一夜一闇 ~死神~
kaRasuさんに感想を送る
ポケットモンスター”縮めて“ポケモン”。
ポケモンは、その生態にまだまだたくさんの謎を秘めている
不思議な生き物。
草むらや洞窟、海などに生息している野生のポケモンもいれば
人間となかよく暮らしているポケモンもいる…
そして人々が嫌って止まない、人と闇夜の狭間にも…
世の中は複雑と事情で溢れ返ってるらしい。
俺に言わせれば悲劇気取りの、ロマンチスト野郎の集まりみたいなもんさ…
そんな訳有り連中が、陽に当たれない事を僻んで
生活費だ傷の舐め合いだで乱痴気騒ぎしてるだけだろ?
俺も同じ穴の狢なんだろうけど、お構いなしに自分の事を棚に上げて
“Machiavellism”だ。
ここは闇バトル、弱肉強食の腐敗と想の掃き溜め、そして俺の…
T
カントー・ヤマブキシティの夜
煌びやかなネオンと、街灯の光に包まれた歓楽街の大通りを、
堂々と占領する
群集に囲まれた闇バトルは、相変わらずの歓声と罵声、絶叫の渦の中、
“流し屋”の改造ワゴンに積んだ、大型スピーカーから流れる
BGMの爆音が拍車をかけ、対峙する二人の“闇トレーナー”の
逃げ場を塞ぎ、安全も融通も無い決闘を押し付ける様に、
無責任なまでに盛り上がっていた。
片方の闇トレーナーは、施した自慢のメイクも汗で溶け出しており、
その眼は既に、満身創痍に陥っている自分のポケモン、
“ギャラドス”と同様、焦りと恐怖に血走って、正気を失っていた。
一方の闇トレーナーはあられもない顔で叫んでいるギャラリー達を
見下す様に、そして敵意を抱きながら眺めていた。
四方八方に散る金色の髪と、白内障の様な白目に、
際立って目立つ小さな黒目は、目の前にいる自分のポケモン、
青白い体と歪で鋭い手、口から食み出した無数の牙と背中から突き出した
数本の刺を持つ、“異形のゴースト”と同じ、異様だった。
闇バトルの世界に突如現れ、闇トレーナー達だけではなく、
普通のポケモントレーナー達からも
知られ恐れられる“死神”の圧勝は明白だった。
BGMで流れる“Ash silver”のコアメタルなナンバーが
流れ終えると、間髪入れずAsh silverの次の曲が流れ始めた。
スローでおどろおどろしいピアノのメロディーの中、
死神の眼はギャラリー達から離れ、相手の闇トレーナーに向いていた。
ピアノのメロディーを掻き消してゆっくり目のテンポを刻む
ドラムと、耳を劈くギターのメロディーが始まり、
死神はそれに合わせて全身を使ってヘッドバンキングし始めた。
ゴーストもギャラリーも一緒になってヘッドバンキングする光景は、
狂乱と言う言葉意外に相応しい物は無いだろう。
「チクショウ…チクショー!!ギャラドスっ!だいもんじだ!!」
最初に動きを見せたのは闇トレーナーの方だった。
闇トレーナーは裏返り気味の声でギャラドスに指示を送ると、ギャラドスは
必死にその巨体を起こして、大きく息を吸い込んで限界の所で
勢い良く巨大な炎の塊を放った。
炎はギャラドスの口から離れ、ブワッと大きく大の字に開き、
正面にいるゴーストに向っていった。
「ウゥゥオォォォアアァァ!!」
迫り来るだいもんじに恐れる事無く、死神はだいもんじの炎に向って
地の底から響いて来る様な奇声で叫び出した。
BGMで流れている曲の雰囲気に合う、凄まじいシャウトに
ゴーストは反応する様に、動き出し、右手で
シャドーボールを作りながら一直線に向っていった。
そしてだいもんじ中心に叩きつける様に、出来あがった
シャドーボールを放ち、だいもんじとシャドーボールは、
触れると同時に小さな爆発を起こしたが、それでも炎系の中でも
大技に入るだいもんじは消える事無く、中心に僅かに穴が開き、
大の文字が歪む程度だった。
しかしゴーストは怯む事無く、その僅かに開いた穴に身を捩りながら
飛び込み、だいもんじを避けた。
一気に縮まった間合いと大技で生じた隙に闇トレーナーは
絶望感で満たされ、ギャラドスにも諦めが過った。
ガッという生々しい音と共に、ギャラドスの首筋にゴーストの
身体から離された左手が深々と突き刺さり、ギャラドスを締め上げた。
「ヒッ…やっやめろ…やめてくれぇー!!」
必死に慈悲を求め、恐怖と絶望で無様に叫ぶ闇トレーナーをゴーストは
嘲笑うかの様に視線を送ると、全身を痙攣を起こしたかの様に震えさせた。
次第にゴースト周りにバリバリバリと電気が帯び、
止めの一撃を溜め出した。
「命乞イハ、公式戦デホザケヨ…」
死神の外道の様な捨て台詞と同時に、ゴーストは十万ボルトを繰り出し、
虫の息のギャラドスに止めを刺した。
十万ボルトの凄まじい音と光が止むと、ギャラドスの巨体は
脆くも崩れ去り、ゴーストは左手を元の位置に戻して、死神の元に戻った。
「グガアアアォォォォ!!」
「ァァァァァァアアアアアーーー!!」
ゴーストは両手を広げ、勝利のおぞましい雄叫びを上げ、
死神もそれに同調するように奇声を夜空に向い、天高く上げた。
このシャウトもまたタイミング良く流れている曲の
メロディーに合っている。
偶然なのか、それとも全て計算された演出なのか、何れにしても
ギャラリー達はその死神の圧倒的な強さに歓声を送った。
死神と呼ばれる闇トレーナーが、あっという間に強敵揃いの闇バトルで
名を広めたのは、この狂暴さ故であろう。
叫び終えた死神は、ゴーストをモンスターボールに回収しながら、
敗北した闇トレーナーの元に向い、ギャラドスの元で震えながら崩れている
闇トレーナーを人の物とは思えないおぞましい眼で凝視した。
「ハンパ野郎…お前が招いた結末だろう?…有り金置いて消えろ…」
「ヒッ!ヒィィィィィ!!」
