ポケットモンスター、縮めてポケモン。
そう呼ばれるようになってからもうすぐ10年。
それまでその生き物たちが化け物と呼ばれていたことを知らない子供たちが、続々とトレーナーになりはじめている。
ある人が調べたデータがある。
一部のポケモンにはバトルで使うような技以外にも不思議な力が備わっていて、それは人の命を救うのだというのだ。
ポケモンが自分の目的のために、まだお腹の中にいる赤ん坊に力を与えれば紅
病気などで動くことの出来ない子供の願いを叶えれば緑
事故で死にかけた子供に生きるための力を与えれば蒼
力を受けとるのは全て子供だった。
その人の考えでは、ポケモンにとって子供が守るべき弱い存在だからということだ。
良いのか、悪いのかは分からない。
だが、ノートの上で確実に神眼の数は増えていた。
ジョウト地方、ワカバタウン。
緑のあふれる草原の上を、夏の終わりを告げる強い風が駆け抜けていった。
まだまだ気温は高く、平らにならされた道の上には陽炎が浮かぶ。
熱気から逃げるように急ぐ足音。 軽く切れた息づかいで
「母さん、父さん、早く!! クリスたち先に行っちゃうよ!」
「オィオィ・・・まだ待ち合わせまで30分もあるだろうがよ。」
「大丈夫よ、ゴールド。 少しくらい遅れてもシルバー君たちなら待っててくれるわよ。」
「だからって遅れていいわけじゃないってば! 母さん、少しは急ごうよ!」
のんびりとした口調で話す女性に、少し怒ったような素振りを見せながらゴールドは言い返した。
広くなった背が遠ざかっていくのを見て、横並びに歩く男女はクスクスと笑う。
「本当によく笑うようになったわ。」
昔を懐かしむような目をして女性がそう言うと、男性は何も言わずにうなずいた。
陽炎の向こうでゆらめく人影を見て、彼は小さく笑いをもらす。
ゴールドが走っていった先にいる、まだ若い男性と女性。 彼らもまた、待ちきれずに来てしまったのだろう。
「クリス! シルバー!」
強い日差しから逃げるように木陰で談笑している人たちの名を呼ぶと、ゴールドは走る速度を上げ2人のもとへと急ぐ。
息を切らしながら走ってくる彼の姿に、10代も半ばほどの若い2人は笑いあった。
「全然遅れてないよ、ゴールド。」
読んでいた本のページにしおりをはさみながら、クリスは自分の座る位置をずらし彼が日陰に逃げ込める場所を作る。
3メートルほどのところで速度を緩めたゴールドを、赤髪の青年が自分たちのいるところへと引きずり込んだ。
「だって・・・!」
「『だって待ちきれなかったし、2人のことだからもう来てると思ったんだよ。』」
低めの声がゴールドの言葉を奪うと、ちょっとだけ眉を吊り上げながらゴールドは「シルバー!」と相手の名を呼んだ。
クリスが口を押さえて笑う前で、ゴールドとシルバーは不毛な言い争いを始める。
貸したノートを返し忘れていた話から始まり、迷子のホーホーがどうだとか、しまいにはトイレの話にまで発展していた。
そのうち疲れて止めるのを知っていたからクリスは何も言わずに2人を見ていた(話の内容が面白いから止めない)が、ゆらゆら揺れる空気の向こうからゴールドの両親が近づいてきたことに気付くと、彼らの足を軽く払って争いを止める。
きれいに尻から着地したゴールドに、彼女は近づいてくる2人を指差して見せた。
「うちの親もすぐ来るから。
なーんか張り切っちゃって。 お弁当のおかずが決まらないー! ・・・とか、騒いでたよ。」
「いいなぁ・・・うち、いつもの適当サンドだよ。 何にも考えないで食材はさむんだから・・・」
「前みたいにピクルスだけサンドがないことでも祈るか?」
