2、ピーたろう




風を切って、風を受けて、ついこの間まで休んでいた仕事を 今日俺は久しぶりにやってる。
ワカバタウンを 半分以上占めてるんじゃないかって思うくらい、広く大きな牧場の見回りの仕事だ。
年中、風が吹きまわってるこの町で 町全体を見下ろせるくらいの高度に行くには 俺くらいの大きな翼を持ってなきゃだめなんだ。
これでも俺、この地味な仕事に 誇り(ほこり)を持ってやってるんだぜ?


俺の名前はピーたろう、ゴールドの手持ちポケモンの中じゃ、1番の古株(ふるかぶ)だな。
ワカバ生まれのワカバ育ち、でも、本当の親の顔は知らない。
俺も、ディアと同じように タマゴから生まれる前にゴールドに拾われたからさ。
ま、あんまり気にしてないけどな、ゴールドはいつも親切にしてくれるし、特に不自由があるわけでもないしな。
ゴールドが俺の生活を担って(になって)くれてる代わりに、俺はゴールドや その母親の仕事を手伝う。
この自慢(じまん)の翼と 得意の視力を使ってな。 共存関係ってところか?

ま、せっかくページをもらって何もないって言うのもなんだから、
ゴールドと初めて会った時の話でもしようか?
あれはそう・・・3、4年前の話だったかな、特に風の強い日だったらしい。


その日、好奇心の強いゴールドは 幼なじみのシルバーと一緒に 29番道路に探検しにいってたらしい。
どうしてだろうな、危ないから行っちゃいけないって、散々言われていたはずなのに・・・
まぁ、そこら辺の事情は知らないけど。
なにせ、タマゴの中だったからな、外の様子は何も見えなかったんだ。
知ってたといえば・・・そう、『声』だな、タマゴの中から、ゴールドとシルバーの『声』が聞こえたんだ。

「間違いないって、今まで見たこともない奴だったんだ!!」
「あぶないよぉ、ここ、いっつも おばちゃんに『行っちゃいけない』って言われてる場所じゃんか!!」
・・・まぁ、多分先にしゃべったのがシルバー、後からしゃべったのがゴールドだな。
その時は、あぁ、いつもの声だ、くらいにしか思わなかったな。
そのまんま、タマゴの中で寝返りをうったんだ。
・・・・・・そういえば、その時に なんだかおかしな物体が通った気がしたな。
空を飛んでいるのに、鳥じゃないような・・・・・・
子供たちの足音は、どんどん近くなってきて・・・・・・
「ほらぁ、ちーたも「はやくかえれ」って言ってるよ?
 戻らないと、怒られちゃうよ!!」
「ちーたがいるんなら、まだ大丈夫だろう? 強暴な奴が出てきても、倒してくれるってんだから。
 怖いんなら、1人で帰っていいんだぞ?」
「やだっ、シルバーと 一緒に帰らなきゃダメッ!!」
あの おせっかいな性格は その頃からのものだったらしいな。
2人の足音は タマゴだった俺のすぐ下までやってきた。
ちょうどその時だったな、ゴンッ、って音がして、衝撃があったのは。
親鳥がうっかり落としてしまったのか、はたまた巣に居座って 俺の親に子供のフリをして見せる ずるがしこいヒナがいたのか・・・
タマゴだった俺は なす術もなく落下して、もう1度衝撃があって・・・
・・・どうも、ゴールドの頭に当たったらしい、前に、ゴールド自身から聞いたことがある。

「ううぅ・・・・・・」
「・・・・・・おい、ゴールド、大丈夫か?」
奇跡的というか、悪運強くというか、タマゴは割れていなかった。
柔らかい草の上に落ちて、ほとんど傷1つ付いていなかったらしい、その代わりに大変だったのが、ゴールドだったとか・・・
ま、なにせ5キロとかある物体が 何の前触れもなく 自分の脳天直撃したんだ。 運が悪かったとしか、言いようがないだろうな。
俺はゴールドのパーカーのフードに入れられて、ゴールドはシルバーが引きずって、ワカバタウンまで返された。
その後、2人の親が大騒ぎしたのは 言うまでもないだろう。


それから数時間後、ゴールドはどうやら目を覚ましたらしい。
布団を片付ける ごそごそとした音が 分厚いカラごしに聞こえてきた。
その後、律儀(りちぎ)にも 俺のタマゴのカラをノックしてから ゴールドは話しかけてきた。
「もしも〜し、もしかして、きみは ぼくの頭にぶつかっちゃった化け物さんですか?
 大丈夫でしたかぁ、生きてますかぁ?」
当たり前だ、というつもりで、俺は足の爪で タマゴの内側を引っかいた。
これは失敗だった、音は中に反響して 羽毛が全部逆立つような音が 俺を襲う(おそう)。
「元気みたいだね。
 それじゃ、早くお母さんの所へ、返しに行かないとね!!」
ゴールドはそう言うと、重いはずの俺を抱きかかえ、どこかへと走り出した。
どうも、親には言えないらしい、ドアを閉める音が すごく静かだったからだ。

