儚(ヒトユメ) 其の一
わたぐもさんに感想を送る
雪が降った。
それは今年初めてのことだったから、ちょっと嬉しくなって。
それで、いつもよりちょっと早く起き出して。
陽の光に照らされた、真っ白い雪は本当にキレイで。
今日はいいことあるかも、なーんて思って。
それで、えっと、・・・うん、だから。
ちょっと油断してた。きらきら光る雪に気を取られてた。
それで、気が、付い、た、ら。
私は、・・・とてもとても狭いところにいた。
『儚(ヒトユメ)』
其の一
「こんにちは。ボクの名前は『リマ』。君の名前は『ユキ』。今日からボクたちは仲間だよ」
うるさい黙れふざけるな。
息もつまるようなところから解放されて、言われた言葉はそれだった。
何だかよく分からないニオイでいっぱいの、人間が造った建物の中だ。
(『ポケモンセンター』という名称は知っていたが、この時の私には認識できなかった)
目の前にいる人間は、わざわざ私と視界を合わせるようにしゃがみ込み、
ちょっと首を傾げながら私の顔をのぞき込んでいる。
それは深い、森の色。
黒に近い、でも透明感のある瞳。
今朝雪に埋もれた、大地と同じ色の髪は頭の後ろで一つにまとめられている。
腰のベルトには赤と白でカラーリングされた、あの忌々しいボールが全部で4個くっついていた。
(そのうち一つに私が入っていたのだ)
それが、リマとかいう人間だった。
私が上から下までなめるように、形容しきれないほどの不満と苛立ちを込めて眺めているのをどう受け取ったのか、
リマは少し困ったような顔をした。やや間があって、ゆっくりと、
「えと、仲良くしよう、ね?」
私に、手を、伸ばして。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ)
(・・・・・触るなッッ!!)
「・・・ッ!」
がり、という音が頭に響く。
じわりと広がった鉄の味に構わず、私はその指を噛みちぎろうと力を込めた。
もしもこの時、リマが手を引いていたなら、本当にそうなったかもしれない。
でもリマは、・・・手を、私の口の奥に突っ込んだから。
こみ上げた吐き気に、反射的に私は口の中の異物を解放した。
ふわふわのカーペットに、ぽたりぽたりと紅い滴が落ちる。
リマは慌ててポケットから青いハンカチを取り出して、自らの指に巻いた。
「・・・ごめん、驚かせちゃったね。でも恐がらなくても大丈夫だよ。君と友達になりたいな」
嘘だあんな、あんな狭くて暗いところに閉じこめておいて。
そうじゃなきゃ、・・・きっと私を利用するつもりなんだだってこいつは人間だもの。
・・・そうだ。
こいつは、人間。
―― もう、お前を連れて行けない ――
こいつも、人間なんだ。
******
私が初めて人間と出会ったのは、私が生まれた日。
お父さんもお母さんも人間のポケモンで、私はその人間の腕の中で生まれた。
金色の、太陽みたいな髪。
純水に、空を映したような瞳。
それが、私が一番最初に出会った生き物だった。
彼は野心家で、少しお調子者で、感情の浮き沈みの激しい人で。
お父さんより、お母さんより、そんな彼が大好きだった。
下手くそな子守歌も、不器用に抱き上げる腕も、全部。
ぎゅうってして一緒に眠るのが、本当に本当に。
大好きだった、のに。
『ごめんな』
ある時、彼は沈んだ顔でそう言った。
その日はとても寒い日で、それなのに彼はいつもみたいにぎゅうってしてくれなくて、
変だなって思ったけれど。
明るい森に連れて行かれて(私はあの窮屈なボールに入ったことがなかった)、
急に立ち止まったかと思うと、紡がれたのはそんな言葉。
・・・今思っても、意味不明だ。
『もう、お前を連れて行けない。・・・連れて行けないんだ・・・』
(・・・意味が、分からないよ?)
(私がまだ小さいから? 子どもだから?)
(・・・だから、分からないのかな)
(もっと大きくなったら)
(キミの言っていること、分かるようになるのかな?)
どうして、とは思わなかった。それ以前に、言っている意味が分からなかった。
もちろん今は分かる。どうして、と思うようにはなったけど。
誓って言う。私は何もしていない。
彼に疎まれるようなことは、きっと、・・・多分、何もなかった、はずだ。
もう二度と出会うことはないし、『本当』を知ることもできないけれど。
・・・でも、私は。
(しんじていたのに)
戻る