宣告の言葉を聞いた瞬間は、驚きのあまりただ虚空を見つめることしか出来なかった。
妹もいる手前取り乱すことこそしなかったが、まさか、ポケモンリーグが自分たちに対してそこまでの行動を起こすとは。
今、レッドの運命は薄っぺらな紙1枚の上で踊っていた。
虚偽申告、罰金、ポケモンリーグの出場停止処分、トレーナーポリス懲戒免職処分。
穏やかではない単語が彼の手のひらの上に立ち並ぶ。
その1番下、レッド曰く『偉そうな』太文字で書かれた理事長の名前の上の部分に、レッドの視線は固定された。



 「以下のものから、ポケモントレーナー権利を剥奪する。
   Red=WhiteHope(トレーナー名、レッド)
   白丘 ひなた(トレーナー名、ファイア)」

確かに、ポケモンリーグ入賞の経歴があるのだから大それたことは出来ないだろうとタカはくくっていた。
だからこそ、今回の『報復』が信じられず、レッドは呆然と目の前の紙切れを見つめている。
権利が剥奪されれば、ポケモンセンターも使えない。 パソコンのシステムも、正式なバトル、ポケモン交換もだ。
何か言い返さなければとカラカラになった口を強く瞑ると、自分ではない何かが、キュッと靴の裏と床とをこすり合わせる。
「……わかりました。」
ひなただった。 辛い時ほど気丈に振舞う、昔からのクセだ。
「上等よ、権利剥奪でも何でもすればいいわ。
 こんな腐ったポケモンリーグシステム、こっちから願い下げよ!!」
この場にリーフがいたら、彼女がサカキと同じことを言っていることに気付いただろう。 声こそ聞かなかったが、レッドもそのことに気付き身震いする。
彼女は目的のためなら手段を選ばない。 このままだとあの悪の首領と同じ道を辿ることになってしまうだろうと、危惧するには十分過ぎる言葉だった。
背を向けるひなたの後を追いかけ、1度だけ、壇上へと目を向ける。
贅の限りを尽くしたイスの上で、自分たちを追い込んだ張本人はニタニタと笑っていた。
このまま終わってやるつもりはない。 それはレッドも考えていた。
だが、彼女のやりかたに従うだけではダメだ。 もっと別の……誰も気付かない正攻法を考えなければ。
もう彼女に頼ってばかりもいられない。
自分は兄だから。 チームリーダーだから。
……そう、もう『名ばかりのチームリーダー』などと甘えてはいられないから。

「ひなたっ!!」
思いのほか捕まえるのに時間がかかり、彼女の後姿をとらえたのは建物の外に出てずいぶん経ってからだった。
名前を呼んでも振り向きもしない。 完全に怒っている、当たり前といえばそうなのだが。
「あの……なんつーか、悪かったな、巻き込んじまって。」
「別に。 計画したのはあたしだし、元々バトルに興味があったわけでもないし……ちょうどよかったくらいよ。
 よかったわ、モモが巻き込まれなくて。」
理屈の上では完璧に言ってのけたが、「そうか」で済ませられないことくらいはレッドにもわかった。
バトルフロンティアの調査を任せたとき、いつ捕まってもおかしくないほどの無茶苦茶な方法を使っていたらしい。
その話を他のメンバーから聞いたとき、血の気が引いた。 今度も放っておけば法律スレスレの……いや、完全に引っかかるくらいの方法を使って理事を追い詰めることくらいはしかねない。
エネルギーのベクトルを別の方向へと向けてやらないといけない。 それも、気付かれてもいいから、出来るだけ自然に。
「んじゃ……何か別の仕事探さないとだよなぁ。
 そう考えるとゴールドやシルバーの奴、よくやってるよな。」
「そうね。」
怒っている……いや、彼らの名前を出して多少は気がそれたようだ。 赤みがかっていた頬から血の気が引いている。
「ひなたはどうする? ひなたは頭いいからなぁ……医者? 学者? 研究者?
 ブルーみたく先生になったりしたら……すっげー怖がられそうだよなぁ、ヒナババーッ!……とか言われてさぁ!」
小学校時代にいた怖い女の先生の顔を思い出して、レッドはケラケラと笑った。
ひなたはやはり怒ったようだったが、先ほどの怒りとはずいぶん違っていた。 単純にからかったレッドに対する怒りだ。
「オーキド博士やウツギ博士みたいになるかもしれないし、マサキみたいにエンジニアかもしれないな。
 それとも、もっと別な……」
ふっと口を突いて出た言葉に、レッド自身も少し驚いた。