死神は静かな口調で闇トレーナーに話すと、闇トレーナーは震える手で
財布を取り出し、死神の足元に投げ渡し、ぐったりとしたギャラドスを
モンスターボールに回収して、悲鳴にも似た声を出しながら、
バトルフィールドを後に壁の様に立ちはだかるギャラリー達を
掻き分けて、逃げる様に走り去って行った。
死神は闇トレーナーが置いていった戦利品の財布の中を軽く見ると、
大して興味も無いような表情でしまい込んだ。
敗者は全てを失い、勝者も勝ち続けなくては失ってしまう、
そんな血で血を洗い続けるのが闇バトルだが、あの闇トレーナーは
運が良い方だ、賞金全額払いという、最も基本的な
闇バトルのルールだけで済み、ポケモンも命に別状も無く、
トレーナーも精神面を除けば無事なのだから。
死神はゆっくりとバトルフィールドの中央まで行き、
手当たり次第に周囲を睨み散らした。
「こんなモンかぁ?もっと来いよぉー!!」
死神は右拳で自分の心臓を何発も殴りながら、欲求不満を
周囲に叫び散らした。
バトルとは無関係のギャラリー達は、その死神の狂気を
纏った強暴さに、更に盛り上がった。
ギャラリー達に紛れている闇トレーナー達は、死神に憎悪を抱きながも、
フィールドに足を運ぶ事を躊躇い死神を睨むしかなかった。
「俺が相手だ!!死神!!」
一瞬ギャラリー達が静まり返り、死神は声の先に振り向いた。
その先には赤髪で、歳は死神より少し上ぐらいの男がいた。
「言っただろ、やるしかないって…」
死神はさっきまでの暴れ振りが嘘と思えるぐらい冷静でいて、
知性を感じさせる表情になり、上目遣いで静かにその男を睨んでいた。
ふと気付くとBGMの曲が終わっていて、次の曲が始まろうとしていた。
U
「…って言うかさぁ〜」
突然口を開いた“走(ソウ)”に、ポケモンセンターのロビーで
熱心に、そして憧れを抱いてテレビを観ていた全員が、ソウの方を見る。
ソウはソファに深く座り、ふてぶてしく無防備に右手をズボンのポケットに入れ、背凭れの部分に広げた左腕の手にある煙草は、
真っ直ぐと天井に向って伸びていた。
金色に染められた長めの髪に、シンプルなリングのピアスを
右耳に二連に付け、その目にはオレンジと赤のカラーコンタクト。
黒いランニングシャツに、襟に毛のついた真っ白なジャケットを着て、
肌蹴気味の胸元には、カミソリの形をしたネックレスと言う容姿で、
テレビから視線を外さないその姿は、似合ってこそいるが、
余り良い印象を持てない雰囲気だった。
「四天王のワタルってさぁ、“ナル夫”君だよねぇ、
でなきゃあんな赤いマントを堂々と靡かせらんねぇよ…
しかも似合ってる辺りが痛ぇなぁ…」
周りの反応は似た様な物で、全員がポカンと口を開けていた。
テレビに映っている四天王のワタルの姿を見て、そのまま思った事を
口に出したらしい。
思った事や感じた事を、直ぐ表に出すのがソウの性格だが、それを知らない
赤の他人には、頭の上に?マークが出るだけだった。
「…何だか先の読めるバトルだなぁ、ワタルのカイリュー、
止めとばかりに“龍の息吹”出すぜ…そして相手のバクフーンは
避けようとして結局当たるんだ…」
ソウは周りの反応を気にする事も無く、次々に言葉を発し、
今度は急にワタルのバトルについて話し出した。
“BTV”は、一般向けに各地のポケモンバトルを放送している
チャンネルだが、メジャーなトレーナーや一流と言われる
ポケモントレーナー達のバトルも見れるとあって、トレーナー達にも
人気のあるチャンネルだった。
ソウの言っている事が、実際どうなのか、再びテレビに全員が視線を移すと、テレビに映るカイリューは力を溜め込むように俯くと、次の瞬間、
真っ青な炎の様な塊をバクフーンに向って放った。
カメラがそれを追いながら、バクフーンを中心に全体の画に切り替え、
バクフーンが左側に避け様と走り出しだす姿が映されたが、
龍の息吹は、カイリューの口から放たれた時よりも、かなり大きく広がり、
バクフーンは避け切れず、直撃こそしていないが、大きく吹き飛ばされ
ダウンした。
「ほら、ビンゴ!龍の息吹はドラゴンタイプだけど、性質は炎に近い…
間合いが離れてると、龍の息吹はどんどんデカくなっていって
避けるのが難しくなる…
逆に密度が薄くなっていくから、こう言う時は衝撃のある技で
相殺させるとか軌道をずらしてから避ける方が返ってリスクが少ない」
ソウの読みは見事に的中して、ソウは得意げに解説まで添えて見せた。
周りのトレーナー達は呆気にとられ、テレビを観ていた。
画面の右上には確かにライブと表示されており、
ソウが事前に知る事は不可能な事は明白だった。
「カイリューは近距離も遠距離でも大技が多い、
フィールドの何処にいても大体は不利になる。
氷系の技が無いなら、回避に八、攻めに二の割合で
それも補助系を中心に、防御や特防の高さを無視して
ダメージを与えて行く…
ワタルもカイリューもその内、ウザさに耐えられなくなって
場違いな事をする、そこを畳み込めば…
つうかあのトレーナー、バクフーンなんてイカしたポケモン持ってんのに、
なんでそうしねぇかなぁ…」
どうでもいいような部分を観ているのかと思えば、
しっかりとバトルを総合的に観ていたソウがぼやく様に話した。
ソウが相当場数を踏んでいるトレーナーである事が、全員に伝わったが、
それとこれは別で、このケースは夢中になって読んでいる
推理小説の犯人を話す事と同じぐらい、罪な行為だ。
テレビを観ていたトレーナー達は、それぞれ不満や冷めた表情で、
ロビーから散り散りに去って行った。
「あれっ、ジュース忘れてるよ、要らないの?
