『 T 』

無々さんに感想を送る

「いざ勝負!!」
 目の前にごついポケモン達が並ぶ中、一匹のイーブイが冷たい視線を投げていた。
「…懲りない奴等だな、御前達も。」
 ザッと見て、約10人。その中の1人…サイドンは大声をあげた。
「喧しい!お前に勝てたら長の座をもらうぞ!」
「や、別に俺に勝たなくてもいいんだけど。持ってきたいなら持ってってくれ。」
 そんなティーのセリフは全く無視。総勢10人の巨大ポケモン達は、一斉に跳びかかった。それと同時に、ティーは舌打ちした。
「…別に俺の許可なんざいらねぇだろーが。話を聞けよ、御前等は…」
 サイドンの地震がティーの真下の地だけを揺らそうとした。しかし、ティーは怯むことなく、飛び上がり、サイドンの右隣に着地する。これで、地震の攻撃をしたもんならサイドン自身にも被害が及ぶ。
 カメックスがハイドロポンプを繰り出した。ティーは空中を舞い、サイドンの角に4足を載っける。すると、自然とカメックスの標的はサイドンの角となってしまうので、サイドンは苦手な水攻撃を受けることになるのだ。
 そんなこんなで、約30分後。
 他は相打ちだったりどうだったりで、ティーが1人だけ残った。
「ふん、毎日毎日鬱陶しいんだよ。これに懲りたら大人しく皆でジャンケンして決めな。」
 ティーは音もなく踵を返すと、森の奥へと消えていった。


 ティー。それがこのイーブイの名である。
 ティーは森の中で一番強かった。冒頭で述べたように、相打ちを狙うことも出来たが、やろうと思えば、己の技だけで追い払うことも出来る。森では一番強い者が長(おさ)ということになっていたので、皆必死で長になろうとしていた。なにしろ、長になれば、森の美女、ロコンのミータと結婚できると言うのだ、無理もない。
 ミータは言わずと知れた、強い者が好きな娘で、どこからともなく、「それじゃあ長になったヤツは結婚できるんだ」という噂が流れてしまったので、更に事態はでかくなるなる。当然、ティーは第一被害者だ。別に長の座もいらないし、ミータ嬢のこともどうでもいい。寧ろあの元気な娘は苦手だ、と思っているくらいだ。それでも、一番強い以上、長にならなきゃいけないし、色んな人の反感を買わなければならない。…どうしたもんかねぇ…。

 森の中を歩みながらティーは溜息を吐いた。
 別に強くなりたくて強くなったわけじゃない。イーブイってのは人間の間では珍しいらしく、よく捕獲されそうになるのだ。そのため、有る程度の強さを備えてないとあっというまに餌食にされてしまう。ついでに、それを回避するために、人間の繰り出すポケモンと戦っているうちに経験値を稼いでしまうのだ。
 ちなみに、冒頭のような戦いは日常茶飯事。1日に5回はやっている日課である。…これも経験値を稼いでしまう原因の1つなのは確かだ。
 ティーは木々の間から覗く、真っ青な空を見あげた。
(…別に…いらないのに…。)
 強さも名誉も婚約もいらない。欲しいのは…名前を呼んでくれる者だ。
 ティー
 いつの間にかついていた自分の名。生まれたとき、親はいなくて、広い野原に1人だったから、親じゃないことは確かだ。
 ティー
 自分以外は誰も知らない名前。誰かに呼ばれたこともない。いつのまにか、自分を捕まえてくる人間も、自分を狙ってくるポケモンも、皆が皆、敵だったから。



