人々の視線が一心に注がれる。
『彼女』は、それを気にする様子もなく鼻歌を歌いながら自分の道をまっすぐに歩いていた。
腰から下がるのは、未知なる力を秘めた生物を閉じ込める、魔法の球体とも言える代物。
たった1人が叫んだことから、『彼女』と『彼』の事件は始まっていた。



彼女の旅が終わるとき


「・・・・・・トレーナー≠セあぁぁっ!!!?」
男が叫んだことをきっかけとして、静まりかえっていた小さな町は混乱の渦を巻き起こす。
その中心にいる彼女だけが、騒ぎを気にすることをしない。
ぽぉっとした顔で辺りを見回し、自分が行くべき方向だけを探していた。


太陽の光を浴びて輝く黒髪をまとめるのは、不自然に曲がりくねった紋様のバンダナに、装飾を施された鉄のリング。
手織りの布で造られた服は腰に巻かれた太い帯で締められ、下半身を隠すために下げられた腰布には バンダナとよく似た紋様が染め込まれていた。
一言で言うなら、『民族衣装』。
両の太ももにつくような形で下げられた色鮮やかな紐には、様々な色と模様の小さな球体が吊り下げられている。


トレーナー・オブ・デンジャラス・モンスターズ


彼女らはそう呼ばれる存在だった。
炎や水を吐き、岩をも砕き、時に生物を死に至らしめる未知なる生物を意のままに操る、忌むべき存在。
人と異なる彼らは その存在を強調させるかのごとく、目立つ色の奇なる服を好んで身につけ、何人から忠告されようとも、それを止めようとはしなかった。
それは、誇り高き彼らの無言の約束事(まもりごと)であり、言葉にしない優しさでもあった。
だが何も知らない者が何も知り得るはずもない。
まるでそれが当たり前かのように、それは危険な人間の象徴とされ、たちまち差別の対象となっていった。



背後から投げられた石を振り向きもせず片手で受け止めると、彼女は自分を取り巻く人々へと向けて澄んだ黒い瞳を向けた。
たったそれだけの行動であるというのに、人々は引き波の如く遠ざかり、彼女を恐れる。
「46番道路はどこですか?」
奇抜とも言える服を身にまとった彼女は自分に向けられる目も気にせず、人々へと話しかける。
まるで、そこに人が集まってきていることが好都合とでも言うかのように。
当然ながら、返事はない。
純粋な黒い瞳を持ち、凛とした空気をまとった、まだかすかにあどけなさの残る女性は不思議そうに首を傾げるともう1度聞き直した。
「マウンテンロードと呼ばれるところらしいんですけど・・・」
「近づくんじゃない!!」
1人の老人が叫んだのを皮切りに、パニックが広がっていった。
親は子供たちを家の中へと閉じ込め、男衆は各々武器を手に取り、異形なる者へと威嚇する。
その様子を見て、黒い髪の彼女は小さくため息をつくと町の人々に背を向け、地図を見てから何事もなかったかのように歩き出した。
本当に町を抜けていくかどうか見張るため、100人の監視の目が、彼女へと向けられる。

どこまでも小さな町だった。
商店街と思える場所は200メートルも続かず、あっという間に畑に草原、遠くには森といったのどかな風景が広がっている。
振り向きはしないが、町民も近づかなければそれでいいようで、もうまとわりついてくる視線もない。
現在位置を正確に知っているわけではないが、どうやら彼女が持っている地図は相当古い物のようで、地図上では完全に森林地帯となっているはずの場所を歩いている。
辺りを見渡せば、どこまでも延々と続く柵に、その向こうで草を食べている、黄色いふわふわのモンスターたち。
太陽の光を浴び金色の体毛がキラキラと光っている。
ふと足を止めて、群れをなし食事に集中している名も知らないモンスターたちに見入っていると、動物ではあり得ない何かの視線を感じ、彼女は辺りを見渡した。



