Extra1:泥棒ポケモンが変わった日

「待ちな!この泥棒ポケモン!!」
人の足の間を走り抜けて、壁を伝って、木に登って、マンホールへと飛び込んで。 彼に行かれない場所はない。
街に下りたポケモンはみんなからの嫌われ者。 毎日命を狙われて、それでも戦っていける奴だけが人の食べ物を手に入れられる。
振り回されたほうきを潜り抜けると、アサナンは盗み出したホットドッグを片手に自分のねぐらへと向かって走り出した。
罵声を浴びるのなんて日常茶飯事だ。 人は無意味かと思ってるかもしれないが意味がないと思って言ってるからポケモンだって聞いてないだけで、ちゃんとその音は耳に届いてる。



いらだたしげにほうきを石畳につくホットドッグ屋に、客が現れた。
山の方へと向かっていくポケモンの背を見ながら自分の分を注文すると、それを連れていたマクノシタへと半分分け与える。
「美味いっすね、ここのホットドッグ。あのアサナンも常連なんすか?」
「冗談を!しょっちゅう現れちゃ商品を荒らしてくんだから、こっちはほとほと困り果ててるんですよ!」
声を荒げて言い返す店主は、青年の胸に光るバッジの存在に気付くと目じりを少し上げた。
「っと、お兄さんポケモントレーナー? もし暇なんだったらあのアサナンをどうにかしちゃくれないですかねぇ?」
青年は即答した。
「いいっすよ、ただオレ、ポケモントレーナーじゃないっすけど。」
「?」
首をかしげる店主に、指についたケチャップをぺろりとなめると青年は立ち上がって顔を向けた。
「ジムリーダーなんすよ、まだ新米っすけど。 ムロジムのトウキっていいます。」
「ほぉ」と、店主は小さく感心の声を上げた。 とてもそうは見えないほど、若いジムリーダーだったからだ。
トウキと名乗ったジムリーダーは同じくホットドッグを食べ終わったマクノシタを連れ、山の方へと向かって行く。
水気を多く含んだ草むらを歩きながら、青年は川の向こうにある離れ小島のような山を見つけて口笛を吹いた。

「おぉ、予想以上にビッグウェーブ! 修行にはもってこいって感じだな。」
旅の大荷物の中から、サーフボードを取り出し川の中へと投げ込む。 その上に飛び乗る時のスリルは何者にも代えがたい。
「行くぜ、マクノシタ! 『なみのり』だ!!」
水の流れが変わり、ボードは流れに逆らって山の方へと動き出す。 その様子を山に生えた細い木の上から、アサナンは見つめていた。


・・・また人間が来た、どうせ自分の動きにはついてこられないのに。
盗み出したホットドッグを一口かじると、ケチャップの味と塩水の味が混ざり合っていた。 アサナンの食事はいつもそうだ、安全な場所へと戻ってから食べるからいつも塩水の味がする。
水を吸ってべしょべしょになったパンを投げ捨て、メインディッシュであるソーセージへとかぶりつこうとしたとき、アサナンの座っている木が大きく揺れた。
危うく木から落ちそうになって枝にしがみつくと、今まさに食べようとしていたランチが真下へと落ちていく。
くるくると回転して落ちてきたソーセージを片手でキャッチすると、トウキはサルのように木にしがみついているアサナンを一笑した。
「よーし、ゲット! オレが取ったんだから、これはオレの分でいいんだよな?」
木の上からアサナンが睨みつける。 すぐにでも戦う構えだ。 トウキは片手を上げるとアサナンを挑発した。 つられるようにして飛び出した相手の腕を軽くひねると、身体を入れ替えて軽く地面へと叩きつける。
何が起こったか解らずに目をパチパチさせているアサナンへと向かって、青年は顔を向ける。
「いけねえよな、格闘のチカラは正義のチカラだ。 物を盗むために使ったりするもんじゃないだろう?」
そう言って笑う青年を、アサナンは無言のまま見つめる。
一瞬だけ、トウキは自分とアサナンの気持ちが通じ合っているような気分になっていた。 だが、その一瞬が生んだ油断を狙い、アサナンは彼の持っているソーセージを奪い、さらに山の奥へと逃げていく。
もう追いかけられない。 少しだけ反省して自分を叱ると、トウキは山を背にして坂道を降り始めた。