先ほどまでケンカしていたのがウソのように笑うと、3人は同時に川の向こうへと続く道に目を向けた。
山まで続く道に、青々としげった草が彩りを添えている。
「楽しみだね。」
「あぁ。」
これから、この道を上るのだ。 ロッククライミングとまではいかないが、一般人には少しきついピクニックだ。
浮かせた分の交通費はホテル代に回した。 何度もやり方を教わって、いい席のチケットも取った。
それらは今、彼らのポケットの中にある。
「チャンピオンズリーグ!」
扉を開けた先にいる仏頂面の男が放った言葉に、ブルーは絶句していた。
「ロケット団のボスが・・・逃げたですって?」
今にも爆発しかねない様子の彼女に少しおびえながらも、この暑いのに制服をきっちりと着た警察官は、肯定の返事をしてみせる。
「はっ! 今署内の人間を集めて捜索中なのですが・・・なにしろ相手はロケット団ですので、トレーナー・ポリスであるあなたにも協力をお願いしたく、訪れた次第であります!」
「押収したモンスターボールは盗られてないのね?」
「は、はい・・・」
日焼け防止用の上着をはおりながら、ブルーは少し黙り込んだ。
出発の準備はしてある。 数日分の着替えに、タオル、水にぬれても使えるマッチ。
それらが入ったバッグを肩からさげると、彼女は冷蔵庫を開けキンキンに冷えた『おいしいみず』を取り出した。
家の扉のカギを閉め、わざわざ自分を迎えに駆り出されたふびんな警察官にそれを投げる。
「あげるわ。 日射病になる前に飲んでおきなさい。
それと私、この件に関しては断るわ。
逃がしてしまったのはあなたたち警察でしょう? 私たちトレーナー・ポリスにばかり頼っていないで、少しは自分たちで出来るとこ見せなさい。」
とりつく島もないとはこのことだが、事実、この数日間警察が彼女に対して必要以上に出動要請を出しているのも確かだった。
行方不明というから来てみれば、脱走したペットの捜索だったことすらある。
そんな前例もあってか、しょんぼりと肩を落として帰っていく若い警察官の姿を見送りながら、彼女はバッグの中から取り出したチケットを確認した。
誰が言い出したのか、色鮮やかにプリントされ、様々な工夫が凝らされたチケットに彼女は口づけると待ち人のいる通りの方へと歩き出す。
少しだけ遅れてしまいそうだ。
しかし、彼女は歩みを速めることをしなかった。
グリーンは待たされていた。
確かに、時間絶対厳守とまでは言わなかったが、今日のことは相手もよく知っているはずなのに。
待ち合わせたのはトキワシティで、グリーンはこの街のジムリーダー。 はっきり言って、目立つ。
待っている間にバッジを賭けたバトルを2回断ることになり、ポケモンの指導を頼みに来た少年に適当な返事を出し、傷ついたポケモンを抱えて泣きついてきた子供にポケモンセンターまでの道を教えるハメになった。
それでもブルーはやって来ない。
諦めて先に行ってしまおうかとも考えたとき、ようやく見覚えのある茶髪の彼女がやってくる。
「20分遅刻だ。」
「22分16秒よ。」
飾り代わりに手提げカバンにぶら下がっている時計を見ながら、ブルーは当たり前のように返した。
遅れてきたことを謝りもせず、さっさと目的地の方向へと歩きながらグリーンを振り返る。
「トレーナー・ポリスの出動要請があったの。」
「断ればいいだろう、今日くらい・・・」
「えぇ、断ったわ。」
淡々とした返事だったが、これが彼女のペースだ。 10年以上の付き合いでグリーンは慣れていた。
「珍しいな、お前が仕事を断るなんて。」