「お前・・・トレーナーか?」
小さく跳ね上がると、彼女は声をかけられた方向へと振り向いた。
今の今まで全然気付かなかったというのに、唐突にそこにいたのは、彼女と同じ年頃の若い男。
左手に長い杖を持ち、首からホイッスルのようなものを下げているのが妙に印象に残る。
特に格好には気を使っていないのか、彼女ほどではないが長い髪はボサボサだし、あごからは所々無精ヒゲが生えている。
ずいぶんと背が高く、近くまで寄られると顔を見ているだけで首が痛くなってきそうなほどだった。
「驚かないのね。」
重い旅の荷物を担ぎ直し、彼女は聞き返す。
背の高い男は杖の先を地につけると、小柄な女性を見下ろしながら頭をボリボリとかいた。
「町で散々騒がれてたろ、何で今さら驚く必要があるってんだ?」
「・・・そう言われれば・・・そうかもしれないわね。」
のんびりした口調で応えた彼女に、男は苦笑する。
あっさり疑問を捨てて宙へ浮かせていた視線を元に戻した奇抜な服に身を包んだ彼女は、次なる疑問を口にした。
「じゃあ、どうして話しかけてきたのかしら?」
「暇だったから。」
「あら偶然ねぇ、私も丁度、暇してたところなの。」
明らかにちぐはぐな会話なのだが、突っ込む人間もいないので止まるわけもない。
暖かい風がふぅっと流れると、彼女は色とりどりの球体を揺らしながら柔らかい草の上へと座り、のんびりとひなたぼっこを始めた黄色いモンスターたちを見てから、男へと黒い瞳を向けた。
背の高い男は地につけていた杖を持ち上げると、ゆっくりと歩いて彼女の隣に腰掛ける。


「トレーナーなのか?」
「そうよ、ずぅーっと北の方からね、歩いてきたの。」
膝を抱えると、彼女は軽く顔の前にかかってきた髪を脇へとどけた。
真っ黒な目を守る長いまつげに、左の目じりの下にちょこんとついた泣きぼくろを見ると、背の高い男は体をよじって座り直す。
「私は次女だからね、旅しなきゃいけないのよ。」
「そりゃまた、どうして?」
「私が生まれた部族は小さいからね、外の世界へ行って新しい血を入れなければいけないの。
 だから、2人目の女の子が生まれてその子が16になったらね、旅に出して部族以外の人と結婚させるのよ。」
空高いところを鳥が飛ぶのを見て、彼女は顔を上げた。
風の流れが変わっているのか、大きな翼を広げた銀色の鳥は8の字を描きながら彼女たちの視力では見えなくなるくらい、どんどん上昇していく。
首が疲れてきて頭を元に戻すと、不意にその上から大きな手をかぶせられ、彼女は目をパチパチと瞬かせた。
「お前幾つだ?」
「18。」
「名前は?」
「チュプ。 おてんとさま。」
彼女は空に輝くものを指差す。
まぶしそうに腕をかざして、男はそれを眺めると隣に座る彼女へと視線を戻して別の質問を投げかける。

「・・・どうして、この町に来たんだ?」
彼女は真っ黒な目を背の高い男へと向けると、もう1度空に浮かぶ太陽を指差した。
暖かい光は2人の体、大地、森、町、草原に散らばっているモンスター、全てのものに平等に降り注いでいる。
「おてんとさまを、追いかけてきたのよ。
 私に名前をくれたから、おてんとさまにお嫁入りしようと思って会いに行こうと思って、ずっと歩いてきたの。
 それで、部族とか、土地とか関係なく、一緒にのんびり、こうやってみんなのこと照らしてたいんだ。」
あくび1つすると、彼女は自分の膝によりかかる。
男はそれを横目で見ると、まだ少し寒気の残る風にさらされた彼女の細い肩を自分の方へと引き寄せ、彼女に人1人眠れる分だけのスペースを貸した。
少し驚いたようだったが彼女はまたうとうとし始めると、男の肩に寄りかかって浅い寝息のようなものを立て始める。
「・・・半年前にね、シロガネ山に登ったの。 太陽に1番場所だと聞いたから。
 でも、そこにもおてんとさまはいなかった。 1月待ち、3月待ち・・・1年待っても現れなかったの。
 だから、もっと南へ、太陽の方へって歩いていたら、ここにたどりついたっていうわけ。
 資金が底ついているから、ここに少し留まってお金集めたら、また出発するつもりよ。」
そう言うと、彼女は目をつぶって今度こそはっきりとした寝息を立て始める。
町の人間に武器を向けられてもたじろぎもしなかったというのに、今の彼女のあまりに緊張感のない姿に男は思わず笑みをもらした。
「バーカ。 おてんとさんなら、ここにいるってんだよ。」
少しだけ腕を動かして、彼女が何時間寝ていても転げ落ちないようにする。
出会ってからロクに時間も立っていない彼女に、男は共感を覚え、また尊敬の念を抱いていた。
ずっと左手で握っていた杖から手を離すと、男は姿勢を変え長時間動かずにいられるよう疲れない体勢を考えながら、草原に群れをなしている黄色い綿毛のモンスターたちへと目を向けた。
広い大地に100匹は超えようかという同じ姿形の動物たちがいるが、これらは全て、彼の持ち物だ。



