翼のある伝説上の馬をペガサスという。
もし、伝説上だけであるならば、今みているものは何だろうか?
「よくやったシフォン。」
シズイになでられ、目を細めた。炎のたてがみだと思っていたそれは左右に広がり、翼のように羽ばたく。見た目はギャロップなのに、ギャロップじゃない。シフォンは別のポケモンになってしまっている。いや、顔つきとか体格はギャロップそのもの。だけどそれに炎の翼が生えているのだ。亜種ではあるんだろうけど、そんな話は聞いたことがない。腑に落ちないという顔をしているガーネットはただ黙っていた。
「シズイ君、シフォンってギャロップなの?」
ナギに撫でられて、シフォンは目を細める。緩く首を振り、甘えて来た。顔をナギにすり寄せて嬉しそうに。
「え、あの、一応、ギャロップです。シフォンが生まれた頃、全国的に突然変異が起きていて、それの一種だと、祖父が教えてくれました。」
「そうなの?そんな事件があったんだ。」
それでも信じられない顔をしてガーネットはシフォンを見ている。さきほど、あの谷間を飛んだとは思えないが、ちゃんと翼はある。未来は解らないものだ。
「とりあえず行きましょう。僕もがんばって起きます。」
目を擦ってるあたり、まだ眠いと見える。黙ってガーネットは手を伸ばした。少し戸惑ったものの、素直に甘える。この優しさをもうとっとサフィリスに対して向けられないのかなあ、と背負われながら思う。そして、夢の続きへと向かうことにした。後ろからじっと見られているとも知らず。
「静かにしろ。手をあげて、頭の後ろで組むんだ。」
サフィリスの声が静かに威圧する。マーガレット蘭子もといヴィーナスを近くにある椅子に座らせる。後ろで痺れた優勝者が変なうなり声をあげている。
「さて、あんたは本当にマーガレット蘭子か?」
ミカドの問いに、ヴィーナスは黙ったまま、こちらを見つめた。何かを探るような目つき。名前が違っているのだから返事のしようがないが、言いたいことが半分は伝わっているようだ。いつの間にか2人は目で会話を始める。
やはりあのテレビはやらせでも合成でもなかった。重そうな衣装を着ているのに俊敏。止める暇なく、かん高い笑いが優勝者のうめき声すら消して反響した。防音装置があったとしても絶対に聞こえて来ると思われる。思わず2人は耳を塞いだ。
「をーっほほほほほ!!!誰かと思ったけど貴方が指名手配中のミカドだったわけね!完全にあの子と同じ!スパイも捕まった情報も入ったし、貴方たちを捕まえてジャキラ様からいっぱい御褒美もらうんだから!!!」
手には2つのモンスターボール。放たれたそれから出て来るのはエネコロロとラフレシア。
「さあ行きなさい!男なんて単純な生き物、メロメロにしてやりなさい!!」
2人が反射的にボールを投げたタイミングは同じだった。ミカドからキザトラが、サフィリスからオズが、それぞれ出て来る。
「なあ、ほっしー、まさかさ、さっきのスパイってさ・・・。」
「あーそうかもしんねー。だから余計に負けらんねえ、マーガレット蘭子には!」
呼び方が移ってしまっていることに、誰ひとりとして気付かなかった。それよりも、すでにエネコロロが動きだしていたのだ。ミカドもキザトラに命じた。虹色に光る妖しげな光線が額の宝石から飛び出る。その横から激しい炎がラフレシアに向けて浴びせられた。エネコロロを完全にスルーして、ラフレシアへの一斉砲撃。熱と妖しい光線でラフレシアの足下が崩れる。
「・・・バカな男はわかってないのね!!」
エネコロロがウインクした。直後、キザトラの顔が半分にやけたように見えた。何かと足元がおぼつかず、ミカドの顔をちらりとも見ようとせず、じっとエネコロロを見ている。
「げ、げ、げ。メロメロって感じみたいな?ちょ、とりあえずエネコロロを・・・。」
「バカかぁっ!!!」
オズの頬に堅いものがあたった。それはキザトラの額。それがめり込み、傷を作るのに時間はかからない。全身を込めた突進攻撃はオズを怯ませるのに充分だった。もちろん、人間2人も何が起きたか解らない。オズが低く唸り、キザトラに飛びかかる。
「女を巡る争い、醜いものは無いんだから。単純な男に友情なんて存在すらしない、幻ですらないわ!」
サフィリスは無言で手を伸ばし、オズに戻れと命令する。反対の手で持っていたボールを投げ、ポケモンを開けた。同じく戻そうとするミカドの手を止めて。
「ゆけ、エーちゃん。キザトラを戻せ。」
出た瞬間だ。エーちゃんはキザトラの頭に乗った。特性:メロメロボディ。遠く離れたエネコロロのアピールよりも、近いエーちゃんのメロメロボディアタックにキザトラは夢中。
「メロメロを・・・解除ですって!?」
