それは彼がもたらしたのだ 

 いつまでも



 ・・・・・・


 「・・・・・・」

 ずしゃずしゃっと踏みしめるたびに感じる砂の感触
 なかにも入り込んでいるのか靴が重い
 額や首筋に流れる汗は鬱陶しい

 見渡す限りの荒野
 ここはどの地方からも離れた地方

 「・・・街はまだのようだな」

 うんざりしたようにつぶやいた赤髪、銀色の瞳を持つ青年
 仲間から離れ、1人、修行をこなす男
 シルバーだった 

 汗をぬぐい、ふぅっとうつむいき、落ちた汗が乾いた地面に染み込んでいくのを見る

 それからふと顔を上げると、岩場が見えた
 さっきまでなかったような気もするが、蜃気楼には見えない
 いや、蜃気楼とはえてしてそういうものだろう

 「あそこまで行ったら休むか」

 1人、いやボールのなかのニューラに向けてそう言った
 日陰での一休みこそ、何よりのもの
 この気温と環境下がそれを痛感させる

 ザァッと靴のなかの砂を一度落として履き直し、気を奮い起こしシルバーは歩き出した


 ・・・・・・


 どうやら、蜃気楼の類ではなかったようだ
 手に触れる岩肌の感触が、リアルであることを告げる

 「助かった」

 ほっと安堵し、シルバーは大きな岩柱・岩陰の方に回り込んで座り込む
 ニューラを出してやり、『こごえるかぜ』を使って少しだけ冷気を分けてもらう
 長袖で肌が焼けるのは防げるが、じっとりと汗ばんで不快だ
 威力を弱めた冷風を服のなかに通してみると、生き返る心地がする

 「さて」

 嬉しそうに携帯食料と水を口に含ませ、足を軽くマッサージする
 それからシルバーは荷物から地図を取り出し、広げてみた
 陽が動く道筋などから方角は間違っていないだろうが、広大すぎて、それを疑ってしまうのだ
 
 オーレ地方は荒野と砂漠がその7割以上を占め、緑ある土地は2割ほどだ
 カントーやジョウト地方とは違い、その厳しい環境から野生ポケモンの数も・出現場所も少ない
 異質な地方だった

 「・・・・・・遠いな」

 歩幅、歩いてきた時間などから今いる場所を測ってみるとちょうど街と街の間といったところだった
 これからまた同じだけ歩かなければ、次の街にはたどり着けない
 そもそもオーレ地方に来てから訪ねたのは小さな村などばかりで、まともな街にたどり着いたことがない
 
 「・・・ふむ」

 広大で厳しい環境下にあるオーレ地方での基本的な移動はバイクや車だという
 次の街で何らかの移動手段を得なければ、来たるべき日の決戦に間に合わなくなる恐れがあった
 ちなみにシルバーの手持ちポケモンには長距離移動に適したポケモンはいない
 小柄なヤミカラスはその体色と気温のせいで、すぐにまいってしまうだろう
 

 たんっとシルバーとニューラがいきなり立ち上がった
 何かの気配、それを同時に感じ取ったのだ

 「(敵か?)」

 オーレ地方は既に組織の手に落ちているという話だ
 情報網から単身で修行に来ているなど、どこから伝わり、刺客が来てもおかしくはなかった
 
 日陰なのにじりじりといい、日向では地面が熱をもうもうと反射している
 シルバーは動かない
 気配を読み取ろうと、五感を研ぎ澄ます

 「(・・・・・・気のせいか?)」

 何も来ない
 シルバーは警戒を怠ることなく、ニューラを連れて岩場地帯を進む

 一休みする前、シルバーはヤミカラスで上空から・ここの岩場を見下ろした
 雲ひとつとしてない上空に敵がいないことは確認済みだったから、岩陰で待ち伏せがないかの念のためだった

 その時の全体を、シルバーは頭のなかにしっかり刻み込んでいる
 だから、どこをどう進めばいいのかがわかる
 闇雲に、緊張しつつゆっくり進んでいるのではないのだ
 ・・・最も、どこを通ろうとも岩柱があるだけで行き止まりはないのだった

