第2章 天空の覇者
第3話 天空の覇者
3人が眠っている間も、当然の如く刻は動き続けていた。
灰色の空は若干明るくなり、昨日よりはまだマシな空が現れる、そんな頃に、ハヤトは眼を覚ました。
(…オレは不眠症か…あるいは…)
どうやらハヤトは、自分がいつも、たった1人で早く起きていることを不審に思っていたらしい。
昨日消し忘れたランプはまだ煌々とともっていた。
ハヤトは、枕元の時計にヘッドホンを突き刺す。スイッチを入れると、ブチッと言う音と共に、音が聞こえてきた。
ハヤトは、ラジオのFM放送を聞いているらしい。静かなクラシック音楽が、そのヘッドホンからわずかにもれていた。
ワルツ調の静かな音楽、朝の1曲にぴったりだった。
しかしさすがのハヤトも飽きたのだろうか、FMのスイッチを切ると、すぐさまベッドから跳ね起き、ゆっくりと階段を降りていった。
1階のあのランプを消し、しばらくはテレビ前のソファに寄りかかっていた。
しかし、寝不足がたたったのだろうか、ハヤトはうとうとし始め、仕舞いには寝てしまう有様だった。
それからしばらくして、スーラが眼を覚ました。
(…もう朝かな…あれ?)
スーラの目に飛び込んできたのは、ハヤトが置きっぱなしにしたあのヘッドホンだった。
スーラはそれを手に取ると、それが繋がれている方を見る。
そしてFMを聞くためのヘッドホンということを悟ると、ハヤトと同様にスイッチを入れた。
さっきの静かなクラシックが流れている。3拍子のワルツ調のその曲は、起きたばかりのスーラの心を
まるで森の中にいるかのように落ち着けた。
「はい、以上『鳩時計』でした。いかがでしたでしょうか?この曲は…」
ヘッドホンから、またわずかに音が漏れていた。3拍子のワルツ、すなわち鳩時計という曲は終わったようだった。
それから長々と、ラジオ局のDJは鳩時計について語り始めた。
(つまんない、いい曲だったのに…)
スーラはすこしふてくされて、FMのスイッチを切る。と同時に、その黒いヘッドホンを静かに置いた。
「ご機嫌斜めかしら?」
後ろからする声に、驚いて飛び上がる。
「何びっくりしてるの?私よ、私。」
当然の如く、そこにいたのはサラだった。冷や汗をかいたスーラはほっと胸をなでおろした。
「驚かさないでくださいよ!」
そこには、スーラの安心した笑みがあった。その声に気付いて起きたのか、ハヤトが下から声を掛けてきた。
「もう起きたのか?スーラ?サラ?起きてるなら下で休もう。」
その声につられて、サラもスーラも降りてきた。
「しばらく戦わせっぱなしだったから、すこしくつろがせてあげよう。」
ハヤトはそんなことを言うと、モンスターボールをカチッと押した。
「出て来い、ハッサム。」
ボールからハッサムが出てくる。
(おはようございます、ハヤト様。)
ハッサムの眼はもうかなりさえていて、だいぶ前から起きていたかのようだった。
「しばらく戦わせっぱなしで、本当に悪かったな。」
(お気になさらないでください、ハヤト様。)
ハッサムは決して不平を言うことなく、ただ答えるだけだった。
ハヤトとハッサムが雑談しているのを見ると、サラもサーナイトを休ませなければいけないなと考え、バックからボールを取り出した。
「出てきて、サーナイト。」
カチッとボールを押す。しかし何の反応もない。もう2、3度ボタンを押す。しかし何も起こらない。
「どうしちゃったのかしら。サーナイト?」
サーナイトの名を呼び続けながら、部屋中をうろつく。2階、階段、リビング。どこにもいない。
「どこ行ったのかしら…」
サラの脳裏に、様々な憶測が飛び交う。
サラの顔から、血の気が引いていく。
心配していると、ふと洗面所のほうから光が漏れていることに気付いた。
