ある夢の夢の話

電子鼠さんに感想を送る

 僕には夢が無い。僕は人生の中で一回たりとも、夢を見たことが無い。
 僕には夢がある。僕が人生の間で望んでならない夢がある。


『ある夢の夢の話』

 4:00。勉強机の脇に置かれたデジタル時計が、分が0になった事を示す短く弱い電子音を立てた。机の薄明かりに照らされたノート、教科書、文房具。電子音が鳴り止むと、シャープペンシルの筆先のカリカリという小音が、妙に部屋の中で目立ち始めた。六畳の部屋だった。
 因みに、‘AM’の時間である。小学生なら、限りなく100%に近い人が、夢を見るか見ぬか。とにかくベットか布団の上で吐息を立てているだろう。余程勉強熱心な人か、何かしらの理由で寝ることが出来ないか。僕は後者だ。
 僕は、眠ることが出来ない。生まれつきそうだから病名は『先天性――』なのだが。そこから後ろは覚えていない。名前が難しすぎだ。

 僕の夢は夢を見ることだ。いや、贅沢を言いすぎか。僕はとにかく寝てみたい。ふわっとした感覚を味わってみたい。悪夢でも良い、寝てみたい。
 僕はそのふわっとした感覚を味わったことが無い。なんと驚いたことに、丁度人が寝る10:00から6:00程までの間に、体は急激に回復し、成長する。だから、寝なくてもこんな風に勉強を続けられる。常に栄養を補給しながら勉強するのは、結構楽だ。ぜんぜん疲れないから、手が止まることは無い。しかも授業中に眠くなることも無いから、これが結構便利なのだ。
 そんなところを、みんなはよく羨ましがる。100点を量産する僕の頭と、起きていられることを羨ましがる。何でだろう。みんな夢を見たくないのかなぁ。

 だから、僕の友達はジュペッタだけだ。僕と一緒で眠れない、夢を見れない。僕の気持ちを一番よく分かってくれる。



 ぽこん。
 僕の頭に、柔らかい球が当たった。ゴム玉だろうか、ぽこん、ぽんぽんと音を立てながら畳の床を転がった。
 僕はシャープペンシルをノートの上に置き、振り返って言う。
「遊んで欲しいの? ジュペッタ」
 ジュペッタはニコニコしながら頷いて、30cmほどの大きさのゴム玉を念力で持ち上げて、僕に向かって投げ――いや飛ばした。僕のジュペッタは容赦と言うか、手加減を知らない。僕が反応する前に額に玉が当たった。
「……やったなぁーっ! もーぅ!」
 僕は足元で小刻みに跳ねる玉を拾って、投げつける。細い腕で投げた玉とはいえ、念力の壁の前には余程の球威が無いと無力だ。念力網に捉えられたとたん、また額に跳ね返される。反応できない速さで。
「たー……。痛いよ、ジュペッタ……」
 この憎たらしいほど大げさに今笑っているジュペッタに、ニックネームは特に無い。無い理由も無い。僕の悩みの理解者はみんな友達だ。言うなればこれが理由か? 自分でも意味が分からない。



 くあー。くあー。くあー、くあー、くあーくあーくあーくあくあくあー。
 突然、窓の向こうから気の抜ける声。このポケモンは知っている。コダックだ。この声の量は数十単位の大群だろうか。僕は窓を開けた。
 予想通りの大群だった。20や30程度の数じゃない。80、90。下手すれば100匹居てもおかしくないほどの量のコダックが、この町を歩き回っている。
 その中に、黒装束の男が数人、街灯に照らされて見えた。その男達は、一つの家を指差し、全員でその家に向かう。コダックは鳴き続ける。
 男達はなんと、その家の扉を蹴破った。けたたましい音が出る。そして男達は家の中に入って行った。
 良く考えたら、このコダックの騒ぎで、何で誰も起きてこないのだろうか。しばらくして男達はその家から出てきた。その手には、幾つかの財布が。泥棒だ。
 僕はゴム玉を持ち上げるジュペッタを手の平で制し、電話の子機を手に取った。110と素早く入力し、警察へと電話を繋げた。が、
 トルルルル、トルルルル、トルルルル。この音は鳴り止まない。
「何で起きないんだ……?」
 そう小さく僕は呟いた後、子機を元の位置に戻した。その瞬間。
 ぽーん。ゴム玉は僕の後頭部を直撃した。僕は振り返り、ジュペッタを見る。ジュペッタは元気そうに動き回っている。
 ふと、僕は気づく。
「‘さいみんじゅつ’だ……。それでみんなをっ……!」
 もう一度窓をのぞくと、男達は再び家の扉を蹴破り、そして財布を盗んでいく。男達が眠らないのは、耳栓でもつけているのか。
「行くよ、ジュペッタ。みんなを起さないと」
 ボールを拾い上げていたジュペッタは首を一瞬かしげると、僕の後ろについていった。机の明かりを、ジュペッタは消した。


