「んで、まだミネズミ連れてたのか、オマエ。」
ガードレールの上にあぐらをかきながら、トウコは眠そうな目をしてミネズミを抱えるトウヤにそう切り出した。
買い食いしたジュースのストローから口を離し、トウコの方に視線を向けると、トウヤは一心不乱にポフィンを貪り食うミネズミの頭を撫でる。
「んと、サンヨウシティで1度は逃そうと思ったんだけど、なんかよく分からないけど戻ってきちゃって……
手持ちがミジュマル1匹っていうのも寂しかったし、とりあえず連れてこうかな〜と。」
「……トウヤ、そのミネズミに『いあいぎり』覚えさせたろ。」
「なんで知ってるの?」
ボリボリと頭をかきながら、トウコはトウヤから視線をそらす。
理由はわかったが、それを話すというのはあまりに夢のない話だ。
「……まぁ、寂しいっつうなら、新しいポケモン捕まえに行けばいいんじゃね?
この近くの『ヤグルマの森』には珍しいポケモンがゴロゴロしてんぞ。」
ゴロゴロしてたらそれはもう珍しくないんじゃないかと思ったが、トウヤはそれを口に出すのは止めておいた。
作戦に乗りたい気持ちはあったが、今はまだ傷も痛む。
うーんと声に出して考えると、トウヤはコップの氷をじゃらじゃらと鳴らし、イスにしていたブロックから立ち上がる。
「明日考えるよ。 捕まえるにしてもバトルは必要になるし、あんまりミジュマルたちに無理もさせられない。」
「うん。 オマエがそう思うなら、それでいい。」
頬杖つく腕を組み替えると、トウコはガードレールから飛び降り、空に向かって両腕を伸ばした。
「じゃあ、今日は目一杯遊ぶかぁ!」
「……うん!」
「うん?」
眉を潜めると、トウコはトウヤの帽子のツバに額をくっつける。
「……変だな? アタシの知ってるトウヤは、こういうとき「ムリムリムリ!」って話も聞かず逃げ出してたんだが。」
「や、やだなぁ、トウコちゃん……」
トウヤはトウコから逃げるように後ずさると、帽子のツバを強く引いて視線を宙に浮かす。
「ホラ、いくらトウコちゃんだって、初めて来るような街で命懸けて遊ぶようなことはしないと思うし……」
「ほーう?」
「1回ここに来ているトウコちゃんだったら、この街の面白い場所も知ってるかもしれないなー……と、思って……」
ヤブをつついてハブネーク。
危なくないよね……?と、念を押すが、答えがないのは分かりきっていた。
服の襟首をわしづかみにされ、トウヤの身体が宙に舞う。
「なら、まずはカフェソーコ(の屋上)だ!!」
「ぎゃああぁぁ!?」
悲鳴をあげながら空に振り回されるトウヤの姿は、街の人にも滑稽に映った。
「助けて、ミネズミィ!!」
おいてけぼりにされたミネズミが必死でトウヤを追いかける。
その声に近くを観光していたベルとチェレンも何事かと振り返った。
「いやぁ、絶景かな絶景かな! こっからだと街のアトリエが一望できんだぜ!」
「無理ィ! 景色楽しむ余裕とかないから!!」
煙突のレンガにしがみついて、トウヤはこれでもかというほど奇声をあげる。
カフェの周りには人だかりが出来ていた。
恐ろしいやら恥かしいやらで、トウヤの手がじっとりと汗ばむ。
「……何やってるんだ、あいつ?」
見上げるチェレンの隣で、ベルが目を細める。
チィチィいいながら追いかけてきたミネズミを見下ろすと、トウコは長いポニーテールを風に揺らし、口元を緩ませ白い歯を見せた。
「……おーおー、頑張るねぇ。」
トウヤの首根っこを掴んで飛び降りると、トウコは飛び掛かってきたミネズミの攻撃を軽くいなす。
勢い余ってゴミ箱に突っ込み、後ろ足と尻尾とお尻でジタバタするミネズミに、トウコは高らかに笑い声をあげた。
「弱いなー、オマエ! トウヤのポケモンのクセしてヨワッヨワだ!」
「トウコちゃん!」
ゴミ箱から頭を抜き取り、ミネズミは再びトウコに向かって突進する。
後ろの観衆をチラリと見やると、トウコは直進するミネズミの腹を蹴り上げ、首の後ろを掴まえた。
手の内で暴れるミネズミに笑みを向けると、トウコはそれを屋根の上に放り投げる。
キーキー騒ぐミネズミをよそに、トウコはトウヤを(無理矢理)連れてレンガの倉庫街へと歩き出す。
目の前を通過されてもチェレンもベルもリアクションをとることも出来なかった。
へっぴり腰で降りてきたミネズミだけが、トウコとトウヤを追いかける。
街の真ん中にある博物館の前まで来ると、トウヤはようやく一息つくことが許された。
街中の時計が正午を告げ陽気に歌いだすが、正直まだ1日が終わらないのかというほどぐったりだ。
「と、まあ、シッポウシティは大体こんな感じだな! わかったか、トウヤ?」
「全然。」
歩道の真ん中にしゃがみこんでトウヤは低い声を出す。
「ンだよ、チョッパヤで案内してやったっつーのに。」
「そんなこといったって、カフェは静かにコーヒー飲むところ!