「ハヤト?使ったら電気消しておいてよ!」
「どこのだ?」
雑談をさえぎられたハヤトは、すこしいらついた声で答えた。
「洗面所よ!」
「洗面所…?俺は行ってないぞ。」
「…じゃあ…スーラ?」
「いえ、僕も。」
「なら…」
なんとなく不信感交じりで、洗面所のドアを開けた。すると…
あの長い黄緑色の髪を、きれいな櫛で梳かしているサーナイトがいた。鼻歌を歌いながら、上機嫌で髪を梳かしていた。人の心配も知らないで…
「あっ」
思わず声を漏らしたサラ。それに驚いて、サーナイトも振り向く。
(あっ)
口を押さえるサーナイト。その頬はすこし火照っていた。
「サーナイト…心配したんだから!」
(すいません、髪がうっとおしかったもので、つい…)
恥ずかしそうにサーナイトは答えた。
「おっ、サーナイト見つかったのか。洗面所にいたのか…」
ハヤトも一安心のようだ。サラとサーナイトは、手をつないでリビングまで出てきた。
(さっきはご迷惑をおかけしてしまいまして、大変申し訳ございません。)
「ああ、気にするな。大丈夫だ。」
(ありがとうございます。コーヒーでも持ってきます。)
サーナイトは台所へ向かっていった。サラは大きなため息をつくと、窓際へ向かった。
外は、相変わらずどんよりした曇り空だった。多少は明るくなったようだが、それも大した事のない、全く美しくも何ともないような空だった。
(持って参りました。)
サーナイトが丁寧にコーヒーを持ってきてくれた。サーナイトは、それを1つづつゆっくり丁寧に下ろす。
「ありがとう。」
ハヤトは待ってましたとでも言うかのように、早速コーヒーに手を伸ばした。すこしほろ苦そうな香り。ハヤトはそれをゆっくりと飲み始めた。
「あら、ありがとうサーナイト。私もいただこうかしら?」
準備された席に座って、コーヒーをすする。
「ぼ、僕ももらいます!」
スーラもやせ我慢して、すこしだけ大人ぶってコーヒーを飲んだ。
「に、苦いッ」
あまりの苦さに漏らしたわずかな声は、一瞬にして大笑いとなった。
「スーラにはまだ早すぎたな。」
「スーラ、無理しちゃだめだってば!」
「う…いつまでも子供扱いしないで下さいっ!」
笑いが絶えない部屋。その笑いはずっとその部屋に響いていた。あのハッサムでさえ、クスッと笑ってしまうほどだったのだから。
「さて、もうそろそろ行こうか。」
ハヤトが声を掛ける。
「あ、ハヤト思い出した!あなた、昨日の頭大丈夫?」
「ああ、あれか。」
ハヤトは、昨日の蒼の砂漠で頭を打ち付けたことを思い出した。しかし、ハヤトは落ちたときのことを知らない。
よくよく考えると、大事に至らなくてよかったな、と何度も思い直してしまう。
(ハヤト様、準備は完了です。)
(サラ様、私も大丈夫です。)
サラがそれに答える。
「ハヤト?皆は準備オッケーみたいよ。後は、スーラとあなた次第。」
「僕は大丈夫ですよ。」
もう一度サラが聞く。
「あなたは?」
「大丈夫だ。今回の目的はあの山に入って事実を知ることだ。行こう、早くしないと、『覇者祭り』まで消えてしまう。」
その言葉を聴いたとき、スーラの顔には笑みが浮かんでいた。
「(ハヤトさん…ありがとう…)」
口にこそ出しはしなかったが、スーラはそのハヤトの言葉がとてもうれしかったようだ。
「チェックアウトします。」
「どうもありがとうございました。」
「もしかしたら今日も泊まることになるかもしれない。」
「そのときは、どうぞウチをごひいきに。」
「分かっている。スーラ、サラ、それからサーナイトにハッサム、行くぞ。」
みんなの元気な声がロビー中に響き渡る。
「分かってるわよ。行くわよ、スーラ!」
「了解です!」
