「うわ、ちょー高いっ!」
ナギが言うほど、バトル山は高かった。深い谷に釣り下げ式の橋。深い風が常に鳴いている。ふと上を見た。フライゴンがゆっくりと旋回している。導くように。
「ミカド、さ行くわよ。」
「あ、ああ。そ、そうだな。」
ナギはミカドを後ろから見ていた。それでも歩き出さない彼を。パイラタウンですでに何となく気付いていた。高所恐怖症ということくらい。それでも、この怖がり方は異常だ。
「・・・プラスル、ちょっとおいで。」
ぱちっ、と静電気が弾ける音がする。しかし、そんな小さな音は今のミカドに聞こえていない。
「うわっ!!」
プラスルの両手からは絶えず火花が飛び散る。チアガールが使うボンボンのように。それがミカドにも飛ぶので、それから逃げなければいけない。
「ちょっ、プラスル、まて、まて、早まるな、俺をなんだと・・・。」
「手助けしてくれてるのよ、ミカドが歩けるように。」
ナギの解説も聞こえてない。プラスルが電気の塊を持って追い掛けてくる。それから逃げる。無理矢理だが、ミカドは歩いた。この深い風の声の中を走ることができるのだ。一度、風に認められれば何も怖がる必要がない。風が守る。この強い風が。
「そうそう、ミカドその調子!」
「調子じゃねー!!!いつまで俺を追っかけるんだプラスル!」
大人が2人、走っても揺れはあまり少ない。いつの間にか、丸い「1」と大きく書かれたステージを通り抜け、「2」と書かれたステージも通り抜ける。それでもプラスルは楽しくなってしまったらしく、ミカドを追い掛けるのをやめない。それらのコンビを注意しつつ、ナギは足下にある赤い血の後を見ていた。
「おかしいわね・・・いったい、おかしな集団が占拠したっていうなら、なんであそこは電気が・・・それとどこにもいないのは・・・。」
野次馬がいるほどだ。かき分けるほどに。ならば、犯人達はいったいどこにいってしまったのだろう。なぜこんな風の声しか聞こえない場所をこの血の持ち主は行ったんだろう。ナギには解らないことだらけだ。どの情報もナギに正解はおろか、ヒントすら与えてくれない。一番の近道は血の持ち主に会うこと。それしかないようだ。
「だー!!!プラスル!俺をやっぱりなんだと!!!」
まだ追い掛けまわされているミカド。すでにここが高いところなんて思ってもいないだろう。前と後ろを交互にみながら、丸いステージをいくつか走り抜けた。どこも無人。それに疑問を抱く暇も無い。追い掛けてくる電気から逃げるのに必死。すでにボンボンは片方でプラスルの身長の半分にはなっている。これを食らったら、いくらミカドと言えども冗談では済まないことは目に見えている。
「つかプラスルやめっ!!!」
後ろを振り向いた瞬間。ミカドは進行方向と逆に弾き飛ばされた。前を見ていなかったため、目の前に立つ体の大きな人間に気付かなかった。ところが、後ろからはプラスルが走っている。そしてその火花を持ったまま、その大きな体へと・・・。
「なんだぁ?ぶつかった後はプラスルの電撃かぁ?随分としつけのできねえトレーナーだな。」
ミカドの何倍もありそうな、もはや別種族の人間とも思われる人物。 思わずそのまま2、3歩後ろに下がる。そして改めてミカドは人物の顔を見上げた。
「・・・エドモンド本多?」
「エドモンド本多ぁ!?そのネタ師根性の青いコートっつったら、お前がミカドってことで間違いなさそうだなぁ?」
「うげっ、俺ってこんな2次元キャラにまで知られてるのかよ・・・。」
何も言わず、大男はそれまで右手に持っていたものを放した。赤いマントでも持っているのかと思っていたが、血だらけの人だった。今にも息絶えそうなほどの血。後ろから鉄の階段を駆け上がって来る足音がする。ナギが追い付いた。
「お前らは俺達の邪魔をしすぎた。後二匹・・・足りないようだが、邪魔するとどうなるか、こいつのように、体に教えてやる!」
「・・・俺はこんなエロマッチョなんて趣味ないぞ!」
