【ポケモン図鑑】
ポケモンを記録し、分析するハイテク機械。
捕まえたポケモンの検索、ポケモンバトル時のステータスの表示、
取り逃した希少ポケモンの追尾、分布の表示などが出来る。
数年前、オーキド博士が発明し、全てのポケモンを公表したことで有名。
但し、これを持っているトレーナーは限られている。


PAGE3.静かなる旅立ち


3人の座る食卓で 話し出そうとする人間は誰もいなかった。
カチャカチャと、静かに食器の動かされる音だけが リビングの中に響く。
食べることもそこそこに、ルビーは立ちあがった。
「ごちそうさま」の一言も言わず、自分のために用意された部屋へと歩き出す。


「・・・・・・まったく、こっちに来てからニコリとも笑わない。
 妹の子だから仕方なく引き取ったけど、ちょっとくらい 愛想良くしてたっていいじゃないの?」
40ほどの中年の女は 食べ物のほんのちょっぴり残った食器を片付けながら ぶつぶつとつぶやいた。
旦那らしき男が 新聞から目をそらさずに口を開く。
「そう言うな、突然母親がいなくなったんだ、ハルちゃんの気持ちも分かってやれよ。」





「・・・・・・・・・・・・はぁ、・・・・・・」
ルビーは部屋に到着するなり、大きくため息をついた。
視線を上げると、そこには小さなオレンジ色のひよこのようなポケモン・・・アチャモがいる。
慎重に部屋の鍵を閉めると、ルビーは引越し用のダンボール箱の中から 何かの記念に作られたような飾り皿を取り出す。
そして、食事の時も身につけていたウエストポシェットの中から ビニール袋を取り出して中身を皿の上に開けた。

「食べな、何も食ってないんだろ。」
乱暴な言葉づかいで ルビーはアチャモの方へと皿を押しやった。
アチャモがそれをガツガツと食べるのを見て、更にもう一度ため息をつき、ベットの上に体を放り投げる。
「・・・・・・・・・何で こんなことになっちまったんだぃ・・・」



その頃、ユウキ・・・サファイアの家では 彼の父親が未だに叫び声を上げていた。
「キモリぃ・・・・・・・!!
 一体どこへ消えてしまったとね!? もう夜になるけん、これでは風邪を引いてしまうではなかと!?」
「うるさいわ親父!!
 明日ルビーも探してくれる言うたやないか、ええ加減落ち着かんかい!!」
サファイアはそう言うと 満腹そうに机の上でゴロゴロしている水色の動物のヒレを、ピンと指で弾いた。
父親のやっていることに興味がないのか、サファイアの瞳は全く別の方向を向いている。
「だけんど、キモリは明日来る予定の 優秀なトレーナーに渡す予定だったんよ?
 今更ポケモンがないとは言えんばい・・・・・・」
「そん時はそん時や、素直に謝っときぃ。」

サファイアが言い終わったちょうどその時、小さな家の扉をノックする音が聞こえてきた。
短く、速いテンポの軽いノックの音だ。
「はいは〜い、どちらさん?」
うろたえきって客の出迎えもろくに出来ない父親の代わりに サファイアが応対に出る。
扉を開ければなんとやら、ルビーがずいぶんと慌てた様子でサファイアの家の中に滑りこんできた。
「悪い、ちょっと かくまってくんな!!」
「へ?」
言うが早いか、ルビーはサファイアを差し置いて家の扉を閉じてしまう。
アチャモを抱えると 慎重に外の様子をうかがいつつ、少々の間を置いてふぅ、と息をついた。
「・・・・・・何があったんや?」
「勝手に家の中にアチャモを入れたこと、おばちゃんにバレたんだよ・・・・・・
 あのおばちゃん、自分の好きなポケモン以外、みんな嫌いって変わりモンだから・・・・・・」
ルビーは再び息をつくと、放り投げるようにアチャモを開放した。
その様子を サファイアの父親は呆然としながら見つめている。
「ちょっと待つけん!! 君、自分のお母さんにまだ許可もらってないとね?
 それじゃ、ポケモンを持って遠くまで探し物をしに行くば、色々とまずいんでなかと?」
「母ちゃんはいないよ、1週間前に死んだんだ。
 父ちゃんも・・・・・・あたいのことなんて どうでもいいみたいだしさ。」
「さいか、・・・寂しいんか?」
「別に?」
一言で済ませると、ルビーはその場に座りこんだ。
外の様子を耳でうかがい、完全に誰もいなくなったことを確認すると、ゆっくりと立ちあがる。