(サラ様とスーラ様は、本当にお元気のいいこと。)
(元気が一番だからな、多分。)
5人は、火山で壊滅したと聞いた地区、フィーレルに向かって歩を進める。
「この大通りをずっと進めば、フィーレルだそうだ。」
「あ、でももうあそこ行き止まりじゃない。」
「…本当だ。」
(左に曲がれるようですが、ハヤト様。)
(曲がってから考えたほうがよさそうですね。)
「サーナイトとハッサムの言うとおりに、ここは左に進みましょう。」
「了解だ。」
一行は、そのまま突き当りまで進んでいく。道の両側は、商店や家が立ち並ぶ。
しかし、無論誰の気配もなく、当然明かりもない。火山のものとしか考えられない焦げ臭い匂い。
サラとサーナイトとスーラはハンカチを鼻に当てる。しかしハヤトとハッサムは、お構いなしに進んでいく。
鈍感とは違う。
しかし綺麗好きとも違う。
なんと言うか、気にしないというんだか…そんなハヤト達を見て、サラは「この人たち、このままで喉大丈夫かしら?」と悩んでいた。
「お、向こうも行き止まり…か?」
「ハヤト、よく見てよ。右に曲がれるでしょ?」
「結局直進するのと大して変わりない、ということか。」
どうでもよさそうな、しかし若干論理的なようなことを言うハヤト。しかし当然のごとくサラはお構いなし、他の皆もさらっと流す形で、
ハヤトの謎な論理発表会は早くも幕を閉じた。
結局右に曲がる。ハヤトがぶつぶつ言っていた事はほぼ無駄となった。
「間違いなく山まであと少しだろう。…なんだか焦げ臭いし。火山は目の前だしな。」
焦げ臭いのはとっくの昔からです、少年。
ただ、それだけ除けばこの論理は間違っていない。実際問題、もう目の前だ。
「(ほんっと鈍感なんだから)」
結局ハヤトが気づいたのは今。サラは呆れ顔で、ハヤトをなんだか怪しい眼差しで見つめていた。
もうしばらく進むと、そこには立ち入り禁止の看板があった。
「なになに、『WARING!!この先立ち入り禁止区域につき、関係者以外の立ち入りを禁ず』だとさ。ま、元から関係ないが。」
ハヤトは何事もなかったかのように、中指で看板をデコピンする。
黄色のビニールテープが張り巡らされた区域を、ハヤトは無視し、ビニールテープをちぎっては進み、ちぎっては進んだ。
「ちょ、ちょっとハヤト!何やってるの!?そこは立ち入り禁止よ!?」
ハヤトは、頭の中からネジが2、3本抜けたかのように、ポカンとした顔をしている。
「いや、ここまで来たんだから、こんぐらいしないと。」
お構いなしに進んでいくハヤト、それを追うハッサム。
「あ、あ!ハヤトさん、待ってくださいよ!」
それを追うようにスーラも行ってしまった。
「…男の子って、分からないわね。やっぱり鈍感なのかしら?」
(フフ…よく分かりませんね。でも、それが男の子ですから。)
サラの言葉に苦笑いで答えるサーナイト。結局男とは、そういうものだから…
灰が積もる道を、サクサクと音を立てて進む。靴には灰がつく。綺麗好きのサラには、うっとおしい事件だった。
「あ〜もう、灰汚れって取れないわ!」
大騒ぎするサラ。ハヤト達はお構いなしに、サラを無視して進んでいく。
「ちょ、ちょっと!待ってよ!」
(サラ様、冷静に…)
「待ちなさいよ!」
立場が一変するということは、こういうことである。サラがなんだかんだ言っても、結局男衆は止まることなく進んでいった。
道は、誰かが通ったように丁寧に掃除されている。こげ茶色の道が、灰の中に浮かび上がって見える。
そして、一行の前に現れたのは、ぽっかり空いた大きな口。その奥は真っ暗で何も見えない。つまりここは…
「到着、だな。」
「大きなトンネルですね…どちらかといえば、洞窟でしょうか?」
(ハヤト様、当然進むべきですな?)