 いつも来る秘密の場所。森の奥の奥の洞窟を進んでいくと、小さな隙間がある、そこを更に進むと、鍾乳洞がある。更に進と、…泉がある。
 ここには誰もいない。
 ティーが唯一ゆっくりと時を過ごせる場所だった。
 流れゆく水の音がティーの耳を撫でる。暗い洞窟の中で、碧い水が流れ、僅かな岩の隙間から差し込む陽光が水を照らす。すると、水は宝石のように輝くのだ。
 ん?
 何か…いつもと違う…。
 ティーは首を傾げた。泉の片隅に、丸い物体がぷかぷかと浮きのように浮いているのである。そっと近づくと、暗くてよく分からないが、随分柔らかそうなボールのようだった。持ち上げてみると…想像以上の重さにティーはひっくり返り、水の中にドボン。水は意外と深いらしく、ティーの体はそのままの勢いで、沈んでいく。
(やべっ…息が…)
 口を押さえながら、上を向くと、ボールの真下が見えた。


 ……………ちょっと待て。






 なぜ…、 顔 が あ る ! ?


 ティーはその恐怖のため、ぶはっと口に閉じこめていた空気を全部吐き出した。慌てて、犬かきで地上まで戻ったため、ティーのいた場所の丁度真上には泡がまだ残っている。
「お…おいっ!お前!!大丈夫ッかあ!!」
 最後の一言のときに、持ち前の力を発揮して顔のあるボールを自分が今居る場所へと引き上げた。
 その顔があるボールは、目をぱっちりと開けたまま、無表情に固まっているプリンであった。ティーは顔をのぞき込んで、プリンの腹らしきところを突いた。
「…おー…い…、大丈夫…か…?」
 言い終わると同時に、プリンの口から、プリンの体の倍はある水を噴水のように吹き出される。…当然、真上に位置していたティーの顔面にざばざばとかかってしまうわけだ。
 一通り、吹き終わると、プリンはむっくりと起きあがった。なぜ体の倍以上もの水が入っていながら、からだが萎んでない?っていうかその前に、どうやったら体の倍の量の水が入るんだ。
 そんな突っ込みはさておき、ふさふさの毛をびしょびしょに濡らしたティーは目を半分だけ開けて、伸びをするプリンを眺めていた。
「あ゙ー…、死ぬかと思った!!」
 プリンはしっかりと直立すると、犬が水を払うときのように体を震わせた。勿論、とんだ水はティーにかかる。
「助けてくれてありがとう!もう少しで三途の川を渡るとこだったよ!」
 この無駄に爽やかを装っているプリンさん、一体全体、なぜ、こんなところで浮かんでいたのだろう…。
「僕、チャロ。君は何ていうの?」
 かなり唐突な、その質問に答えるのに、しばらくの時間を要した。そして、時間が経った跡でも、ティーの第一声は「へ?」という間抜けなものだった。プリンはまぁるい頬をぷーっと膨らます。
「名前だよ、名前!君、名前ないの?」
「えっ…あ…いや…、ティー…」
「ティーっていうの?」
 ティーはゆっくりと、ためらうように頷いた。言ってしまった…、と内心ドキドキしながら…。
「そ!ティーか。よろしくね。」
 チャロはひょいと丸い手を出して、強制的に握手した。温かくて、柔らかくて…。戦うときに触れる、冷たさや堅さは全然無くて、ティーは目をとろりとさせた。
「ところで、ティー、僕、ミータっていう人を探してるんだけど、知ってる?」
 ティーの顔が僅かに歪む。これは、あの馬鹿うるさい娘に用かよ…、と無言で表していたのだが、チャロはそんなことはおかまいない。
「良かったら案内してよ。兄ちゃんに頼まれたお届け物があるんだ。」
「届け物?」
 チャロの言葉をオウム返しする。チャロは頷いた。
「僕の兄ちゃん、プクリンなんだけど、ともだちサークルの店長なんだ。」
「ともだちサークル?」
 再び、オウム返し。
「うん。救助隊の人たち用につくられた、広場を売ってるんだよー。」
 わけがわからなくなってきた。
 ティーはとりあえず、ミータ嬢の所へ行き、こいつを手放すのが適策だと考え、歩き出す。狭い隙間にチャロはつっかえながらもティーのあとをついてきた。

