宵夢

来亜さんに感想を送る

ぼぅっとするような暑さの中を 気が遠くなるような道のりを

僕は ゆっくり ゆっくり 歩いていた

何のために? 何処に行くの? 

それさえも分からずに 

歩いていれば いつか辿り着くかもしれないんだ

ダレニ?     

心の奥に 一雫の唄 

誰を探しているの?

それさえも 僕は忘れたのか



「○○○・・・ どうしたの?」
一匹のエーフィが僕を覗き込んで、不安げに言った。
彼女は誰かの名前を呼んだ。その音だけは、水の中で喋ったように、僕の耳には届かない。でも、僕の名前だということは分かった。
「なんでもないよ、フラウ」
「嘘よ。○○○がぼーっとしてる時は、何か悩みがある時なんだから」
彼女はついと、紫色の瞳を動かした。そして、僕の緋色の瞳をしっかりと捕らえる。
「私に相談してくれないの?」
フラウは必死だ。でも、僕はわざとらしく目を伏せた。
「何でもないよ」
「私にも、言えないの?」
君だから 言いたくないんだ
「仲間なのに?たった一人の私とあなたなのに?」
脳は言うな、と騒いでいるが 心は言えと叫んだ。
「・・・・・怖いんだ」
「え?」
「失うのが、怖いんだ」
そこまでいうと、後はただ喉を動かせば良かった。考えなくても、言葉はたくさん溢れてくる。
「毎晩毎晩夢を見るんだ。何かが失われる夢を。僕らの町とか、仲間とか、生まれてきた世界とか、心とか。失われて、からっぽになってしまうんだ。僕は一人ぼっちになって・・・手の中には何も残ってなくて。
でも、それを悲しいと思う心さえ失って。それから、必ず唄が聞こえるんだ。僕は無感動にそれを聞く。歌っているのは一匹のエーフィで。よく知っているはずなのに・・・」
ぼくはそこで言葉を切った。
「名前さえ・・・思い出せないんだ」
大好きな者の名前も、失われてしまったから。
フラウはしばらく黙っていた。沈黙が重苦しく僕らを押し流していく。やがてフラウは口を開いた。
「大丈夫よ」
僕は彼女を見つめた。彼女は真摯な目で、僕を見つめ返した。
「大丈夫。それは、たちの悪い夢でしょう。」
僕は馬鹿らしいと知りながらも、彼女に尋ねた。
「もし、本当になったときは?」
まっすぐに彼女は答える。
「そうね・・・ たとえ何が失われたって、私は○○○と一緒にいるから。○○○の心が無くなっても、私が○○○の心になるから。それにあなたが私の名前を呼べなくなったとしても、私はあなたの名前を呼べるでしょ?」
「・・・・・そう、だね」
花が咲くように、フラウは微笑む。つられるように、僕の顔も綻ぶ。
「でも」
ぐしゃん。フラウの体が、水面に映ったかのように歪んだ。
「やっぱり私も失われるのね」
水煙が霞むようにして、言葉だけを残して。
彼女はあっけなく。一瞬で。
僕の前から消えたんだ。


気がつけば僕は一人だった。

暑い中をひたすら歩いて、歩いて、歩き続けて。 

歩きながら 蜃気楼のような 遠く 霞んだ 夢を見ていた。

夢は 僕の たった一つの記憶の残滓。 

やさしい声。まっすぐな瞳。だいすきな名前。

あぁ 誰だっけ。僕が探しているのは そのひとだっけ。

「    」

そのひとの名前は なんだっけ。

名前を求めて。

だから彼は。


満月を見上げながら、二匹は寄り添いあっていた。
一匹はエーフィ。もう一匹はブラッキー。
ブラッキーは、何年も前から、眠ったままだった。
エーフィは、何年も前から、彼の傍にいた。
彼女は知っていた。
彼の心が失われてしまったことを。
彼女の名前を呼べないことを。
だから彼女は待っていた。
彼の心が長い長い旅から、還ってくることを。
エーフィはそっと、瞼を閉じる。
夢の中の彼は、彼女の名前を呼んでくれる。
でも、それは夢。叶わない、夢。

それでも彼女は 


          今宵も 夢をみる

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