【ポケモンバトル】
ポケモンとポケモンを戦わせることの総称。
または、トレーナー同士がポケモンを出して戦うことを指す。
多くの場合、それぞれ1匹ずつのポケモンを出して、
相手の手持ちがいなくなるまで戦わせる総力戦となる。


PAGE7.その森を乗り越えて


・・・ふぃ〜・・・・・・ふぉ〜・・・・・・

小さな金属の箱から流れる音が 『トウカの森』に住む小さな生き物たちの耳をピクピクと動かした。
その音に逃げるものいれば、興味深そうに音の方向へと進路を変えるものもいる。
森を、3人の子供が歩いていた。



1人は先ほどから銀色のハーモニカを吹いている少女、名前はハルカ、ニックネームは『ルビー』。
その前には ロゴの入ったバンダナで白い髪をまとめた少年、『サファイア』、
後には黒い髪に金色の瞳という不思議な取り合わせの頭を持った少年、コハクが眉間にしわを寄せている。
「・・・・・・初心者のハーモニカの音が嫌なら さっさと離れればいいだろ?」
ルビーはコハクに対してちょっと苛立たしそうに言った。
だが、2人にはわかっていた、その言葉が本心からのものではないということ。
ほんのちょっぴり、言葉で気持ちを表現するのが下手なだけなのだ、と。
「ううん、ハーモニカの音、すごくキレイだよ、I(アイ)も気に入ってる。
 ね、I?」
にっこりと微笑んで コハクはそよそよと自分の後からついてくる小さな子供のようなポケモン、ラルトスに同意を求めた。
ラルトスの『I』がちょこんとうなずくと、コハクは再び浮かない表情へと戻る。
「でも、今日はルビーとサファイアにこの森に来てほしくなかったんだ。
 ・・・・・・・・・出来れば・・・今からでも・・・・・・・・・」
「何言うてんねん!! キモリ見つけんと ミシロに戻れへんやないか!!!
 コハク、お前はワシに 父の前で恥をかけ言うつもりなんか!?」
「・・・・・・戻れないよ、もう。」
コハクは立ち止まると、つぶやくようにそう言った。





「・・・・・・どういうことや? 戻れへんって・・・」
サファイアは振り向くとコハクのことを見つめなおした。
間(あいだ)にいるルビーも メロディにもならない演奏を止め、コハクの方へと向き直る。
「言ったままの意味だよ、君たちの物語はもう、始まってしまっているんだ。」
後にも何か言葉を続けようとしたようだが、コハクはそこで口をつぐんだ。
何とか話を引き出そうと、ルビーとサファイアの間にピリピリとした空気が走る。


「・・・・・・・・・キモリッ!?」
突然叫んだかと思うと、サファイアは森の奥へと走り出す。
驚いたのはルビーとコハク、何が起こったのかも分からぬうちに コハクは2人の顔を見比べ、サファイアを追って走り出した。
「ルビーッ、そこを動かないで!!」
「・・・・・・なんでいなんでい、あたいは置いてけぼりってワケかいっ!?」
振り向きざまにコハクは叫び、風のような速さで走り出す。 森の入り口に残されたルビーはふて腐れ、その場に座りこんだ。
そして、ゆっくりと銀色のハーモニカを口につけると、再びふぉー、と 旋律(せんりつ)のない音色を奏で始める。


・・・ト音・・・イ音・・・ト音・・・ハ音・・・・・・ト音・・・イ音・・・ト音・・・

いつのまにやら、なんの音かと興味を持って集まってきたポケモンたちにも気付かず、ルビーはひたすら銀色の箱に息を吹き込み続けた。
やがて、初めての演奏も終わりかけた時、ようやく彼女は自分の周りに集まっているポケモンたちに気がついた。
・・・コハクの『I(アイ)』に、むいた栗に足の生えたような、薄汚れたクリーム色に緑色の斑点(はんてん)がついたポケモン。
学名は『キノココ』というのだが、彼女はまだ知らない。 ポケモン図鑑を向けることもせず、疑問に満ちた瞳を向けている。
やがて、ルビーはアチャモの入ったモンスターボールに手を当てた。
「なんでい、こいつら・・・・・・?」
「『キノココ』だよぉ〜、おじさんの大好きなポケモンなんだぁ〜。」
草陰(くさかげ)から這い出してきたスーツ姿の男に ルビーは3メートルほど後退した。
ボールから飛び出してきたアチャモが 小さな炎を吐き出して威嚇(いかく)する。
「あわわわ・・・・・・そんなに警戒しないでよぉ、おじさん、怪しいものじゃないからさぁ?
 ほら、ほら、デボンの社員証。 おじさんデボンコーポレーションの社員なんだよぅ。」
「・・・怪しい、充分怪しい。 悪いけど 金なら持ってないから。」
コハクのラルトスとアチャモが男とルビーの間に立ちふさがって壁を作る。
パチパチと電気の走るような緊張感が 2人の間に走った。



