【トレーナーカード】
ポケモントレーナー用の身分証明証。
定期ほどのサイズのICカードの中に、本人確認用の写真、認識番号(ID)、
取得したジムバッジの数、トレーナー暦、及び電子マネーの残高などが記録されている。
公式トレーナーは携帯を義務付けられている、トレーナーの必須アイテムの1つ。
背の高い男は3人・・・ルビー、サファイア、それにコハクと名乗る少年の方へと顔を向けると、1度深く腰をかがめた。
「改めて自己紹介しよう。
私の名は、センリ、そこのにいるルビー・・・ハルカの父親で、このトウカシティのジムリーダーを務めている。」
「・・・へ? あ・・・・・・」
ルビーは誰もが知っているらしいし、他の2人は自分から名乗った。
1人自己紹介の必要を指し示されたサファイアが 目をぱちくりさせる。
PAGE6.コハク
トウカシティのポケモンセンターの中。
黙々と夕飯を取り続けるルビーとサファイアの表情は かなり複雑そうだった。
それというのも、突然現れた少年、コハクがピカチュウバージョンのピカチュウのごとく、
ニコニコニコニコと笑いながら 2人の後をひたすらついてくるものだから、とても落ち着けたものではない。
「・・・・・・一体、いつまでついてくるつもりだい?」
黙々と食べ続ける合間、ルビーは睨みつけるようにコハクに向かって言葉をぶつけた。
5杯目の白飯を食べ切ったコハクは コトン、と小さな音を立てて、茶碗を机へと戻す。
「え〜と・・・大体・・・11月21日くらいかな? 今年の・・・」
「細かいな・・・・・・」
「いや、そう言う問題やあらへんやろ!? 1年近くも付きまとう気かいな!?」
コハクと名乗る少年は ウソ臭いほどにニコニコと笑い続けていた。
切りそこなったのか中途半端に伸びている黒髪、水色の袖なしのパーカー、Gパンに、スニーカー。
加えて、どういう遺伝の仕方をしたのか金色に輝く瞳はどこか、見るものに安心感を与えてしまうものだった。
「めーわくなのは、充分わかってるんだけどね。
だけど・・・・・・どうしても、君たちについていなくちゃならないんだ、だから しばらく、ルビーとサファイアのそばにいる。」
「ホンマに迷惑なんやけど・・・キモリとっ捕まえて、ミシロに帰らなあきまへんし・・・・・・」
「キモリ?」
軽く首をかしげる仕草は 子供特有のもの。
しかし、その笑顔からは想像もつかないほど、初めに見せたトレーナーとしての行動は 的確で、そして素早いものだった。
それこそ トレーナーたちのリーダー格となるジムリーダーであるルビーの父親、センリをしのぐ勢いで。
「いやな、うちの親父、しがないポケモン研究者やっとるんやけど そこで調べとるキモリっちゅうポケモンが脱走してな、
しゃあないから、ワシとルビーとで探しに行っとるわけや、泣かせる話やろ〜?
したらば、モチモチカンパニーで開発した、この高性能タワシを・・・¥」
・・・・・・・・・バコッ!!
有無を言わせず、ルビーのアッパーがサファイアへと飛ぶ。
そして、おかしいほど通常通りにルビーとコハクは夕食の続きを取り始めた。
「痛いやないか〜、ルビー・・・、コハク君も〜、助けてくれたったってええんやないの?」
「あ、ごめん・・・同じような光景に慣れちゃってたから・・・」
「謝ることないよ、サファイアが悪い。 まったく、何が『モチモチ』だ・・・、まがい物売りつけてんじゃないよ。
それに、コハクって言ったね、あんたのことも、あたいは信用していないんだからね!!
