少女の言う『踊る』という意味。


それは僕達を掌の上に乗せ、死ぬまで弄び楽しみ抜く事らしい。
そんな事を踊るという事に形容するなんて…なんていうか、滅茶苦茶だ。狂ってる。

そもそもこの迷路が何処まで続いてるのかは、全く見当が付かない。
ましてや声の主の実力の底も知れていない。

声の主は少なくとも幼い女の子だ。
僕からすれば、そんな幼い子が僕達とマサキさんの接触を邪魔しにきた刺客だとは到底思えない。

…けど、彼女は僕達に明らかな宣戦布告を申し入れた。
これが現実だ。

マサキさんに会いたければ、この迷路の奥地まで来い、と。
まるで新しい玩具を見つけた子供の様に、嬉しそうに少女はそう言い放った。



第二十六章「キュートスパイダー ジル・フェニックス」



「行こう、ソフィアさん!」

「…うん!」

危険な迷宮へと、僕達は足を踏み入れる。
先程の矢の事もあるから、慎重に行かなければあっと言う間に穴だらけになってしまうだろう。

…焦ったら駄目だ。
さしずめこの迷路は蜘蛛の巣。
焦れば焦る程糸に絡めとられ、相手の餌食になる。

「ソフィアさん。絶対に僕からはぐれちゃ駄目だよ。」

「………。…うん。」

ソフィアさんは、僕の服の裾をぎゅっと掴む。
きっと不安なのだろう。

…心配しないで。あの狂気の少女に、君は指一本さえ触れさせないから。


さっきの矢は、床を踏む事によって作動したのだろう。
だとすれば床に充分な気を配れば……

「うわぁ!!?」

…そんなに単純な罠の作りでは無かった。
今、僕の目の前で突き出されている鋭利な槍。
壁にも様々な細工が施されている様だ。とっさに立ち止まらなきゃ串刺しになっていた所だった…。
床、壁とくれば、天井にだって罠の細工が施されていてもおかしくは無い。
細心の注意を払って、奥に進むに越したことは無い様だ。



……黙っているだけで、冷や汗が顎を伝いこぼれ落ちる。
心では落ち着いているつもりなのに何か、こう…本能が直接危険信号を発している様にも感じる。

これから先に待ち受ける者。
それに対して、全身が拒絶反応を示している事がありありとわかる。


…でも、僕は止まってなんていられない。
頭ではわかっていても、僕は絶対に止まるつもりは無い。

手紙を渡すという僕に課せられた役割。
そして…大切な人を護りたい。
僕の大切な人が笑顔で暮らせる未来を作りたい。
その為にも、僕は止まってなんかいられない。
僕の目的は、この迷路を抜け出す事なんじゃ無い。


マサキさんを一刻も早く助ける事だ!










「……誰かと思いや、お前だったんか…!」

「キャハハハ。随分驚いてるみたいじゃん?」

匣庭の奥地。
否、元ポケモンコレクター・マサキの実家とでも言うべきか。

無数の鉄線に囲まれ、内装がガラリと変わってしまったこの一室。
中には顔に白粉を塗り、口紅で唇を染めめかしこむ少女。
対象に、恨めしそうに少女を睨み付ける男がいる。

「不意打ちなんぞ喰らわしおって!何が目的や!お前等協会の目的は俺なのか!」

「ぷぷっ。」

口紅を塗る手を止める事無く、少女…ジルは嘲笑で返答する。

「実はさぁ。アタシにもわかんないんだよね〜。
協会の意図っていうの?ていうかハナから興味無いし。」

「…わかんない、やと?」

「うん。手っ取り早く言うと、アタシの目的は二つぅ。」

床に転がる男、マサキの前にシュパッと降り立つと、ジルは人差し指を立てる。

「一つ目〜。アンタを拘束して、協会へ連行しちゃう事〜。」

「だから、なんで此処まで大掛かりな事をする必要があるんや!俺の家を鉄線でぶっ潰す必要なんてあったんか!?」

「あーもう、ツバ飛ばすな!」

飄々とした返答に再び激昂するマサキ。
その顔面に、ゲシッとブーツの一撃が炸裂する。

「話は最後まで聞けっつの!全く大人気無い奴だね。」

もう一本の指がピンと立つ。

「二つ目ぇ。アンタと接触しようとしている反逆者の抹殺!」

「!!!!」

驚愕の表情と共に、鼻血にまみれた顔が上がる。

「反逆者……!?」

「二度も言わすな馬鹿ヤロ!」

驚愕する顔に、再びブーツが叩き込まれる。

「つまりこの家は〜、アンタに接触しようとノコノコ近付いてくる反逆者共を招待するのに丁度良かったって訳。」

ジルは近くの小綺麗な椅子に腰掛けると、
途中だった口紅を素早く塗り終える。

「…さっきから、何しとるんや。」

「遊んでる様に見える?パーティの準備してんの。」

椅子から立ち上がるが早く、ジルは履いていたジーンズをずるりと下ろす。

「ぬぉぁあ!!?なッ、おま……!!」

「何赤くなってんの、このロリコン。死ねば?」

羞恥心すら無いかの如く、ぱっぱと衣服を脱ぎその身にドレスを纏う。

「なっ…………!?」

「ぷっ。アンタってパーティはおろか正装ってやつも知らないみたいだね。」

頭上に?マークを浮かべるマサキなど意にも介さず、
ジルはガラスの様に透き通る靴を履き終える。

「パーティってのは相手も自分も楽しむ為にあるのさ。だからこそアタシは礼儀作法を重んじる。」

キュッと可愛らしいリボンを真っ赤な髪にに結ぶと、ジルはニコッと汚れの無い、無垢な笑みを浮かべる。

「丁度来たみたいだね。お客さん。
…嬉しい…。生きててくれたんだ。」

「!!ちょ、待て………!!」

鉄線に縛りあげられた男の制止などで、娯楽を目の前にした少女は止められ無い。
パタンと軽い音をたてドアが閉められると、鉄線だらけの部屋には不精髭の男一人だけとなった。








「…蜘蛛に例えるんなら、ちょっと可愛い過ぎるね君。」

「有り難うvそして…ようこそ反逆者達。アタシのパーティへ。」

錆臭いホールに照明が入る。
照明が映し出すは緊迫の二つの影。そして恍惚の笑みで迎える一つの影。

「ジル・フェニックスと申します。そこのアンタ、陰気臭いフードなんて外しちゃって結構よ?」

「安心したよ。」

少年の手が目深に被られていたフードを外す。

「反逆者。レイディオ・デ・トキワグローブです。」


平静を装う少年の頬に、一筋の冷や汗が流れた。






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