「何の勘違いしてんのよ!」
谷に乾いた音が響く。気付いたらナギの手には「レッツゴーハリセン」と書かれた大きなハリセンが。それで頭をたたかれたらしい。後ろからのだまし討ちで、何が起きたかミカドにはさっぱり解らなかった。
「そんなキモカップルなんて見たくないっつーの!だいたい明らかに意味が違うでしょ!」
「え?だってこいつ、俺を脱がしてあんなことやこんなことやるって・・・。」
「明らかに違うでしょ!!!何考えてるのよこのタコ!」
「俺がタコかあ・・・じゃあエドモンド本多は・・・イカ?」
二度目のレッツゴーハリセン攻撃がミカドの、今度は背中を襲った。ただ、今度ばかりは音がそんなに響かない。
「ってぇーーー!!!今ちょっと肺に来たぞ。」
「だ、ダメだ、逃げろ・・・ダキムは・・・強すぎる!」
血を流しながらミカドの目を見てはっきり言った。その瞬間、この男、見た事あるとミカドの記憶は語る。昔来た時に、キザトラとバンダナをあっさりと倒した、エリアリーダーのセネティ。その強さは半端なんてものではない。それで逃げようとして足を踏み外し、落ちそうになった。だから、セネティが負けるなどミカドには到底理解ができない事実なのだ。
「あ、セネティだろ?俺のこと覚えてる?そうそう、あんときのさあ、スナッチ団。」
「ま・・・まさか・・・ぐっ・・・。」
セネティの頭は、大男のダキムの足に踏み付けられる。
「安心しろよ、俺まあスナッチ団抜けたし、それにあんときの借り、今返す。」
セネティの顔が見えなくなった。ダキムが目の前に立ちふさがる。
「いつまでそうやって遊んでんだこのガキ。言葉でわかんねえようだなあ。」
無視されたのと、元々ミカドに対する敵対心とで、ダキムの怒りは頂点に達した。まだ半分無視しているようなミカドに、不意打ちのごとくそれは発せられた。
「揺れるステージに強い風、それに足下揺らす地震。地獄の谷底へ落ちろ!」
ミカドの目の前には鋼の体を持つメタング、そして丸い岩から手足が生えたようなゴローニャ。両者は絶えまなく足下を揺らし続ける。
「ナギ、大丈夫か?」
「大丈夫!プラスルおいで!」
揺れるステージに耐えられず、ナギの腕に避難する。彼女はしっかりと柵を持って耐えている。
「っと、あーくらくらする。俺ってなんてか弱い子なんだろう。」
文句を言いつつ、震源を止めるため、バンダナの名前を呼びながらボールを投げる。
「そして相方は・・・行け!ハリテヤマ!」
ボールから出た瞬間に、ハリテヤマの大きな手がメタングの前で鳴った。それに思わず怯み、メタングの動きが止まる。
「あ・・・もしかして、マクノシタ?」
「え?そうそう。なんかさあ、気付いたらハリテヤマになってて、いつリ進化したのかは解らないんだけど・・・。」
「違う・・・リライブしたのよ、ハリテヤマ。もう黒いオーラがないもの。まさか、アゲトビレッジ出る前にしたのかしら。」
「うーん、そうかもしれん。まあいいか。よし、バンダナ、太陽拳!」
「・・・ミカド、何か違うわよそれは・・。」
「え?そうだっけ?」
バンダナも承知したもので、ミカドの言いたいことを理解する。体の輪っかがいつもより激しく光る。ゴローニャは目を瞑り、首を左右に振る。
「よしよし、弱めた。バンダナ、ちょっと戻れ。行け、アリゲイツ!」
大きな口を開け、鋭い牙でゴローニャに噛み付いた。堅い殻に当たり、牙が何本か飛び散る。数本がメタングを叩いて落ちた。数本がダキムを叩く。
「ハリテヤマ、メタングにクロスチョップ!」
大きな手がメタングの体を挟み込んだ。鋼鉄の爪をハリテヤマに食い込ませることなく、メタングは力つきる。
「よしよし、これで一匹はやったぜ!」
足下の揺れがおさまる。ゴローニャはアリゲイツに夢中だ。いまのうちにハリテヤマでさらに攻撃を・・・。
「ダークポケモンの真価、まだわかんねえのか!」
ダキムの声が谷にこだまする。吠えたに近い。