高いところへと昇っていた太陽がゆっくりと傾き出し、薄ぼんやりとした影をゆっくりと伸ばしていった。
暖かい風が流れると、半分眠りかけていた男はふと顔を上げ、町の北にそびえ立つ大きな山へと顔を向ける。
ごくごくわずかに木々が揺れ、ざわざわという森のメロディを奏でていた。 だが、それは男が知っているものとは少しだけ違う。
「・・・やべ、もうそんな季節か。」
すぐ隣でぐっすり眠っている彼女にすら聞こえないくらいの小さな声でつぶやくと、男は彼女を起こさないよう、そっと身を引き、細い体を横たえると着ているものをケット代わりに彼女にかぶせて杖を手に取った。
自分が戻ってくるまで彼女が大人しく寝ていることを心の中で祈りつつ、そっと2、3歩後ろへと下がってから男は山の方へと向かって走り出す。

銀色の管を口にくわえると、男はそれに向かって思いきり息を吹き込んだ。
金属管から奏でられる高い音は草原中に響き渡り、くつろいでいた黄色いモンスターたちが戦慄する。
それは、警報だった。 男は杖で地面を打つと、黄色い固まりとなっているモンスターの群れへと向かって声を張り上げた。
「ロンロ=I サリサ=I クック=I 『奴ら』がこっちにきてんぞ!!」
「めぇ!!」
「めえぇ〜!」
「ぇめぇ〜!」
群れをなしていた黄色いモンスター群の中から ふわふわの体毛を持った動物たちが飛び出し、男の後へとついて走る。
男が走りながら手にした杖を地面にこすると、モンスターたちは左右に別れて山のすそへと向かって行った。
見据えた森の向こうからは、茶色い砂煙が巻き起こり、確実にこちらへと近づいてきている。
それは彼らが『怪物(モンスター)』と呼ばれる由縁(ゆえん)。 理性を失い、興奮し暴走した力の集まり。
1年に1度、必ず起こりうることで彼らとしては慣れたものなのだが、大半の人間はそれを恐れ、未だに理解しようとはしてくれない。
迫り来るモンスターたちの群れを睨み付けると、男は杖を地面へと突き刺し、木々の間にいる黄色い動物たちへと目配せした。
巨大な群れに立ち向かおうとする3匹のモンスターの黄色い綿毛が、見る間に2倍3倍と膨れ上がっていく。
「『わたほうし』!!」
「めぇ!!」
「めーっ!!」
「んめぇーっ!!」
3匹のモンスターたちの綿毛が飛び散り、森を覆い尽くす枝と枝の間に張り付いていく。
戦うという選択肢もないわけではない。 だが、相手はあまりに多く、体格も大きい上にこの時期狂暴性を増している。
毎年こうやって安全な方へと誘導しているのだが、町の人間たちは男の行動を知っていても理解しようとはしなかった。
毎年 血の気の多い誰かが銃を片手に山へと登っては、巨獣たちの怒りをかって帰ってこられなくなる。
そうした話から警戒の心は恐怖へと変わり、いつしかこの町で このモンスターと対等に渡り合える人間は一握りしかいなくなっていた。
男はその中の1人。 数少ない、町を護るための若い『トレーナー』だ。

