夢見る子供になりたかった

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 この地の名は「アゲトビレッジ」。
 荒野が大半を占めるオーレ地方において、珍しく水と緑のあふれる土地である。
 坂と段差の多い地形は足腰を鍛え、水と緑は穏やかな人物を作る。まさに健やかな子供が育つ環境であり、今日も村の子供たちは外を遊びまわっていた。


 その村に一人、“レオ”という名のオーレを旅する青年が訪れていた。
 目的は旅の連れである“ミレイ”という少女が、この村に住む祖父母に顔を見せたいと言い出したからだ。
 そのレオ青年、いくつもある段差の一つに腰かけ、遊びまわる子供たちをボンヤリと眺めていた。

 レオの目に映る子供たちの人数は6人。実にこの村に住む子供の半数だ。


 この村には豊かな水が流れ、緑の中に村があるといえるほどに草花木々が生い茂っている。
 逆に言うと、この村には水と緑しかない。典型的な田舎であった。
 そのため多くの人たちはフェナスシティやパイラタウンといった賑わう町へと流れてしまっていた。今この村に住んでいるのは老人たちと少数の夫婦子供だけだった。


 だが子供たちは少数であることを気にもせずに生活している。
 学校では少人数の学級で物事を習い、学校が終われば鬼ごっこやかくれんぼといった遊びに精を出していた。

「子供の体力は底なしだな」

 見た目にも成人していないと判るレオ青年よ、そのセリフは中年のセリフだ。

 半ば呆れながら視線を向けていると、子供たちは唐突にそれぞれの夢について語り始めた。


「俺は世界一のポケモントレーナーになる! すっげぇ強いポケモン育てて、いつかこの村からも飛び出してやるんだ!!」

「私はマッサージ師になりたいわ。それで将来はいい香りに包まれてすごすの」

「僕、ポケモンセンターでお仕事したいな」


 それぞれの夢に対して「なれるよ」「なれないよ」などと騒ぎあう子供たち。
「俺も昔は……」
 こんな風に夢について考えていたのだろうか?

 レオの記憶の始まりはスナッチ団からだった。いきさつは古すぎて覚えていない。しかしあんなヤツラに拾われたんだ。ロクな理由のはずがない。

 とにかく実力が無ければ生きていけない場所にいた。
 その日一日を生きるのが精一杯な日常だった。

 将来どころか明日もわからない日々。将来の夢なんてあろうはずも無かった。


 子供たちが童謡を習っていたころ、レオは盗みのイロハを習っていた。
 子供たちが工作をしていたころ、レオはピッキングをしていた。
 子供たちが追いかけっこをしていたころ、レオは盗み出す標的を追いかけていた。
 子供たちがかくれんぼをしていたころ、レオは追っ手から我が身を隠していた。


 子供たちは遊ぶことを知っている。
 では自分は何を知っている?

 レオは自分を手を見た。
 実物が無くとも判る。今でも錠の構造を、開け方を身体が覚えていた。

 自分が知っているのは盗みのテクニックばかりだ。世間一般で活用できるような技術じゃない。

 自分のような人間が将来に生きていけるのだろうか?
 満足な教育も無しにここまで成長した自分が。盗賊として成長してきた自分が。


「……だからどうした」


 気分が悪くなった。
 最悪だ。
 自分は嫉妬している。しかも相手は無邪気に遊ぶ子供たちだ。
 自分にできなかったことをしている子供たちに。

「どしたの?」

 不意に後ろから声をかけられた。
「なんだか思いつめてたみたいだけど。レオらしくない」
 ミレイだった。祖父母たちとの団欒は終わったのだろう。
 それにしても、声をかけられるまで気づかなかったとは。自分はそこまで思いつめていたのか。

 レオの隣へ腰を下ろすミレイ。
「子供たち。すごく元気だね」
「そうだな……」
「だからどうしたの? いつになく元気ないよ」
「いや、昔のことを思い出していただけだ」
「スナッチ団にいたころ?」

 会話が途切れた。

「……ごめん」
「気にするな」
「でも、レオにとってイヤな思い出なんでしょ?」
「お前に言われる少し前から思い出していた」
「そっか……そういえばそうだったね」

 「ところでさ」とミレイが続ける。
「レオは、将来やりたいことってある?」
「無い」
「ないことないでしょ。……あ、とりあえず今思いついただけでも言ってみてよ。そういえばこんなお仕事あったな〜って感じで」
「………」
 ミレイと目もあわせずにレオは考える。

「……清掃業でもやるか」
「清掃って……掃除? あは、なんか似合わない」
 いきなり笑われた。言ってみろというので言ったというのに。
 しかし、三角巾やマスクにゴム長ゴム手袋の自分を想像してみれば、確かに似合わない。
「こんなのどうかな? 郵便配達とか、牛乳配達とか、新聞配達とか」
「なんで配達ばかりなんだ」
「そりゃ〜…ね、レオってバイクの運転うまいから」
「朝からけたたましいエンジン音を響かせるか?」
「あ〜、それじゃダメか。え〜とじゃあさじゃあさ」

 取りとめも無くミレイは様々な職業のレオを想像しては話題にする。
「コロシアムの受付……はダメか。レオ、無愛想だもんねぇ」
「………」
「客商売もダメだね。レオって顔 怖いもん。お客さん逃げちゃうよ」
「オイ」
「あ、そうだ! バーのマスターなんてどう? これだったらちょっと無愛想でもやってけるよ」
「大きなお世話だ」

 すっかりミレイのペースに飲まれてしまっている。だがレオに不快感は無かった。
 気がつけば先ほどまでの気分の悪さも消えていた。

 まったく、こいつと一緒にいると感傷に浸る暇もない。

「あれ? レオ、今度は笑ってる?」
「お前が愉快だからだ」
「それほめてるの?」
「そのつもりだ」
「なんかそうは聞こえないんだけど」
「気のせいだ」

 立ち上がり、レオはコートについた土を払う。
「いくぞ。まだスナッチしてないダークポケモンは残っている」
「え? あ、ちょっと! そんな急に行かないでよ」

 止めてあるバイクの方へ歩いてゆくレオ。あわてて立ち上がり、後を追うミレイ。




 オレに将来の夢は無い。だが時間はある。
 当面の目的を果たすまで、ゆっくり考えて決めるとしよう。

「レオ、待ってよー!」
「待つぞ。お前がいないとダークポケモンが判らないからな」

 ミレイ。
 お前と一緒に。

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