「・・・全く、無茶ばっかりするんだからなぁ〜」





 そうその人は言いながら、彼女の腕に包帯を巻いていく
 その手つきからある程度慣れたものと見てわかるが、彼女にはそれが今ひとつ感じられなかった


 「・・・・・・ん、両腕終わりね」

 「有り難う御座いました」

 
 彼女はそう言って腕を引っ込め立ち上がろうとすると、それをその人がパシッとつかんで止めた


 「まだでしょ」

 「・・・・・・」

 
 彼女は曖昧に微笑むと、その人は見上げるような目つきで言った


 「背中、出しなさい。 隠しても無駄だよ」

 「・・・そこまでお手を患わせるわけには参りません」

 「いいから。 もう一度座って、背中を向けて」


 その人の言葉は、彼女にとってはかなりの強制力があるものだった
 彼女はすとんとその人に対し背中を向けて座り直し、躊躇いなく上着のボタンを外し始めた

 紺色の服を着ていたからこそ、周りには気づかれないだろうと思っていた
 裂傷、打撲、擦り傷、刺し傷・・・・・・
 その背中は血まみれで、上着もわずかにそれで変色していた


 「・・・あーあ、せっかくの白い肌が台無しじゃないか」

 「セクハラで訴えますよ」

 「あ、ホラ、こっち向かないの。 髪もまとめてくれると消毒がしやすいな」


 ・・・そう言われ、彼女は長く伸ばした髪を片手でまとめあげた
 こうして長く髪を伸ばしているのも、その人と出会って間もなくに言われたからだ

 『髪伸ばした方が綺麗だし可愛いと思うな、きっと』

 ・・・・・・髪を褒められたのは、別に初めてじゃなかった
 それでも、きっと、今思えば、もう、あの頃から、その人に参っていたんだと思う


 それから、すぐに作業が始まるものと後ろ目で見ていたのだが、その人の動きは止まったままだった
 何となく察しが付き、彼女は下着のボタンを自分で外した
 流石にこれは言いにくかったのだろう、確かにそのままでは作業が進めにくい・・・


 最も、本当にその人がそう言う理由で言わなかったのかはわからないが

 彼女は目を閉じた

 こうして、目を瞑ってしまえば・・・・・・





 そう、どうせ・・・・・・何もわからないのだから 
 

 


 ーーーーーー


 私には『触覚』というものが、生まれながらに欠けていた

 それがどういうことか、わかるだろうか

 
 どんなに深い傷を作ろうが、私には「痛い」と言うことが出来なかった

 血を流しても、自覚出来なかった

 どんなに悪性の腫瘍が拡がろうと、私には「痛い」と言うことが出来なかった

 膿を流しても、自覚出来なかった

 初めから、そんな感情が生まれなかったのだ

 それこそ、周囲から見れば「痛々しい」ことなんだろう
 

 私は『見る』という行為で、初めてその状態を知ることが出来た

 赤い血が流れるのを見て、漸く身の危険を覚えた

 私は『見る』という行為で、初めてその状態を知ることが出来た

 白い膿が流れるのを見て、漸く身の危険を覚えた

 それこそ、周囲から見れば「信じられない」ことなんだろう


 私はそれらを「不幸」とも、「苦痛」とも感じなかった

 周囲から隔離した存在として、今まで生きてきたのだから


 ・・・・・・そして、出会った

今までに出会ったことのない人を

 運命の出会いだとか、そんなもので片づけられはしない出来事だった


 ーーーーーー


 
 

 彼女は目を開け、その人が巻いてくれた包帯を見た
 そして、思い切りその上からつねってみた
 痛みは感じられなかった

 それでも、痛かった





 ーーーーーー


 私は「痛み」を知った


 その人が笑って教えてくれた

 怖くはなかった

 全身に奔り昇るような「痛み」は、私の脳を揺さ振った

 それは「快感」に近く、何よりも等しいものに思え感じた


 ーーーーーー





 彼女はか細い声で、その人に聞こえないように言った


 「・・・・・・私に触れているんですか」


 それでも、何も感じられないから





 ーーーーーー


 何も感じられなかった


 その人の手の感触も

 その人の温もりも

 その人のかかる息さえも


 何も感じられなかった


 私は「痛み」を知った

 それ故に、より一層に何も感じなくなった

 どこを触れられても、感じることは出来なかった


 何も感じられなかった


 目を閉じれば

 私自身

 何をされても

 決して

 気づかない

 
たとえ、その人に・・・・・・


 

 
 ーーーーーー





 「はい、おしまい」


 その人はそう声に出し、彼女に治療作業の終わりを告げた
 触感が無いから、後ろを向いた彼女にはその判断が出来ない、そう知っているからだ
 彼女は下着を改めて付け直し、上着のボタンをはめ直そうとした

 ・・・とんとんと、その人が彼女の左肩を叩くのが見えた
 今度は何だろうと、顔だけ後ろを振り返りみた時だった

 その人の唇が、彼女の額に軽く当たった


 「・・・なんですか、いきなり」

 「早く治るようにって、おまじない」


 悪戯っぽく笑って、その人はそう言った
 そして、今度は彼女にもっと良く見えるようにと、前の方に回った
 そうして真正面に立ち、片膝を折りつつ包帯が巻かれた右手の甲に落とした
 それから、少しだけ首を伸ばし、彼女の首筋にもそれを落とす

 彼女は動かなかった

 いや、動けなかった

 まだ前がはだけている上着を隠そうともせず、ただその人の動きを見ていた
 彼女は、その直に触れているはずの肌で感じ取れないから
 ぼんやりと、しかし意識ははっきりした状態で・・・


 「・・・戯れですか」

 「かもね」


 その人はすっと彼女から離れ、そう微笑んだ
 彼女は少し離れたその人の顔をまた見た

 まだ幼さが残るその顔立ち、いったい・・・何が彼をそうさせるのだろうか

 そして、その影のある笑顔にまた惹き込まれていった自分を惜しみながら戒めつつ言った


 「なら、少し自重して下さい。 下の者に示しがつきませんから」

 「かたいこと言わないでよ、ね? タツミ」

 「駄目です。 それに、・・・・・・」


 不意に彼女の言葉が途切れた


 「ん? 何、それにって・・・」


 彼女はふっと自嘲的に微笑み、言った


 「面倒臭くはありませんか? ディック様」


 虚をつかれ、うーんと考えるふりをし、その人は無邪気そうに言った





 「うん」



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