「今日はここに泊めてくんないかな?
 どっちみち明日には出発するわけだしさ。」
「んな無茶な・・・・・・・・・保護者に連絡せんと、1人で行くのはまずいんでなかと?」
繰り返される質問にもめげず、ルビーは靴を脱いでさっさと家の中へと上がりこんだ。
「だから言ったろ? 逃げてきたって・・・・・・
 あの家には帰れないんだよ、他に行く所もないし、ここで一夜明かすしかないってこと。」
自分の言いたいことだけ言い終えると、ルビーはサファイアの家のリビングの中央にあるソファを見つける。
真っ直ぐにその目的地までと直進すると、そのソファの1人分の場所を占領し、早くも寝息を立て始めた。
これでは男2人も 対策の練りようがない。







―翌日―

ルビーは朝早くに目を覚ましたが、サファイアとその父親はもっと早かった。
いつのまにか掛けられていたブランケットをどけ、辺りを見まわしても 自分のために用意された朝食以外、目につくものはない。
ほこりをかぶらないように逆さまに置かれた あまり使われていなさそうなお客様用の茶碗に手を合わせ、
2人の気遣いに感謝しながら ルビーはたった1人の食事を取り始めた。



「キモリィ〜!!」
サファイアたちは 朝も早くから逃げ出したポケモンの捜索を続けていた。
彼の父親に至っては 昆虫を捕まえるような虫取りあみをしっかりと握り締めている。
そんなに小さなあみで一体何を捕まえようというのか・・・・・・
「・・・・・・何をやっているんですか、オダマキ博士?」
背後から声を掛けられ、サファイアの父親は振り向き、そのまましりもちをついた。
声を掛けた人物はうっすらと微笑を浮かべながら そんな『オダマキ博士』に対し、手を差し伸べる。

「・・・あ、ありがとう・・・・・・ずいぶんと早かったけんね、昼頃来ると聞いちょったが・・・・・・」
「お・・・僕の中の誰かが、『早く行け』って、せがんだんですよ。
 笑うかもしれませんが、何か・・・大きなことが起こるような予感がしたんで。」
若い男は 自分の指で自分の胸をつついて見せた。
背負っていたかばんを降ろすと、中から手のひらほどの小さな物を3つ、取り出す。
そのうちの1つを自分のポケットにしまうと、残った2つをサファイアの父親へと渡す。
「オダマキ博士、注文されていた『ポケモン図鑑』です。
 1つのページは・・・ぼ、僕が埋めますので、残り2つを その子たちに貸してあげてください。」
「あ、あぁ・・・わざわざすまなかったね、遠い所から・・・・・・しかし、君のために用意したポケモンが・・・」
「構いません、ポケモンなら 他にもいますから。
 ・・・・・・『ポケットモンスター』、縮めて、『ポケモン』。 それを一つ一つ記録していく『ポケモン図鑑』・・・便利ですよね。
 それじゃ、ルビーとサファイアによろしくお伝え下さい。」
オダマキ博士と話していた人間は そう言い残すと町の入り口へと戻っていった。
狐につままれたような顔で オダマキ博士はそれを見つめ続ける。
「・・・・・・・・・あれ? おかしいけんね、『ルビーとサファイア』は、彼は知らないはずじゃとに・・・・・・」