「今日まで警察の騒ぎに付き合わなければいけないということはないもの。 有給で半月は休めるわ。」
「そのうち体壊すぞ?」
「壊す前に休むわ。」
足元にいるマンキーも気にせず、ブルーは歩き続ける。 大きなカバンを抱えなおしながらほとんど変わらぬ口調で答えた。
グリーンは汗ばんだ手をふくとバッグの中に入ったチケットを日に透かす。
透かし彫りの優勝トロフィーが金色に輝いている。
「チャンピオンズリーグか・・・何もなければレッドが「オレも出せ!」とか言ったかもしれないな。」
「それどころじゃないでしょうね、今頃・・・」
笑っているのか、ため息をついているのか分かりにくい顔をすると、2人は歩き続けた。
風に飛ばされないようチケットをもう1度バッグの中へと大切にしまうと、グリーンは北西にそびえるシロガネ山へと目を向ける。
「・・・どーしてもダメっすか?」
置かれた花瓶が倒れかけそうほど強く手を突いた机によりかかって、レッドはイスに座った相手を睨み付けた。
多少驚いたようだが、向こうもその程度で折れるほど簡単な人間ではない。
顔に刻まれたしわを伸ばすようになでると、イスの上で腕組みして逆にレッドのことを睨みつける。
「何度言わせれば分かるんだね? トレーナーとして身分証明に自分の名前を書くことは最低限、いいかね、最低限必要なんだよ。
君の妹はそれが出来ない。 つまり、自分が自分であることすら証明出来ないということになるんだ。
そのようなトレーナーは、たとえジムバッジをそろえようとポケモンリーグへの出場は認められない。
1年前にも、そう説明したはずだがね。」
「だから、こっちだって何度も言ってるじゃないすか!
桃子は確かに8人のジムリーダーに勝った、それはカントーにいるリーダー全員が証明してる。 その上、彼女はデオキシスを倒したんですよ!?
これだけ実績があって、何で今年の優先出場まで認められないんすか!」
「身内びいきもいい加減にしたまえ!!」
声を張り上げた2人に、ずっと入り口に立っていたファイアの肩がビクッと震えた。
おびえたような目をする彼女に、軽く咳払いをしながら相手は話を続ける。
「・・・いいかね? 彼女には双子の姉がいるだろう。
ジムリーダーと戦ったり、デオキシスを倒したのがその姉でないとどうやって証明するのだね?」
「ジム戦に関しては不正が出ないよう、戦っていない方は常に観客席にいたと、姉のひなたから説明があったはずですけど。
デオキシスの方は戦ったのは2人だけど、最終的にデオキシスを倒したのは炎の技でした。
ひなたは、炎タイプのポケモンを持っていません。」
木で出来た机を削りそうなほど強く手を握り締めると、怒り任せに暴言を吐かないよう気をつけながらレッドは反論する。
「そうかもしれんな。 だが、どうやってそれを観客に説明する?
同じ顔をしたトレーナーが2年連続でポケモンリーグに現れて、疑う人間がいないと思うのかね?」
レッドは言葉に詰まる。
アナウンスは使えないし、テレビから見ている人間もいる。 ジム戦のように2人が交互に戦うわけにもいかない。
今の地点で、理事にまで疑われているのだ。 10万人を超える観客に説明する方法・・・全く思い浮かばなかった。
出てこなくなった言葉を探してうつむいていると、上着のスソを小さな少女に引かれた。
「・・・もういいよ。」
つぶやくような、少しせつなくなるトーンの声が装飾の多い部屋に響く。
それを聞いて満足したかのように理事はイスに座りなおすと、震えているレッドへと向かって言葉を投げつけた。
「私も忙しいんだ。
分かったなら、その頭の悪い妹を連れて早く出て行きなさい。」