一方、サファイアはサファイアで必死だった。
キモリを見つけたはいいが、逃げ出したキモリは並のスピードではない。 光の線のごとく、ぐいぐいとサファイアとの距離を広げていく。
「アカン、引き離されてまう・・・!! もっと体力つけとくんだったわ・・・!!」
「任せてっ!!」
サファイアが気付くのが早いか、後を追ってきたコハクはライチュウの『D(ディー)』とともに 一気に前へと進み出した。
指先で何かの合図をすると、D(ディー)は更にスピードを上げ、もともと素早いはずのキモリすらも追い抜き、足止めする。
絶妙のコンビネーションでキモリを挟み撃ちにすると、不思議な光を放つ金色の瞳でキモリのことを見下ろした。
「追いかけっこはここまでだよ。
 悪いんだけど、僕たちには 時間がないから・・・・・・」
サファイアがコハクに追いつく頃には キモリは赤と白のモンスターボールの中に吸いこまれていた。
拾い上げたモンスターボールを コハクはどこか哀しげな瞳で見つめている。
「・・・はひっ・・・・・・つ、捕まったんか・・・、キモリ・・・?」
「捕まえたよ、だけど、君たちをミシロには帰らせない。
 ・・・この物語、絶対に悲しい結末になんかさせない。」
「・・・はっ・・・へっ・・・・・・・・・どういうことや、それは!?」


コハクが何かを言おうと口を軽く開きかけた時、不意に地面が軽く揺れた。
ほぼ同じタイミングで 手のひらに収まりそうな小さな物体が コハクとサファイアの間を突き抜けて行く。
「なっ、なんや なんや 何なんや!!?」
「地面タイプの技の『マグニチュード』・・・・・・ッ、紅い羽根のダーツ・・・マグマ団だ!!」
息の整いかけたサファイアの手を引くと、コハクはもと来た道を逆に走り始めた。
反論しようにも息は切れるし、
抵抗しようにも後から走る『D(ディー)』が ほほのピンク色の電気袋からパチパチと音を鳴らすので、逃げるだけの勇気も起こらない。



「・・・・・・アチャモ!? いきなり何するんでぃ、あんたら!!」
突然の攻撃を受けながらも、ルビーのアチャモは主人を守ろうと 赤い服を着た女とルビーとの間に立ちはだかった。
怪しい男は判りやすすぎるほどに情けない動きで手近な木の陰へと隠れ、2人の女の様子を見守っている。
「べっつにぃ、あんたに用は無いんだけどぉ、そこの男にぃ、話しつけるんだったらぁ、1番手っ取り早いかなぁって。」
「でえぇーっ、気色悪いっ!! 語尾(ごび)を伸ばすな語尾をッ!!」
「・・・ってゆうかぁ、別に関係ないんだからぁ、どうでもいいでしょ?
 リーダーの命令でそいつの荷物受け取らなきゃいけないんだからぁ・・・・・・」
「いきなり現れて『これ、もらってくぅ』とか 言いながら勝手に他人の荷物をあさりやがって!!
 強盗以外の何者でもないじゃないか!!」
女の連れていた赤いポケモンがルビーに向かって小さな炎を飛ばす。
危うく前髪をこがされかけ、反発するような視線でルビーはエンジ色のコートを着た女を睨みつけた。

「・・・・・・・・・いたっ、ルビーとマグマ団・・・」
コハクとサファイアは生い茂る(おいしげる)木の陰に隠れ、2人の様子をうかがっていた。
「ぜへっ・・・ぜはっ・・・・・・、なんや・・・えらい・・険悪な雰囲気が・・・ただよっとるなぁ・・・・・・
 あいつが悪モン・・・なんか・・・・・・?」
質問に答えることなく、コハクは自分のリュックから水筒を取りだし、冷たい飲み物をサファイアへと与えた。
それを受け取るとサファイアは一気に飲み干す。
「・・・・・・でっ、なんでワシらは こそこそと こんな所に隠れとるんや・・・?」
「さぁ・・・・・・?」

「え〜ら〜いぃ〜、ご主人サマをバカにした奴をちゃんと分かるなんてぇ、ドンメルぅ、天才ぃ?」
「全ッ然、ほめてるように聞こえないんだよ!! アチャモ、『ひっかく』攻撃!!」
この手の人間が苦手なのか、かなり不機嫌な顔をしてルビーはアチャモに対して命令した。
はぁはぁと息を切らしたアチャモは力を振り絞り、炎の『ロバ』のようなポケモンに鋭い爪を突き立てる。
しかし、見た目に似合わず、しっかりした体格を持ったポケモンに その小さな力は非力すぎる。
「効いてないじゃ〜ん? っていうかぁ〜、邪魔?
 っていうかぁ、マグマ団のことぉ、あんまバカにしてるとぉ、痛い目みるかもよ?」
「うるさいね、マグマだかマグマグだか知らないけど、腹立つんだよ あんた!!」
「実力がないならぁ、吠える資格もないんだよねぇ。 めるちゃ〜ん。」
赤いポケモンがルビーを睨み、何かを吹き出そうとしているのか息を吸い込み始めた。
アチャモが彼女を守ろうと ボロボロの体で間に立ちはだかる。