「ダメや、キモリ全然見つからへん!!
 もう、この近くには おらへんねやないか?」
しばらくオダマキ博士が何もせず呆けていると サファイアが戻ってきた。
父親が何もしていなかったことに気付き、眉をひそめて1歩ずつ詰め寄っていく。
「・・・何しとるんや、『手伝え』言うたの親父やないか!!!
 まったく、どこにおるかも分からへんのに、どこをどう探せって言うんや!?」
「あ・・・あぁ、あぁ、そんことなら、今なんとかなったところけん。 ・・・・・・・・・秘密兵器ばい。」
オダマキ博士は 息子に赤い万歩計のようなものを差し出して見せた。
薄っぺらな楕円状(だえんじょう)の機械の真ん中には 赤い、ボールのようなロゴがついている。

「何だい、これは?」
突然ルビーが登場して、さぞ驚いたことだろう。 私も驚いた。
そんなことはまるっきり無視して、ルビーは口をパクパクさせているオダマキ博士の手から 赤い物体を1つ取り上げる。
「起きとったとね? それじゃったら、『ポケモン図鑑』って代物ばい。
 捕まえたポケモンを記録していく、研究者にとって夢のような機械とね。」
「あぁ・・・・・・聞いたことくらいならあるね。
 あたいがまだ小っちゃい頃に、子供がそれ持って 旅してまわってたって・・・・・・」
1通り見まわした後、ポケモン図鑑をつき返そうとしたルビーの手を、オダマキ博士は押し返した。
「・・・それと同じことさ、こんホウエン地方でルビーとサファイアに頼みたいと言ったら?」
2人同時におかしな顔をしていたのを オダマキ博士は見逃していなかった。
しゃべるタイミングを見逃さずに、少し自慢げな顔をしつつ、博士は先を続ける。
「ホウエン地方のポケモンの生態系さ かなり特殊な構造をしておるばい。
 そこ考えると、前に発表さされた250匹の数字が、当てにならないモンになってくるけん、改めて調査することになったんよ。
 で、手伝って欲しいばい。」
「・・・・・・ちょっと待ち、親父。
 3行目の言葉が 全然前の文章とつながってへんよ、なんでワシらが行かなアカンのや?」
「べーっつに、行く気が無きゃ、行かんでも問題はなかと。
 ただ、来月からのユウキの小遣いさ、ちょ〜っとばかり、減るかもしらんと。」

『・・・・・・大人って・・・・・・』、サファイアとルビーは同時に思った。
だからと言ってどうすることも出来ないのが子供の悲しいところ、自分自身の物を人質に取られては 従わざるを得ないのだ。
「ルビーちゃんはどうするとね?
 今から家に帰っても こっちは構わないが・・・・・・」
「考えるまでもないよ、元々家を出るつもりだったんだ、願ったり叶ったりってモンじゃないのかい?」
本当にルビーの返事は早く帰ってきた。
どうして早いのか、その理由を考えると 拭いきれない『もや』のようなものがオダマキ博士たちの胸の中をよぎる。
軽く話をあしらうと、ルビーは自分の家へと向かって行く。
その後ろ姿を見つめながら、オダマキ博士は軽くため息をついた。
「いたたまれんばい・・・」


「で、具体的に何をするんや?
 ワシがポケモンのことさっぱりだっちゅうこと、知っとるやろ?」
「あぁ、それじゃったら・・・・・・」





ルビーは自分の家の前まで戻ってきていた。
睨むような視線で、赤い屋根の家の2階を見つめる。 その手には 赤色と白色で塗り分けられた小さな球体。
「エネコ、あたいの部屋に行って、昨日用意した荷物を取ってきな。
 絶対に叔母さんに見つかるんじゃないよ。」
そう言うと、ひさしの上にピンク色の小さな動物・・・ポケモンを向かわせる。
すぐに姿を隠し、息を殺し続ける。
10分としないうちに戻ってきたピンク色のポケモン、『エネコ』の口には ルビーのウエストポシェットがくわえられていた。

「荷物・・・・・・取り落としていたりしないね。
 それじゃ、・・・・・・・・・行くか。」
ほとんど足音を立てずに、ルビーはその場を去った。
それが、やろうとしてもなかなか出来ない、大きな旅の始まりだったとも知らずに・・・・・・


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