もらっていいの?飲むよぉ〜?…ヘヘッ儲け儲け」
ソウはテーブルに置いていかれた缶ジュースに対し、
義理で持ち主のトレーナーに教えたが、トレーナーが要らない事は、
解かり切っていたので、自分の所へジュースを持って来て、それを飲みながら
テーブルの上に靴を履いたままの足を投げ出し、ロビーのテレビを独占した。
「四天王のバトル観たって、四天王には成れねぇよ…」
ソウは煙草を咥えながら、リモコンを手にあと数分で始まる、
昼の人気バラエティ番組にチャンネルを合わせながら呟いた。
ソウは典型的な実践派で、観る聞くが苦手な性格だ。
どっちが勝つかと思うよりも、俺ならこうすると言う
考えに自然となってしまう為、観るだけのバトルだと余計に
苛々する性分だった。
何よりもテレビ越しのトレーナーに賞賛を送り、憧れを抱いた所で、
自分に何のプラスにもならない。
四天王だって結局はポケモントレーナーで同業者だ、その同業者の手の内が
伺えるのなら、憧れるよりも先にそいつを倒す算段を
立ててた方がよっぽど現実的だ。
押し付けがましい勝手な行為だが、自分主義のソウはそれを気にする事も無く、夢見がちなトレーナー達をテレビから追い払い、
まんまとテレビ独占したのだった。
「マジスかぁ〜?それシャレになんないッスヨぉ〜!」
「バカヤロー…俺だからイチコロよぉ!」
「流石、…の道化師!渋いッスねぇ〜」
いよいよ観たかった番組が始まろうとしたその時、ソウの後頭部の方で
数人の話し声が聞こえ、その声はどんどん大きくなり、挙句はテーブルを囲む
左右のソファに座り込んできた。
こう言う時は見るつもりが無くても、無意識に目が動いてしまう物だ。
ソウが一瞬見た連中は、自分に負けず劣らずの、若者お得意のスカした
雰囲気と慢心さに溢れた、あからさまに気に食わない連中であった。
ソウは姿勢を保ち、とりあえずはこいつ等を野放しにして見る事にした。
自分主義と言っても、自分から仕掛けて無駄なトラブルを招く事はしない、
それが一応のルールだ。
こう言う柄の悪いトレーナー達は何処にでもいる物だ。
だからこそ、堅気のトレーナーか“そうじゃないトレーナー”かを
見極めておく必要がある。
どちらであろうと行動を起こす時は起こしてやるが、堅気には
少々手荒過ぎる。
ソウのそれなりの優しさが、この連中の横暴さに対して
譲歩している理由だった。
「でも本当に現れんスかねぇ?」
「間違えねぇよ、クチバの闇バトルを仕切っている、
ヤクザから仕入れたネタだ、“死神”はヤマブキにいる、
今夜辺り出るぜ…野郎も今夜でお終い、俺のギャラドスで
“社会の厳しさ”ってやつを教えてやらぁ」
「“闇の道化師”、伝説の始まりッスねぇ、新時代の始まりッスよぉ」
ソウは番組を観ながらも、連中の話に聞き耳を立てていた。
会話の内容のは、ソウにとって実に興味深い物で、
どうやらこいつ等は闇トレーナーで、しかも“あの死神”を
標的にしている様だ。
ソウはテレビの中の、番組進行を無視してやりたい放題している、
司会者の姿を観てか、それとも連中の身の程知らずな会話を聞いたからか、
両手を組み枕にしながら、笑みを浮かべていた。
「おい、兄ちゃんよぉ、皆のテレビは皆で使うもんだぜ、
リモコン置いて失せろや」
会話が終わった途端、早速とばかりに一人がソウに絡んできた。
確かにポケモンセンターの物は、皆で使うのがルールだが、
こんなふざけた連中に従うのは気に食わない。
普通なら鉄拳の二三発を添えて、リモコンを渡してやるが、
ソウは煙草を灰皿に押し付けてから、ゆらりと静かに立ち上がり、
テレビのリモコンを道化師の手に落とす様に渡すと、ポケモンセンターの
出入口に身体を向けて、御楽しみは夜まで取っておく事にした。
「お前…“死相”が出てるぜ…」
ソウは道化師達に背を向けたまま、小声ながらも
道化師達に聞こえる様に言うと、そのままポケモンセンターを出て行った。
道化師達は頭に?を浮かべた様子でゆらゆら歩くソウの後姿を見ていた。
やはりソウ言う事は他人には解かり辛い様だった。
街の風景など、何処も似たような物で、昼も夜も変わらず、
車だ人だと忙しなくひしめき、むさ苦しさを覚える、ソウは
昼の街は特に嫌いだった。
忙しなさは我慢できるが、陽の光が自分の全てを
照らしている様で、不愉快になる。
特に後ろめたい事があると言う訳でも無いが、それでも陰と言う
安心感が欲しかった。
ソウはジャケットのポケットに両手を突っ込み、猫背で
当て何処無く街を歩いていた。
視点も特に何かに合わせること無く歩いていると、
フレンドリーショップのショーウィンドウに貼られた特売広告が
何となく目に入った。
「レイルジョイント付き新型モンスターボール…
別売り軟式レイルベルトにワンタッチでガッチリ固定、
今なら十個買ってプレミアムタイプ一個プレゼント…」
何となく広告を読んでみたが、その商品に大した魅力は感じられず、
ソウは再び歩き出そうとしたが、目の前を何者かが立ちはだかり、
ソウの足を止めた。
ソウは猫背のまま、目だけを上に向けて、その者を見ようとしたが、
逆行で顔は良く見えず、相手が自分を見ている事ぐらいしか解からなかった。
背丈は自分より少し高く、赤い髪が印象的なこの男は明らかに、
自分に用があって立ちはだかっているらしい。
「お前、死神だろ?眼で解かる…お前に話がある、俺は“ジェス”」
男はソウの正体を眼だけで見抜くと、自分の名を名乗り、
尚もソウを見ていた。
―只者じゃねぇな…―ソウの本能がジェスから漂う雰囲気を察し囁いた。
V
薄い赤が空を覆う中、ソウはジェスに導かれるまま、
近くの自然公園に連れて来られた。
木々が覆い茂り、日の光を遮る場所はソウの心を落ち着けていた。
ソウは立ち並ぶ木の一つに凭れ、崩れる様に座り込み、
その正面にジェスは立ち、ソウを見下ろしていた。
「こんな場所に連れてきて、告白でもしてくれるわけ?」
「フッ、そう突っ掛かるな…“同類”として
ちょっとした頼み事があるのさ」
ソウの挑発的な言葉に対して、ジェスの応対は随分と落ちついた物で、
ソウに対してまるで敵意が無いと言う事を伺わせた。
黒いレザーで身を固めたジェスの容姿は、細くもガッチリしていて、
シャープな赤い髪との色合いも良く、思わず憧れを抱いてしまいそうなぐらい
似合っていたが、ソウは心の中で、そう思ってしまう事を
必死に拒み続けていた。
自分主義なソウは自分は自分、他人は他人と、はっきり区別したい性質だ、
憧れでも、それに似た感情でも抱いてしまう自分が許せなかった。
ソウはジェスから目を逸らし、ズボンのポケットからガサゴソと
煙草を取り出して咥えた。
「なんだ、同業者か…」