 ニューラが、人間には感じ取れない何かに気づいたようだ
 それからシルバーも気づけた


 何かある


 何かはわからないが、何かがある
 人の気配とも思えないが、それに近いような何かがある
 硬直とまではいかないがその場から出ることを躊躇わせる、何かがある
 
 シルバーのいる岩陰の、向こう側に何かがある


 それでも思い切って、シルバーは潜んでいる岩陰から飛び出した
 岩壁を上ったニューラがその頭上から飛び掛るという、敵がいても万全な自らに気をひきつける危険なおとり作戦
 
 しかし、それは杞憂に終わった
 確かに人はいた

 だが、それは人ではなかった


 「これは・・・・・・」

 それは真っ白な何か
 朽ち果てた何か
 立ち尽くした何か

 人の形をした何か

 そうだ
 真っ白な人だ
 
 いや、人の形をかろうじて保っているだけ
 もう既に事切れているのがわかった

 人形のようなそれに、一瞬でも生者の気配と感じ、気圧されたというわけだ
 情けない
 修行が足りない、とシルバーは自嘲した

 「しかし、これは何だ?」

 人の手で彫りだした石像の類か
 無言の圧力というか、凄みがある

 長く伸びた髪の毛や爪
 鋭くも虚ろな眼光
 決して膝を地につけない長身の男性

 生きている時、この男は相当に強い意志と力を持ち合わせていたのだろうと容易に想像出来た
 この厳しい気候でも風化しないそれは未だに堅い存在感を漂わせている

 例えるならば、英雄―――
 
 
 何故だろう
 シルバーの胸の心音が高まっていた
 これほどの何か・存在に会えたことに、高揚しているのか
 
 触れてみよう
 
 強く思った
 触れてはならないと明言されているというのに、その禁忌を侵すような感覚
 普段ではありえない
 そうさせる何かが異常だった
 

 指先を伸ばし、わずかだけ触れる
 あと1cm


 大地が揺れた

 シルバーは後ろに飛びのくと、今までいたそこから土砂が吹き出た
 あと1秒か2秒遅ければ、あれの巻き添えになって地面に打ち付けられていただろう

 グァオォォォオオォォオと地鳴りのような声をあげたのはイワークだった

 「(―――感じた気配は、実はこいつのものだったのか?)」

 いや、それよりも
 これは本当にイワークなのか

 普通の色違いとも違う、白い岩肌のイワークだった
 これが厳しい環境下にあるオーレ地方独特の種なのか
 
 シルバーめがけて、イワークが突っ込んでくる

 「ニューラ!」

 トレーナーと共に一歩下がり、凍える冷気がそれを迎え撃つ
 タイプ相性ではこちらが有利だ

 『グァォオオォオァォオ』

 にもかかわらず、白いイワークがそれをものともしないかのようにぶち破ってきた
 ニューラが咄嗟に冷気で、氷の壁を作る
 間一髪、白いイワークはそこに激突にする

 「こいつは・・・っ」

 シルバーが驚く間に、ニューラの氷の壁がビシビシとひび入り・砕けた
 氷を作るのに適さない環境だったのと、何よりこの白いイワーク自体が頑丈で強いのだ

 ニューラと共にたたんと後ろへ飛ぶと、岩壁にぶつかる
 絶体絶命ではない
 シルバーは身軽に、ニューラが手早く作る冷気の足場を使って華麗にその岩柱を登る
 そうやって天辺について、下を見下ろし白いイワークの位置を確認する

 「っ」

 足元が大きく揺れ、シルバーのいる岩柱が崩れていく
 本当に一瞬の内に岩柱に巻きつき、しめつけて、砕いたのだ

 足場を失い、シルバーとニューラが落下する
 これ程の硬度、防御力を持つイワークにはお目にかかったことがない
 もはやハガネール以上の頑丈っぷりと耐久だ

 「(イワークは年月を経てダイヤモンドのように堅くなると聞いたことはあるが・・・)」

 それはハガネールへの進化を示唆するものとばかり思っていたが、まさか実例があるとは思いもよらない
 
 出来ることならば捕獲したい
 これ程の戦力
 見逃す手はない

 しかし、ニューラの冷気をはじくというありえない頑強さ
 
 ならば、別の正攻法で攻めるしかない

 落下し、受身を取る
 すかさずポケモンを出す

 「オーダイルッ」

 大型の、頼りになる水ポケモンが白いイワークにつかみかかる
 それでも、白いイワークは止まらない

 「冷気をはじいたところで、タイプ相性は覆らん」

 オーダイルが口から水をはき、白いイワーク攻め立てる
 白いイワークが苦しそうに、それでもなおオーダイルをその長い体で締め付け、潰しにかかる
 その間にも白いイワークは尾を動かし、砕いた岩をシルバーめがけてはじいてくる
 それだけであって技にも値しない動作だというのに、一撃一撃がいわおとし級の威力があった 

