【ジムリーダー】
いくつかの街に1人以内存在する、特殊なポケモントレーナー。
名前のとおり、街のリーダー役となってトレーナーを育成することを仕事とする。
また、条件のついたもとで月に数回、挑戦者とバトルをすることが義務付けられ、
勝利したものにはジムバッジを渡すことになっている。


PAGE8.まちかど


「・・・・・・・・・舌が痛いよぉ〜・・・」
3人の少年少女が良い香りのする道を歩いていた。
10歳ほどの男の子が2人、女の子が1人。
先ほどから半泣きで ひたすら自分の舌に注意を払っているのは 黒い髪に金色の瞳の男の子、名はコハク。
「当たり前だっての! 『クラボの実』は 見た目と違ってやたら辛いことで有名なんだからね!!」
赤いバンダナを頭に巻いた少女、ルビーが怒鳴るようにコハクへと話しかける。
別に怒っている訳ではない、これが彼女の話し方なのだ。
「全くなぁ、「あ、おいしそー」言うて 止める間もなくさっさと食ってまうんやから・・・・・・
 自業自得っちゅうモンとちゃう?」
黒いヘアバンドから白い髪の飛び出した少年、サファイアがキツイ一言。
金色の瞳の少年は押し黙ってしまう。


「うぅ・・・・・・まだ辛いよう・・・・・・・・・
 こんなにピリピリするもの、カナちゃん良く食べられるね・・・おいしそうに・・・・・・」
コハクが横目で見やった先には、真っ赤に熟した(じゅくした)小さな木の実を とてもおいしそうな顔をしてもぐもぐと食べている 青いポケモンの姿。
サファイアのミズゴロウ、名前はカナ。 彼が彼の父親からもらった初めてのポケモンだ。
「人にもポケモンにも、好き嫌いがあるってことだね。
 ・・・・・・・・・・・・あ、見えてきた・・・『カナズミシティ』・・・」





高層ビルの立ち並ぶ街を 3人は歩き出した。
遊びまわる子供とポケモンの笑い声、街路樹の騒ぐ音、車のクラクション、とにかく『音』のあふれる街を
ルビーの吹き鳴らすハーモニカの音が突き抜ける。
小さな街角の樹の下で、ルビー、サファイア、コハクは間食を取りながらの休憩を取っていた。
「にぎやかな街やなぁ・・・・・・・・・」
「・・・ちょっと、落ちつかないかな。 コ・・・・・・前に行ったことある街ほどじゃないけど。
 ハーモニカの音、ちゃんと聞こえないもんね。」
コハクが上を見上げれば、そこにもビルが立ち塞ぎ、どこまでも広がる空を隠す。
それが嫌なのか、再び大地へと視線を戻すと コハクは金色の瞳でハーモニカを吹くルビーを優しく見つめ直した。

「・・・・・・・・・っと・・・」
小さな石ころのような物が飛んで来て コハクは軽く首を横へとかしげた。
見れば、ルビー、サファイアたちとそれほど年も変わらないような子供たちが ポケモンバトルの真似事をして遊んでいる。
ルビーの表情が厳しくなり、子供たちの方へと詰め寄って行く。
「危ないだろ!! トレーナールール20条、『街中では指定場所以外でポケモンバトルをしちゃいけねぇ』!!
 カード発布された時に 話聞かなかったのかい!?」
「正式なトレーナーじゃないもん、トレーナーズスクールの生徒だもん。」
「・・・・・・トレーナーズスクール・・・って、なんや?」
サファイアが話を奪いとって聞きに入る。
「名前のまんま、ポケモントレーナーを育成するための塾だよ。 カナズミシティの名物なのに、知らないの?」
「今日来たばっかりだからね。」
「もーう、これだから田舎者は・・・・・・カナズミに出来たトレーナーズスクールは他のポケモン塾とは違うんだよ!!
 優秀なトレーナー経験を持つ先生が講義してくれるし、
 なにより、このカナズミシティのジムリーダーのツツジさんも、スクールの卒業生なんだからね!!」
「そんじゃあ たいしたことないんだね、ここのジムリーダーってのも・・・」
「なんだって!?」
バカにしたようなルビーの言葉に 街角にいた少年は怒りを爆発させる。
「だったら挑戦してみればいいじゃないか!!
 最高のジムリーダー、ツツジさんに勝てる人間なんて、そうそういるもんじゃないけどねっ!!」
少年は鼻息も荒く、ルビーのことを怒りのこもった瞳で睨むと コハクから自分のポケモンをひったくると、どこかへと行ってしまう。