後でたっぷり探りを入れさせてもらうよ!!」
「どーぞ。」
自信も満々に、7杯目の白飯を握りながらコハクはルビーへと向けて笑顔を向けた。
その笑顔がルビーの神経を逆なでするようなものだと、わかっているのか、わかっていないのか・・・・・・・・・
ドカン!! と大きな音がしてコハクの持ってきていたずいぶんと色あせたリュックサックが机の上に放り投げられた。
発火させるようなルビーの視線がそのリュックへと突き刺さる。
「・・・ったく、年甲斐もなくぼろっちいカバンだな・・・・・・っと、こりゃ飴(あめ)か。」
ルビーはテーブルの上に小さな飴玉を転がす。
「他には・・・・・・パック詰めの甘納豆(あまなっとう)?」
3〜4袋入っていたそれを 机の上に放り出す。
「ん〜と・・・口で溶けて手に溶けないチョコレート・・・・・・何で3本もあるんだよ・・・」
がしゃがしゃがしゃと机の上に置くと、ルビーは先を続ける。
「今度は・・・・・・サラダせんべい・・・バキバキに割れてるじゃないか・・・」
気持ち悪いものでも触るかのような手つきで ルビーはそれを机の上に乗せる。
「ラムネ・・・・・・今時・・・」
水色の透明なプラスチックケースに入っているそれを ルビーは机の上に放り投げる。
「これ、ビスケットだろ・・・? 何でわざわざ1箱も・・・?」
ルビーはバコッという音を立て、箱入りのビスケットをお菓子の山の上に放り出す。
「ジェリービーンズ・・・・・・あのさぁ、いくらなんでも、500グラムの袋、丸々持ってくる必要はないと思うんだけど?」
重そうな袋を ルビーは乱暴に机の端に落とす。
「・・・・・・・・・何これ・・・」
ルビーは 直径4センチほどの袋詰めにされた黒い棒を取り出した。
「『ふがし』だよ、結構おいしーんだ!!」
「コハク・・・・・・」
「なあに?」
「あんた、ええ菓子売りになれるかもしれんで、どや、ワシと一緒に・・・」
サファイアの悪質勧誘の魔の手を ルビーの『スカイアッパー』が成敗する。
ポケモンセンターのロビーでプスプスと煙を出しながら転がっているサファイアを尻目に、ルビーはコハクのことを睨みつけた。
「トレーナーカードは? あんた、公認のポケモントレーナーなら持ってるはずだろ?」
彼女の質問の意味を説明しよう。
旅をするトレーナーは 大体がトレーナー同士で戦い、賞金を稼ぐことで生計を立てている 言わば、政府公認のギャンブラー。
ポケモンセンター等の施設を利用するためには 政府公認トレーナーである証であるこの『トレーナーカード』を提示するか、
もしくは、そう安くはない料金を払わなければならない。
このトレーナーカードからは 所有している人物の情報が多く得られる。 その情報を見せろということなのだ。
コハクは金色の瞳をパチパチさせる。
「持ってないよ、僕は公認のトレーナーじゃないんだ。
名前はコハク・ウインドバレー、クチバ出身のポケモントレーナー、それだけじゃ不満?」
ひょうひょうとした様子で コハク答える。
ふん、と軽く鼻で息をつくと、何も言わず、ルビーは寝室へと戻っていった。
「・・・・・・・・・・・・・・・うぅ・・・・・・精神状態がなんぼのもんじゃあ〜!?」
翌日、静かなはずの朝はサファイアのすっとんきょうな叫び声でかき消された。
ぐっすり眠っていたはずのルビーも その声とゴン、というサファイアが勢いよく起き上がった時のベットにぶつかった衝撃で起こされる。
「・・・なんだってんだい・・・朝っぱらから・・・・・・・・・」
「うぅぅう〜・・・・・・頭の割れそうな夢を見たんや・・・ワシが全然知らん部屋で とんでもなく意味の分からん勉強をしとった・・・・・・」
サファイアはテレビの調子を治すかのように 白い髪の生えた自分の頭をゴンゴンと叩く。
呆れかえった表情で ルビーが服を着替えるためにベットに備え付けられたカーテンを閉めた瞬間、
ゴトンッ!! とすさまじい音と共に軽い衝撃が響いた。
驚いた視線の先には・・・・・・痛んだのか肩をさすっているコハクの姿。
「ちちち・・・あ、おはよ、ルビー、サファイア。」
「はぁ、おはようさん・・・・・・大丈夫なんか? 顔色あんま良くないみたいやけど・・・・・・」
大丈夫、とでも言いたいのか、コハクはにっこりと微笑んで見せた。
「へーき、昨日ちょっと夜遅くまで調べ物してたから ちょっぴり寝不足なのかも。 お日様の下で歩いてれば治るよ!!
今日は『トウカの森』に行かなくちゃいけないんだし!!」
「ちょいと待ちな、それはあたいたちについてこいってことかい?」
カーテンの間から顔だけ出して聞いたルビーに対し、コハクは首を横に軽く振って答えた。
直後、半分パジャマに半分普段着、という謎な格好をしたサファイアが口を開く。
「嫌でも行かなあかんみたいや。 キモリがおるのも 同じ『トウカの森』や。」
その言葉に ルビーとコハクが同時に眉をひそませる。
早々と出発の準備を終えたルビーがベットから這い(はい)出て、コハクと2人でサファイアに視線を注いだ。
「今日はお休みに出来ないかなぁ〜・・・?