「・・・・・・・・・っあ―――っ!! 我慢(がまん)ならんっ!! カナッ、『みずでっぽう』や!!!」
突然飛びだし、女2人の注目を浴びるも そこで止まれるわけもない。
サファイアのミズゴロウ、カナの吹き出した水の固まりはドンメルに直撃し、吹き飛ばす。
「・・・サファイアッ!?」
「なになにぃ? 新しい敵ぃ!?」
「10も下の こぉ〜んな、ちっさい女の子ぉ いたぶっといて何が『敵』や!?
 ワシは正義の味方じゃ! 正義の商人『サファイア』参上や!!」
引っ込みもつかなくなり、サファイアはやけになって女同士の戦いの最前線へと飛び出して行く。
ハッタリだとはいえ、不思議と笑顔が消えないのは1人ではないからか、カナと共に、戦いの地へ――
「ひどいぃ〜、あたしまだそんなに年取ってないもぉ〜ん!」
「・・・そうだね、推定年齢22歳。 10歳差じゃなくて12歳差だよ、サファイア。
 ちなみに僕は運命の使者、コハク君。」
現れた第3の人物にコートの女は身をひるがえした。 途端、女の表情が一変し、青白くなる。
たかだか10歳そこらの子供が3人、奥には怯え切って役にたたない男が1人、警戒するような状況ではないだろうに。
隙(すき)だらけの歩みで近寄るコハクを 女は恐怖に近い表情で見つめ、固まっていた。
「ケンカは好きじゃないんだ。 今帰れば追っかけたりしないよ。」
ニコニコと笑いながら金色の瞳で女を見つめるコハクの表情には どこか余裕も伺えた(うかがえた)。
コートの女は奥歯を噛み締めると、サファイアの攻撃でボロボロのドンメルをボールへと戻し、逃げるようにその場から去っていく。





「あ、あ、ありがとう〜。 おじさん助けられちゃったねぇ〜。
 そうだっ、お礼しなきゃ!! ほら、ほら、スーパーボール、野生のポケモンが簡単に捕まるよぉ?」
ちゃっかりと隠れていた男は ルビーとサファイア、コハクに何度も頭を下げながら礼を言う。
そして、自分のカバンの中に入っていた青と白で塗り分けられた モンスターボールによく似た物体を3人へと手渡した。
「・・・・・・・・・いらない。」
渡された『スーパーボール』をルビーは突っ返す。
サファイアとコハクが不思議そうな顔をしているのも気にせずに、押し返すように青の球体を男へと返して。
「どおして〜? このスーパーボール、モンスターボールよりずっと高性能なんだよぉ〜?」
「いらないモンはいらないって言ってんだろ!?
 ・・・・・・ッ野生のポケモンなんて、捕まえてたまるか!!!」


ルビーが叫んだ後、1分間ほどトウカの森は静かなものだった。
全ての人間が言葉を捜し、うつむいたままで。
「え・・・え? だって、キミ、ポケモントレーナーなんだよ・・・ねぇ?」
「『トレーナー=野生のポケモンを捕まえる』っていう常識から覆す(くつがえす)んだね、ポケモンなんて、自分の身を守れれば それで充分だよ。」
言葉を失った男から コハクがルビーが受け取るはずだったスーパーボールを取り上げる。
「それじゃ、ルビーがポケモンを捕まえようって思うまで、これは僕が預かっておくね。
 タイミングは、ルビーが決めればいいよ。 『その時』が来たら、全力でサポートするから。」
「好きにすれば・・・・・・
 ったく、なんだってんだい、あのチャラチャラした女は・・・・・・・・・」

「・・・・・・『マグマ団』だよ。 理由はわかっていないけど、ホウエン地方各地で犯罪行動を重ねてる。
 多くのことが謎に包まれてるけど、分かっているのは・・・・・・・・・」
「わかっとるのは?」
サファイアがオウム返しに聞き返す。
「このまま、野放しにしておける存在ではないということ。 だから、僕たちが止めようとしていること。
 それに、君たちがもう、引き返せないところまで来てしまっているということ、だよ。」
コハクは淡々と話し続けると 手早くポケモンたちの回復を進めていった。
そして、反論の余地を与えず、ルビーとサファイアを連れて 北の方角へと歩き出す。


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