 「・・・好都合だ」

 強くはじかれてくる岩をニューラの『かわらわり』で防ぎながら、シルバーは冷たくそう言い捨てた

 「オーダイルの特性は『げきりゅう』」

 しめつけるで徐々に減っていくHP
 特性の発動を見極めるのはたやすい

 特性が発動し、オーダイルの放つ水流の威力が増大した
 白いイワークの身体が苦しそうによじれ、締め付ける力が弱くなる
 そこをついて、渾身の力でオーダイルが白いイワークを引き剥がし、グァッと投げ飛ばした

 ズガァアアンと投げ飛ばした先にあり・ぶつかった岩柱が砕け、白いイワークがその瓦礫に埋まる
 捕獲出来ない状態、きぜつまではいっていないはずだ

 「ヘビーボール!」

 躊躇いはない
 シルバーが当てどころ、ツノの根元に投げつける
 ゴッと鈍い音がし、見事に命中する


 しかし、ボールの方が砕けた
 それはただ頑丈だったから、ではすまない
 キャプチャネット自体が展開しなかったのだ 

 「何故だ?」

 原因を考える

 そこから導き出されていく

 突然の出現と、シルバーへの攻撃の方法
 瓦礫に埋まる白いイワークの、衰えぬ眼光
 そこから伺えるわかりやすい明確な意志

 答えは

 「・・・・・・すまなかった」

 シルバーはじゃりっと地面を踏みしめ、振り返って見た

 「お前はあの男のポケモンなのだな」

 あの事切れた白い石像
 あれは像などではなく、紛れもないトレーナーの姿
 そして、白いイワークは彼のパートナー

 今も、なお


 ・・・・・・


 シルバーは手持ちの薬で白いイワークの治療に当たった
 相手もそれを嫌がることなく、受け入れた

 「・・・俺があの男に触れようとしたから、お前が出てきた」

 そして、あの男から引き離すように白いイワークは果敢に突っ込んできた
 後ろに下がるか上へ逃げるほか、選択肢が出なかったほどに
 
 「強いな」

 どれだけ死んでしまった彼のことを護ってきたのだろうか
 その意味を考えることなく、迷いもせず
 この環境から逃げもせず、衰えもせず
 
 「・・・出来ることなら、生前の男と会ってみたかった」

 傍らのニューラが白いイワークの目をじっと見つめている
 なにか、会話をしているのだろうか

 「(・・・ポケモンの心を読んでみたいと、自分から思えたのは初めてかもしれん)」

 そういう能力者を1人知っているし、いたら話を聞けただろう
 それほどまでに、この白いイワークとそのトレーナーに興味がわいた
 こんなこと、本当に初めてかもしれない

 「だが、仕方のないことだ」

 シルバーは薬を塗り終えると、すくっと立ち上がった
 この岩場とも別れて、先に進まなくてはならない
 
 『グァォオ』

 白いイワークが何か、シルバーに語りかけた
 何を言っているのか、何もわからない


 それでいい

 「また会おう」
 
 シルバーはそう声をかけ、歩き始めた
 ニューラもその後についていく


 いずれ、また
 
 来たるべき日を迎えた後


 ・・・・・・
 




 「ニューラ」

 しばらく歩いてから
 シルバーがつぶやくと、彼のパートナーが上を向いた

 「・・・いや、いい」

 言葉をうやむやに、シルバーは歩くスピードを速めた
 ニューラが、あの岩場の方を振り返ろうと・・・・・・

 それを阻むかのようにゴゥッと砂埃が舞った
 いや、そんなものではない
 
 砂嵐だ

 口や鼻に砂が入らないよう、上着のジッパーを一番上まであげた
 オーレ地方用に改造し、襟を立たせるだけで鼻まで隠れて・防砂マスクのようなものになるのだ
 目を軽くこすり、ゴールドのとは型が違う薄紫のゴーグルを装着する

 それでも吹き飛ばされないように歩くだけで精一杯になり、シルバーはニューラを戻した
 

 岩場地帯など、もはや影も見えなくなっていた





 『Gray War』 〜番外編/銀と白の交流〜



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