真っ暗な洞窟。勇気を損ねるものはいくらでもある。ただ、ハヤトの下す決断はただひとつだった。
「勿論だ、ハッサム。行ってみよう、何か面白そうなものがあるはずだ。」
「ハヤト、目的は火山の謎を突き止めることでしょ!?」
顔を真っ赤にして叫ぶサラに、表情一つ変えずハヤトは答えた。
「ああ、そうだったな。…と言うより、そこまでいうならついてくる勇気があるわけだよな?」
「え、洞窟の中に!?」
「うん。」
まんまと乗せられたサラ。ハヤトは微笑を浮かべていた。
「冗談じゃないわッ!」
それでもハヤトは一歩も譲らない。話が終わらないうちに、スーラに言った。
「スーラ、ランタンに火を灯してくれ。」
「了解です!」
スーラは手早くリュックからランタンを取り出すと、マッチでランタンに明かりを灯した。
「準備は完了だ、みんな行こう。」
そういうとハヤトは、スーラの後ろについて足早に中へ入っていってしまった。スーラのランタンが洞窟を照らし、影を後ろに落としているのがサラからもよく分かった。
(サーナイト様、我々も参ろう。)
(そうですね、ハッサム様。迷惑になるわけには行きませんから。)
そういうと、2人も小走りで中へ入っていった。
「ねぇ、置いていかないで!…分かったわ、私も行くから!だから待って!」
サラも仕方がなく中へと走っていった。5人は、こげ茶色の道に大量の足跡を残していった。
「…目覚めは、われらの手中に。」
その時、後ろから一行を覗く者がいた。怪しげな雰囲気。ただ、一向は後ろに怪しい気配が漂っているのには気づかなかった。
「もうじきですから…」
その怪しい者は、一言だけつぶやくと、暗闇の中へ消えていった。
「意外と暗いものだな。」
「大丈夫ですよ、ハヤトさん。ランタンがあれば怖いものなしですよ!」
「それもそうだな。」
ハヤトとスーラは先陣を切って、かなりのスピードで歩いていた。
そのため、ランタンはサラのいる所はおろか、ハッサムとサーナイトがいるところまででさえ届かなかったのだ。
その時、涼しげな羽音がし、そよ風が吹いた。
「?…何だ?」
(ハヤト様!)
後ろから猛スピードでやってきたのはハッサムだった。涼しげな羽音は、その透明の羽のものだった。後ろからハッサムが巻き起こした風が吹く。
「どうしたんだ、そんなに慌てて。」
(暫し止まって頂きたいのです。サーナイト様がサラ様に御付になっております。まだかなり距離があるのです。女の方々を孤独にさらすことはできますまい。)
なんとなくジェントルマン風なその言葉、レディを気遣うハッサムは、ジェントルマンそのものだった。
「…うん。なんだか冒険にばっかり気をとられて、すっかり周りが見えなかったな。」
「すいません…」
(お分かりになっていただければ、落ち込まれることなど何もないのです。)
ハヤトとスーラ、そして一人のジェントルマンは、影を後ろに落としてそこに立ち尽くしていた。
やがて、靴の音が聞こえてくる。かけてくる足音が3人には聞こえた。それからすぐ、荒々しい呼吸音が聞こえてきた。
「ハヤト、女の子を置いていくなんて、ひどいにも、程がある…わよ!」
(サラ様、無理をなさらないでください!)
言葉が途切れ途切れになり、呼吸と言葉とが荒々しく入れ替わる。サラとサーナイトがかなり大変な思いで走ってきたことが分かった。
「すまん…」
「もうっ、ハヤトったら!」
顔を真っ赤にして怒鳴るサラ。事件は手っ取り早く片付いた。
「本当にすまなかった。」
「ハァ、ハァ…いいわ、さっさと行きましょうよ。」
「で、でもサラさんは、そんなに疲れてるのに…」
本当に大丈夫なのかとスーラがあわてた表情で問う。サラは顔を赤くしながらもゆったり答える。
「大丈夫、もう、平気…」
とは言うものの、どうしても息が続かないサラ。仕方がないので、ゆっくり歩くことにした。
ランタンをかざしながら、ゆっくり歩いていく。それもレディファースト。
チロチロと灯るランタン。
洞窟は長い。
それも、何の変哲も無ければ面白味すらない。おまけにランタンで照らさなければ真っ暗の薄気味悪い洞窟。しかし誰も文句ひとつ言わない。まるで洞窟の終わりを耐え忍ぶかのように。
洞窟はやがて少しずつうねりだし、少し様子も変わってきたようだ。奥からは冷たい風が吹き込んでくる。ずっと狭く暑苦しい洞窟を歩いていたためか、この風はとても爽やかだった。しかしなぜ、火山の中でこんな風が…
「なんだコレは…」
「氷の結晶、いやクリスタルのようね…」
(ハヤト様、これは…)
(こんなものが火山の中に…)