「・・・・・・・・・行く?」
しばらく呆然と立っていた3人だったが、やがて、コハクが口を開くと気がついたように動きが戻る。
「売り言葉に買い言葉・・・よく言ったモンやなぁ・・・・・・」
「やりたかないけど、逃げるわけにもいかないだろ?」
なんだかんだ言ってやるきのありそうなルビーとサファイアを見て、コハクは太陽のように笑った。
自分の持っているモンスターボールを何気なく確認すると、
「それじゃ、ジムを探しに行こうか?」
そう言って2人を連れ、ゆっくりと歩き出した。



そして、30分後、3人は街の奥に堂々と建っているカナズミシティジムの前まで到達していた。
ただしそれ以上奥へと入ろうとはせず、巨大な扉の前で立ち尽くしている。
なぜかと言えば・・・・・・・・・・・・
「あんのちびっこめ・・・今日が休みならそう言えって・・・・・・!!」
「ハメられましたな、今ごろあんガキ、家でクスクス笑っとるに決まっとる・・・・・・」
怒るやら呆れるやらで ルビーとサファイアは疲れ切ったような表情になっていた。
対照的に コハクは巨大なジムの扉をニコニコと笑いながら見上げている。
「何笑ってんだい!?」
「え? あ、ううんっ!! 何でもないよ!! それより・・・・・・」

「あら、挑戦者?」
背後の甲高い女の声に 3人は同時に振り向いた。
見れば、若さの割にしっかりとした化粧をした少女(と、言っても3人よりは年がありそうだが)が、不思議そうな顔でルビーたちのことを見つめている。
買い物帰りなのか、手にはビニール袋、どこかの学校の生徒のような服装をしていた。
パチパチと目を瞬けば ピンクのアイシャドーが目立つ。
「そのつもりだったんだけどさ、休みらしくって・・・・・・
 あんた、ジム関係者? だったら開いてる日、教えてくんない?」
ずけずけと物を聞くルビーに 少女は眉をしかめる。
「口の聞き方から覚えるべきじゃないの? 仮にも私の方が年上でしょ?
 まぁ、いいわ、ジムは明日の9時から夕方の3時まで、休憩時間が1時間、わかった? お・嬢・ちゃん!!
 それともなんだったら、今からやる? ジム戦・・・」
「・・・・・・? 今から出来るモンなんか? 大ボスがおらへんねやろ?」
「出来るよ、1つだけ方法がある。
 ・・・目の前にいる彼女が ジムリーダーだった場合。
 ジムバトルを開催する権限は 全てジムリーダーに任せられているからね。」

コハクの言葉で ルビーとサファイアは一斉に少女の方に目を向ける。
軽く笑うと、少女は口を開き、話し出した。
「そうよ、私がカナズミシティジムリーダーのツツジ。
 トレーナーズスクールで習ったことを活かしたくて、ずっとポケモンバトルの修行をしてるの。
 ・・・・・・・・・あなたたちは?」
「・・・トレーナーカードID29563、ルビー。」
「同じく41846番、サファイア、出身はミシロタウンや。」
「で、この2人の保護者のコハク君です。」
言った途端にコハクはルビーに吹っ飛ばされた。
5メートルほど先にて くるくると目を回している。
「年もそうそう変わらないくせに、何が保護者だってんだい!?
 さぁっ、バトル出来るってんなら、すぐにでも始めてもらおうか!?」
「まっ、口だけでなく、手癖(てくせ)も悪いの!
 ・・・・・・はぁ、仕方ないわね、私もジムリーダーだもの、挑戦者が現れたら戦うのが礼儀ってものよね。」
深くため息をつきながら、ジムリーダーのツツジはポケットの中からモンスターボールを取り出す。
ルビーも赤白のモンスターボールを構え、まさに、一触即発の状態となっていた。








