードンとカイオーガはますます荒れた。


相手が憎く。殺したいほど憎く。

それなのに……強く、抱き締めたい。

争うのが、辛くて。
会えるのが、嬉しくて。
でも、争うことはやめられなくて。
顔をあわせれば、憎くてしょうがなくて。


長い長い時の中で、2匹はようやく、その気持ちの正体を知った。


……ああ、そうか。
これは……『恋』なんだ。


天を司る者がいる。
天空の神、レックウザ。

グラードンとカイオーガは彼にそれぞれ、涙ながらに、自らの心の内を語った。


「辛いんだ。レックウザ。」

「辛いんです。レックウザ。」

「初めて会った時から、憎い憎いと思いながらも……ひどく艶やかで、美しいと思ってしまった。今もそれは消えるどころか、ますます強くなるばかりだ。」

「真夏の太陽に、やられてしまった時に似てるんです。鋭く強いあの瞳が、ずっと頭から離れないんです。憎い相手のはずなのに、時々無性にすがりつきたくなるんです。」

「抱いちゃいけない想いだとはわかってる。」

「叶わぬ想いとは、わかってるんです。」


それでも……愛しい。


「顔をあわせる度、本能が叫ぶんだ。『殺せ!殺せ!!』って。でも……俺にはどうしてもそれが出来ない。」

「彼を殺すことなんて出来ません。でも、本能には逆らえない。ずっと、苦しいんです。葛藤が、治まらない。」

「愛しいのに、本能が邪魔をする。」

「傷つけても、つけなくても、苦しくてたまらない。」


だから……レックウザ……。


「争いを終わらせることは……出来ないのか?」

「もうこれ以上……苦しみたくないんです。」


レックウザは初めて、2匹の心の内を知った。
互いに愛し合っていること。
まだ、互いの想いを知らないこと。
そして、争いを終わらせたいと願っていること。

レックウザは、2匹それぞれに、全く同じ答えを告げた。


「……無理だ。」


陸と海は、決して混ざり合わない。
互いを消しあい、互いを削りあい。
どちらかが増えればどちらかが減り、どちらかが減ればどちらかが増える。
互いの争いは、この世の定め。
この世が出来た時、既に決められていたこと。
どちらかが無くなるまで、争いが終わることはない。


争いは、なおも続いた。
自らの想いを心の底へ押し込め、相手の想いに、互いが気付くこともないまま。

一進一退の争いは、どちらが勝るということもなく、ただ互いの体力を削りあうだけだった。
大地は荒れ、海は啼き、世界は燃え盛る炎と吹き荒れる嵐に包まれた。


レックウザは悲しかった。
想いあう者同士が争うことが。
己が、何も出来ないことが。

宿命を、恨んだ。


レックウザは悲しんで、両の目から、涙を一粒ずつこぼした。
地上に落ちたその涙は、紅色と藍色の、光り輝く2つの宝珠になった。
その宝珠の放つ光は、傷付き疲れたグラードンとカイオーガを、労わるように包み込み。


2つの神は、眠りについた。


グラードンは地の奥深くで。
カイオーガは深海の奥底で。

もう二度と、目覚めることのないことを、
もう、憎みあわずに済むことを、
長い長い夢の中で、相手を抱き締めていられることを、
祈りながら。


―――……あれから、どれほどの月日が流れただろう。
レックウザはずっと、心にわだかまっていることがあった。


今の状態も、一時しのぎに他ならない。
いつ解けるかわからない封印。
次目覚めたら、彼らはまた戦いを始めるだろう。
また、同じように苦しむことになる。


「……なるほど。確かに、ね。」

レックウザと話しているのは、桃色の、小さなポケモン。名前は、ミュウ。
ミュウは小さな手で、自らの長いしっぽを弄びながら、レックウザに言った。

「……でも、僕は……海と陸が戦わなきゃならないとは思わないけど。」

驚くレックウザに、ミュウは語った。


豪雨が続けば大地は削られ、海は増えるけれど、削られた大地は波に運ばれ、海の底に降り積もり、再び大地となる。
日照りが続けば海は干上がり、大地は増えるけれど、蒸発した海は雲となり、雨となって降り注ぎ、再び海となる。
海と大地は、争っているんじゃない。
互いに削りあい、互いに消しあいながら、バランスを取り合い、常に、共存している。


「争いは、確かに宿命かもしれない。だけど僕は、きっと他に道があると思う。」
「だが……俺たちは、宿命を変えられない。」

うなだれたレックウザに、ミュウはクスッと笑って言った。

「ねえ、君はめったに地上に下りないから、知らないかもしれないけど。地上には、人間っていうとっても面白い生き物がいてね……。」



   ―――その昔。
   陸と海は互いに憎みあっていた。

   宿命に逆らえず、しかし、互いに想いあいながら。

   天は悲しんだ。
   宿命を、そして、何も出来ない己を、恨んだ。

   海は叫び、陸は吼え、天は泣いた。

   そして、最後の争いから、長い年月が流れたのだった―――



遠い未来
語られることになるだろう、こんな『民話<Folklore>』には
彼らのことは何と書かれるのだろう。

この先、ずっと未来
幸せであって欲しい、と
ただ、願う



―――再び目覚めたグラードンとカイオーガが、ある人間の子供によって救われることになるのは、もう少し、後の話だ。

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