言い切るか言い切らないかのうちに、何かの破裂するような音が部屋に響き渡った。
驚いたように、ファイアの目が丸くなる。
机の上に足をかけ、何かをこらえるように息を荒くするレッドは、左の頬を押さえる相手へと向かって低い声を出した。
「・・・腹の中どう思ってようと勝手だけどな、オレの妹をバカにする奴は許さねぇ。」
じんとする手のひらを机のふちにかけると、レッドはそこから降りて乱暴な足取りで理事長室から飛び出した。
5メートルほど行ってから、後を追いかけてくるファイアに合わせるよう少し遅めに歩く。
後ろで、バタンと重い扉の閉まる音が鳴った。 それを聞くと「はぁっ」と深いため息をついてから顔の真ん中に手を当てる。
「・・・クビかもなぁ、トレーナー・ポリス。」
「いやぁ、カッコよかったよ。 グーじゃないのが残念ってカンジ!」
少し崩れていた服を直しながら、ファイアは気持ちよさそうに明るい声で話す。
ずっと気を張っていたせいでカチコチになっていた肩をボキボキと鳴らすと、レッドはそれほど離れてはいないポケモンリーグの会場の方角を向きながらふぅ、と今度はため息とは違う息を吐いた。
「もしかしたら、リーフが移ったのかもな。
・・・にしても、考えてみりゃ気の長い話だよな。」
「そぉ? あたしはこの2年、あっという間だったけど。
薄っぺらい言葉だけどさ、レッドには感謝してるんだよ。」
ファイアは軽い口調だったが、その分レッドの気も軽くなった。
30分ほどずっとしかめっ面の続いていた顔に笑みが戻り、帽子のツバをピンと指で弾く。
「じゃ、行くか! チャンピオンズリーグ!!」
「うん!」
屋内にいたせいですっかり冷え切ってしまった帽子を被り、レッドはファイアを連れて飾り気も何もない建物から飛び出した。
会場までは15分、走れば10分もかからない。
1回戦には、充分間に合うはずだ。
1歩踏み出す勇気 誰でも持ってるから
顔を上げて 笑ってみせてよ
満開の
一緒に 手をつないで
いつだってキマッテル 『1人よりも2人』
仲間の数は多いほど 楽しいことあるから
Over limit power!
限界なんて知らない 夢の向こうへ
飛び出そう
まだ見ぬ新しい世界へ 今こそ旅立ちのとき―
今、役者がそろったようです!
ポケモンリーグも今年で10回目!
記念すべき今回、デモンストレーションとして去年の第9回大会、各地で戦った強豪たちを集め、ナンバーワンを決める「チャンピオンズリーグ」が開催されます!
何を隠そうあたしも出場者の1人、だからってかたよった実況するつもりはないから安心して!
さぁ、第10回ポケモンリーグ、司会はあたし、ルビーと・・・
クルミでお送りしまーす!!
みんな、最後まで見逃すなー!!
開会式直後の1回戦に出場するサファイアは控え室の小さな窓からしか開会式を見ることが出来なかったが、それでも妙に高級感あふれる控え室に閉じ込められた去年から比べればずいぶんマシなように思えた。
豆粒ほどにしか見えないがちゃんとルビーも見えるし、アナウンスやら実況やら会場内の音楽やらも、うるさくはあるがちゃんと聞こえる。
今日という日のために呼ばれた子供たちが観客たちへと笑顔を振りまき、きっと一生懸命覚えたのであろう踊りを披露してみせる。
歓声は大きくなるが、サファイアはそちらにはそれほど興味はなかった。
作戦を確認しようと部屋の中へと目を向けると、モンスターボールから出していたオーダイルとラグラージがそこら中へとハートマークをまき散らしている。
「・・・暑苦しいんじゃ!! ‘カナ’‘シロガネ’!!