「・・・・・・・・・・・・・・・くっ・・・・・・」
15分後、勝負はあっさりとついていた。
言葉も出せないサファイア、浮かない表情のコハク。
目の前にはボロボロのまま倒れこんでいるアチャモ、そして、屈辱感(くつじょくかん)でツツジを睨むしかない ルビーの姿。
「筋は悪くないんだけどね、相性が悪過ぎたんじゃない?
 私は『いわ』のエキスパート、いくら『ほのお』を当てたところで、効きはしないわ。
 もっと強いポケモンを捕まえてから、挑戦しにくることね。
 どう? そっちのボウヤは挑戦するの?」
「・・・・・・あっ・・・!!」
当たり前、と言おうとしたらしいのだが、サファイアの言葉はコハクにさえぎられた。
優しい視線でサファイアのことをなだめると、ずいぶんと大人びた表情でツツジに顔を向ける。
「いえ、また明日 改めて挑戦にうかがいます。
 ・・・・・・・・・行こう? 2人とも・・・・・・・・・」


「なんで、戦わせてくれへんねや!?
 もしかしたら 勝ってたかもしれへんやろ!!!」
10メートルほど歩いたところで サファイアはコハクに突っかかる。
どうやら、自分が戦うことすらさせてもらえなかったことに 腹をたてているらしい。
「もしかしたら、じゃないよ。 かなり高い確率でサファイアとカナは勝てると思うよ。 相性がいいから。」
「せやったら・・・!!」
サファイアの口にコハクが手を当て、塞ぐ。
「しっ、あんまり大きな声で話さないで。
 いい? ルビーがあれだけボロボロに負けちゃった後で サファイアがあっさり勝っちゃったらルビーどう思う?」
見開かれた サファイアの大きな瞳が瞬かれる。
ゆっくりとコハクが口を塞いでいる手を離すと、サファイアは大きく息を吐いた。
「・・・・・・せやな、ルビーの性格やったら えらく傷つくんやろな・・・」
「もともと、明日行く予定だったんだから、それが元に戻っただけだよ。
 分かったら 今日はポケモンセンターに休みに行こう?
 この街に来るまでに取った『きのみ』、整理しなきゃいけないしね。」
柔らかく、少し冷たい手がルビーとサファイアの手を握る。
暖かい表情で微笑むとコハクは2人を連れ、別の方向へと歩き出した。 今度はポケモンセンターを探すために。





そして、どんな日でも、必ず夜はやってくる。
この日も 例外なく日は沈み、3人はポケモンセンターの用意された寝室でしばしの休みを取る。
今日の疲れをなぐさめるために、明日の自分をはげますために。


「・・・・・・・・・また 迷ってしもた〜・・・」
夕食の後、サファイアはポケモンセンターの廊下をぐねぐねと歩き続けていた。
そうすることで余計に方向感覚を失っていることを 5回迷った今でも分かっていない。
センターの奥の寝室へといくはずが、いつのまにか入り口すぐ近くのロビーまで逆戻りしてしまっていた。
「アカン、また同じ所へ・・・・・・
 しゃあない、ついでやから、一旦カナズミに着いたっちゅーこと、親父に連絡せな・・・・・・と、・・・?」
サファイアが視線を向けた先に 先に電話の前で座っている人物がいた。
あまり見間違えようのないコハクが受話器を片手に 誰かと親しそうに話している。
悪いとは思いつつも、サファイアは聞き耳を立てる。

「・・・・・・うん、2人とも元気、僕も、ディ・・・違った、D(ディー)もね。
 2人ともすごく良い子だよ。 ちょっと・・・ルビーの様子が変だから、出来るだけ気付かれないよう、探ってみようと思うけど。
 ・・・・・・・・・・・・うん、うん・・・・・・」

