雪の日にて
加茂鳥さんに感想を送る
「この席でいいですよね。」
彼はゆっくり椅子に腰をかけた。
ここは路地裏の喫茶店。
今となっては私達は中年のオヤジだが
若い頃は彼をはじめとする友とよく来ていた。
ここでよく夢について話し合ったものだ。
数十年ぶりの再会。
「久しぶりに会わないか?」
そう約束したはずなのに
言葉が出ない。
時が流れる。
沈黙がこの席を支配した。
私はやりきれなくてぼんやりと外を眺めた。外は雪だった。
(もう冬か・・・。)
あれからどれだけの時が経ったのだろうか。
どれほどの季節が過ぎ去ったのだろうか。
そのことが煩わしく思えた。
「夢・・・・・ですか。」
ふいに彼が言った言葉だ。
「夢?」
懐かしい響きだなと思いつつ私は返した。
「いやぁ、よくここで話し合ったなぁ、と思いまして。」
「あぁ、そうですね。」
私がそう答えると、彼はふふっと微笑んだ。
「あの日の夢、まだ覚えてますか?」
あの日の夢・・・
それはポケモンマスターになることだった。
ポケモンマスター、
数年に一度行われるポケモンバトルの祭典にして頂点であるポケモンリーグを優勝した者に贈られる称号。
トレーナーなら誰もが目指すであろう、そんなものである。
「どちらが先になれるか、勝負しようぜ。」
しかし、結局、どちらもなれなかった。
そして夢から覚めた後は・・・
輝く未来への道のあとの真っ白い空間だった。
あの熱い思いは私から完全に消え去っていた。
「僕はまだ、追いかけてますよ。」
彼の言葉に私は飲みかけていたコーヒーを置いた。
「ポケモンマスターになることを・・・ですか?」
「夢を・・・です。」
彼はポケモンリーグでベスト32まで勝ち上がっていた。
彼は確かに強かった。
優勝候補として雑誌にも掲載されていた程だったと私は記憶している。
ただ彼は負けた。
相手もまた、優勝候補だった。
緊迫した雰囲気長時間に及ぶ激戦。
そして、彼は激闘の末、僅差で敗北した。
その後、彼がリーグに出場したかはわからない。
ただ、会場裏で最後に彼を見た。
『わりぃ、オレの指示が悪かったから・・・。』
「夢って・・・。」
「えぇ、あの日の試合、ですよ。」
あの日の試合、彼の最後の試合のことだろうか。
「あの日の試合、僕の引退試合です。」
彼は話した。
あの感覚が忘れられないこと、
あの緊迫した雰囲気が忘れられないことを―――。
『ピカチュウ!!!“10まんボルト”!!!』
『“そらをとぶ”か。
だったら“かみなり”だ!!!』
そうしているうちに夕方になっていた。
「もうこんな時間か。じゃぁ僕はもうこれで・・・。」
別れ際に、彼はこう言った。
「いつだって人は夢を見るもんだよ。
それが一時的なものでも、それが叶わなくても
夢に向かって頑張った、それってすごいことだと思うんだ。」
彼はあの日のように手を振った。
私はあの熱い思いが甦るのを感じた。
雪はいつの間にか止んでいた。
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