すぐバトルが始まるんやさかい、後にせえ!!」
一瞬絶句してから、サファイアは怒鳴り散らした。
ラブラブモード全開な2匹を無理矢理モンスターボールへと戻すと、「はぁ」とため息をついて机の上に置かれていた青と白のボールを蛍光灯の光にさらす。
「良かったは良かったんやけど・・・何で戻ってきたんやろ? 2号・・・」
1年以上前に『神隠し』に遭っていたサファイアのポケモンは、何も言わなかった。
突然差出人不明の宅配便で送られてきて、押し付けられるように彼の元へと帰されて、それで終わりだ。
「まぁ、いいか」と、深く考えずに手に取ったボールを他のポケモンたちと一緒に机の上に並べた直後、ノックもなしに部屋の扉が開かれる。
その展開は分かっていたが。 説明もなくドアの近くに『ついたて』が置かれたりすれば。
「ルビー、ここワシの控え室なんやけど・・・」
「知ってるよ。 2階の実況席に1番近いってこともね。」
動揺する様子も見せず当たり前のように彼女は『ついたて』の向こうで衣装替えを始める。
対戦が近いから全てのポケモンをモンスターボールに戻したとはいえ、ため息が止まらなかった。
「なぁルビー? ワシのこと男やと思ってへんのとちゃう?」
「・・・なーにアホなこと言ってんだい。」
喋りながらも動きやすそうな服に着替えて『ついたて』から飛び出すと、ルビーは鏡の前でバンダナをしめながら言った。
「あたいはいつだって、あんたのこと男だと思ってるよ。 何も起こらないのはサファイアが何もしないからだろ?」
悔しさと恥ずかしさでサファイアの顔が赤くなった。
ルビーがチラリと時計を確認するのと同時に、彼女の手を引いて自分の方を向かせる。
茶色い瞳に、顔をむっとしかめた少年の姿が映る。
少し驚いたような顔をしてルビーが相手の行動を見つめていると、サファイアは握った彼女の手を持ち上げ、グローブ越しに彼女の手に口付けた。
どうだと言わんばかりの相手の表情に、ルビーは一瞬どうするべきか迷った。
時計の秒針が3度音を鳴らすと、おもむろに口元に手を当て、つり上がった目元を緩めて見せる。
「・・・普通、口にしない?」
既にいっぱいいっぱいだったサファイアの脳みそが爆発した。
薄く笑うルビーの後ろで、時計の長針が1つ動く。
もう出発しないとマズイ時間だ。 ルビーは自分にカツを入れると、部屋の扉を開き、サファイアの背を叩いた。
「ほら、呆けてる場合じゃないよ!
すぐに試合だろ? 気合い入れな!!」
「あ・・・お、おぅ!!」
係員に連れられながら走っていくサファイアを見送り、ルビーも自分の場所へと進むべく廊下を反対側に走り出した。
右手の甲が熱い。 口紅をつけたままだったからその部分に口づけることは出来なかったが、ルビーは嬉しくて仕方なかった。
実況席に飛び込むと既にバトルフィールドは広く開けられ、テンションの上がった観客たちが今や遅しと最初のバトルを待ち構えている。
イスに座ってインカムを耳に取り付けると、ちょうど対戦者の2人が持ち場に着いたことを教えられた。
隣に座るクルミと合図を交わし、マイクのスイッチが入るのを待つ。
放送開始の赤いランプが点灯するのと同時に、ルビーは叫んだ。
さぁ、チャンピオンズリーグ第1回戦!!
ポケモンリーグの1番を飾る注目のカードは、はるか西のホウエン地方から来たトレーナーと、激戦を勝ち抜いてきたカントーのトレーナーとのバトル!!
西コーナー! ミシロタウン出身、ホウエンリーグチャンピオン・サファイア!!
東コーナー! マサラタウン出身、カントーリーグ準優勝・ファイア!
「・・・緊張してます?」
タイミングに合わせて扉を開く。 そんな簡単な仕事を任されたスタッフに尋ねられ、少女は軽く目を瞬いた。
「きんちょう?」
「ハハッ、ないですよね。 カントーの決勝戦じゃ、これよりもっと観客が来ていたんでしょうし。
うらやましいなぁ、僕なんか扉開けるだけで失敗するんじゃないかってガチガチですよ。」
「息、するんだよ!」
明るい声でそう言った彼女に、スタッフは苦笑いした。
インカムからの指示に、彼は舞台の袖とバトルフィールドとをつなぐ扉を開け放つ。
弾かれたように飛び出していった少女の背中を見ながら、スタッフは直前に預かった彼女の宣誓書に目を落とし、苦笑した。
「・・・それにしても、汚い字だ。」
対戦相手の少年は彼女のことを見て、少し驚いたように目を見開いていた。
ポケモンバトルが始まる。
小さなポケモントレーナーは、左手にモンスターボールを構え対戦相手へと灰色の瞳を向けた。
―ねぇねぇ、あたしのポケットモンスターと勝負しない?
審判のフラッグが振られると同時に、2つのモンスターボールが宙を舞った。