「もう・・・ダメか・・・希望は無い。」

「・・・ちょっと待て!なんだライオン!?つか何!?生き物!?」
目の前にしてミカドの言葉は乱れた。赤い体のライオンのような、今にもミカドを獲物として飛びかかりそうな生き物。見た事もない。ポケモンとするには、少し風格がありすぎる。
「がぅぅぅぅ・・・・がああああ!!!!」
それは吠えた。谷に響く声は、どこか苦しそうにナギの耳に入る。
「ミカド・・・あれ・・・あのポケモンは・・・。」
「ダークポケモンなの!?あれが?あれがポケモン!?」
スナッチしてきた。知らないポケモンは無いと自負していたはず。それなのに目の前のものはダークポケモンと言われる。目の前にいるだけで、その迫力に押されそうだ。
「あ、アリゲイツ!ゴローニャに・・・。」
「地面を揺らせぇゴローニャ!」
少しばかりダキムの方が早く攻撃の指示をしていた。ゴローニャがステージを揺らすのと同時に、ダークポケモンも苦しむ。
「な、なんであいつ、自分のポケモンなのに・・・。」
「エンテイ!さっさと攻撃しろ!」
「エンテイ!?」
ナギは思い出した。ジョウトの神話を。ホウオウに生命をもらったポケモンのうちの一匹。炎のエンテイ。それが、ダークポケモンとして、今目の前にいる。見るのは初めてだが、伝説にもなったポケモンがダーク化するのは信じられない。
「ミカド!エンテイは、ジョウトの神話にも出て来る、ホウオウが生き返らせたポケモンよ!炎の生まれ変わりと言われてる!」
「はい!?伝説!?」
ナギの方を向いてる余裕がない。ダークエンテイの炎は、耐性があるとされているアリゲイツでさえ飲み込んだ。近くにいたハリテヤマも巻き込まれそうになる。
「ダークポケモンをリライブしたら、経緯くらい解るだろ!行け、バンダナ!」
バンダナが足をつけた瞬間、また地面が揺れる。ゴローニャの地震だ。どういうわけか、自分のダークエンテイの体力までダキムは削っている。なぜだかは理解ができない。ダキムが読めないまま、ミカドは指示を出し続けることを強制されているような感じを受ける。
「フラッシュ!ハリテヤマはゴローニャ集中攻撃!」
いつの間にかバンダナはダークエンテイを無視し、ゴローニャに攻撃を集中させている。ミカドの指示が追い付かない。ハリテヤマにダークエンテイを見切るよう命令した瞬間、ミカドの袖がこげた。ハリテヤマを飲み込んだ炎がすぐそこまで来たのだ。
「つ、つええ・・・。でも、とっちまえばいいんだよな!」
どのくらい攻撃したか、とか、体調などにかまっていられない。ミカドは左手にモンスターボールを握った。光に包まれるのを確認すると、肩を横に振り、ダークエンテイに向けた。サイドスローのボールは真直ぐダークエンテイに向かい、体を包み込んだ。
「や、やばかったぁ・・・。残るは!」
足下で何かが砕けた。同時に、目の前に広がる、ダークエンテイ。ミカドは信じられなかった。こんなこと・・・スナッチが失敗することなど。
「ミカド!前!!!」
ナギに呼ばれても反応できない。ダークエンテイの炎はミカドを狙っている。狂った目つき、異様なまでの戦いに対する執着。全てが「エンテイ」だとは思えない。それが吹き出した炎はさながら地獄の炎。
 ミカドは目をつぶった。