「違う、“同類”だ…俺とお前は“普通じゃないポケモン”を持つ
“Exile(エグザイル)”だ、そうだろ?」
ジェスの口から一般的に聞き慣れない言葉が次々と出て来たが、
この僅かな会話で、ソウはジェスが何者なのか
大方理解出来、薄ら笑みを浮かべた。
「随分と直球ストレートに言うね、エグザイルか…
“オーバーモンスター”を持つ、さ迷うポケモントレーナー…」
ソウは久し振りに聞いたこれらの言葉を懐かしむ様に、
そして語る様に呟いた。
考えてみれば、死神がエグザイルである事は、今ではすっかり
定着してしまって、そう呼ばれる事も少なくなっていた。
理由は区々だが、突然変異や進化の過程において、
何らかの原因で変異してしまったポケモン、或いはポケモン図鑑に
登録されながらも有する力が大き過ぎるポケモン等を
“オーバーモンスター”と呼び、そういったポケモンを
持つ者の事を“エグザイル(流浪者)”と呼んだ。
オーバーモンスターと言われるポケモンの共通点は、ポケモンとは
思えない程の強過ぎる力や特殊能力を持っている事で、それを理由に
一部の公式バトルでは、エグザイルの出場拒否や最悪、試合に出れても
途中で反則とみなして試合を止める等のトラブルが生じるなど、
まともなポケモントレーナーとしての扱いは期待できなかった。
また、それらの力や珍しさを欲する者も多く、当然の様に
オーバーモンスターを持つ者は、絶えず狙われ、一所に留まれず
各地を逃げ隠れする様に動かざるを得ない、それがエグザイルと
呼ばれる由縁であった。
「同類なんだろうけど…アンタが俺に似てるとは思えないな…」
「だろうな…俺も共感が欲しくて話している訳じゃない」
一通りエグザイルとオーバーモンスターの事を思い終えたソウは、
突き放す様にジェスに言った。
ジェスもまた引き下がる事無く、ペースを保ちながらソウに言うと、
咥えっぱなしのソウの煙草の前に、自分のターボライターを
差し出し火を付けた。
チタン製のガスタンクに巻き付く、ブロンズ製のレックウザの全身骨格が形どられた、個性的なターボライターを、ソウは拒む事無く、一瞬ジェスを
見ると煙草に視線を移し、レックウザの頭蓋骨から
噴き出す炎に狙いを定めて煙草に火をつけた。
ソウは煙草を咥えたまま、吸った煙を一回吐き出し、直ぐにまた煙を
吸い込んで吐き出した。
「それで…何が望みだ、それやって俺に何の得がある?」
「単刀直入に、今夜の闇バトルで俺に負けて欲しい…
そして数日、お前の持つオーバーモンスターを俺に預けてもらいたい」
ジェスの言葉を聞いて、ソウは直ぐにジェスの顔に目を向けた。
ジェスの表情は真剣でいて、冗談は微塵も感じさせない。
わざわざ自分を探し出して、呼び止めての頼み事なのだから、
多少の無茶をジェスが言うのだろうと、ソウは予想していたが、
正かジェスのような落ち着いた雰囲気の男の口から、こうも無茶苦茶な事を
言われるとは流石に思いもよらなかった。
「無理は承知だ、だがお前のオーバーモンスターの安全は
当然だが約束する…報酬だってお前の欲しいだけ用意する、必ず」
ソウは煙草を咥えたまま、虚ろで生気のない眼をしながら、ジェスの
話を聞いていた。
正直な所、真剣にふざけた事を言っているジェスに対し
何を言ってやろうか、ソウは悩んでいた。
笑って拒むべきか、笑えないと言って暴力に訴えるべきか、
何時もの自分なら、即決、実行と、容易く淡々とこなせる筈なのに、
この男には妙に引っ掛かる部分がある。
今になって思えば、この男の眼は、自分に負けず劣らず真ともじゃない。
殆どのエグザイルが、こんな荒み切った感じの眼をしている。
真っ当な生き方など望む事も出来ない、長い間血生臭い腐海を
さ迷い続けた者にしかなれない眼付き、やはり同類なりに、
ジェスに気を使ってしまっているのだろうか、しかし癇に障る事はなった。
理性でと言うよりも、本能が躊躇させている様な気がしたからだ。
「…少し、俺の話をしようかな…」
首を縦にも横にも振らないソウに対し、ジェスは言うと、
煙草を咥え火を付けた。
ソウは再びジェスの眼に視線を戻すと、咥えていた煙草を捨てて、
崩れた姿勢を少し直し、右膝に両手を置いた。
「俺はな、セキチクシティの“デニビコフ・ファミリー”の
用心棒をしている、闇トレーナーなら名前ぐらいは知ってるだろ?」
「…あぁ!、セキチクの闇バトルで、賭けの元締めやってる
マフィアのハゲオヤジだろ…あそこの下っ端、俺が出ると
賭けにならないって
因縁吹っ掛けてきやがった…なるほどね…そう言う事か…」
マフィアの用心棒をしていると言うジェスの話で、
ソウは大方を理解し、笑みを浮かべて思い出した様な反応を示した。
「そう、その件でお前は組織の幹部とモメて、その幹部と下っ端を何人か
病院送りにした…しかもその幹部ってのがボスのデビニコフの息子で
全治半年なんて大怪我までさせた…」
「賭けはバトルに関係ない連中が勝手にやってる事だ、
出るななんて言う方が筋違いなんだよ、ふざけた事
ほざいた当然の報いだ」
ジェスの話す経緯に対して、ソウは間髪入れず反論して
自分の正当性を主張した。
ジェスはモメ事とあっさり言ったが、実際には殺気立った十数人が
銃を突き付ける、脅しのレベルを遥かに超える物だった。
ジェスがここにいる以上、今更その事を話してもしょうがないが、
黙る理由もなかったので、ソウは言いたい事は言う事にした。
「ん?でも俺への報復が目的なわりに、八百長や安全の保障だの、
随分と良心的だな…腑に落ちないね…」
一つ一つ明らかになっていき、ジェスが自分と戦わなくてはいけない
立場でいて、戦う理由がジェスを雇うマフィアの報復である事と、
ソウはここまでの話を頭の中で簡単に整理して、その中で最後に残された
疑問をジェスに向けた。
「俺に課せられた課題を潰し込んでいった結果さ…
まず俺自身、今回の一件でお前に非はないと思っている、
ボスの息子ってのも最近、傍若無人が過ぎてた…
もう一つはオーバーモンスターを三匹持つお前に対して俺は一匹、
しかも百戦錬磨の死神が相手では勝機は皆無に等しい…」
「だからわざと負けて、丸く納めくれって考えか?」
ソウの問いに対して、ジェスは本心を含めて話したが、
それでもソウは納得のいかない様子で、ジェスを見上げ
不満を露にして言った。
金だけがソウの望みなら、承諾しても大した問題じゃないが、
真っ当ではないにせよ、ポケモントレーナーが生業であるソウには、
勝つ為の駆け引きもなく、始めから筋書きが決まったバトルなど、
テレビ越しに他人のバトルを眺める以上に、下らない行為だと考えていた。
「もう一つ……俺が負けると、俺の“家族”が殺される…