 家の外は、相変わらずコダックの群れだ。がーがーがーがー騒ぎながら、町のみんなを眠らせる。
 男は僕の家の丁度目の前に位置する家に入った。行くよ、と僕はジュペッタに言うと、こっそり隣の家に近づいた。ドアノブを握り、捻る。あ、そうだ開く訳無い。今は夜だ。
 僕は小さな拳を握りしめると、扉を強く叩く。どんどんどんと木の扉を叩き続ける。


「おい餓鬼」
 後ろから突然声がした。震えながら振り返ると、そこにはさっきの男達。
「なん……で……?」
「突然家の明かりが消えるわけねェーじゃんよォ! 何で起きてんだァ? 餓鬼ィ」
 男はそう言うと、僕の胸倉を強く握った。僕の体が持ち上がっていく。少し、苦しい。

 直後、パチンと音を立てて僕の服のボタンが弾けとんだ。男の手がすべる。大きくしりもちをついて、アスファルトの床に落ちた。
「くっそっ!」
 さっきと別の男は、右足を大きく後ろに振り上げ、僕目掛けて蹴った。
「わぁっ!」
 僕はすぐにしゃがんだから、避けることが出来た。でも、その蹴りはジュペッタに――、当たるわけが無かった。ジュペッタはゴーストタイプだ。体を透かせば、人では太刀打ちできない。
「ポケモンが居たのか!」
 別の男がほえる。そうだ、僕には、ジュペッタが居た。ふとひらめく。
「ジュペッタ! 耳栓抜いて!」
 始めからこうすれば良かった。男達の耳から耳栓が飛びぬけ、その耳にコダックの‘さいみんじゅつ’が飛び込んだ。男達は気を失うように、倒れた。
「いいなぁ、寝れて」
 僕はそう呟いた。そういわずには居られない。この状況では少し微妙だが、それでも少し羨ましい。
 僕は警察に向けて歩き始めた。コダックは鳴き続けている。このままにしておいても大丈夫だろう。僕は振り返って、街灯に照らされている男達を見る。そして、再び前を向いた。男が居た
「死ねェェェ!」
 硬いものが頭に当たる。僕は後ろに吹っ飛んだ。その後は、その後は――。









 無。






 僕は目を覚ました。病院の、中だろうか。
 目を覚ました瞬間、お母さんが泣きついてきた。


 どうやら僕は、別の場所に潜んでいた男に殴られて、そのまま気を失っていたらしい。その男は案の定ジュペッタに、正確にはコダックに成敗されていた。

 あれ、これが眠る。なのか? 僕は何も感じなかった。一瞬あるかも分からない瞬間だった。




 ジュペッタが半ばうらやましそうに僕を見ている。眠っていたことが羨ましいのか。僕は痛い頭を抑えながら、絶妙な優越感を味わいながら、ジュペッタにガッツポーズ。
 
 寝るって微妙だな。結構。まぁ、いいか。



 ぽーん。ゴム玉が包帯の巻かれた額を直撃する。何で病院まで持ち込むのか、それ。
「痛ァ! こらっ! ジュペッタっ」



 こんなつまらない一瞬なら、まだ勉強してた方がマシかも。僕は思った。

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