長い杖を強く握ると、男は耳を済まして音の方向を感じ取る。
「町も危ない、もっと南へ行くぞ!」
連れてきたモンスターたちは各々首を縦に振ったり飛び上がったりし、男の言うことを理解したことを示した。
真っ直ぐ走ることはせず、木々の間を迂回しながら巨大な群れの進行先へと走る。
相手の鼻先にいきなり現れるのはあまり得策とは言えない。 戦うことを避けられるなら、それが1番いいと男は考えていた。
木々の間を放出した『わたほうし』で塞ぎながら、男とモンスターたちはぐるりと回りこみながら町の北へと走った。
季節外れなほどに照り付ける太陽がじわじわと体力を奪う。
シャツの前ボタンを2つほど外すと、男は息を強く吸い込み走る速度を上げた。
今年は山に住むモンスターたちがやってくるのが例年よりも早い、彼らを町まで行かせてしまえば、大惨事にもなりかねない。
ぴしゃりと持っている杖で木を打って森から抜けると、既に大移動の真っ最中のモンスターたちは町のすぐ側まで迫ってきていた。


「網を張れ!!」
命令が下ると、黄色いモンスターたちは3匹いるうちの1匹ずつがそれぞれ立ち止まり、ふわふわの綿毛を飛ばしては走り、走っては綿毛で壁を作りをくり返し、町の北に白い壁を作り上げていく。
毎年やってくるモンスターの集団の先頭は既に見え始め、鎧のような皮膚と鋭く長い牙は町の人間を恐怖と混乱へと突き落とした。
どよめく町の人々の視線を背に受けながらも、男はモンスターの誘導路作りを急ぐ。
黄色いモンスターたちを走らせ、綿毛で作られた壁を町の北一帯に張り巡らせていると、突然男の右肩に鈍い痛みが走った。
振り向くと町長を初めとする町の男たちが、男のことを忌む物を見るような目つきで睨んでいる。
「話が違うではないか!! 『奴ら』を町へ近づけないと言うから、お前のあの汚らしい化け物どもを許してやっているのだぞ!?
 こんな薄っぺらな壁を張った程度で、あの狂った怪物相手に何が出来るというのだ!?」
「狂ってるわけじゃねえ!! 繁殖期を前にしてエサ場を求めて移動しているだけなんだ!!
 誘導路を作ればあいつらは町までは入ってこねえ、じいさんの代からずっと続いてるっつうのに何で信用しねえんだ!?」
「それは、お前が、トレーナーだからだ!!」
町全体を振動させるような地響きの音が一層強くなる。
迫り来るモンスターたちもそうだが、町の人間も静めなければ事態の収拾はつけられそうにない。

トレーナーである人間が感情的に怒っても他の人々を刺激するだけだ、怒鳴り返したくなる心を必死に落ち付けて男が黄色いモンスターたちに壁作りを急がせようとすると、不意に ドォン! という低い音が耳を貫き、煙の臭いが鼻をつついた。
それと同時に、黄色いモンスターのうちの1匹が大きく横に飛び、男たちが必死で作っていた壁の一部に大きな穴が空く。
「めえぇっ!!」
「ロンロ、やめろ!! 誰だ、撃った奴は!?
 あのモンスターの群れに銃は効かないって前にも言ったはずだ!!」
「そんなことが信用出来るか!? 現に怪物どもはもう町のすぐ側まで来てるじゃねえか!!」
「だから、今・・・!!」



「うわあぁぁっ!!?」
反論し切れないうちに町の男たちの間から悲鳴があがる。
振り向けば、『壁』に猟銃で空けられた穴がこじ開けられ、そこから移動中の大量のモンスターたちが漏れ出していた。
人の胸ほどはあろうかという大きな体に、その体の半分はある巨大な牙、激しい移動を重ねたうちについたのであろう小さな傷の無数についた太い足は、ジョウトの果ての町へ来てなお止まることはない。
「だから言ったんだ、あのモンスターたちは移動の間は視覚だけを頼りにして動いている。
 視線の高さに障害物を置いておけば近づいてくることはなかったんだよ!!」
町の男たちに反論する時間はなかった。
灰色の戦車のようなモンスターは唸り声を響かせ、もう男たちのすぐ側まで迫ってきている。
すっかり逃げ腰になっている町の男の1人がモンスターへと向けて発砲するが、鉛の弾は灰色の皮膚に弾かれるとどこともつかない方向へと飛んでいった。

