水の優しさ

すずしろさんに感想を送る

「きたねーヒレ!」
「きたねー顔!」
「どっかいけよバーカ!乞食!」
本物の毒針で刺されたこともある。とても痛くて何日も腫れが引かなかった。泳ぐたびに自分の種族を何度呪ったことか。
 種族はヒンバス。大きな目と背びれがぼろぼろ、尾ひれもそんなに立派ではなく、はっきりいって自分でも鏡を見るのもいやになっていた。今日も誰かに罵られるのが怖くて水草の影に隠れていた。メノクラゲやキバニアが通る。見つかったらまた追い回されてしまうだろう。
「あ、いたぜバカだ!あいつと同じ川に住んでるなんてやだね。」
大きくなると海に出て行くドククラゲ。なのにそいつはずっとこの川でボスの座をほしいままにしていた。このドククラゲにヒンバスは何回も刺された。締め付けられた。時には殺されかけたこともあった。自然とヒンバスは逃げる体勢をとる。逃げるだけでは満足しないのか、ドククラゲは追いかけてきた。
「おらよ!死ねよお前なんかいなくたっていいんだからよ!」
ドククラゲの触手はヒンバスから見ても気持ち悪い。絡まれると後が長い。
 と、いきなり流木が勢いよく流れてきてドククラゲを襲った。思わぬことにドククラゲは流木に八つ当たろうとしたが、すでにどこにもなかった。あるのは、川の流れに今にも流されそうなコイキング。上流から流れにのって跳ねたらしいが、その勢いはすさまじいものがあった。みていたヒンバスもびっくりしたほどだ。
「んだとコイキングの分際で!」
何もいわずコイキングは締め付けられてたし、たたかれてた。散々やったあと、ドククラゲはすっきりしたのか、どこかへ消えてしまった。
「ねえ大丈夫?」
コイキングがいきなり話しかけてきた。
「い、いやむしろ君の方が・・・。」
「あんま痛くないよ。勢いだけのドククラゲだから。大丈夫?」
「あ、うん。」
「じゃあ、帰るね。」
しかしコイキングの力ではこの流れを上れないらしく、ヒンバスはコイキングを引っ張りあげた。かなり上流の方まできたが、まだ上るようだ。
「うん、この辺かな。ありがとう。」
「いや別に・・・。君は、僕が気持ち悪くないの?」
「君のどこが気持ち悪いの?」
「いや、ひれとか、模様とか・・・。」
「普通じゃない?だってヒンバスでしょ?」
「そ、そうかなあ?」
「私はヒエン。またああいうドククラゲみたいのがきたら教えてね。跳ねれば結構勢いつくから。」
「う、うん。あ、あの僕はミョルニル。下流の方に住んでるから・・・・。」
「ミョルニルね。わかった。じゃあね。」
流れにうまく乗ったのかヒエンは水草の中に消えていった。

 それからというもの、ミョルニルはあまりいじめられなくなった。ミョルニルをいじめようとすると弾丸のようにヒエンが飛んでくるからだ。それにコイキングをいじめるとギャラドスとなって復讐に来るという噂があるから、ヒエンに逆らおうとしない。
「ミョルニルいる?」
相変わらず流されながらもヒエンは遊びに来る。しかし、最近なんだから流れに逆らって泳げるようにもなっているのだ。ミョルニルが送らなくても自分で帰る。なんだかミョルニルは寂しい気がしていた。
「ミョルニル、あのね。私引っ越すの。」
「え・・・?どこに?」
「海。もう進化が近づいてる。ギャラドスになったら海に行くの。」
「海・・・そんな。そんな遠くに?」
「うん。遠いし、ギャラドスになったら川には秋にしか戻ってこないから・・・。ミョルニルと別れるの寂しいけど、それが約束だもの。」
ミョルニルの頭に呆然とヒエンの言葉が響いた。初めてできた「友達」との別れ。身の半分をはがされるような感覚がした。

 それからヒエンがこなくなったのはそう遠い日ではない。ヒエンのことだ、進化してこっそりと海へ出て行ったのだろう。ミョルニルはいじめられなくなっていた。しかし、同時に友達もいなかった。誰にも相手にされなかった。
 ミョルニルには苦痛だった。追い掛け回されていじめられて、死に掛けたとき、助けてくれたヒエンがいなくなった。忘れられなかった。ミョルニルも海に出たいと思っていた。しかし、進化してないものは海に出たとしてもすぐに死んでしまう。だから進化してないものは誰ひとり海に近づこうとしなかった。