(・・・何を話しとるんや・・・?)
物陰に隠れ、サファイアは様子をうかがう。
コハクは周りにポケモンを3匹ほど(ライチュウとラルトスとキモリ)出しているものの、こちらに気付く様子はない。
「明日? まだカナズミにいるよ、ジム戦受けさせなきゃ。 ・・・・・・・・・
 ・・・だって、ジムバッジを持ってたほうが、後々トレーナーとしていいことあるって!! あの時だってそうだったじゃないか?
 頼むよっ、手が空いたら すぐに援護に向かうから・・・・・・!!」
「???」
何を話しているのかも分からず、サファイアの頭の上に『?』マークが浮かぶ。
「・・・・・・うん、ありがとう、無理言ってゴメン。
 それじゃ、おやすみ、メノウ・・・・・・・・・ツー・クンフル。」


軽く肩を降ろすと コハクは受話器を元のところへと戻した。
それと全く同じタイミングで キモリが自分の方向へと全力で駆けてきて、サファイアの逃げ道を塞ぐ。
ライチュウのD(ディー)がそれを指し示し、コハクはようやく気がついたようだった。
「・・・わ・・・サファイア・・・・・・いたの? 僕に用事?」
そう悪いことをしたわけでもないだろうに、サファイアは冷や汗を流しながらヘラヘラと笑う。
「いや、ま、なんちゅーか・・・また道に迷ってしもてな・・・ハハ・・・・・・
 あ、せやせや!! コハク、風呂はいらへん? ここのセンター、大浴場があるらしいで!!」
「ホントッ!? ・・・・・・・・・あ・・・やっぱいいや、後にしとくよ。」
「な〜に言うてんねん!!
 もう9時やで!! 早よ入らんと、閉められてまうやないか!!」
ぶんぶんと首を横に振るコハクを サファイアは無理矢理にでも連れて行こうとする。
もっとも、サファイアに連れて行かれたのでは どこに行くのか分かったものではないのだが。
「だ〜か〜ら〜、後にするんだってば!!」
「別に恥ずかしがるモンでもないやろっ? 男同士・・・・・・・・」
言いかけて、サファイアは氷のように動きを止める。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しょげえ――――――ッッ!!!??」




「・・・あー、うっさいうっさい・・・」
部屋で採ってきた『きのみ』を見比べていたルビーは わずらわしそうに ぼそっとつぶやいた。
しかし、サファイアがこれだけ叫ぶだけの出来事だ。 同じ旅をしているルビーに避けられるわけもなく・・・
「ルビー!ルビー!ルビー!ルビー!ルビー!ルビー!ルビー!ルビー!ルビー!ルビー!・・・!!」
疲れているのか関わり合いになりたくないのか、完全に無視を決め込む体勢にはいる。
それで何とかなるのか、と聞かれたら、んなわきゃないでしょ、と答えるのが世の情け。
15分近くもサファイアのルビーコールは続き・・・・・・

「ビール!ビール!ビール!ビール!ビール!ビール!ビール!ビール!・・・・・・??」
「・・・・・・ッいい加減にしなっ!!
 あたいはいつから そんなに安っぽい酒になったんだいッ!!?」
耐え切れずに部屋から飛び出して来たルビーを視界に捉え(とらえ)、サファイアはようやく気がついたように息を切らす。
彼が叫んでいる間、ずっと引っ張り続けられていたのか、つないだ手の先にはへとへとに疲れ果てたコハクの姿。
「ぜぇっ・・・・ぜぇっ、仕方あらへんやろぅ、部屋が分からんと、ずっと探しとったんやから・・・
 それよりか、大変なんや!! コハクが・・・コハクがな・・・・・・!?」
「そいつがどうかしたのかい?」




サファイアは唾(つばき)を飲みこむと、吐き出すように一気にしゃべった。
「・・・・・・コハク・・・こいつ、男やあらへん!!」


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