翌日、またも青年は山へと登ってきた。 今度は昨日のホットドッグ屋で買ってきた大量の弁当を持って。
匂いにつられて野生のポケモンが次々と顔を出す。 昨日、あのアサナンと会った場所まで来るとトウキはその場でレジャーシートを広げ、ホットドッグを並べ始める。
視線が刺さる、あのアサナンだ。 今度は油断しないよう注意深く構えると、トウキは一旦は置いたホットドッグにそっと手を伸ばした。 途端、真上から飛び出したアサナンが彼の獲物を狙い攻撃を仕掛けてくる。
「はっ!!」
細い腕を引き、小さな体を草の上へ叩きつける。
衝撃を受けると泥棒ポケモンは小さく咳き込んだ。 少しやり過ぎたかなと思いながらも青年は責める手を休めない。 小さな体を組み敷くと、顔の横に大きな手を叩きつける。
「今日もオレの勝ちだ、アサナン!」
小さな体をバタバタさせるアサナンが大人しくなるまで待つと、トウキは対戦相手を解放し半ば無理矢理自分の隣に座らせた。
「ほら。」
マクノシタに押さえつけられているアサナンに自分が買ってきたものを渡すと、トウキはそれを自分と、マクノシタの分も振り分ける。

「ホットドッグは水吸ったら美味くないっしょ、焼きたて買ってきたからお前も食えよ。」
驚いているアサナンに持ってきた弁当を押し付けると、トウキは相手の見ている目の前で美味しそうにホットドッグをほおばり始めた。 マクノシタもそれに同じく。
不思議そうな目でアサナンはしばらくそれを見ていたが、やがて気がついたように手に持ったものを食べ始める。
それは、彼が今まで食べたことのない味だった。 少しパサパサしているが、甘くてしょっぱくて、すっぱくて辛い。 夢中になってホットドッグをむさぼるアサナンを見ながら、トウキは語る。
「勧善懲悪、破邪顕正! この世の悪は全部滅びるように出来てて、格闘には悪を滅ぼすチカラがあるんだ。
 アサナン、お前も格闘タイプだろ? だったらそのチカラは弱い奴を助けるために使うんだ。 その方がずっと楽しいぞ!」
アサナンはトウキの言葉をじっと聞いていたが、普段浴びせられている言葉とは違う響きに首をかしげていた。
何か違う。 他の人間たちと違う。 アサナンが不思議に思っている間にトウキは自分の分を食べ終わると、立ち上がって腰のベルトを締めなおす。
「じゃあ、明日も来るからかかってこいよ! お前見込みあるからさ!」
タマネギのような頭を軽く叩くと、青年はアサナンに背を向けて坂を下っていった。
その背中はとても無防備で、蹴り飛ばそうと思えば出来たかもしれない。 だが、泥棒ポケモンはそれが出来なくなっていた。
悔しい。 そう思い、元・泥棒ポケモンが山へと帰ろうとしたとき辺りの様子は一変した。


また翌日、トウキは予告したとおりに山へと登ってきた。 今日もあのイタズラポケモンへの土産として、ホットドッグを山ほど買い込んで。
しかし、どれだけ待っても来ない。 心配になって探しに行こうかともしたが、相手は野生のポケモンだ。 ジムリーダーである自分が下手に手を出すわけにもいかない。
夕方まで待って、青年は彼が来る気がないのだと心の中で位置づけた。 カバンからホットドッグを取り出し、細い木の下に置く。
「アサナン! お前の分、ここに置いてくからな!」
他のポケモンに食べられてしまうかもしれないけど、もしかしたら・・・そんな願いを込めて。
山を降りると、感謝の言葉を受け取った。
アイツは泥棒、人のことを考えれば二度と会わない方がいいのかもしれない。
白いサーフボードを手にすると、それを川へと投げ込む。 その上に立つと青年は山を振り返り、

姿の見えない友人に手を振った。


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