そこにあったのは、火山などにはまず存在しないはずのクリスタルだった。しかし、それを説明できる状況がそこにはあった。そこからは冷気が流れ込んできているようだ。涼しいどころか寒い。言うまでも無くここは火山内だが…
「スーラ、何か刻まれているぞ。」
「え?どれですか?」
「これだよ。」
かすれ、薄れ、その字は消えかかっていた。いや、消えているところもあった。字は字をとどめておらず、風化しているようだ。
(確かに…何か書いてありますね、ハヤト様)
ハッサムが黄色い眼をあちこちに向けながら淡々と話す。
「これは…トールの古文のようですね…」
「スーラ、これの解読は可能か?」
ハヤトは期待に満ちた眼をスーラに向ける。スーラは少し悩んだようだったが、答えた。
「う〜ん…両親から少しは習いましたが…全部は解読できないでしょう。僕の技量ですし、文字が消えかかってるので…」
ハヤトは間髪いれず答える。
「少しでも構わない。何かこの旅の手がかりにできればいいんだ。」
スーラはまた悩んだようだったが言った。
「やってみましょう。ですが、全て読めることは保障しませんよ。」
スーラはそれだけ言うと、ゆっくりと刻まれた文字の上を指で拭い、ゆっくりと呟きだした。
「…ヤ…オクノ…オリ…ニ…リシトール…コロ…」
「なんだ、それは?」
「…全く読めません…断片的な情報しか手に入りませんね…ただ…」
スーラは少し困った表情で言った。
「ただ?」
「ただ、何?」
ハヤトとサラが疑問に満ちた表情で問いかける。
「この情報はトールのものに間違いありません。文中のトールははっきりと読めましたから。」
スーラが行き着いた結論は、よく考えてみると間違いではない。
「そうだな…俺も手伝う。もう少し解読しないと話にならん。」
「そうね…旅に必要な情報かもしれないし。」
ハヤトとサラは、どうやらかなりの興味を示している。勿論、ハッサムもサーナイトも興味津々だったが。
それから、解読は続いた。5分経過し、スーラも古文メモを漁りながら解読しているが、結果は芳しい物ではない。
「ヤ…オクノコオリニ…ムリシトール…コロ」
ここまでの解読はできたが、後はよく分からないようだ。
そんな時、ハッサムがあることに気づいた。
(ハヤト様、最後の「コロ」のコの隣にある文字、コと言う古文文字に似ておりませんか?)
「言われてみれば…」
「ハヤトっ!」
サラが唐突に叫んだ。
「何だ?」
「今ハッサムが言ったみたいに、似たような文字を全部当てはめてどういう文になるか考えればいいのよ!」
サラのアイデアは、後に大きく冒険を変えることになる。
「そうだな、サラの言うとおりにすれば、断片的な文の雰囲気で何か分かるかもしれない。」
結果、5人の考えによって話は進んでいった。たった三文字な訳だが、意外と難しかったりする。
「ヤ…オクノコオリニネムリシトールノココロ、となったが。」
ハヤトがスーラに問いかける。
「恐らく文字の形からして、ヤとオノ間の文字は「マ」でしょうね。」
サラは小さなメモ帳に、今までの結果を書き込んだ。そこに書き込んである判明した文を、何の事だか分からずに棒読みで読む。
「ヤマオクノコオリニネムリシトールノココロ…山奥の氷に眠りしトールの心、ね。」
サラが読んだ結果、それは「山奥の氷に眠りしトールの心」となった訳だが、いまだに何を指し示すのかはさっぱり分からない。
その時だった。スーラが何かを思い出そうとしている。
「…スーラ?どうしたんだ?」
「何だか…思い出せそうなことがあるんですけど…」
スーラはしばらくそこをうろついていたが、何を思い出したのか、いきなり叫んだ。
「そうか、古き言い伝えか!!」
古き言い伝え、トールが栄える前から残る、先人の教え。スーラはそれを知っていた。
「所で、結局それは何なんだ?」
「これは…はるか昔の戦いのことです。」
するとスーラは、いつか宿屋の女将さんが教えてくれたように語りだした。
「昔トールである戦いが起こりました…
遥か空高くで起こった二匹の龍の戦い。
ある龍が勝ち、その龍は『天空の覇者』と呼ばれた。
これは…その龍が眠る場所を詠った、古くからの言い伝えです。」
5人は唖然とした。この歌には、そんな過去があったのか、と。「天空の覇者」とは、白き龍。つまり…
「山奥の氷に白龍が眠っているわけだな!?」
「恐らく、そうでしょう。しかしこの環境で氷などは…」
何かが起こった。眼に見えぬ何かが。
「フルキイイツタエヲシンジルノハ、ダレ?」