戦わなくても同じ結果だ…」
ジェスが口篭もらせながら、付け足す様に言った言葉に対して、
今までの会話の中で、見せる事がなかった感情をソウは、鋭い眼を
大きく見開き、驚いた様子を露にしてジェスに曝してしまった。
「勘違いするなよ、他のエグザイルの様に、金欲しさで
用心棒やってるわけじゃない…
エグザイルになっても…ポケモン達と家族で協力し合って、
それなりに楽しくやれてたよ、多少の“心残り”だって
それさえあれば惜しくなかった…
だがな、その親も兄弟も人質にされた俺には…
ポケモントレーナーみたいに“チャレンジ精神”だの
“やってみなきゃわからない”なんて言葉は通用しないだよ。
必ず勝たなきゃいけない、確率の存在しない勝負だ。
やるしかないんだよ…死神…」
真剣でいて必死なジェスの言葉は、余裕など一欠けらもない、
正に現実的な真実の言葉だった。
今までの会話や、ジェスの眼付き顔付きでも充分だが、
ジェスが生きて来た道の険しさや、悲惨さが心に伝わるのをソウは感じた。
しかし同時に、トレーナーとして生きている自分を始め、
その自分と命に等しい物を賭けて戦う者達を、
“お遊び”と言われている様にも感じ取れ、ソウは不快感も感じていた。
それはソウの眼に直ぐ出てきて、鋭くジェスを睨む狂気の眼差しとなった。
ソウとジェスは互いに睨み合い、答えも会話もない状態が数分続き、
どちらかが口を開き、答えを急ぐべき所に達していた。
「………言わせてもらう…」
沈黙を音無く忍んで殺す刺客の様な静かさで破り、
最初に口を開いたソウの雰囲気は、ジェスに明らかな違和感を与えていた。
それは今までのヘラヘラと相手を見下し、思い思いを好き勝手を言う、
チンピラの様なソウではなかったからだ。
その眼は相変わらずジェスを睨み、姿勢も何も全く変わり無かったが、
ジェスはソウの変貌と言うべき、雰囲気を察してか、睨みを止め、
眉を寄せてソウを見ていた。
「追われる身のエグザイルでありながら、“守り逃げる”事を
放棄したあんたにオーバーモンスターを持つ資格はない…
“俺達”にある選択肢は二つだけ、故郷を捨てるか、
オーバーモンスターを手放すかだ。
二つを欲するのなら、戦って、“勝ち取る”しかないんだよ…」
ソウはまるで別人が宿ったかの様な、知性に溢れ、
強い表情と静かな口調でジェスに言った。
その本質のみを突いた痛々しいまでの言葉に、
ジェスは圧倒された。
エグザイルが一所に留まれない理由は、自分と周囲に
被害が生じるのを避ける為、故郷を捨てて旅立つしかなく、
それが出来ないのなら、オーバーモンスターを手放す以外に、
周囲の者達を守る術は無い、解かり切ったシンプルな
二択に過ぎないが、ポケモンと深く関わる人ならば、
簡単に決める事は出来ない、究極の選択だ。
しかしソウの言う、戦って勝ち取ると言う行為は、人とポケモンを
どんな状況にあっても同時に守り続け、且つ相手を倒し、
時には自ら敵の中に飛び込んで戦い、当然ながらその全てに
勝たなくてはいけないと言う、果てしなく不可能な行為でもあった。
それを堂々と口にする今のソウは、そんな不可能を
成し遂げてきたかの様な凄味に溢れていた。
そんなソウに対して、ジェスは俯き気味に何も言い返す事が出来ず、
再び沈黙が二人を包み込んだ。
「俺は俺だ、誰の自由にもならねぇし、自分とポケモン達の
望むままに生きる…俺の望みは“ひたすら自由に、もっと強く”
それだけだ…それを邪魔する奴は、マフィアだろうとサタンだろうと、
首を跳ね飛ばしてやる、当然あんたもな…」
ソウは凭れていた木から起き上がり、ズボンに付いた
土を払いながら、ジェスに言った。
何時も通りの、軽めの口調に戻っているソウの姿は、やはりさっきとは
別人の様でジェスを余計に混乱させている様だった。
「“同類”の俺に言わせれば、あんたは人質だなんだと悲劇気取って、
戦うべき相手も現実も見据え様としない腑抜けさ…
あんたの頼みを聞く理由はないね、八百長は断る」
「待てッ死神!!人の命が掛かって…」
「あんたが招いた結果だろ……こんな所にいないで、
自分でケリ付けな…」
ソウはジェスに対し引導を渡すかの様に言うと、
ジェスに背を向けてその場を去ろうとした。
ジェスはソウを呼び止める様に話し掛けたが、ソウはそれ掻き消して、
突き放す様に言い放ち、その歩みを止める事は無かったが、ソウは
何かをハッと思い出したかの様に立ち止まり、ジェスの方に少し振り向いた。
「もし、独りで手に負えないって言うなら、
“ポケモンマスター”にでも言ってみるんだな。
あのお人好しヤローなら手を貸してくれるかもよ…
今、タマムシシティの辺りをうろついている筈だぜ、
俺の名前出せば話しぐらいは聞くんじゃねぇの?」
ジェスの表情は、重要な交渉が決裂したのにも
関わらず冷静な物だった。
そのジェスの表情に対して、ソウは特に何も思わず、
言いたい事を言い終えると、再び歩き出し、ジェスは
その場を動かずに、すっかり燃え尽きていた煙草を足元に捨てた。
公園を後にするソウが、ふと空を見ると空は赤味が失せ、黒雲が覆い、
夜には一雨来そうな雰囲気だった。
W
狂気乱舞の宴の如く、鳴り響くBGMのロックと、
それに揺らめきひしめくギャラリー達。
しかしフィールドに立つジェスと死神は互いに睨みを効かせるだけで、
会話を交わすことも無く、立っていた。
「なにやってんだよっ!ビビってんのか!?」
「何時までもお見合いやってんじゃねぇー!!」
今までノンストップで戦い続けてきた死神の、突然のペースダウンと、
その原因であるジェスの登場に、周囲が野次を飛ばし始めた。
「…あんたも馬鹿だねぇ、こんなトコ来る暇があったら、
他にやる事あったんじゃねぇの?」
「……周りを見てみろ死神、場違いな連中がいる…」
死神はジェスに言われるまま周囲に眼を送ると、BGMに合わせ
ヘッドバンキングや飛び跳ねるギャラリー、中指を突き立てて
野次を飛ばす連中以外に、上等なスーツと暗めのサングラスで
身を包んだ、明らかに闇バトルの景色に合わない数人が、
フィールドを囲む様に立っていた。
「もう引き返せない…そう言う事だ」
「ハッ、だからって俺のやる事は変わねぇよ…」
死神はジェスの言葉に対して、殺意と狂気を混ぜ合わせた様な
笑みを浮かべて答えた。
その表情は死神のおぞましい柄のカラーコンタクトと良く似合い、
死神がどう言う性質の者か明確に表現していた。
「フッ…死神っ!!俺はエグザイルのジェスだ!!
俺とお前のオーバーモンスター同士で勝負ってのはどうだ?
それも、一対一のシングルバトル、
“Loser lose rule(ルーサーロストルール)”を提案する!!