 やがて秋がやってきた。

 海にいったポケモンたちが子どもたちのため、安心して暮らせる川に戻ってくる時期。ヒエンも戻ってくるはずだった。ミョルニルは水中をさかのぼっていくポケモンたちの中にヒエンを探した。ギャラドスの青い鱗はどれも同じに見えて、ヒエンだけを探すには難しかった。水草の中から流れに向かっていくギャラドスを見ていた。
「ヒエン・・・。」
その日はヒエンらしきギャラドスを見つけることはできなかった。それでも、また明日になれば、とミョルニルは待つ。何日も何日も。


「ヒエン・・・ヒエンがいないと、僕は一人ぼっちなんだ。帰ってきてよ・・・。」
寂しくて寂しくてただ待っていた。ギャラドスたちの中についにヒエンを見つけることはできずに。それでもミョルニルは待っていた。誰にも見つからない水草の影で。
「僕は、僕は・・・。」
臆病な自分が情けなかった。ギャラドスたちに聞く勇気さえあれば、ヒエンの行方も知れたのに。

ここを飛び出すべきだ。

誰も通らないことを確認して、ミョルニルは川の流れに乗り、ジェットコースターのように川を下った。ヒエンを探すために。海に出るために。育った場所を捨て、ヒエンを探す。それは途方もない苦労ということは解っていた。


「ヒエンというギャラドス知りませんか?」
「ギャラドスなんですが、まじめな性格でやさしくて・・・。」


辺りにいるホエルコやマンタインにも聞くが、誰もが知らないと言っていた。それ以前に、ミョルニルの姿を見てすっと消えてしまうポケモンが大半だった。
「どこいっちゃったんだ・・・。」
想像以上に海は広かった。ミョルニルの小さな体では全てを探しきることなど不可能。半ばあきらめていた。
 この大きな海では危険が大きい。サメハダーに食べられそうになったり、ホエルオーが海面ジャンプして、その下敷きになりそうになったり、大きなドククラゲに巻きつかれたり。ヒエンももしかしたらとっくの昔にそうなってしまったのかもしれない。
「ヒエン・・・また来年の秋、戻ってこなかったら僕がまた行くから。海に。一旦帰るね。ごめん・・・。」
海に向かってつぶやく。方向を変え、ミョルニルは生まれ育った川へ向かった。嫌でも忘れそうにない、あの川の匂いを追って。かなり遠くに来てしまったが、この分なら1週間程度あれば・・・いける。


 再び川へ戻ってきたときには、すでに季節は変わっていた。ミョルニルの計算は読み違えた。彼が思っていたよりも遥かに遠くに来てしまっていたのである。
雨が冷たく、日によっては川が凍りつく季節。何よりも嫌いだった。水草の陰に隠れても、岩で流れが止まるところにいてもどこにいても体が冷えるから。
住んでいたところは、冬を乗り切るのに一番適していたと思う。ミョルニルは懐かしい場所に帰ってきた。


「寒い・・・。」
冬の川は静かだ。誰もが動くことをせず、ただじっと春の到来を待つ。それが冬だから。でも、ミョルニルは同時にそれが好きだった。誰にもいじめられないから。特に今日のような吹雪の日は。
「ママ〜!!ママーー!!!」
子どもの声。水草の中からのぞくと、早く孵化してしまったコイキング。普通なら暖かい春の日に孵化するコイキングが、こんな真冬の、しかも吹雪の日に生まれてしまうなんて。
「寒いよー!!!さむいーーーー」
遠目で見るのにも震えているのが解る。親は春にならないと迎えに来ない。
「どこー?どこー?ままー!」
かわいそうに、とミョルニルは思った。このままではコイキングは死んでしまう。しかし、誰もが冬を乗り切るのに精一杯なのだから、コイキングなどかばっていられない。
「こっちおいで。少しあったかいよ。」
ミョルニルは声を張り上げた。その声が届いたか、コイキングはこっちを見る。ミョルニルに敵意がないとわかると、流れに乗ってこっちにきた。
「・・・ありがとう。おじちゃん、なんていうの?コイキングじゃないよね?ギャラドスでもないよね?」
「僕はヒンバスだよ。ひれとか・・・気持ち悪いかもしれないけど、生まれつきだから。」
「おじちゃんは優しいから気持ち悪くないよ。」
「そうかい?」
少しうれしかった。ヒエンの他にも、自分を肯定的に言ってくれるポケモンがいて。
「もしよかったら、冬の間、ずっとここにいていいよ。お母さんが迎えに来てくれるまでね。」
「うん。」