頭に響くような声が聞こえる。それも、なんだか暖かい声。4人は、口も利けなかったのだ。何も返答できない。
「タイコノイイツタエヲシンジテヤッテキタノハ、ダレ?」
まだ返答できない。というより、口が何かでふさがれていて声が出ないような感覚なのだ。
「トキハタッテ、イイツタエハウスレテイッタ。」
悲しみが混じった声。4人はそれを黙って聞いていた。
「ソラヲカケタヒノコトハ、イマデモオボエテイル。」
喜びが混じった声。その声の主の喜びが伝わってくる。
「デモ、ソノタタカイハタンナルレキシトシテクチハテテイッタ。」
過去を思い出し語る声。その声の主は何を考えていたのだろう。
「ミズカラモジヲホッテ、コオリノシタデヤスムコトニシタ。」
苦難に立ち向かったことを語る声。その声の主は何のために…
「イイツタエトシテ、ナガクカタリツガレルヨウニ。タイコノタタカイヲオモイダシテモラエルヨウニ。」
決心に満ちた声。その声に迷いはなかった。後悔もなかった。
「ヤマオクノコオリニネムリシトールノココロ、ト。アルニンゲンガツクッタウタヲ。」
5人はその時知った。この声は、あの文字を彫り、自らを氷に封印した者だ。
「トキハタッテ、マタダレカガアラワレタ。」
長き時間を経た声。その声の主は何百年も孤独だったのだろうか。
「ワタシノイイツタエヲシンジテクレテ。ウスレタキオクヲトリモドシテクレテ。」
不意に声が途切れる。沈黙は続く。
「アリガトウ。」
その声がした。と同時に、何かが頭を突き抜ける感覚が襲う。何が起こったのかまったくわからない。
何だ、何なんだ。
スーラは、すでに気絶していた。
サラは、サーナイトの手をとって、床にしゃがみこんだ。
サーナイトは、その華奢で美しい手を伸ばし、ハッサムの手をとろうとする。
ハッサムは、サーナイトの手を握ろうとはしなかった。鋭い眼をカッと見開き、その場に立ち尽くしていた。
ハヤトが最後に見たのは、サラの腕時計だった。克明に時刻も覚えていた。
意識は飛んでいた。何が起こったかわからない。
―ただひとつ分かることは、何かが起こったということ。白き龍がそこに居る事。
ようやく気づいた。
意識が戻った。
スーラは相変わらず気絶している。勿論、サーナイトもサラも。
一瞬ハッサムが動いたように見えたが、応答はない。
サラの時計を見る。驚くことに、一分たりともたっていない。一体なんだったのだろうか。
「ダイジョウブ。ナカニハイッテキテ。」
あの謎の声が脳裏に響く。ハヤトはゆっくりと立ち上がる。
「…クリスタルが…!ない…!」
先ほどまであったクリスタルがない。代わりに、ポッカリと大きな穴が開いている。
「ソコカラナカヘキテ。マッテルヨ。」
声が聞こえなくなった。耳を澄ませど、もう聞こえなかった。
フッと体から力が抜ける。その場にドタッと倒れこむ。真横に、水平に。
また意識が薄れる。
本当に、一体なんなんだ。
「ハヤト、しっかりしてよ、ハヤト!」
瞼の裏に何かが見える。長い髪の毛、キリッとした瞳。そうか、サラか。
…体が上がらない。口は動くようだ。
「皆…ちょっと起こしてくれ。」
皆に支えられて起きる。
「ねえ、ハヤト、何が起こったの?」
ハヤトは今まであったことを、思い出しながらポツリポツリと語りだす。
「…そこの穴から中に入って来て欲しいそうだ。その先に『天空の覇者』がいる。」
天空の覇者は、そこで旅人を待っている。
「ハヤトさん、僕の肩を使ってください。」
スーラはハヤトの下にもぐりこみ、その方を支えた。
「僕が皆さんに支えられたように…僕も皆さんを支えます!」
スーラは杖の代わりになって、ハヤトを支えて先に進んでいった。穴からは物凄い冷気がする。今にも手足が硬直するかと思うほどだ。
「私もいく!」
(サーナイト殿、行きましょう。)
(そうですね、ハッサム様。)
小走りでハヤトを追う3人。時計は刻々と時を刻む。
その穴は、空の使いの間への玄関。
真っ暗な道を通る。いつの間にかランタンの灯は消えていたが、誰も気づかなかった。ただ先に進むことに、夢中だったから。
カーブの一つすらない。やがて、冷気はますます強くなってくる。そして…
「扉…?」
そこにあったのは、いかにも重そうな扉。その扉に触れると、何かが浮き彫りにしてあるのが分かるのだが、なにぶん真っ暗なので何かを特定するのは不可能だった。
「この扉、なんでしょうか?わ、わっっ!!」
スーラがその扉に触れていると、重そうな扉はすぐに開いてしまった。体重をかけていたスーラは、当然の如く倒れこんだ。すると…
(お前たちは誰だ!!)
