終わらない旅の終わりに
1人の少年がポケモンマスターになった。
・・・言葉にしてみれば、それだけのことなんだけど。
波音の響く海岸で、少年はトレーナーケースを広げ感慨にふけっていた。
バッジが、8個。 このまま順調に進めばもうすぐポケモンリーグだ。
かすかに身震いして、それが寒いからか怖いからか分からずにいる間に今度は1つくしゃみをする。
「・・・ハハ、やっぱ夜じゃ寒かったかな?
あっためてくれよ、ゴウカザル!」
小さなボールが宙を舞うと、悲鳴のようなものが後ろから聞こえ、彼は振り向いた。
髪を頭の横で結った女の子が1人、驚いたような目をして彼のことを見ている。
「何してんすか? そんなところで・・・」
少年が近づいていくと、少女は急にもじもじした様子で口に手を当てたので「これはもしや?」なんて考えが頭に浮かんできた。
「ハハーン、さては俺にホレちゃった?」
「い、いえ! そうじゃなくて・・・」
「あ、そなの・・・」
これにはがっくりだ。 相手もそれなりに可愛かっただけに。
戸惑っていた様子の彼女はスカートのすそを握り締め、覚悟を決めた顔をして少年へと話しかける。
「あの、ナギサシティのジムリーダーに勝ったんですよね? これからポケモンリーグに?」
「そっ。」
短い言葉で少年は返す。
しっかりとジムバッジのはまったトレーナーケースを開くと、彼はそれを少女の方へと向けて見せた。
ピカピカ光るくらいまでバッジは磨かれ、少女から「まぁ」と小さく声が聞こえる。 それを聞くとちょっと得意げに彼は鼻を鳴らした。
「ほったらかしだったからサ、磨いてたとこだったんだ。 あとモンスターボールも。
ずっと冒険を一緒にしてきた仲間だもんな。」
トレーナーを温めようとずっと炎を出し続けているゴウカザルの頭をなでると、少女は小さく笑った。
「聞いてもいいですか? その冒険のお話。」
少女が尋ねると、彼は口をへの字に曲げ、2秒だけ考えるような顔を見せた。
その場に座り込んで再びモンスターボールを磨き始めると、口笛を吹くようなとんがった唇から小さく言葉を流し始める。
「湖の伝説を調べようって言い出したのが最初だったんだ。」
テレビの特集見た後だったから、俺わくわくしながら行ったんだよな。
けど結局伝説のポケモンとかいなくてさ、見つけたのがジジイと可愛い女の子! いいか、可愛いっつーのポイントだぞ。
んで野生のポケモンに襲われて、拾ったポケモンで幼馴染と2人でバトルしてさ、あれすっげーわくわくすんのな!何かヤベーのに楽しくてしょうがねーの!
それで拾ったポケモンなんだから返しに行ったんだけど、そこでばったり再開しちゃったのよ!誰ってあの可愛い女の子!
ヒカリっつーんだけどさ、博士の助手で、ポケモンの生態とか調べてるらしいのな。
うん、それで俺たちもポケモン図鑑の完成頼まれたんだ。 それであっちこっち飛び回ってさ、それでその幼馴染とはポケモンリーグで戦うことになったのな。 理由? 成り行き。
その後はポケモン捕まえながらジムに挑戦して回ってたんだけどさ、いるのな、変な奴。 ギンガ団!
最初なんか変なカッコしてるなーってくらいで気にしてなかったんだよ。 けどさ、そのうちあいつら町の人とか、じーさん博士とか、しまいにはヒカリにまで手ェ出しやがってさ!
俺、意気込んで戦い挑んだんだよ。 結果? 聞くなよ。
結局ギンガ団を倒したのは俺じゃなくて幼馴染だったんだ。
ここもそうだぜ、ずっと俺の方が先にジムリーダー倒してたのに、いつの間にか抜かされてやんの。
けど、負けっぱなしってわけにいかねーもんな。
この海越えて、ポケモンリーグで決戦だぜ!
磨き終わってピカピカのボールを片手に、少年は立ち上がって海の向こうを差した。
その上を小さなポケモンが、すうっと飛んで海の方へと消えていく。
「待ってよー! エムリット!」
息を切らせながら走ってくる少女の姿に、少年の顔が赤くなる。
「ヒカリ!」
「あ、ジュン君! エムリット見なかった?」
「エムリット?」
聞き返すと、少女は腕を振り、怒ったような様子で少年へと言い返す。
「シンジ湖の底に眠ってたポケモン! 博士も話してたでしょ!」
じーさん博士の話なんて右から左でずっとヒカリのことを見てました・・・なんて言えるわけもなく、少年は苦笑いした。
ずっと話を聞いていた少女が、少しまぶたを見開かせる。 少年の探していたポケモンは確かに存在していたのだ。
さてと、と、小さく自分に合図すると、ヒカリは海に向かってモンスターボールを投げた。
「これからポケモンリーグ?」
「そ、コウキと最終決戦だぜ!」
「頑張って! どっちも応援してるよ!」
エムリットを追いかけ一足先に海へと漕ぎ出してったヒカリを見て、少年は急に準備運動を始める。
「やっべ! ヒカリにまで先越されちまった! ダッシュだダッシュ!」
乱雑に荷物をまとめ、小さなモンスターボールを構える。
そんなに急がなくてもいいのにと、少女は小さく笑い、スカートのすそについたホコリを叩いて払った。
「行くんですね。」
「あぁ、あいつと決着つけないといけないからサ。
俺が勝ってもあいつが勝っても、どっちかはポケモンマスターだ!」
砂を蹴散らし、風のように少年は駆けていった。
言葉通り、間もなくして1人のポケモンマスターが誕生する。
それは残念ながら彼ではなかったけれど、また1つ、少年に目標が出来た。
1人の少年がポケモンマスターになった。 言葉にしてみればそれだけのことなんだけど、そこには確かなドラマが存在する。
気付かれないドラマにも目を向けて、また新しい旅に出よう。
これは、勝った少年が言った言葉。
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