【ジムバトル】
ポケモンジムで行われるジムリーダーとのバトルのこと。
通常のトレーナーバトルと違い、ポケモンの数などに制限がつく。
ジムリーダーに勝つと ジムバッジを受け取ることが出来る。


PAGE9.本番60分前


ルビーは 土煙の上がる大地の真ん中に立っていた。
地響きが鳴り渡り、立っていられない。 思わず膝をつけば、自分へと向かって迫ってくる『何か』。
助けを呼ぶことも出来ず、声も上がらない。
必死の思いですがるのは ただ1つ、消えそうになっている―――――『声』。
「ル・・・・・・す・・・・・・を・・・・い・!!!」



「・・・・・・・・・・・・夜食はバナナじゃあ――ッ!!!」
カナズミの街にルビーたちが到着してから2日目。
ジムバトルの開催日でもあるその日、ルビーは恒例ともなり始めている サファイアの奇妙な叫びで起こされた。
その直後にサファイアがベッドの天井に頭をぶつける ゴン、という音もいつものこと。
「・・・あたたたた・・・・・・・・・」
「ま〜た『サファイアの叫び』かい・・・・・・よくもまぁ、毎日毎日、起きては頭をぶつけ叫んでは頭をぶつけ・・・あきないねぇ・・・」
3段ベッドの1番下からはい出してきたサファイアが 哀れみを求めるような視線をルビーへと送る。
「せやかて、毎晩毎晩毎晩毎晩、へ〜んな夢ばっか見るんやから・・・・・・今日は女王に『夜食や』言われてバナナ渡されおった・・・」
「変って言えば・・・・・・・・・」
ルビーとサファイアは同時に上を見上げた。
歩き続けで 疲労のたまった体には酷(こく)な3段ベッドの1番上。 そこにわざわざ自分から入っていく相当の変わり者、コハク。
今はすーすーと可愛らしい寝息を立てている人物は たった1日前、大きな騒ぎを起こしたばかりだ。




う、うん、とルビーは軽く咳払いをした。
部屋の隅では サファイアががっちりと両耳を塞ぐ(ふさぐ)。
「・・・・・・・・・起きな―――ッ!!! 7時30分すぎてっぞ―――――ッ!!」
ポケモンセンターの中を突き抜ける ルビーのよく通る声。
ふとんを頭までかぶって ぐっすりと眠っているねぼすけの目覚ましには これ以上はないというほどまでよく響く。
「・・・・・・ふにゃ・・・あ、ルビー、サファイア・・・・・・おはようございます。」
「おはようゴザイマス。」
あまりにも丁寧に頭を下げるものだから、つられてサファイアも丁寧にお辞儀を返す。

「・・・っじゃねぇっ!!! ちょいとコハク!!」
「ルビー、そういえば聞きたいことがあったんだけど・・・・・・」
「それはこっちのセリフだ!! 結局昨日、質問をはぐらかしたろ!!
 さぁ!さぁ!さぁ!さぁ!さぁ!さぁ!さぁ! 答えてもらおうか!? あんたが、男か!! 女か!!!」
ナマケモノのように鈍い(にぶい)動きでベッドから降りてくると、コハクは困ったような顔をして首を横へとかしげる。
ずいぶんとゆったりとしたパジャマをつまみあげると、もう一度首をかしげて ため息をつく。
「『僕』は、男だよ。」
その一言ではサファイアは納得がいかないらしい。
座りこんでいた部屋の隅から コハクのいる方へとずかずかと詰め寄ってくる。
「さよかさよか、せやけどなぁ・・・、なして男が男で男の奴に あるはずのものがなかったりするんや・・・・・・!!?」
「それを聞かれると 困っちゃうなぁ・・・。 説明すると長くなるから省略!」
「省略するなっ!!」
同じ頃の少年少女2人に囲まれ、コハクは完全に逃げ道を失う。
その状況にもかかわらず、悠長(ゆうちょう)にもコハクは生あくびをしながら 金色の瞳で2人のことを見上げている。
「いっそ、引っぺがすか・・・・・・?」
「やあぁん、けだものぉ!!」
「・・・おんどりゃあ、ワシらをおちょくっとるんか・・・・・・!?」
すごみを効かせてサファイアが詰め寄るも、コハクは全く動じる様子がない。
軽く、ルビーの頭に負荷がかかったかと思えば 次の瞬間、ルビー、サファイアとコハクの位置は完全に逆転していた。
気がつくひまもなく着替えを済ませるとコハクは 2人へと向かって太陽のような笑顔で笑いかける。
「真実を知りたかったら、僕よりも強くなってみなよ。
 真正面から全力で戦って、それで勝った時、僕は君たちの知りたいこと全部に答えるよ。 それまでは教えてあげな〜い。」
あまりにも無邪気な笑顔がルビーとサファイアの神経を逆なでする。
反論の余地を持たせず、コハクは早々と部屋を出ると 2人に聞こえないのを確認し、自分に言い聞かせるかのようにつぶやいた。
「・・・・・・・・・11時28分・・・か・・・」