この勝負、受ける度胸がお前にあるかッ!?」
ジェスは死神の笑みに、笑みで返し、周囲の者達に聞こえる大きな声で、
死神に挑戦を申し込み、右手に持ったモンスターボールを死神に突き出した。
ジェスの提案を聞いたその瞬間、死神の顔が強張った。
ルーサーロストルールは賞金とは別に、勝者が敗者の
所有物を奪い取れると言う特殊なルールで、勝者の欲する物ならば、
例え命であっても、必ず差し出さなくてはならない、場合によっては
犯罪行為に発展しかねない、いかにも闇バトルらしい、闇ルールだった。
「オォ!おもしれぇじゃねぇかエグザイル野郎!!」
「死神!!そんな野郎ヤッちまえ!!」
「……考えたなジェス…俺のオーバーモンスター三匹と
戦わずに済むって訳だ…
上等だ、姑息な兆発に乗せられてやる…精々味わえ、
L.L.R.なんて“浅はか”だったとな…」
死神はいかにもジェスに合わせてやると言った具合に、ジェスの提案に応じたが、内心は穏やかじゃなかった。
リスクの大きいバトルは、ギャラリーを最高にハイにする薬みたいな物だ。
ジェスの提案にギャラリー達が賛同し、すっかりそに気になっている今、
下手に拒めば、自分に対する罵声が飛ぶどころか、
泥沼の暴動が起きかねない。
ジェスは大胆不敵な挑戦状を、闇バトルで名の知れた死神に叩き付ける、
何処の馬の骨かも解からない、自信に満ち溢れたエグザイルの役を
演じる事で、ギャラリー達を味方に付け、死神から選択肢を奪ったのだ。
何よりも本能的で、自尊心の高い自分の性格を知った上で、
拒む様な真似はしないと踏んでいる、ジェスの思惑が見え透いているだけに、
従わざるを得ない状況の死神の心中は、ジェスに対して沸々と
殺意が込み上げていた。
死神は左手で鷲掴んだモンスターボールが潰れてしまうぐらいの力を込め、
脱力した姿勢のままジェスを睨み、バトルを始める態勢を整えた。
後は“切っ掛け”を待つだけ、次の曲が流れると同時にか、
それとも何か別の切っ掛けが起きるか、それはフィールドに立つ
トレーナーだけが解かる。
一瞬、死神の集中力が途切れ、周囲に意識が散ると、ポツポツと
雨が降り始めていた。
夕方頃から雲行きが怪しくなっていたのは解かっていたが、
よりによってこんな時に降り出すとは、これで今夜は解散なんて
和やかな展開にでもなったら、どうした物かとどうでもいい不安が
頭を過るが、ギャラリーや自分の熱がこれで下がるなら、
今の所は恵みの雨だ、後はバトルにどう影響するかだけを考えればいい。
雨の勢いが増していく中、いよいよBGMが終り、余韻を残す
ギターとベースの音が鳴り響いている、この音が消える前に
次の曲が流れるだろう、その時が始まりだ。
「死神…結局“俺達”には闇しかないのか?」
集中力も緊張感も充分に高まり、死神からは全ての音が消え、
眼に映る者もジェスだけとなったその時、ジェスが死神に話しかけた。
これだけの騒音の中、ジェスの声だけがはっきりと聞こえる。
死神は改めて集中しきっている自分の状態を認識した。
僅かに笑みを浮かべて話すジェスの姿は、時を終えて散って行くしかない、
花弁の様に、どうしようもない儚さを死神に感じさせた。
そして死神は確信した、これが切っ掛けだと。
「現実なんて、そんなもんだよ…」
この声がジェスに聞こえているだろうか、死神は静かに答えると、
左手を大きく振り上げて、地面に叩き付ける様にモンスターボールを放った。
それと同時にジェスも死神に向いモンスターボールを投げ、
二つのモンスターボールは凄まじい閃光を放ち、その一方から
強烈な水柱が上がり、それを打ち消す様に、もう一方光の中から
無数の蔓が噴き出し、水柱を切り裂いた。
光が収まり、死神とジェスのポケモン達が姿を現し、ギャラリー達は
言葉を失いその二匹のポケモンに見入った。
死神が最も信頼を置いていると言われる、オーバーモンスターの一匹、
深緑の小柄な身体、顎と牙を持つ異質の蔓、そして身体に似合わぬ
大きな深紅の花を背負った、死神のフシギバナだ。
死神のフシギバナは、死神が全身に施した赤紫のタトゥシールで、
その異質な容姿を更に際立てて、見る者を圧倒させた。
しかし死神のフシギバナは死神同様、知られた存在だった。
さっきまで威勢良く野次を飛ばしていたギャラリーを、
黙らせ圧倒させてる原因はジェスのポケモンだった。
美しいアイスブルーの身体に似つかわしくない、こげ茶で前方部分が
大きく盛り上がった歪な甲羅、丸みの無い鋭い上顎、そして歪な甲羅から
突き出した、三門のハイドロカノンが目を引く、ジェスのカメックスだ。
カメックスは死神のフシギバナを睨み付け、三門のハイドロカノンを
向けていた。
死神は横目で自分を見ているフシギバナに対して、警戒しろ――と
眼で合図し、ジェスのカメックスを観察した。
普通のトレーナーと比べれば、数多くのオーバーモンスターを
見てきたつもりだが、何時だって意表を突かれる、オーバーモンスターとは
そう言うポケモンだ、こちらから攻めて手の内を引き出してやるか、
確実に見切る為、手堅く形勢しておくか、あらゆる可能性と予測が
死神の思考の中を飛び交っていた。
「チッ、埒が開かねぇ…フシギバナ、“蔓の鞭・四式”!!」
死神は仕草やシャウトでポケモンに指示を出す、普段のスタイルから、
一般的な言葉で指示を出すスタイルに変えて、フシギバナに
蔓の鞭を指示した。
死神の言葉が耳に入ると同時に、フシギバナの背中から噴き出す様に
四本の蔓が飛び出した。
二本はさっきの先端に二つの顎を持つ蔓、もう二本は黄緑色の細めの蔓で
先端は葉っぱの形状した刃物の様に鋭く尖っていた。
四本の蔓はまるでフシギバナとは別の生き物の様に、
個々に獲物を狙う様に静かに蠢めいていたが、フシギバナがひとたび
殺意を持ってカメックスに視線を送ると、四本の蔓は
一斉にカメックスに向っていった。
一直線に飛び掛かる蔓、弧を描いて飛び掛かる蔓、地面を這う様に
ジグザクに進む蔓と、正に変幻自在だった。
「蹴散らせッ!“ハイドロポンプ・フルバースト”!!」
ジェスの指示と共に、カメックスは迫りくる蔓に、
前傾姿勢になり、両足の爪をアスファルトの地面に突き刺して、
三門のハイドロカノンを的確な角度に曲げ、間髪いれずハイドロポンプを
乱射した。
右、中央、左の順に次々と大きな水の塊を勢い良く飛ばし、
フシギバナの蔓を弾き飛ばした。
「何ッ!!」
何発も撃ち出されたハイドロロポンプは、あっという間にフシギバナに直撃して、フシギバナを吹き飛ばし、更に何発もの
ハイドロポンプが追い討ちをかけた。
流れ弾になったハイドロポンプは死神の近くまで飛び弾け、その衝撃で
死神は吹き飛ばされ、風に飛ばされる布切れの様に、地面に
転がり叩きつけられた。
「グッ…ガァァァァ…」
死神は獣の様な荒々しい息を吐きながら、軋む身体を無理矢理
起こし上げて、ふら付きながらも立ち上がった。
飛ばされた際に頭を地面に擦り、深く切ってしまったのか、死神の頭から
ポタポタと血が流れ落ち、顔の右半分は既に血塗れになっていた。
三門からなるハイドロカノンの威力の高さは容易に想像していたが、
まさかハイドロポンプをあれだけ連射できるとは思いもよらなかった。
しかも今降っている雨の影響で、カメックスは水系の技に
事欠かない状態だ。
どうやらこの雨は厄災の雨らしい、属性の相性も関係無い、
完全に不利な状態だ。
死神が現状を把握する中、フシギバナもようやく身体を起こし、
軽く頭を振って、死神の元へカメックスから眼を離さずに近づいていった。
「未だだ!!撃ち続けろっ!!」
「クソが!蔓を束ねて打ち落とせ!!」
ここがチャンスとばかりにジェスは容赦無く、死神とフシギバナに
ハイドロポンプの猛襲を仕掛けた。
水系の大技であるハイドロポンプを、一本の蔓や葉っぱカッターで
防ぐ事は不可能な上、間隔無く連射出来るとあっては避けるのも難しい、
死神はフシギバナに蔓を束ねさせ、強度を高めた状態で直撃しそうな
ハイドロポンプのみ打ち落とす作戦に出た。
しかし分厚いコンクリートすら打ち貫けるハイドロポンプを、
そう何度も打ち落とせる事は出来ない、苦し紛れの防御策である事は、
ジェスに見抜かれるだろう、何よりも死神自身がそう思っていた。
フシギバナは蔓に力を入れ、更に蔓を二本出して、計六本を三本一組で
太い鞭を作り身構えた。
それとほとんど変わらないタイミングで、カメックスも砲撃を開始した。
しかし今度は前傾姿勢を保ちながら、フシギバナにゆっくりと
向いながらの砲撃だった。
さっきと同じ右、中央、左の順で連射されるハイドロポンプは、
ほとんど正確にフシギバナの眉間に向って飛んで来るが、
フシギバナの束ねた蔓の鞭も、正確且つ、その大きさに
似つかわしくないほどの、キレのある速さで
ハイドロポンプを打ち落としていた。
フシギバナがハイドロポンプを打ち落とす度に、砕けた
ハイドロポンプの水しぶきが周囲に飛び散り、衝撃と共に死神を襲ったが、
死神は左腕で顔を塞ぎながら、その不気味な眼をフシギバナと
ジェスから反らす事は無かった。
ジワジワと近づいてくる度に、カメックスのハイドロポンプは
威力を増していく、フシギバナの苦痛の表情が限界を示し、死神に
焦りを与えて行く。
反撃しなければやられてしまう、しかしその手段が見出せない。
例によって、夜のソーラービームは役に立たないし、他の蔓を
使う余裕も無い。
とにかく今のままではどうしようもない、カメックスが今とは違う
行動に出なければ、反撃の糸口は無い、悔しいが死神は祈る様に
耐えてくれとフシギバナを見ることしか出来なかった。
「いいぞっ!!いける…いけるぞ!!」
「ふざけやがって………ッ!!、いやっチャンスだ!