冬は厳しい。そして長い。そして静寂。
しかし、確実に春はそこまで来ている。
春風の到来を待つ。
そうして、冬は終わる。


「ミョルニルおじさん、もういくね。」
「ああ、気をつけて。海に出たらちゃんとまわりをずっと確認していなきゃだめだからな。」
春になり、孵化を始めたコイキングで川が赤に染まる。そのうちの何割かは食べられてしまったり、病気などで死んでしまい、生き残るのはわずか。生き残ったコイキングたちを海に住むギャラドスたちが迎えに来る。
「解ってる。おじさんこそ、気をつけて。」
冬に生まれてしまったコイキング。春に生まれた子よりも体は遥かに大きい。そういう子は必ずいじめられる。自分たちと違うから。ミョルニルは複雑な思いをしながら、コイキングに海に行くよう、勧めた。この子ならあと少しでギャラドスになれると思ったから。
「うん。じゃあ、また。秋の産卵で戻ってきたときには、また顔を見せて。」
うなづくとコイキングは下流へと泳いでいった。しかし、急に向きを変えた。
「あ、おじさん、もし秋に戻ってこれたら・・・」
それ以上は言わず、再びコイキングは海へ向かって旅立った。その姿を見送る。ヒエンの姿を思い描きながら。


「あっ・・・。」
あの嫌なドククラゲがいる。しかも生まれたばかりのヒンバスを相手にいじめて楽しんでる・・・。ミョルニルはとっさに反応できなかった。あのいじめる相手だ。勝てるわけがない。それでも、子どもを、しかも生まれたばかりの子を選んでいじめてるなんて・・・。
「やめろ!!!」
80本ある触手の中にミョルニルは突っ込んでいった。いじめられなくなったせいで解らなくなったか、ドククラゲが小さく見える。
「うわ!なんだこのミロカロス!!!」
突っ込んできたミョルニルに対し、ドククラゲは慌てる。成長したミロカロスに勝てるわけがない。
「ミロカロス?僕はミョルニルだ!僕をいじめるのはかまわない、だけど、生まれたばかりの子をいじめるのはやめろ!」
無我夢中でドククラゲに体当たりし、長いしっぽを振り回して追い払おうとした。ドククラゲもあのミョルニルと知ったはいいが、今は勝てる相手でないと判断し、逃げていった。
「ミロカロスのおじちゃんすごーい!!」
ヒンバスの子がまっすぐ見上げてきた。
「え?僕はまだ・・・。」
「ねえねえ、わたしもおじちゃんみたいになれる?かっこいいミロカロスになれる?」
ヒンバスの子はミョルニルに向かってそういった。
「・・・うん、なれるよ。」
「ほんと?」
その子のうれしそうな顔といったら・・・。ふと小さいころの自分を思い出した。こうやっていじめられたとき、ヒエンがさりげなく助けてくれて、すごい嬉しかった。
「ああ、ヒエン・・・そうだったんだね。」



君がいなければ、僕は何もできなかった。
頼ることしかできない、弱いヒンバスだった。
君がいなくなって、二つも季節が過ぎて、ようやくわかった。
君が助けてくれなければ、僕は生きていくのも嫌だった。
でも、君に頼りすぎていたんだね。

大丈夫、もう僕は生きるよ。君と同じように、弱いものを助けながら。


「おじちゃん?」
「ううん、なんでもないよ。早く大きくなるといいね。」
「うん!」


そしてまた秋になる。再びギャラドスたちが上ってくる。
その中に、やはりヒエンの姿は無い。
しかし、それをこっそりさがすミョルニルの姿も無い。
「やはり、君は・・・。」
「あ、ミョルニルのおじちゃん。」
大きな体のギャラドスに呼ばれ、振り向けばあのときの・・・そう、コイキング。
「あ、君は・・よかった、生きていられたんだね?」
「うん。こうやって戻ってこれたの。優しいヒエンのおばちゃんに育ててもらって。伝言もらってるのよ。」
ミョルニルは耳を疑った。戻ってこないヒエンが?この子に伝言・・・?
「『海にはドククラゲなんか比べ物にならないほどの強いやつらがいて、そいつらを追い払うために私は川に帰らない。でもミョルニルなら平気よね。川にいるドククラゲから私の仲間たちを守ってほしい。』だって。」
「そうか。じゃあ、海に戻ってヒエンに会うことがあったら、伝えてくれる?」
「いいよ。そのためにヒエンおばちゃんに居場所聞いたんだもん。」
しばらく黙り、言いたいことを整理して、ミョルニルは喋りだした。
「『ヒエンが持つ優しい心があったから、僕は進化できたよ。ありがとう。もう心配は無い。』って。」

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