午前9時、3人はカナズミシティジムの前までやってきていた。
大きな扉の横には これまた巨大な看板が立てかけてあり、『カナズミシティジム リーダーズバトル開催!』と
派手な真っ赤なペイントで塗られている。
「あたいは納得してないよ・・・」
ものすごく不機嫌な表情のルビー。 今日戦う相手に 昨日あっさりと負けたばかりなのだ。 仕方ないと言えば仕方ない。
「納得しなくてもいいよ、ついてくることさえしてくれればね。」
変わらない笑顔をルビーとサファイアへと向けると、コハクはブーイングを鳴らす2人を連れ、巨大な建物の中へと突入する。
あれよあれよという間に 受付は済まされ、今度はルビーとサファイアが逃げ道を失う番。
「サファイアが9時55分から、ルビーは少し遅くて11時25分から・・・・・・か・・・
 頑張って・・・・・・勝っちゃってね!!」
「簡単に言うなっ!!」
クスクスと笑いながら 金色の瞳が優しく2人を見つめる。
仮にジムリーダーに勝てたとしても、もっと実力をつけない限り この謎の人物から逃れる術がないのは火を見るより明らかだ。


1歩、会場の中へと踏みこめば、早くも熱くなり始めた観客達の熱気がルビーとサファイアを圧倒する。
すりばち状になった観客席の真ん中で 早くも激しいバトルが繰り広げられているのを すぐに判らせるためかのように。
『・・・・・・ッ決まりましたァ!! ジムリーダーのツツジさん、必殺の『がんせきふうじ』です!!
 挑戦者のポケモンキャモメ、たまらずダウーン!!』
ワアアァッ、と 大きな歓声に思わずルビーは息を飲みこむ。
「耳がつんざけそうだよ・・・・・・」
「すぐに慣れるよ、ジム戦なんて、どこの街に行ってもこんな感じだよ?
 ステージの上に上がったら これ以上の大声出さないと ポケモンに指示が届かないわけだしさ。
 ・・・・・・あ、そうだ、ルビー。 聞きたいことあったんだけど・・・・・・」
何?と聞き返す代わりに 彼女は片目で睨み返す。
「・・・そう怒らないでよ、質問に答えられなかったのは謝るからさぁ・・・・・・・・・
 あのさ、昨日のバトル、最初の方はすごく楽しそうに大きな声で指示出してたのに、途中から・・・すごく静かになったよね、どうして?
 そのアチャモ君も、いつまでも『アチャモ』のまんまだし・・・まぁ、ニックネームつけないのは・・・普通なのかもしれないけど・・・」
コハクが気付かれないように服に装着されているモンスターボールホルダーから そっと赤白のモンスターボールを外し、
ラルトスのI(アイ)を呼び出しているのをサファイアは見た。
拒否反応の印としてルビーが首を横にそむけると、
コハクは困ったように笑いながら まるで小さい子供をあやすように ポンポン、と軽く頭をたたく。




「・・・・・・・・・声が・・・出せない? 声帯がやられてるってわけじゃないよね。
 I(アイ)、どういうことなのか、もう少し詳しく・・・・・・あ、ちょっと待って、K(ケー)!!」
会場の中よりは1段静かな廊下の中、自分のポケモンと話しているのを盗み聞きしていたサファイアは またしてもキモリに逃げ道をふさがれた。
逃げるわけにもいかず、仕方なくサファイアはコハクの前へと姿を現す。
「2度も同じ手は食わないって。」
「は、さよか・・・次からは気をつけるわ。
 ええポケモン持っとるなぁ、『きもちポケモン』のラルトス、人の感情を察知(さっち)するちからをもつポケモン・・・な・・・
 こいつでルビーのココロ、覗いてたってわけかい、やらしーったらないのう!!」
全てを一気に言い終えたとき、サファイアは片ひざをついた。
光速で流れて行くノイズに 思わず両腕で頭を抱え込む。

(・・・・・・・・・・・・イケナイ・・・・・・・・・ウタッテハ・・・イケナイ・・・コエヲ・・・アゲテハイケナイ・・・)