フシギバナ!!奴は間合いにいるっ!!飛び込めっ!!」
その威力と連射に圧倒され、気付くのに時間が掛かってしまったが、
カメックスは既にフシギバナの間合いに入っている。
今なら飛び掛かって接近戦に持ち込める、しかも近づき過ぎた相手に
ハイドロパンプを使えば、カメックス自身も衝撃に巻き込まれるから
砲撃を止める筈、フシギバナが必死に耐えた甲斐があった。
フシギバナはさっき食らったハイドロパンプのダメージで、
身体中に痛みが走っている状態だったが、フシギバナの眼から見ても、
これはチャンスに思えた。
フシギバナは歯を食い縛り、渾身の力を足に込めて、
カメックスに向けて飛び掛かった。
突然動き出した標的に、カメックスは的を合わせようとするが
既に生じているタイムラグで、思う様にフシギバナに当てる事が
出来ず、遂に砲撃を止めた。
飛び上がったフシギバナは、反時計回りに一回転しながら蔓を振り回し、
蔓の鞭をカメックスの脳天目掛けて、振り下ろした。
「こっちも飛び込めっカメックス!!」
ジェスは全てを予想しているかの様に、冷静にカメックスに指示を出した。
後一二メートルのところまで来たフシギバナに、自ら飛び込みフシギバナの
首と右手を両手で掴み、フシギバナの勢いを止め、振り下ろさせた蔓の鞭が、
カメックスの真後ろで空しく叩き付けられた。
抵抗するフシギバナの力を物ともせず、カメックスは
フシギバナの右肩に食らい付いた。
「ギギャァァァァアアア」
トマトを握り潰した様にフシギバナの右肩から、おびただしい
血が噴き出し、カメックスの強靭な顎が更に深く食い込み、
フシギバナは稀に味わう激痛に叫んだ。
「やった!…これで、これで……」
ブルブルと痙攣を起こし白目を剥いたフシギバナの無残な姿を見て
ジェスは勝利を確信した。
しかし次に見た死神の表情でジェスは違和感を覚え言葉が詰まった。
こんな状況でありながら、死神の放つ雰囲気は只事ではなかった。
血塗れの顔は静かな物だか、その眼は瀕死のフシギバナを凝視して、
それ以外の物を一切寄せ付けない、危険な雰囲気を漂わせていた。
「負ける訳にはいかねぇんだよ…
グゥゥウオォォォォァアァァァァァァァァ!!!」
死神はジェスに視線を送り呟くと、突然俯き、そこから天に向って叫んだ。
夜の街に響き渡る、この世の者とは思えないその叫び声が、
フシギバナの耳の中に入ると、脳内に電流が流れるのを
瀕死のフシギバナは感じ取り、フシギバナは引き戻される様に
その眼に生気を宿した。
「ばっ馬鹿なっ!!そんな筈…何て奴だ…」
普段良くやる、伊達な行為にしか思えない死神のシャウトで
フシギバナが復活した事にジェスは圧倒された。
トレーナーのテクニックなのか、それとも死神とフシギバナの
絆の力だとでも言うのか、今、ジェスの目に映るこの光景は、
ジェスの理解を超えていた。
「こんな所で終わってたまるかよ…俺は“失わない”
俺達は負けねぇ!!」
死神の強い言葉に反応するかの様に、フシギバナは左手で
カメックスの顔を突っ張り、噛み砕かれた右肩からカメックスを
引き離そうとした。
その眼は見る見る内に血走っていき、エメラルドに光り始めた。
「何かする気だ…カメックスっ!!フシギバナを放り投げろ!!