「残念ながら男ってのはあんたが言うように単純でね、手の届かないところでアピールされ続けてるより、近くで甘えてくる女の方に落ちるんだよ!エーちゃんは捨て身タックル!」
小さなエーちゃんがエネコロロに向かって走る。それについていくようにキザトラがサイケ光線を発射。ヴィーナスにぶつかり、エネコロロは動かない。
「おお、ほっしーすげーな!どこでこんなん覚えたんだ?」
「・・・成りゆきと多少のムカツキ。次が来る。」
少し前の言葉は自分のことだな、とミカドは思ったが言わなかった。エーちゃんとじゃれているキザトラがあまりに幸せそうだったため、ミカドはそのままにしておいた。ヴィーナスが振りかぶり、そのポケモンを見るまでは。
「認めない・・・男なんか認めない!」
過去の怨念を具現化するとジュペッタになり、攻撃性を具現化するとハガネールになるのだろうか。いずれにせよ、テレビに出る「ヴィーナス」を捨ててまで狩り出しにかかったのは事実。隠し持った牙に一瞬だけミカドが怯んだのも事実。
『違う、俺は認めない。俺は偽者じゃない!』
「おい!くずきり!!」
サフィリスの声に、現実へ戻った。今やるべきことは傷を癒すことではなく、目の前の牙をいかにして折るか、ということ。エーちゃんに従いっぱなしのキザトラでは危ない。戻れと命令し、違うボールを投げた。
「行け、ありげい・・・オーダイル!」
大きなワニ、オーダイル。今までアリゲイツのボールだと思ってのに、何があったかオーダイルになっているのだ。これなら力不足なんてことはない。嬉しい計算外に、ミカドは思わずにやけた。
「噛み砕けオーダイル!特にジュペッタの方!」
「エーちゃんは手助け!」
「ジュペッタ守りなさい!ハガネール、最大に攻撃してやりなさい。」
大きなハガネールが体をふりおろした。巨体と堅さは武器になる。振り回した体に当たって無事だったものはない。それが地面に大きく叩き付けられ、建物全体が揺れる。人間たちもあまりの揺れに立っていられずに手をついた。天井も一部が崩れ、目の前に落ちて来る。
「くっ、大丈夫かエーちゃん!」
「ヤバいなあ、無事かオーダイル?」
無事では無さそうだ。オーダイルは目に星がうつっていて、足下がふらついているし、エーちゃんは完全に地面にうずくまっている。ピンチを察し、サフィリスはボールに戻した。そして急いでボールを見る。あの地震に耐え切れて、なおかつ攻撃できるやつ。オズはキザトラから受けた傷が大きいし、キーチはハガネールにいまいちだ。
「仕方ない、オズ、火炎放射と同時に逃げる!」
右頬から血が流れたまま、オズはハガネールに向けて炎を放つ。ミカドもそちらが優先と、オーダイルに命じる。大量の水を起こす、なみのりを。どちらが早いといえば、種族的にも、命令的にも早かったオズの方。燃え上がる火弾がハガネールの頭に当たる。追い討ちをかけるようにして水が襲い掛かる。隣のオズも巻き込んで。
「くずきり君。」
「はいなんでしょ?」
手の中のボールにオズが戻る。顔は笑っていたが、目は笑っていない。別のモンスターボールが無言で飛ぶ。出て来たジュカイン、キーチはミカドすら圧倒する雄叫びをあげると、ジュペッタの懐に飛び込む。肘に付いている鋭い葉、リーフブレードで切るというより叩き込む。トンファーのような重い一撃に、ジュペッタも仰向けに吹っ飛ばされて動かなくなる。そして来る相方オーダイルのなみのりすら天井に張り付き、水から逃れる。
「すげーすげー!やっぱジュカインってのは・・・。」
「お前がそんなことしなかったらアクション俳優みたいなことしなくてよかったんだよ!」
天井から手を放し、ヴィーナスの目の前に着地する。そして再びリーフブレードで斬り付けた時、思わずキーチは攻撃を止め、後ろへと仰け反った。
「なっ・・・。」
「げ、なんか強そうなのが・・・。」
トレーナー2人が絶句するのも無理はない。ヴィーナスの目の前にいたもの、それは大きな青い犬。死の北風を纏った狂犬だ。低くうなり、今にも飛びかかりそうな体勢でヴィーナスの指示を待っている。
「驚いた?あたしも驚いたわ!まさかスイクンまで出させるトレーナーがいたとはね!でもこれで終わり、スイクンが出て来たらあんたたちなんて食べられちゃうんだから!いきなさいスイクン!やつらを噛み殺せ!」
後ろ足が地面を蹴った。その瞬間、スイクンがキーチに襲い掛かる。素早さではキーチも負けてはいない。ジュカインの反射神経をなめるなよ、とばかりに左方向へ転がる。
「ちょ、スイクンって・・・キーチ、守れ!」
「なんでだよ!?ああいうのはガンガン攻めて・・・。」
「お前は知識がないのか何なのか知らんが、スイクンってジョウト地方の神話に出て来る北風の生まれ変わりのポケモンだぞ。」