 おそらく、ミータ嬢のことだから、ラベンダー畑にでもいるだろう、と考えながら足早に森の中を歩く。ティーからしたら、あんな強烈なトイレの芳香剤のにおいがするところは出来れば行きたくないのだが…仕方がない。
「ねぇ、ティー。」
「?」
「ミータ嬢って美人?」
 チャロの言葉に、危うくティーは頭から突っ込んで転けるところだった。
「はあァ?」
「いやねぇ…、兄ちゃんの話によると、絶世の美人だっていうからさぁー……ふふふふふふふ」
 言葉の最後の方は、本人の怪しげな笑いによって、かき消される。ティーは顔を引きつらせた呆れ顔で苦笑した。…こいつも狙ってやがる…。
「…モノにするなら無理だぞ。」
「えー?なんでさ?」
「そりゃだって俺を」
「勝負だああぁあぁぁぁあああぁぁぁっっ!!!!!!!」
 げ、とティーは心の中で呟いた。もしかしたら、口に出ていたかもしれない。
 目の前にはまたまたごっついポケモン達。もうおまえらいい加減にしてくれ、と言わんばかりの溜息をティーは1つ吐いた。…瞬間、チャロがティーに吸い付くように抱きついた。ティーの顔に、驚きと困惑の表情を浮かべながら、叫んだ。
「ちょ、馬鹿!放せどけ離れろ!!」
 その次の瞬間には、カイリキーの空手チョップが迫っていた。
 ティーはチャロをくっつけたまま、宙を舞う。が、重量オーバーのため、すぐさま地面に転落してしまった。口から小さな悲鳴を漏らすと、チャロを無理矢理にでも引きはがそうと、前足で押してみるが、ビクともしない。チッと舌打ちすると、敵ポケモンの間をすり抜けて、森の奥へと逃げ込んだ。しばらく走ってみて、後ろからの追っ手を随分離して来たことに気づき、足を止める。
「…おい、いつまでくっついてんだよ…。」
「ううう…、恐ろしや恐ろしや…。」
 くっついていた体を離すなり、チャロは口の前で手をくっつけて、拝むように頭を下げた。その姿に、ティーはあきれ果てた顔をして、チャロの前を通り過ぎる。
「男の癖にだらしないぞ、お前。」
「…う…うるさいなぁ!恐いものは恐いんだよ!!」
「ミータはその木のよこの細い道をずーっと行ったところにいると思うぜ。」
 1つだけ溜息を落とし、それだけ言うと、ティーは元来た道を歩いていった。一度逃げ出しても、売られた喧嘩は買うってのが礼儀。長年の経験から、ティーはよくわかっていた。
「…ま…待ってよ!どこいくのさ!」
 遠くから、チャロの声が聞こえる。
「ティーってば!!」
 名前を呼ばれて思わず足が止まる。再び、チッと舌打ちすると、苛立ちが込み上げてきた。
「…俺に名前なんかいらないっ!!!!!!」
 強く…力を込めて叫んだ。今までは呼んでもらいたくて仕方がなかった名前も、今はうっとうしい。戦いの中でしか生きられない自分に名前などいらない。
 誰も呼ばなくていい。
 振り返りたくなるから。
 振り返ったら悲しくなるから。
 すべてを敵に回した自分は誰かを愛することが出来ないから…。

「勝負の途中で逃げるとは…とんだ根性無しだな…。」
 いつの間にか、ティーの周りを囲んでいたポケモン達の数は、半端じゃなかった。今度こそ、ティーに余裕などない。
 けれども、ティーは笑った。
「…来い。」
 その言葉を合図に、ポケモン達は一斉に攻撃を仕掛け始めた。
 次々に攻撃を避けながら、ティーは考えていた。
 戦いに身を任せればいい。
 誰も名前を呼ばなくていい。
 初めから、名前などなければよかった。
 呼んでもらっても、悲しいだけだから…。
 呼んでくれる相手を、守ることは出来ないのだから…。
 …弱いなぁ…、自分は。