止めを刺すんだ!!」
フシギバナの只ならない雰囲気に、ジェスは背筋に悪寒を覚え、
カメックスにフシギバナを離す様に叫んだ。
カメックスはフシギバナを押さえ込む様に前のめりになり、
そのまま一気に真上に投げ飛ばした。
小柄とは言え最終進化を終えた大型のポケモンを、
軽々と投げ飛ばしたカメックスは、再びハイドロカノンをフシギバナに向け
止めを打つ態勢に入いろうとしたが、ゴゴゴゴと足元から何かが
這い上がって来る様な振動を感じた。
その振動はカメックスを中心に、やがてフィールド全体を包む様に、
大きく広がっていき、遂にはアスファルトに皹が入り始めた。
死神はその振動を気にする事無くジェスを睨み続けている。
ジェスは振動の原因であろう、宙に舞うフシギバナを見ていた。
「ギィィイギャァァァァァァァァァァァ!!」
フシギバナの甲高い雄叫びが響き、それが収まると同時に
振動も静まり、周囲の物全てが一瞬沈黙に包まれる。
その一瞬はある者には数十秒程に感じ、ある者には一秒と
感じる間もないぐらい短く思える物だった。
そんな時間の法則が崩れている様な瞬間の中、
何が起こるのかを知っているのは、死神とフシギバナだけだった。
次の瞬間、ドカッと言う岩が砕け散る音と同時に、
フィールド全体が崩れ出し、けたたましく蠢くどす黒い色の茨の蔓が、
カメックスや砕けたアスファルトを突き上げ、尚も激しく暴れ続けた。
フシギバナの特性である、“深緑”が発動した状態の時のみ
放つ事が出来る、死神のフシギバナだけの固有技“ヘル・プラント”。
ハードプラントより更に威力のあるこの技に再三切り刻まれ、
跳ね飛ばされたカメックスが、ジェスの目の前にドスンと落ちてき来た時には
ヘルプラントの動きは緩慢になり、湯気を立てながら
ドロドロと溶け出していた。
溶けたヘルプラントはやはりどす黒く、地獄に水があるとすれば、
こんな色しているだろうと思えるほどだった。
ジェスがふと気付くと、雨は何時の間にか止んでいて、
軽い霧雨程度にまでなっていた。
そして腐海の様に成り果てたフィールドの上を、放心状態でいる
ジェスの元に死神とフシギバナが近づいてきた。
死神は堂々とした面持ちで、怪我をしているにも関わらず、
その歩みはしっかりしていた。
フシギバナは使い物にならなくなった、右肩から腕を引きずりながらも、
何処か満足げな表情で、しっかりと死神の後を付いて来てる。
その姿と、傷だらけで気を失っているカメックスを見て、
ジェスは改めて、自分が負けた事を実感した。
ジェスはカメックスをモンスターボールに戻し、自ら近づいてくる
死神の元へ歩み寄った。
「俺の負けだ、終わったな…何もかも…」
「…あんたが負けた事は、言われなくても
解かり切った事なんだよ…俺に言わせれば、
あんたの御望み通りの結末さ…」
二人はしばらく互いを見合い、最初にジェスが口を開いた。
敗者でありながら無傷で冷静なジェスに対し、勝者である死神の姿は
満身創痍で、頭からは未だに血が流れポタポタと滴り落ちていた。
「フンッ、相変わらず容赦無い奴だ…確かに、闇トレーナー自体、
甘く見ていたのかもしれないな…戦ってみて解かったよ、
お前はお前で“結構な物”を背負ってるらしい…」
ジェスは死神の冷徹な言葉に動じる事無く、このバトルで感じた事、
或いは思い知った事柄を隠す事無く死神に話した。
普通に見れば死神の考え方や価値観は、我儘以外の何物でも無いが、
死神がこれ程の死闘や、それ以上の闇バトルを潜り抜けて来れたのは、
絶対に引き下がらない、“我”を貫き通す意思の強さとジェスは感じ取った。
死神は常に自分の為と言っているが、瀕死のフシギバナが
息を吹き返した時、ジェスには死神が何か別のもの為に、
我を通し続けている様な気がしたのだった。
「…気に入らねぇなぁ、そう言う知った様な言い方…
“望むままに生きる”“邪魔する奴は首を跳ね飛す”
それ以上でも以下でもねぇんだよ…」
ジェスの言葉を聞いた死神は、フシギバナを眼を合わせ、
しばらくしてからジェス方を向いて、チンピラのガン飛ばす
姿勢で言い返した。
真相がどうあれ、他人に自分を解釈されるのは、死神の癪に障った。
「そうだったな…完敗だ、何もかも失った、好きにしろ…」
ジェスは軽く笑みを浮かべると、一息入れてから本題に入った。
ルーサーロストルールでのバトルでは敗者の物は勝者の物だ、
ジェスは覚悟を決める様に眼差しを強く、死神に言った。
「あんたのライター…」
死神はジェスの持つ物を、何でも手に入れる事が出来る中、
考える間も無く、妙な物をリクエストした。
身構えていたジェスは、拍子抜けした具合に軽く眉を寄せ、
疑問の表情のまま、とりあえずターボライターを取り出し、
死神に差し出した。
「初めて見た時から“イカす”なぁって思ってたんだよね…貰っとくぜ」
死神は何時の間にか煙草を咥えていて、何時でも吸える様に
準備した状態で言うと、ジェスが差し出したターボライターを受け取って、
早速とばかりに煙草に火をつけた。
死神の咥えた煙草は、頭から流れる血が滴っていて、
火を付ける瞬間、ジュウと音を立てた。
ジェスは全てを賭けて死神に挑んでいただけに、負けた時には命はおろか、
ポケモン達も全て差し出す覚悟だってしていた。
それだけに余りにも安い敗北の代償に呆気に取られた。
「死神、お前…」
「あのさぁ…“人間様”なんて何やったって
どうせ見苦しい生き物なんだよ…
こんな“掃き溜め”でカッコつけて
絶望感じてねぇで、足掻けるだけ足掻いてとけよ、
“生きてる奴”が悲劇ぶったって、胡散臭いんだよな…」
ジェスの言葉に割り込む様に、死神は煙草を咥えたまま、
覗き込む様に凄んで、ジェスの言葉を掻き消して言った。
相変わらず極論を話す死神だったが、今回の言葉は
ジェスが今までの聞いてきた中で最も説得力を感じられた。
考えてみれば、さっきのバトルでも、死神からは諦めは
微塵も感じなかった。
圧倒的なハイドロポンプの嵐にも、力尽きたフシギバナを
目の当たりにしても、ギリギリまで勝機を見出そうと必死に足掻いていた。
もしかしたら死神の言葉は極論ではなく、もっと単純に現実を
見据えている、ただそれだけなのかもしれない。
現実主義でありながら自分主義、一体どんな生き方をすれば、
この男の様に強くなれるのだろうか。
ジェスがそんな事を思っている内に、死神とフシギバナはジェスを背に、
荒れ果てたフィールドの中に現れた、新たな闇トレーナー達に
睨みを効かせていた。
あれだけボロボロになっているのに、まだ戦うと言うのか、
ジェスの眼に、恐れを知らず、望むままに生きる男の姿があった。
「うまくいきゃ儲けだし、いかねぇならイカれちまえ!!、
そうすりゃ笑えるだろ?」
「死神……フッ…フフフ…ハハハハハハ…」
背中越しに死神がジェスに言い放った。
その言葉を聞いたジェスの中で、何かが吹っ切れる様だった。
ジェスは嬉しいわけでも悲しいわけでもなく、大声で笑い出し、
身体の中心にある、鼓動のする場所の奥底から
力が沸き上がって来る間隔を感じていた。
確かに生きてる、未だ生きている、そう確信したジェスは笑い終えると、
カメックスのいるモンスターボールを握り締め、人ごみと
Ash silverのハードナンバーの爆音に消えて行く死神を一瞬見てから、
闇バトルを後にした。
「死神てめぇ、ルーサーロストルールで戦利品がライターだと?」
「ふざけんな!八百長でもやってんのかぁ?」
「………お前等みたいなクズはなぁ、五秒もあればケリが着くんだ。
そんなに俺と殺りてぇか?御望み通りにしてやる…」
そう…ハッピ−エンドは絵空事、悲劇は喜劇で所詮他人事、
現実世界に祝福あれ…
俺は好き勝手にやって、本性を曝す皮の剥がれた人体模型…
御利口振るお前等と中身は同じで何ら変わり無い…
今夜も狢共が群がって来る…
ここは闇バトル、弱肉強食の腐敗と想の掃き溜め、そして俺の自由の箱庭…
THE END?...
戻る