「あ、あれ・・・?」
焦っていて何も感じなかった。自分に味方する風たちを。追い風はダークエンテイの炎を殺した。勢いを失った炎はダークエンテイやゴローニャ、ダキムにも降り掛かる。
「風が・・・そうだな、俺が歩けるのも戦えるのも守ってる風がいる。」
「てめえなにわけのわからんことを・・・。」
炎が強風に煽られて、その被害をゴローニャと、自分が受けて、ダキムの怒りは増すばかり。
「ま、エドモンド本多には解らんと思うから解説入れない。まあ、その炎を自分がくらったんだ、そのダークエンテイはさっきより体力減ってるし、スナッチしなおすなら今がチャンスってか!」
再びスナッチマシンがついた左手がボールを握る。光を纏い、サイドスローからボールが放たれるはずだった。
「誰が奪われるか!」
ダキム自身から揺れが起きたと思われた。でもさすがにそれは無く、ゴローニャから瀕死の一発、大きな揺れ。前にいたバンダナを通り抜け、ミカドまで大きく揺らす。膝を付いている間に、ダキムは大きな体を揺すりながら走っていくのが見えた。
「まちやがれ!」
威勢はよかった。しかし、ダキムがまとわりつくミカドに大きな足で蹴りつける。転がりながらスナッチマシンに何度も胸を打ち、ステージの端から体の重心がずれた。
「うわっ!!」
宙に浮いている。支えているのは右手の握力のみ。強い風に煽られ、左右に揺れる。その度につかんでいるものを離しそうになる。
「ミカド!?ちょ、ちょっと!?」
ナギが心配そうに覗き込む。しかし彼女の力ではミカドの体重、それにスナッチマシンの重量をあげることは出来そうにない。ダキムが走るたびにずしりずしりとここまで揺れ、その度に手を離しそうになる。
「ど、どうしよう・・・ミカド大丈夫!?」
取り乱すナギに返す余裕もない。左腕をかけようとする。揺れる体に邪魔されて中々実現できない。左腕の重さもある。メンテナンスをほったらかしにしておいたせいか、左腕と一体化した力が出ない。
「嘘だろよ・・・ヘルゴンザのやろう、間違えたこと教えやがっただろ・・・。」
最近、左腕がやたらと重く感じるのもそれだ。こんなところで整備不良を嘆いても仕方ない。なんとかこの重たい左手を使わない事には・・・。
「ナギ!あのフライゴンの気をなんとか引け!」
「え!?フライゴン!?」
見上げる。風に乗り、フライゴンは悠々と空を飛んでいる。
「どうやって!?」
「そんなん考え・・・。」
右手の感覚は無い。
「や・・・ちょ、ちょっとま・・・。」
しっかり握っていたはずの右手がとかれる。つかめと命令しても右手は言うことを聞かない。
「嘘だ・・・。」
完全に右手はステージを離した。その瞬間、ミカドの体は重力に引かれ、深い谷へと落ちていった。
「ミカド!!」
自分を呼ぶナギが物凄いスピードで離れていく。もはや周囲の視界は見えておらず、ナギの顔だけが、はっきりと見えていた。たくさんの風たちが残念そうに喋りかけてくる。


ルオーーーーー!!


空を旋回しているフライゴンがいきなり遠くの仲間を呼ぶように鳴いた。バトル山全体に響き合う。それがバトル山の声と変化したかのように、様子が変わった。吹き出す噴煙はさらに猛り、吹き抜ける風は強くなる。


「うぉぁっ!?」
自分に向かう風がさらに強くなった。風の様子が違う。スピードが落ちる。なんていうか、ミカドも初めて感じる風。落ちている、では無い。そう、飛んでいる。
「え?え?うわ、つかそういうことっつーか・・・。」
空を飛んだことは無い。だからこそこれが空を飛ぶ感覚なのかは解らない。それでもこの風はミカドを乗せる。
「死はまだ早い。」
「え?フライゴンが喋ってる!?」
上を飛ぶフライゴンが、直接語りかけてくるような。
「まだ生きられる。死の時間を取り戻すにはいくらでも機会はいくらでもある。」
「・・・なんで知ってる?」
「人は誰でも風を纏っている。死ぬまでずっと。忘れるな、風は人を愛している。」

ロォオーーーー

フライゴンは身をくねらせると、ぎらつく太陽の中へと消えていった。
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