「なっ…!!」
不意に声がかけられる。扉の向こうには…
龍の騎士団が、居る。鎧に身を固め、ある者は剣を持ち、ある者は弓を持っている。
鎧の下の龍は、恐らくボーマンダとフライゴン。
(さあ、答えろ、どこから入ってきた!誰に呼ばれてだ!早く!)
「そ、それは…」
しどろもどろしているスーラ。そこにハヤトが割り込んで答える。
「それは、恐らく『天空の覇者』だ。」
その言葉をこんな少年の口から出たのを聞いて、驚いているボーマンダ。
(何、『天空の覇者』様だと!?ありえん、見ず知らずのお前たちをここに招き入れるはずはない!ここは龍の眠る神聖な場所だ!お前たちのような人間が入ることは許さん!)
「しかし…」
その時だった。
(その者達は私が招きました。)
しっとりしたような美しい声。至って冷静な声だ。
(は、覇者様が御自ら…!?)
(そうです、さあ、そこをお退きなさい。彼らを通すのです。)
するとボーマンダたちは、一気に騒ぎ立てた。
(この者達は全員が全員トールの者ではないのですよ!?どこの馬の骨か知れぬようなものを)
(―静まれ…)
ざわついていた部屋は一気に静かになった。
(さあ、そこを通して、こちらの間へ。)
(は、ははっ!!)
ボーマンダとフライゴンの龍の憲兵隊は左右に分かれ、一筋の道を作る。それも、深々と頭を下げて。
一向は恐る恐るその道を進んでいく。
当然の如く、何も起こらない。
大きな扉がもう一つ見える。先頭の憲兵隊――恐らく頭に付けている鎧の形状から、かなりのお偉いさんだろう――がゆっくりと扉を開けた。
青っぽい光が差し込んでいる。憲兵隊は誰もついてこない。
(ど、どうか覇者様を怒らせぬよう…)
一人の憲兵はそれだけ言うと、そそくさとドアを閉めてしまった。
(あなたたちが、あそこに居た少年たちですね。)
「あんたは…天空の…」
いきなり声がする。
(無礼者っ!)
一匹の龍、と言っても四足で歩く不思議な龍がハヤトに寄ってくる。そしていきなりハヤトの顎をつかむと、言った。
(この愚民…覇者様に何たる無礼な…!)
(静まれ、お前は下がっておれ。)
(…はっ)
何が起こったのかさっぱりわからない。一瞬の出来事で、現れてすぐ消えた謎の龍。そんなことはお構いなしに、天空の覇者は言った。
(私の世話役が無礼ですいません。)
ハヤトたち一行は何がなんだか分からなくなったが、すぐにひざまずいて謝罪しなければいけないことを悟ると、ひざまずいて謝った。
「申し訳ございません、我々の不注意でした。」
それもかなりの謙譲語で。
(案ずる事はございません、若き旅人方。お礼を述べさせていただきたかったのです。)
「は、はぁ…」
皆が皆同じような返答をする。
「あなたが天空の覇者様ですか…」
(そうです。しかし今は眠りについているただの老骨、更に様などと呼ばれる資格など昔からないものです。)
しんみりと当時を思い出しながら語るかのような口調。
「今までの私の事を知りたいでしょう、大した物ではありませんが。」
天空の覇者は、当時を思い出しながらポツリポツリと語りだした。
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