 そこまで考え終わったとき、ティーの体に火がついた。
「っつ…!!」
 …油断した。体に火を付けたまま、ティーはバシャーモに向かって突進する。体が熱いけど、今はそれでもいい。
 体にエアームドの固い鋼の羽根が食い込む。
 オコリザルの重たいパンチが腹を貫く。
 ネイティオのサイコキネシスが、体を空中に止める。
 けれども、怖さは全くない。痛みは酷い。けれども、苛立ちの方が…否、あきらめの方が強い。ここで負けてしまえば、すべては終わるのだ。
 目を閉じかけた、その時だ。心地よい歌が聞こえてきた。
「…チャロ…?」
 高い音、低い音、テヌートからスタッカート、スラーにドルチェ…すべてを正確に、けれども堅苦しくない音楽が耳に響いた。…眠くなる。周りのポケモン達も次々と倒れていった。そして、ティーの記憶もどんどん薄れていった。
 チャロはそれが見える木の上で、ニッコリと笑った。
「…ふふっ…、良い夢を…。」



 気が付いたときには、もう夜中で…、誰の姿もない、あの秘密の場所にいた。
「…チャロ…?」
 名前を呼んだけど、誰の返事もない。
「チャロ?」
 少し大きな声を出してみる。けれども、やっぱり誰もいない。
 起きあがってみると、体中に激痛が走った。でも、そんなことはどうでも良い。あの狭い通路を通って洞窟を出て、森の奥へと歩く。
 暫く歩いて着いた小さな広場。そこには、敵のポケモン達が倒れていた。
「…何…だ…、これ…。」
 昨日、自分に襲いかかってきたやつ、全員が、傷だらけになって倒れている。辺りには、火をまき散らした跡や、土を強く踏んだ跡、木にぶつかった跡など、様々な跡が残されていた。
 ティーの上空で、笑い声が聞こえた。上を見上げると、チャロが木に座っている。
「ミータさんへの用事が終わったんで、僕、もう帰るね。」
 笑っていた。昨日見せた笑みを、そのまま今日に移したみたいな…。
「チャロ…、こいつら…。」
 尋ねてみても、チャロは何も答えない。ただ、こちらを見て笑っているだけだった。
「チャロ…」
「なぁに?」
「おまえがやったのか?」
 やっぱり、チャロの返事はない。代わりに、ふわふわとティーの前に下りてきて、もう一度笑った。
「ミータさん、想像以上に絡みづらい人だった。だから、もういいや。」
「…そっか。」
「だからきっとねぇ、もうここに来ることもないと思うんだけどー…」
 チャロはひょいっと軽く手を出す。
「もし、何かの拍子にここに来たら、お手合わせ願える?」
 目を見開いて、そのまま時の止まってしまったティーの手を初めて会ったときのように、強引に掴んで振る。そして、大きな碧翠の瞳をとろりと細めると、優しい微笑みを浮かべながら言った。
「…ティーって名前、すっごいいいね。」
 チャロの言葉に、ティーは頬を赤く染めた。
「………さんきゅ。」
 不器用なティーの感謝の言葉を聞いても、チャロはやっぱり同じ笑みを浮かべていた。

 すうっと大きく息を吸うと、軽めの歌をティーの前で歌う。簡単なマーチだった。けれども、それは全然元気な曲じゃなくて、どこか切なくて悲しみの表情をちらつかせる、短調の音楽…。

 歌い終わると、チャロは御辞儀をし、ティーは拍手をした。
「………なぁ、昨期の話だけどさ」
 今度はティーが話を切り出す。チャロは「うん?」と簡単な返事をした。
「何かの拍子に、じゃなくって…で、来れねぇの?」
 今度は、チャロが丸い目を更にまん丸にする番だった。
「そんとき、また、歌聞かせて欲しいんだけど…。」
「………うん、わかった。男同士の約束だよ!」
 そんなくさいセリフをどこで覚えたんだか…というのは置いておいて、その言葉に、ティーは顔をしかめた。
「…なんかさ、皆、勘違いしてるみたいだから、言ってみるけど…」
「へ?」

























































「俺、女だからな。」


































「 …………… へ!!!?? 」







                       ------Fin.

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