「・・・・・・くそっ!!」
男は杖を投げ捨てると今にもモンスターに跳ねられそうな町の男たちを2人抱えて飛びのく。
乾いた草の上を転がり、荷物になる大きな男2人を町の方向へと向かって投げると、赤と白の球体をふところから取り出しモンスターの群れへと向かって投げた。
町の男たちの嫌うそれは枯草の上へと着地すると、草に溶け込みそうな黄色のモンスターを呼び出し、どこかへと消え失せる。
大きなクチバシを持った黄色いモンスターは 残された町の男たちへと迫る灰色のモンスターたちを見ると口を大きく開き、大きく息を吸い込んだ。
「シルシ、『ハイドロポンプ』!!」
黄色いモンスターの口から、大砲のように巨大な水流が発射され 町へと近づいた灰色のモンスターたちを吹き飛ばした。
男たちはそのスキに逃げるが、『壁』を失い進むべき道がなくなった灰色のモンスターたちは倒れた仲間たちを踏み越え町へとどんどん近づいてくる。
何か手を打とうと男は灰色のモンスターたちへと向かって走り出すが、人の足で間に合うわけもなく先頭集団は男を引き離しそれ以上進んだら危険という境界線を越える。
異様に光る太陽で体温が上がり、額から流れた汗が視界を奪う。
伸ばした腕は空しく宙を切り、男は握りこぶしを振り下ろすと奥歯を思い切りかみ締めた。
「・・・くっそおぉ――ッ!!」





叫ぶ声をかき消すかのごとく、緑色の光が枯草の上を走り、灰色のモンスターたちを通過して男の横を通り過ぎた。
光に当てられたモンスターたちは一瞬にして体力を奪われたようにバタバタと倒れ、倒れたモンスターたちが光の軌道に沿って一直線に並ぶ。
驚いて我を忘れた巨大な牙のモンスターたちがそれを踏み越えて先へと進もうとすると、再び緑色の光線は放たれ、同種を踏み越えようとしたモンスターたちをさらに同じ場所へと倒れさせた。
積み重なったモンスターたちが男が作った壁の代わりをし、巨大な牙を持った怪物たちは倒れたモンスターたちに沿って草原への道を変わらずに走っていく。
男たちからずいぶん離れたところで再び緑色の光が放たれると、町を脅かす灰色のモンスターの向こうから赤い『何か』が飛んできて、男たちの目の前へ大きさを感じさせないほどふわりと着地した。

オレンジ色の体に刻み付けられた縞模様に、光を浴びて金色に光るたてがみ。
あまりに堂々としたその姿に恐れることすら忘れ、男たちが驚きの声を上げながら見入っていると、大きなポケモンの背中から人がするりと降りて来て、『トレーナー』の男へと小走りに近寄ってキラキラした笑顔を向ける。
風に遊ばれやや乱れた髪を直すと、泣きぼくろの女は黒い瞳をまっすぐに向けると手を上に向ける。
真っ白でふわふわの綿毛のついた青いモンスターが飛んでくると、彼女の手の上に止まると「きゅう」と鳴き声をあげた。
「お前がやったのか?」
「はい! チュプはおてんとさまのため全力を尽くしました!
 私はみんなのことを照らすことは出来ないかもしれませんけど、おてんとさまの手助けをすることは出来ます!!
 おてんとさまの力を借りて強くなることも出来ます!!」
興奮して一気に話す彼女に、男は目を点にさせた。
1歩前へと踏み出すと、黒髪の少女は吸い込まれそうになる瞳をしっかりと向けて男へと驚愕の言葉をぶつける。


「私と、結婚して下さい!!」


「・・・・・・は?」
あまりに突拍子もない言葉に、男は硬直したまま聞き返す。
明らかに言葉は自分に向けられたもので、彼女の視線もはっきりと自分に固定されているというのに、何故、そんなことを言われたのかが全く判らない。
誰も何も言うことも出来ず、あれだけ大騒ぎしていた灰色のモンスターたちもすっかりいなくなり、拍子抜けするほどの静寂が訪れると彼女は1歩前へと踏み出して男に真っ黒な瞳を向けた。
「ずっとおてんとさまのことを探していました、私の名をお授け下さったおてんとさまの元に暮らしたいと私は考えております。
 度を過ぎた行いだとは存じております、ですが、私の無二の願いです、どうかご一考下さいませ!!」
「いや・・・・・・待て待て待て、ちょっと待て!!
 ちょっと落ち付け、あっち行って2人で話そう。」
きょとんとした彼女の腕をつかむと、男はその場から逃げ出すようにして森へと向かった。