どのくらいだったかは覚えてないが、ずいぶんゴールドは遠くまで歩いてきたらしい。
長いこと、息を切らしたような音が 聞こえてきていた。
そのうちに 足取りも重くなって揺れは激しくなり、時々、転んでいたようだ。
空気も冷えてきて、狭い中にずっといた俺は 無性に体を動かしたくなってきた。
「が〜んばろうっ、が〜んばろうっ、おか〜さんがっ、まって〜いるっ。」
音にもなっていない歌を歌いながら、ひたすらにゴールドは歩き続けていたらしい。
どのくらいかすると、突然、がさがさという草をかきわける音に ゴールドは震え、立ち止まった。
その時に、異常に『伸び』をしたくなって、足を突っ張ったら、カラが割れてたな。
「だめだよ、この子はお母さんのとこに帰るんだから、食べちゃだめなの!!」
一層大きくなった声が、目の前の『何か』を威嚇(いかく)している。
体を動かして、割れた部分を広げると、ずいぶんと冷たい空気が流れていた。
おまけに 辺りは真っ暗、どうやら この少年、親の言いつけも守らず、こんな真夜中に29番道路まで 俺を届けに来たらしい。
ゴールドは 俺が『生まれた』事に気付くと、目の前にいる『何か』に視線を移して、回れ右して全力で駆け出した。
だが、いかんせん子供の足、すぐに『何か』に追いつかれるわ、足を引っ掛けられて派手に転ぶわ・・・
ようやく 体が全部出てきて、俺がはじめて目を開いて見たゴールドは 涙をいっぱいに溜めて 俺のことを悔しそう(くやしそう)に見つめていた。
少しだけ間を置いて はっきりしてきた眼で辺りを見渡すと、どうも、今でこそ『イトマル』なんて立派な名前がついているが、
その頃は名前もなかった正体不明のポケモンの なわばりにうっかり踏みこんでしまっていたらしい。
さすがにあの時は、命の危険を感じてたな。
ゴールドが そこらにあった草を握り締める。
「・・・お母さんみたいに、みんながいつもついて来てくれればいいのに。
 ぼく、話してるだけで 何にも出来ないよぉ・・・・・・
 ねぇ、赤ちゃん、君だけでも逃げて、がんばって、逃げてよ!!」
何でだか判らないけど、その時に『何か』に対して、異常なほど腹が立った。
仮にも自分の親に、これほどの仕打ちをする奴ら、だったからかもしれない。
ポッポだったせいで、ずいぶん小さかったが、俺は肩の先についた羽根を 目いっぱい広げた。
それを、自分の心に任せるまま、思いっきり振りまわす。
その先からは 強風が吹き荒れ、『何か』は その風に乗って どこかへ飛んでいってしまった。


「ピィ?」
声が発達していなかったせいで、異様なまでに可愛らしい声。
最初に発したのは、「何が起こっているのか」それを聞きたかったんだと思う。
でも、ゴールドがそれに答えている時間はなかった。 シルバーの足音が それをさえぎってしまったから。
「ゴールド、何でこんな所に!?
 危ないからあれほど行くなって言ったのは、お前じゃねーか!!」
「シルバーこそ・・・・・・ あ、ねぇねぇ?
 この赤ちゃんの巣って、どこにあったの? 覚えてなくって・・・」
ゴールドはそう言うと、俺のことを抱き上げた。
それを見て シルバーが相当呆れた顔をしていたのを はっきりと覚えている。
「ヒナ、かえっちまったのかよ・・・・・・
 ゴールド、それ親のところには返せないと思うぞ、ポッポは 人間の臭いがついたヒナは 育てないんだ。」
「・・・ピィ?」
ゴールドは固まっていた。
ま、今でこそ、ゴールドの元にいて正解だったと思うが、あの時じゃ、奴にとって初めてのポケモンとなってたわけだからな。
シルバーがなだめすかして、ようやくゴールドが正気に戻ったのは 30分近く経ってからだった。

「落ちついたか、じゃ、さっさと帰るぞ。
 母さん達、また怒るだろうけどさ。」
「うん、で、帰り道どっちだったっけ? ぐるぐる歩いたり、知らないのに追っかけまわされて 忘れちゃったんだけど・・・」
その言葉にシルバーが固まっているのを見て、俺は大体の事情を察した。
要するに、2人は迷子、というわけだろう。
その時、ふとあることに気が付いた、俺は 夜目が、妙に良く効いているのだ。
ゴールドの腕から抜け出すと、夜の森の木々の間から 町の明かりを必死で探す、このままじゃ、みんなして凍死しかねない。
後ろから ぐすぐすとした半泣きの声が聞こえている。
わずかに揺らめいている、黄色い光を見つけると、俺はゴールドにそっちに行くように『話す』。
不思議なことに その言葉は通じていた。
その理由がわかったのは、ずいぶん後のことだったが。


黄色い光の正体は 当時、モココだったゴールドの母親のポケモン、『メリー』の発した光だった。
どうやら、タマゴと一緒に自分の息子がいなくなったのを見て、彼女は 大体の事情を察した(さっした)らしい。
無事に帰った2人を 今度は母親達は 叱ったりしなかった。
抱きしめて、笑顔を見せて、本当に嬉しそうな顔をして・・・・・・
そのすぐ後に、ゴールドは地面からそれを見上げていた俺のところまで駆け寄ってきて、苦しいほどに抱きしめた。
「お母さん、紹介するね!!
 今日からぼくの友達になる、『ピーたろう』!!
 ピィピィ鳴くから、『ピーたろう』だよ!!」
それが、俺とゴールドの最初だった。


<次へ進む>

<目次に戻る>