ほら、いいお天気だし、昨日トウカに着いたばっかりなんでしょ、見て回っていっても・・・・・・」
「キモリ捕まえに行く言うたやろうが、モタモタしてたら逃げられてまうで?」
初めに「ついて行く」と言っていた分だけ、コハクの言葉の意味がわからず、サファイアたちは首をかしげた。
知らない少年についてこられるのもわずらわしい、かといって、キモリを捕まえないことには大きな顔をしてミシロに帰ることも出来ないのだ。
「ほら、キモリだったらついでに僕が捕まえてくるから・・・・・・
1日くらいなら休んでも・・・・・・」
「何を休むって?」
3人は一斉に謎の声の方へと振り返った。
そこでは、センリ・・・ルビーの父親と、昨日気管支炎(きかんしえん)で倒れた体の弱そうな少年が立っている。
「昨日の・・・・・・」
「はい、昨日のミツルです。
先日はどうもありがとうございました、本当に感謝してます。」
ミツルと名乗る少年はぺこりと頭を下げ、3人に対して礼を言った。
センリが前へと出て、コハク、サファイア、ルビーの順に顔を見渡す。
「ミツル君は体が弱くて、今日からシダケタウンという町で療養(りょうよう)する予定なんだ。
私が送り届けることになっているから・・・・・・本来なら ゆっくりルビーと話していたいところだが、そうもいかないみたいだ。
すまない、ルビー・・・・・・」
自分の父親から目をそらすようにして ルビーは顔をそむける。
いつもは腰についているウエストポシェットの中からモンスターボールを1つ取り出すと、それをセンリのほうへと乱暴に投げた。
「返す。」
「・・・・・・!・・・これは、引っ越す時に渡したエネコじゃないか!?
ルビー、トレーナーとして旅に出るつもりなのだろう、だったらポケモンは多いにこしたことは・・・!!」
「黙りなッ!! あたいはあんたの力なんて必要としないんだよ!!
自分独りの力で旅して、自分独りの力で自分の道を見つけてやる、だから・・・・・・あんたには頼らないよ。」
「ルビー!! たった1人のお父さんにそんな言い方・・・!!!」
「あんたに何がわかる!!」
止めに入ったコハクが 一気に壁まで叩きつけられる。
いつのまにかボールから飛び出していたアチャモの足のツメに 大きく赤い跡がついていた。
全てを嫌うように睨みつけたルビーの瞳は炎のように赤く、何者をも寄せ付けない、強い怒りがひしひしと感じられる。
サファイアもミツルも、何をすればいいのか分からず その場で固まってしまうばかり。
いちどうずくまり、ゆっくりと立ちあがったコハクがゆっくりと口を開く。
「・・・・・・分かんないよ、そりゃ。 僕、お父さんの顔見たことないもん。
ルビー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何を言い出すのかと、全員がコハクの言葉に耳を傾ける。
「・・・朝ご飯食べに行かない? おなか空いちゃった!!」
びっくりするほどの笑顔で コハクはまるでいつものことのように言った。
笑顔のままベットの方へと戻って行くと、自分のモンスターボール2個を手に取り、
呆然と見つめる男3人を尻目に ルビーの手を引いて部屋の外へと歩き出す。
「や・・・やっと見つけたで・・・ルビー・・・・・・コハク・・・」
30分後、サファイアは食堂の入り口へとフラフラと歩いてきて、食事をとっている2人の姿を見つけると、ばたりと倒れた。
「・・・ど、どうしたの!? サファイア・・・」
「なに、ちょっと迷宮の中を冒険しとったんや・・・・・・・・・
へへへ・・・ワシはやったったで・・・」
よたよたと机を伝って歩き、サファイアはコップ1杯に水を入れ、ぐいと飲み干した。
「迷ってたね・・・」
「迷ってたな・・・」
ルビーとコハクは同時につぶやくと、クスクスと笑い出した。
その笑顔を壊さないようにそっと出発するセンリ、少々悪化してきたのかケホケホと咳き込みながら歩き出すミツル。
多かれ少なかれ、人は何かの問題を抱えている。
それを解決できるのは自分だけ、そう思ったのは 誰だったか。
ルビーはコハクにサファイアを任せ、部屋へと戻って行った。
すぐに目についたのは 可愛らしい赤のラッピングに包まれた小さな物体。
自分充てのメッセージの入ったラッピングを ルビーはゆっくりと解いていく。
中身が見えると、ルビーはすぐさま、『それ』を抱きしめる。
銀色に光るハーモニカ。
父親からの、ちょっとだけ早い 誕生日プレゼント――――――――――
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