モンスターの群生地と言われる森に近づく人間はトレーナー以外ほとんどいない。
この町のモンスターは先ほど発生した大移動のような特殊な例を除き、それほど凶暴性はなく、人に襲いかかるものはいないと言ってもいい。
「・・・つまりだ、」
そんな森に男の声が響く。
興味深そうに様子を見るのは、人の頭ほどもない小さな鳥やネズミばかり。
「俺が『おてんとさんがここにいる』って言ったときに、まだお前は起きていた。
 それで俺のことをおてんとさんと勘違いしてあんなことを口走った、と。 そういうわけだな?」
「おてんとさまじゃ・・・なかったのね・・・」
彼女が深くため息をつくと、気のせいか一緒に木枯らしが吹いたようだった。

「・・・あぁ。」
男が小さく言うと、彼女はその場に座り込んでうつむいてしまう。
余程ショックだったのかポロポロと小さな涙の粒を流し、あふれそうになる嗚咽を押し殺しているようだ。
あまりに意外な彼女の反応に、男は驚き、何とかなだめようとするがおろおろとするばかり。
「お、おぃ・・・何も泣かなくったって・・・」
「違う・・・あなたのせいじゃない・・・」
強く首を横に振ると、彼女は流れる涙を見せまいと手の甲で強く目じりをこする。
顔を上げると、彼女はビクリと身を震わせた。 ぶつかった男の視線から、目をそらすことが出来なくて。
「・・・じゃあ、何だ?」
決して責めるような口調ではなく、それでも男が強い声で聞くと、彼女は黒い瞳をうるませて1つしゃくりあげた。

「・・・・・・・・・種を残せない者は、首を切られます・・・」
言ってはならないタブーを、彼女は口にした。
そのことだけでも何か得体の知れないものに襲われるような恐怖にかられ、自然と体が震え出す。
嘘をついている訳がないと心の奥底で確信しているというのに、男は信じ切れなかった。 乾いた笑いを浮かべ、聞き返す。
「・・・冗談だろ?」
「はい、冗談です・・・忘れてください。」
「嘘だ。 お前は、分かりやすい。」
視線をそらそうとした彼女の顔を引き寄せ、自分の方を向かせると男は、彼女は、互いに相手の目をじっと見詰め合った。
カチカチと歯を鳴らし、再び目の端からこぼれそうになった涙を親指の先で拭われると、彼女は震える声をやっとの思いで絞り出す。
「旅に出た女は・・・相手を見つけたときか、時間をかけても見つけられなかったとき、里へ戻るの。
 子供のときは戻ってそれで終わりと、そう聞かされてきた。
 でも、私見たの・・・! 15年ぶりに帰ってきた叔母の首飾りが、飯場の横に落ちてるのを。
 その日から叔母の姿を探してもどこにもなくて、誰に聞いてもあいまいな返事しか帰ってこなくて・・・!!」
震え、声を出せなくなった彼女を見て、無意識のうちに男の手に力がこもった。
まっすぐ見詰められ、瞳から発せられる強い光に彼女は逃げ出したくなるが、それをすることが出来ずに、ただじっと震えながらしゃくりあげる。
「・・・・・・馬鹿げてる。」
静かに言われた言葉に、彼女はビクッと身を震わせる。
「部族だか何だか知らねぇけど、そんなしきたりに従ってわざわざ行くこたねえだろ!!
 大体何だ、相手を見つけられなければ子を残せなければそこで終わりだ!? ふざけんじゃねぇ、人間死んじまったらそこで終わりだろうが!!
 帰るこたねえ、お前さっさと部族を抜け出しちまえ逃げちまえ!! そんなしきたりクソくらえだッ!!」


