最終話、今日


・・・・・・・・・『みんな、大好きだよ。』
ゴールドはそう言った。
どこまでも透き通るような青空、そのはるか高くを旋回するピジョットは 向きを変えてワカバの方角へと滑空していく。



「あっ・・・・・・」
波につまずいたのか、船が大きく揺れて、あたしはペンを取り落とした。
ページがぐちゃぐちゃにならないよう、今までに書いた紙の束の上にブックエンドを乗せると、あたしはペンを拾いに行く。
すっかり手あかで汚れている お気に入りのシャープペン。 旅の間、ずっと一緒だった。

「ホラ。」
シャープペンシルは不安定な船の上をコロコロと転がると、黒いブーツへと当たって跳ねかえった。
それを、シルバーが拾う。
あたしの新しい、旅の仲間が。



「酔わないのか?
 いっくら最新の船だからって言っても、乗り物の上で書き物をするなんて・・・・・・」
「平気よ。 あたし、乗り物酔いなんてしたことないもん。」
シルバーからペンを受け取ると、あたしは再び紙の前へと向かった。
今、ウツギ博士にもらったチケットを使って『カントー地方』へと向かう船の上にいるの。
最新の技術を結集して作られた 高速船アクア号。 さっきペンを落とすまで、全ッ然、揺れなかったのよ?

「順調?」
唐突に聞かれて、一瞬あたしは 何のことを言われているのか分からなかった。
だけど、2〜3秒して ようやく『?』が『!』に変わる。 きっと、机の上に溜まっているあの紙の束のことだ。
「なんとかね、今、全部書き終わったところなの。
 笑っちゃうわよ? 最初と最後で全然違うんだもん、話の出来不出来が!!」
軽く口元を上げて、シルバーは笑う。
人によっては この表情が嫌味だとも言うかもしれない、だけど、時々すごく優しく見えるんだ、シルバーのこの顔は。
「結構驚いたぞ、ポケモンリーグが終わったすぐ後、おまえゴールドとレッドを質問攻めにするんだから・・・・・・」
「全部はこのため。
 ・・・・・・・・・・・・2人の話、どうしても何かの形にして残しておきたかったの。」


「2人?」
銀色の瞳が 一瞬だけまぶたの下に隠されて見えなくなった。
すぐにまた見開かれた銀色の視線が あたしへと降り注がれている。
「なに?」
「クリスタルの話はいいのか?
 図鑑を受け取ったのは6人、全員が主役にはなれないとしても、おまえは、ポケモンリーグで優勝までした身じゃねーか。」
ヘタクソな字の書かれた紙をファイルの中へとしまうと、あたしはシルバーへと体を向ける。
「そんなこと言われたって、あたしは何にも持っていないのよ?
 ゴールドにもレッドにも見劣りするのなんて、間違いないじゃない!!」
「・・・・・・なら、どうしてその『何も持っていない女』が ゴールドと対等に戦ったんだ?
 おまえ、とことんアホだな。 本当に何も持っていなかったら、あいつの足元にだって及ばない、そんなことも分からないのか?
 『奇跡の少女』さんは!!」

「・・・・・・なにそれ、『奇跡の少女』って・・・・・・」
「ゴールドが おまえのことそう呼んだんだよ。
 短い期間の旅だったのに、1ヶ月の大きな差を埋めるだけの奇跡を起こされたって・・・・・・結構悔しがってるみたいだったな。」
・・・ゴールドが、悔しがった? ちょっと想像がつかないかも、その姿って。
それに、意外でもある、あたしはただ、周りを見る暇もなく走ってきただけだったから。



―――――――本当は、この船にはゴールドも乗るはずだった。
だけど、それを断ったのは、学校に行くためらしい。
ポケモンリーグが終わった後に彼自身が言っていた通り、ポケモンの医者になるための勉強をするそうだ。
多分、ゴールドだったら すぐになれるだろう。

後から聞いた話だが、シルバーもゴールドに聞いた通り、博士になるつもりらしい。
この船に乗りこんだのも そのためだ。
ポケモン学会の聖地(メッカ)、タマムシシティはカントーにあるから。




――――――――――――みんな、自分の夢へと向かって走り出している。


「・・・やっぱ、ダメかも。
 自分のことなんて、全然書く気が起こらないよ・・・・・・
 日記なら 楽しかろうがダメダメだろうが、気にしないで書けるんだけどな・・・・・・」
部屋の中に用意されたベッドの上にゴロンと横になると、あたしは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
視界の端っこで シルバーの赤い髪が映っている。
「付けてたのか? 日記・・・・・・」
「うん。
 半年以上もつけてたから、もうページがなくなっちゃったけどね。」
「それじゃ、ダメなのか?」
「?」
あたしは上体を起こしてベットの上に座った。
いつのまにか、シルバーはあたしがさっきまで座っていたイスの上に乗っている。

「気取ることもないだろ、今までそうだったんだから。
 特殊能力なんて持っていなかった ただの気の強い女が、ポケモンリーグの頂点まで上り詰める、そのドラマ。
 いらないと思うぞ、無理に形どった文章なんて。
 その日記じゃ、ダメなのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ちょっと考え込んだ。
あたしの旅、思い返せば 恥と、古臭い努力と、ポケモンたちとのコミュニケーションを取るための研究の格闘の毎日。
それが、面白いだろうか?
「・・・・・・自信無いんだけど・・・」
「王子が苦労もしないで悪のドラゴンを倒しに行く話より、ずっといいと思うぞ?
 あまり、ないと思うけどな、ポケモンをやって、スポ根(スポーツ根性の略)みたいになる女っていうのも。」



あたしはお気に入りのペンを手に取った。
リュックからボロボロになったノートを取り出すと、1字ずつ、書き始める。
「・・・・・・何やってるんだ?」
「今の この会話を書いてるのよ、幸い、表紙の裏にまだ白い所が残ってるからね。
 覚悟しときなさいよ!! シルバーのセクハラのことだって、ぜぇーんぶ書いちゃうんだから!!!」
「・・・・・・・・・っ!? お、オイ!?」
あたしは笑った。
今の、一瞬、一瞬ずつが すごく楽しい。 そんなこと、前のあたしなら考えなかったのかもしれない。
少しずつではあるけど、あたしも変わり始めている。







・・・・・・そんなわけで、今日 この時間、アサギシティから出発した高速船の上で この文章を書いている。
今日がいつかって? 今日は『今日』よ、あなたがこの文章を読んでいる、今日。
別に小説家になろうとか、そういう考えがあってのことじゃない。
夕焼けのように様々に色を変える この時、この時間を書き残しておきたいから。


この文章を見ている全ての人達、それに、もう出ているであろう2つの小説を見てくれた方々に感謝します。
もう、この日記帳のページはなくなってしまうけど、
いつまでも、旅を続けることは不可能なのかもしれないけど、
まだまだ、旅を続けようと思う。



どうやっても前に突き出しちゃう くせっ毛

鍛え過ぎでとんでもない力が出ちゃう体

そして、1人の人間、数え切れないほど たくさんのポケモンの家族たちと一緒に

私の旅が始まる



―――――新たな夢を見つける、その日まで。




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