ショップは行儀よく買い物をするところ!
アトリエはおとなしく芸術観賞するところだよ、トウコちゃん!」
泣きそうな顔をして決死の覚悟で叫んだ言葉に、トウコの目が瞬く。
顔を赤くして鼻に力を入れるトウヤをじっと見つめると、トウコはふとうつむきがちに笑ってトウヤの眉間に人差し指を向けた。
「なら、この後そうすりゃいい。 『今日』はまだ半分残ってんだからな。」
「でも、ミネズミと離れちゃったし、急いで探さないと……」
「問題ない。」
トウコは通りの向こうに視線を向け、クスリと小さく笑った。
人の間をすり抜けながら必死でこちらへと向かってくるポケモンを見て、トウヤは目を丸くする。
「好きな人のためなら、どんなヤツだって一生懸命になれるもんさ。」
胸に飛び込んできたミネズミが一回り大きくなっていてトウヤは戸惑った。
カバンからポケモン図鑑を取り出し、ミネズミらしきポケモンへと向ける。
けいかいポケモンミルホッグ、ポケモン図鑑にはそう表示された。 オロオロとポケモンを抱いたままトウコへと視線を向けると、腕組みした体勢のまま彼女はちょっと鼻息を鳴らしてみせた。
「進化したんだよ。 聞いたことあんだろ?」
「あの、強くなって姿かたちが変わるっていう、あの……?」
『あの』を2回言ったトウヤに対し、トウコは「うん」と返事をする。
ミルホッグの首の辺りをまさぐって、トウヤはぱちくり目を瞬かせた。
「あ、本当だ。 ボクのミネズミ。」
「なんだよ、自分の名前でも書いてたのか?」
「うん、ミネズミに持たせた『カゴのみ』にね。」
「書くな。」
頭を叩かれ、「あいた」とトウヤは声をあげる。
呆れがちに肩をすくめると、トウコはトウヤに背中を向けた。 トウヤが顔を上げると、いつも見ていた背中がなんだか以前より細くなったように見える。
「ま、そーゆー訳だ!
先に進むんだったら強くなるに越したこたーねぇ! ミジュマルもしっかり鍛えとけよ!
