燠休
空真さんに感想を送る
「怖い夢、見たの」
「うん」
―――うん
「おにいちゃん、ここにいて?」
「いるよ、大丈夫」
―――そうじゃないと
「おにいちゃん・・・・」
「大丈夫、傍にいるから」
―――夢の中の恐ろしい生き物が、また襲い掛かってきそうで
救われていたのはお前だけじゃない。
俺は、お前といる事で平穏を保っていた。年上だから冷静にあった、それだけなんだ。
離れた今、あの恐ろしい影はまた、俺の夢に現われる。
燠休
夢から覚めると、空にはまん丸のお月様が輝いていた。
こんな日はピッピが跳ねて踊っているんだろう、途中で通過してきたお月見山の事を思い出す。
そうする事で、平常心を保っていた。
十三にもなった一人前の男が、悪夢で震えているなんて、絶対知り合いには見せられない。
特に、一つ下の妹には。・・・そんな事を思っていたのは、今ではちょっと遠い昔の話だ。
兄としての威厳とか尊厳とかそんな難しい言葉が理由じゃない。
俺しか頼る物のいないあの子に、頼りない姿を見せるのは、あの子にとって絶望を意味すると、ずっと思っていたから。
「・・・・・散歩、するか」
むくりと起き上がって、伸びをする。
眠れなくなるのは、よくある。その分昼間に寝ているから平気だ。
悪夢が、あの恐ろしい影が怖いからというのも・・・・・理由の一つではあるが、眠れないのは、それだけが理由じゃない。
――――置いて来てしまった。たった一人の妹を。俺に縋って生きてきたあの子を。
いや、縋ってと言うのは語弊がある。あの子は強い。それこそ、悪夢にうなされる俺以上に、毅い(ツヨイ)。
小さい頃だって、よく考えてみればそうだ。
毅いから必要以上に甘えてきてくれたのだ。
そんな子を、一人きりの家に、置いてきた。
ためらったけど、「いってらっしゃい」と、言ってくれたから。
結局、あの子の優しさに縋っていたのは、兄である俺の方だと、自嘲。
ふと、後ろのほうに何かがいる気がした。
というか、いる。間違いない。
ボールは全て焚き火の傍だ。一応火の番は夜行性のさくらに頼んできたけれど。
なんだろうと、気配を殺し、息を潜めて、その何かが、近づくのを待つ。
狂暴なポケモンだったら終わりだが、この辺りにそんな野蛮なのが出現するなんてことは聞いていない。
俺が噂の第一人者になるのは勘弁してもらいたい、とある意味場違いな思索を巡らせていると、背後の気配がいきなり飛び掛ってきた。
一拍おいて振り返り、逃げるか戦うか決めようとして・・・・・抱きとめた。
「きゅーっ」
「みぃっ」
それは、二つの物体だった。
一つは、水色の頭に羽のような耳、自在に頭や手足を出し入れできる硬い胴体から生えた柔らかそうな羽毛の尻尾を持ち。
もう一つは、白く月明かりを反射する硬い物・・・・骨、を頭に被った、茶色い小さな体。
気づかないのがおかしいぐらい、長い付き合いの・・・・・・俺の、仲間。
きゅーきゅーと鳴き声を上げて頬を摺り寄せるカメールが“くるみ”。
みぃみぃと鳴きながら額を押し付けて離そうとしないのが、カラカラの“りんご”。
二匹とも女の子で、俺のパーティでいつも甘えん坊なのがこの二匹で。
つい幼い時の妹が被って、強く抱え込む。
りんごは苦しかったのか、み゛ぃ〜と少々情けない声を上げて抗議している。
「・・・・・・お前ら、どうしてここにいるの?」
聞いてみる、が返事を返すように顔を上げたのはくるみだけで、りんごは俯いて明後日の方向を見ている。
勿論くるみが顔を上げてくれたところで話が出来るわけでもないのだが。
ただ、もう理由は察していた。
―――――――妹と、同じ、コト。
「もう少し散歩するけど、・・・・・・来る?」
「きゅーっ!きゅきゅっ」
「みぃ〜」
元気よく返事をして頭によじ登ったくるみは、そのままそこに落ち着くつもりらしい。
ゼニガメのときと違って体重も増えたんだから、結構苦しい・・・・と云う事は、胸に仕舞って置く。
女の子に言う事じゃないし。
俺を想っていつも通りであろうとする、くるみの明るさが、瞑い陰を追い払ってくれるのも確かで。
りんごはりんごで俺の腕から降りるつもりは無いらしく、くるみが頭と肩を占領した分、広々と使ってご満悦の様だ。
―――救われているなと思った
月見をしながらゆっくり歩き、ロコンの“さくら”が火の番をしてくれている元の場所に戻ったときにはもう、くるみもりんごも俺の腕の中でぐっすり眠っていた。
さくらが小さく「コン」と鳴き、俺の足元に擦り寄る。
―――心配もかけているなと感じた
放置されていたリュックが揺れて、中からキノコを背負ったポケモンが飛び出した。
パラセクトの“くれの”は飛び出た瞬間から、白い粉を空中に撒き散らしていた。
それは、吸い込んだ瞬間、強制的に眠りに誘われる、キノコの胞子と言う強烈な睡眠薬。
―――申し訳ないという心がふと浮かんで
そう言えば最近、寝付きが良かった事を思い出した。
恐ろしい影からも、今日は久しぶりに逃げ切れたんだ。
妹と寄り添って寝たあの日以来、久しぶりに。
―――たくさんに気づいて、温かさが生まれた
見たのはきっと、もう平気だと言う合図。
逃げてこれたのも、そう。
寝て起きて、誰かがいるという確信。心が温かい。
朝起きたらきっと、五つの体が絡まって、結局俺が一番下にいるんだろうと、眠りにつく瞬間思った。
Fin.
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