夜闇の軌跡

深い夜闇のもと、一人の少年が空を見上げていた。

群青色のコートの裾が、風に煽られて揺れる。地平線の彼方に砂が舞い上がり、少年は黒のハイネックを上へ引っ張り上げた。




―――誰も居ない。




砂漠の大地は闇夜に沈み、少年を照らすのは満ちかけの細い月明かり。その分夜空を飾るのは、無数の星屑だった。
岩の天辺に座り込んだまま、その少年はずっと空を見上げている。


見渡す限り砂漠の、オーレの大地。荒廃したこの世界には、一体どれだけのモノがあるのだろうか。
前を見ても、あるのは果てしない地平線だけ。それよりも、空を見上げていた方が、ずっと良い。
それでも、此処に自分一人しか居ないのは、変わらないのだけれど・・・。






と。

――――――轟!


「うわぁっ!?」


突然の強風に煽られ、ぼうっとしていた彼はバランスを崩す。下は砂なので衝撃は少ないのだが、それなりに高い場所から転がり落ちたのは痛い。

砂だらけになった髪を払い、立ち上がって服についた砂を落とす。薄い茶色と灰色が混ざり合ったような色の髪が揺れた。





ひとつ溜息をついた少年の後ろから、再び風が吹き抜ける。
夜の冷気を含んだ風は、一人を決めた少年に告げた。


―――振り返ってみろ、その後ろを。


「・・・・・・?」

何があるのかと振り向いてみれば、そこには自分の大型バイク。そのサイドカーで丸くなって眠る、相棒のブラッキーとエーフィ。
それが何なのだろう、と眉を寄せれば、自分を取り巻く風が言う。


―――無理に全てを振り払うな。











「・・・ああ、そういう意味か」


一人小さく、少年は呟いた。

運命を共にし、付いて来てくれた『二人』。風が吹いて来た方向には、自分のバイクが作った轍が残っている。

アジトのあったエクロ峡谷は、まだ目と鼻の先。
振り返れば、まだ見えるだけの道程。














ガソリンの残りを確かめ、少年はバイクに跨る。
キーを入れると車体が小刻みに震え、エンジンの音が静寂を破ったが、サイドカーの中の二匹は起きる気配さえ無し。

それを見た少年は小さく笑うと、琥珀色の瞳を銀のゴーグルで覆った。




ハンドルを握り、タイヤが砂を噛む。
加速する寸前に一度、少年は後ろを振り返った。
進む先は、まだ混沌の闇の中。けれど、振り返った東の空はうっすらと白み始めている。
それを一瞬琥珀の瞳の中に映し、前を向いた少年は一気にバイクの速度を上げた。


当てなんて何処にも無い。風に憧れて、窮屈な囲いを壊して飛び出しただけ。
今なら、闇が自分の足跡を隠してくれる。裏切り者を追って来た『元』同胞に追い付かれる前に。

―――さあ、進め。













―――振り返って何が見える?

ずっと一緒に居る仲間。

―――振り返って何が見えた?

まだ、見えるだけしか無い自分の軌跡。




―――振り返って見えたものは?


答えは、きっと、この旅の終わりに。



















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抽象的に書いたら、少し抽象すぎたかもしれません(苦笑)
オーレ地方、コロシアムです。アジトを爆破したその日の夜。
どうにも本編より横道の方が好きなので、贔屓がちなオーレで。

何の捻りも飾りっ気も無いショートストーリーですが、お気に召していただければ幸いです。


このような機会を作って下さったヌオー使いさんに感謝します。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
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