アタシ、もう先に行くから!」
「まっ……!」
開きかけた拳をぎゅっと握りなおすと、トウヤは自分の手を見つめ、トウコへと作り笑顔を見せた。
「あ、えっと……トウコちゃん、追いついたら、また会おう!」
「おう!」
元気にガッツポーズを作ってトウコはヤグルマの森の方向へと歩き出した。
手を振る代わりに、トウヤは『?』な顔をしたミルホッグをぎゅっと抱きしめる。
小さくうなずき、トウヤはミルホッグから手を離して立ち上がった。 その目には、小さな炎が宿る。
「……で?」
場所は戻ってカフェソーコ。 向かいの席にはチェレンとベル。
アコーディオンの音色が響く小さな喫茶店は、昼食をとりに来た客たちでいっぱいだ。
「……あれだけ派手に走り回った後で、また同じ場所に戻ってくるとは思わなかったんだけど。」
「いやぁ、他にお昼食べられそうなところなくって。」
山盛りのクラブハウスサンドにかぶりつきながらトウヤは照れた。
「ほーや、ふんほいほーほはんい、ふいあわはえへはほえー。」
口の中のものを飲み込むと、ベルは自分の皿を見下ろして「これおいしー」と付け加える。
頬についたマヨネーズを指で拭きながら、トウヤは尋ねた。
「チェレンとベルは2人で何してたの?」
「……シッポウのポケモンジムを下見していたら、偶然ベルに会ってね。」
「ここのポケモンジムすごいんだよお! 1階がまるごと博物館になってるの!」
博物館。 その言葉を聞いてトウヤは午前中最後に回った巨大な建物を思い出した。
トントン、と机を叩いて自分の方を向かせると、チェレンは言おうとしていた話の続きを切り出す。
「……それで、ここのジムリーダーがノーマルタイプの使い手だということが分かって、攻略法を考えていたところさ。」
「ノーマルタイプ?」
「……あぁ、トウヤのミネズミやベルのヨーテリーなどに代表される『強さも弱さもないタイプ』だ。
弱点は『かくとう』タイプ1つのみ。 代わりに『ゴースト』タイプが効かない以外、威力を半減できるタイプもない。
つまり、格闘タイプを捕まえてこない限り、真正面から戦うしかないっていうわけだ。 旅を始めたばかりの僕らにはやりづらい相手ではあるね。」
新しいポケモンか……と、少し薄暗い店内に視線を迷わせてトウヤはつぶやいた。
「それだったら、トウコちゃんがこの近くにある『ヤグルマの森』っていう場所に珍しいポケモンがたくさんいるって言ってたよ。」
「トウコちゃんが!?」
イスをひっくり返し、ベルが立ち上がる。
すぐに周りの視線に気付き、慌てて倒したイスを元通りにすると、ベルは身を乗り出すようにしてはしゃいだ声を出した。
「それってすっごいカクジツな情報だよね!
決めた! あたし今日はそのヤグルマの森ってとこで新しいポケモン探す!
それで、博士のポケモン図鑑もページいっぱいにするんだ!」
ふぅ、と、ため息をついたチェレンを横目で見ると、ベルはチェレンの袖を強く引っ張る。
「ねえねえ、チェレンも一緒に行こうよ。 チェレンはあたしよりずっとポケモン詳しいし、ボールの選び方とか参考にしたいの!」
「……別にいいけど。 ……トウヤは?」
「ボクは遠慮しとくよ。 昨日ポケモンたちに結構無理させちゃったから、今日くらい休ませてあげたいんだ。」
チェレンとベルはちょっと熱の冷めたような顔をすると、「そっか」と笑顔を作って皿の散らかる席を立った。
トウヤもそろそろ出ようかと自分のイスを引く。
途端、今まさに出ようとしていた人の足と腰とがぶつかって、つけっぱなしだったミジュマルのボールが床の上に転がった。
「ああぁ、ごめんごめん。 僕がボーっとしてたよ。」
手に持った財布のヒモをじゃらじゃらと揺らしながら、トウヤにぶつかった細っこい男の人は振り返る。
机の脚に開閉スイッチが当たり、ミジュマルのモンスターボールが開く。
ここがどこか分からないといった様子でキョロキョロと周りを見回すと、ミジュマルは「みじゅ」と声をあげてトウヤの足元まで戻っていった。
「おっと、キミはトレーナーかい?」
「は、はい……」
「おぉ! よく見ればトライバッジを持っているじゃないか!」
わしづかみするようにバッグを引っ張られ、トウヤは思わず肩ヒモを持つ手に力を入れる。
「と、いうことは! キミは我が愛しのビッグマムに挑戦するということだ! そうだろう、そうだろう?」
男の人は今度はトウヤの肩をわしづかんだ。 意味がつかめず、トウヤは目をシパシパさせる。
「いや実は、シッポウのジムリーダー、アロエは僕の奥さんなんだよね。 アハハ、まぁ彼女の方が表様だから奥さんなんて言ったら怒られるんだけど。
おっと、自己紹介が遅れた。 僕はシッポウ博物館の副館長キダチ。
キミの名前は? ランチ終わったところだよね、これからどこに行こうとしてたの?」
「あ、えーと、トウヤです。 これから……」
「シッポウ博物館に行こうとしてたんだよね!?」
「ひぃ」とトウヤは悲鳴をあげる。 周りから注がれる同情の視線が痛い。
吐息でメガネを曇らせるキダチ副館長に恐れを抱き、トウヤは手を振り払って逃げ出した。
結局、午後の予定は決まらないままだ。
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