呆然と聞いていた彼女は小さくしゃくりあげると、今更気がついたかのように首を横に振った。
睨むような男の目を見詰めながら、口だけを動かして心のこもっていない声を発す。
「・・・ダメよ。 私はトレーナーだもの。
 部族を抜けたところで、他に行く場所はないの・・・」
「お前・・・・・・」
言葉を詰まらせると、男は眉を潜める。
彼女の視線が不安なものへと変わったかと思うと、次の瞬間には男は彼女のことを引き寄せ、強く抱き締めていた。
「だったら、俺が引き取る。 名を変え、姿を変え、この町で暮らせばいい。
 俺はこの町を、命を『護るもの』だ。
 ・・・俺がお前を、絶対に死なせはしない。」
「でも・・・!」
「町の人間たちは説得する、家だって俺1人だから広過ぎるくらいだ。
 一緒に住むのが嫌なら納屋を掃除すれば充分使えるはずだ、冬もそんなに厳しいわけじゃねぇ。
 ・・・それに、俺も『トレーナー』だ。 普通の人間ってわけじゃねぇからな・・・」
降り積もった雪が太陽の光を浴びて溶けるように、男の温もりを感じた彼女の瞳からぽろぽろと小さな雫が落ちる。
触れたら崩れてしまいそうな細い肩を包み、震える背に手を添え、男は歴史に傷つけられた女の心をなぐさめた。
そっと顔を上げると、彼女は涙で濡れた唇でそっと問い掛ける。

「・・・でも、本当にいいの?」
「あぁ、お前と一緒なら・・・退屈せずにすみそうだ。」










12年後、男と女が誓いを立てた森では軽やかな足音が響く。
空を駆けるようなよどみのない走りは、昔から変わらない小さな動物たちを丁寧に避けまっすぐに町へと足を進めていく。

「おばさーん! 物置きの中探検してたら、こんなの出てきたんですけど、これ何ですか〜?」
色あせた手織りの布を持って、少女はホコリだらけの納屋から飛び出してきた。
その後から羽根のついた真っ白な体に赤青の穴の空いた三角模様のついた かつて怪物(モンスター)と呼ばれていたものがついてくる。
クセの目立つ髪をぴょこぴょこさせながら少女が足元にいる黄色いふわふわたちを避けながら駆け寄ると、エプロンをつけた、左目の下に泣きぼくろのある女性は料理の手を止めてにっこりと微笑んで振りかえった。
「あら、懐かしい。 これ、おばさんが昔着ていた衣装よ。」
「衣装? 服なんですか、これ?」
ちょっと驚いたような顔をして尋ねてきた少女に対し、女性は笑ってうなずく。
「そうよ〜、家の探検が終わったら着てみる?
 うわぁ、ホント懐かしいわ〜・・・これ着てなかったら、お父さんとも出会えなかったかもしれなかったわねぇ。」
「えっ!? どうしてですか!?」
「ふふっ、聞きたい?」
興味津々な顔をして、少女は何度もうなずいてみせる。
コンロの火を止めて泣きぼくろの女性が口を開きかけたとき、一陣の風が窓の外を通り抜ける。


「ただいまーっ! 買ってきたよ、チーズにカリフラワー。
 っとに、ダメじゃん、おかあさん。 グラタン作るのにチーズ買い忘れてどうすんの?」
眠くなりそうな「めぇ〜」という鳴き声が、高い声が響いてきたのと同時にいくつも重なって帰ってきた少年を出迎えた。
4つの黒い瞳が戸口へと向けられると、軽くパチパチという音が鳴ってから裏口のノブは回され、柔らかい金色の光と共に、まだ顔に幼さの残る少年を通す。
「あれ、何それ? 2人とも何してたの?」
「っへへ! 今ねぇ、おばさんのなれ初め話聞くとこだったの! 聞いたことある?」
「そういえば、あんまりおとうさんの話聞いたことなかったな・・・おかあさん、僕も聞いてもいいよね?」
買い物袋をテーブルに置くと、少年は母親と少女のもとへとやってきた。
太陽の光によく似た金色の瞳は好奇心を抱え、自分の母親へと向けて「早く話してくれ」とせがむ。
つやのある黒い髪を頭の上で2つに束ねた女性はやれやれ、と微笑をもらすと、2人をリビングのイスに腰掛けさせ、ゆっくりと話し始めた。
それはあの日と同じ、枯草の上を冷たい風が吹き抜ける日の出来事。

「・・・今となっては忘れられているんだけどね、
 おとうさんとおかあさんは昔、『トレーナー・オブ・デンジャラス・モンスターズ』と呼ばれる存在だったのよ―――――」


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