その言葉にミカドは面くらった。攻撃力も半端なければ、ダッシュ力、持久力、全てが他のポケモンよりも上をいっている。キーチが守っている間に、オーダイルは大きな牙でスイクンに噛み付くが、全く効いていない。むしろターゲットがオーダイルに移る。しかしそこはオーダイルの堅いウロコ、そう簡単には倒れることはない。
「なんで?なんでそんなのがこんなに!?」
「しらねーし、俺も知りたい。つか、俺の知り合いにスイクンを・・・飼ってるっていったらいいのか、そんなやつがいるんだ。なんでこんなところでこんなやつの言いなりになっているのか、少し解明する余地あるよな。」
「したら、やるこたぁ、ひとつしかねえ。」
左腕に気合いが入る。すでに握られたボールは今か今かと放たれるタイミングを待っていた。それを見極める、それがミカドの仕事だ。よだれをたらし、目が狂った犬をどう押さえるか。オーダイルは見切ったように鋭い爪で突進してくるスイクンの顔を切り裂いた。さすがにそれには参ったようで一瞬だけ怯む。
「やどり木の種!」
キーチが大きく振りかぶった。それは背中についていた植物の種。スイクンの体躯に命中すると根のようなものが絡み付き、体力を奪う。それを振り払おうとスイクンはもがくが、そう簡単には外れない。
「何やってンのよ!」
ヴィーナスの金切り声が飛ぶ。その瞬間にスイクンはびくついた。今までの戦闘力が一瞬下がる。おそらく、昔からこの声で怒られて訓練されたに違い無い。完治してはいるが、まだ残る小さな傷からいって、この声の後に角材か何かで殴られて育ったのではないか。
「そんなのいいから攻撃しなさい!あんたは戦うことしかないんだからね!」
黒い気が集まり、集中する。と思えばそれがスイクンの幻影となってオーダイルに襲い掛かる。噛み付こうと口をあけていたオーダイルにとって、ダークポケモン特有のあの攻撃はたまったものではなかった。ミカドまで巻き込み、オーダイルはそのまま動かなくなる。下敷きになったミカドも相当タフなようで、戻した後にむっくりと起き上がる。
「いてえ・・・つうかダークポケモンっつうおまけつきかよ全く・・・。」
違うボールに手をかけた瞬間、ダークスイクンと目があってしまった。そうなったら最後、標的はミカド。強靱な後ろ足で地面を蹴り、牙を向いた。突然のターゲットチェンジにサフィリスも追い付かない。思わず左腕のスナッチマシンを前に出した。ダークスイクンの全攻撃力がそこに集中したが、へこむどころか傷すらつかない。むしろダークスイクンの牙が折れて部屋の隅に飛んだ。その音は噛み付かれた時の音にかき消され、誰1人気付くことがない。
「だいじょぶか!?」
「へーきだけど、こっから反撃すっぜスイクンちゃん〜」
きっと普通のスイクンとミカドは同族だよな、と思う。ボールから出て来たのはバンダナ。少し暗い室内のせいか、いつもより輪が光って見える。
「秘密兵器、光る生物ブラッキー!!」
それが技の合図だと、隣のサフィリスが解るわけがない。そこは長い付き合いのようで、バンダナは一瞬にして視界を奪うくらい光る。フラッシュだ。やけに光るバンダナを食いちぎろうとしたダークスイクンはその目に強い光を浴び、堅く目をつぶった。そこを逃さず、キーチが額に細かい種をぶちかます。スイカの種くらいの大きさのものがいくつもいくつもマシンガンのように当たり、ダークスイクンも後に下がるしかない。足が振らつき、右の前足で踏ん張ると目を開けた。当たった方の目は閉じられ、反対の瞳が目の中を泳いでいる。
「よし、スナッチ開始・・・」
スナッチマシンがボールを吐き出す。ダークスイクンが噛み付こうと飛びかかった瞬間を捕らえ、小さな空間に納まった。
「甘いわよ!!」
調整はしたはず。何もない、いつもの調子であったはずだ。それなのになぜ、スナッチが出来ない!?ミカドは焦っている。それは隣のサフィリスにも解ることで、破裂したボールから出たダークスイクンの目つきはさらに怒り狂っている。それを認識したと同時にバンダナに向かって噛み付いた。体格差でそのまま持ち上げられ、左右に振られる。それと共に牙が傷口に入り込むが振り飛ばされた瞬間にバンダナは立ち上がる。ブラッキー特有の防御力の高さで持ちこたえたようだ。次のねらいを定めようと、一瞬動きが止まったダークスイクンにキーチがリーフブレードで古傷をなぞるように切り裂いた。スナッチを狙っていただけあって、弱っているのに急所をつかれてはダークスイクンも暴れる元気がなくなってしまったようだ。足はふらつき、助けを求めるようにヴィーナスを向く。
「この役立たず!!帰った後で覚えてなさいよ!!」
やつはブラッキーか、手から投げた玉が破裂し、まばゆい閃光をまき散らす。そこには、ダークスイクンもヴィーナスの姿もなかった。
戻る