「……ポケモンレンジャーとか。」
聞きなれない言葉にひなたの足が止まる。
「……なに、それ?」
「いや、ひなたが出てたポケモンリーグのとき、ポケモンの関わり方の違いを視察しにきたとかで来てたんだよ。
 ポケモンを捕まえずに、チカラを借りて自然保護や問題解決に当たったりするんだってさ。
 その話してたときお前寝てたもんなぁ、すっげーぐっすりさ。」
泣き疲れて……とは言わなかった。 今むしかえしても仕方がない。
「何か遠くの地方から来たとか言って……何だっけ、フィ……フィオル?
 そいつ、ひなたにレンジャーの素質があるとか言ってたぞ。」
「わっけわかんない。 単に人不足だったんじゃないの? それとも女不足か。」
「そう言いつつあんまり嫌がってないな、お前……」
気を許せば嫌味が飛んでくるのはいつものことだ。
幾分か機嫌の良くなったひなたを連れ、まずはマサラタウンへと戻る。
リーダーは大忙しだ。
まずは桃子が1人でもファイアとしてやっていけるよう、周囲に協力を求めなくてはならない。
それが終わったら、次は『ポケモンレンジャー』がどんな職業なのか調べよう。
きちんとした職業ならばひなたがそこでやっていかれるよう手配して……そこからなら、彼女は1人で巣立っていけるだろう。
同時に、自分のこともしっかりとやらなければ。
せめて自分の衣食くらいは確保できるようにしておかなければ、仕事の世話どころではなくなってしまう。
少し困りながらもレッドは話している途中、不意に浮かんできた思いつきに心を躍らせていた。
これから少し、面白くなるかもしれない。






窓から吹き込む風に違和感を感じ、サファイアは顔を上げた。
いつもの殺気じゃない。 窓から庭を見下ろすと、弟の貴仁が晴れて自分のポケモンとなったカマタやウシヤマたちと朝のラジオ体操を行っている。(もう夏休みは終わったのに律儀な奴だとサファイアは思っていた)
ルビーでもない。 遠くの空を見渡すと、何か大きな飛行ポケモンがこちらへと向かっていることに気付く。
サファイアの目ではそれが何のポケモンなのかも判断つけられなかったが、こちらへと向かってきていることだけは理解出来た。
とっさにモンスターボールを数個つかむと、真下にいる弟へと向かって警告を発する。
「タカ、下がれ!!」
「へ?」
大きく伸びをしたところに声を掛けられて、貴仁は数歩後ろによろめいた。
真正面から強い風が吹きすさぶ。
先ほどまで自分がいたところにはオーダイルがいて、窓枠に足をかけた兄は降りてきた『何か』を睨みつけている。

砂埃も落ち着き、飛んできた『何か』の正体がはっきりしてくると、サファイアと貴仁は同時に「へ?」と気の抜けた声を上げた。
ざんばらな茶色い髪に、日に焼けたたくましい腕。 そう何度も顔を合わせたことがあったわけではないが、2人ともその人物の名前くらいは覚えていた。
「レ……レッド??」
「よーっす、おはよーさん!」
散々ホコリを舞い上げて着地したフライゴンから降りると、訪問客は貴仁とサファイアを順々に見渡す。
「マサキのマネしたつもりだったんだけど、何か変だったか?」
そういう問題じゃない。 ていうか、マサキって誰だ。
顔の前で手を振ると、サファイアは瓦屋根を足がかりに2階から飛び降りた。(たまに捻挫するからよくシルバーから止められる)
「何なん、こんな朝っぱらから……? 仕事頼むんならネット使えばええやん。」
「あー、違う違う。 オレが用があんのはそっち、エメラルドの方でさ。」
顔の前で手をひらひらさせるレッドに、貴仁は本日3度目の「へ?」を発声した。
サファイアはやることがなくなって何かに噛み付きたいシロガネを必死で押さえている。 今度は腕を持っていかれかねないから本当に必死だ。
「隠し通せねーとは思ってたけどさ、チャンピオンズリーグでやったファイアの替え玉作戦が上にバレてさぁ……」
そりゃまぁ、そうだろうとサファイアは思った。 シロガネの口をふさぎながら。
「案の定トレーナーポリスクビになったんだけど、それどころかトレーナー権まで取られちまって……」
それは聞いてない。 っていうか、取られるものだったのか、トレーナーの権利って。
「マズイんとちゃう? 今までトレーナーだけで生計立てとったんやろ?」
「そうなんだよなぁ、これといって特技もねーしさぁ。 んで、思いついたんだけど……」
雇ってくれ、とかだったら本気で断ろうとサファイアは身構えた。 研究所も何でも屋も深刻なほど閑古鳥が鳴いている。
だが、そんな心配をよそにけろりと笑うと、レッドは貴仁の方を指差して自分の考えを言ってのけた。

「オレ、エメラルドにバトルの特訓つけようと思って。
 ホウエンだったらゴールドがいるから、ポケモンセンター使えなくてもある程度コンディション保てるだろ?
 ここなら毎日トレーナーが来るから、公式非公式関係なく『賭けバトル』は出来るし、それに……」
まだあるのか、とサファイアは眉根を寄せた。
「ゴールドやクリスたちにバトルを教わったサファイアたちに、オレとヒナタが教えたエメラルドが勝ったら面白れーんじゃねーかと思ってさ!」
理屈になっていない理屈にサファイアは大きく溜息をついた。
その説を純粋に突き詰めるとグリーンが1番偉いということになってしまうのだが、言い出すと「よーし、それじゃグリーンも……」とか本気で言い出しかねないので止めておく。
夏の大会もひと段落、カンカン照りの太陽も落ち着いて『にほんばれ』のミシロタウン。
だけど、サファイアの胸の中はどんよりと分厚い雲が立ち込めていた。
明日からのことを考えると、気が重い。