「・・・大丈夫!?」
肩をゆすられ、サファイアは自分がいる場所を思い出した。
顔を上げればコハクが サファイアの顔をを心配そうに覗きこんでいる。
「何したんや・・・!?」
「僕は、何もしてない。 『蒼の眼』が・・・発動したんだ。 すぐにバトルが始まるのに・・・・・・体調、大丈夫?」
「訳のわからんこと言うてんなや・・・!!
 戦わなあかんのは 変わらへんねやろ。 ワシなら全然いつも通りや、全力であの厚化粧をぶっ叩いたる・・・!」
自分では気がついていないが、青々とした光がサファイアの瞳の中で光る。
早々にモンスターボールの中から呼び出したカナを引き連れると、しっかりとした足取りで舞台裏のほうへと歩き出した。
コハクの表情が 一瞬曇る(くもる)。
「・・・・・・サファイアッ!!」
「何や!?」
たった今呼びとめたのも忘れていたかのように コハクは眼を瞬かせる。
それも たったの1秒の事。 すぐにいつも通りの笑顔を作ると、コハクは落ち着き払った声を サファイアへとかけた。
「あ、ううん、頑張って!!
 ステージにつく前に迷子になっちゃダメだよ!!」
「当たり前や! 子供やあらへんねや、いらん心配せんとき!!」



『えー、やっと到着いたしました・・・・・・サファイア選手、
 ジム内のロビーにて 迷子になっていたそうです。 予定より10分ほど遅れましたが、リーダーズバトル、始まります!!』

「・・・・・・の、どアホ・・・」
呆れかえり、ルビーは観客席のベンチの上でひざを抱え込んだ。
大きくついたため息のせいで、後ろからそっと近づいて来た人物にも気付かずに。
「となり、座ってもいいかな?」
「なんだいコハク・・・・・・わざわざ聞かなくても・・・っと!!?」
背後の人物の顔を見て ルビーはのけぞり返るほど驚いた。
口調こそ似ていたが、薄暗い観客席の中にいた人物は コハクではあり得ない。
まず、身長が違い過ぎる。 コハクはルビーたちと同じくらいだが、彼女に話しかけてきた人物は あきらかに3つか4つは上だ。
「す、すいません、人違い・・・・・・あ、隣は別に構わないっすよ。」
「あははっ、そんなに僕の声、その子に似てた?」
柔らかく笑うと、話しかけてきた男は滑るようにベンチの上へと座る。
フードの白い、真っ赤なパーカー、モンスターボールのロゴの入った 黄色いキャップ。
ただでさえ目立つ格好に、腰についているモンスターボール。 ルビーも一目でわかるほど、その男は『ポケモントレーナー』の様相をしている。

「別に・・・声が似てたわけじゃないんだけどさっ・・・・・・・・・
 口調とか・・・・・・雰囲気(ふんいき)とか、いいだろっ! あたいが誰と勘違いしようと!!」
「うん、別にいいんだけどね。 あんまりムキになると、そっちがこだわってるみたいに見えちゃうよ?」
一瞬で表情の変わるルビーを見て 黄色いキャップの男はクスクスと笑う。
その様子を見て、「やっぱりコハクに似ている」と ルビーは思った。 しかし、そんな事を言ったら余計にちゃかされるに決まっている。
何とか話を変えよう、もしくは終結させようとルビーは思考を必死で働かせる。


「どっちが勝つと思う? 今回のリーダーズバトル・・・・・・」
突然話題を変えたキャップの男の行動を ルビーは怪しむこともなくありがたいと思った。
「サファイアだね、あいつが持ってるのはミズゴロウだから・・・」
「信用あるんだね。」
「初心者の割に、筋はいいからね。 下手に育てば、とんでもない強さになるかもね・・・・・・・・・」
意外そうな顔で男がルビーのことを横目で見やった時、かすかに、だが帽子のツバで隠れていた顔が見えた。
整った顔立ちは お世辞抜きにも美形と言い切れる。
「君は・・・・・・・・・? ジムリーダーに挑戦するんだよね、勝てそう?」
「無理だね、炎タイプのアチャモじゃ、耐えられるのは せいぜい1回。
 その間の2回の攻撃じゃ、とてもじゃないけど 岩タイプのポケモンは倒せないよ。」
「・・・3回なら?」
眉をひそめて顔を向けたルビーに キャップの男は手のひらほどの物体を ルビーへと手渡す。
オレンジ色の『ひょうたん』のような果物は ルビーの手の上でつややかに光っている。
「その『きのみ』、君にあげるよ。
 後は、君自身の運次第だ、最初のジムバトルからギャンブルになるなんて、面白い『運命』を持ってるんだね、君って・・・」
摩訶不思議(まかふしぎ)なことを言われ、ルビーは睨むような視線で男のほうを見る。
言ったことをルビーが追及しようとする前に、男はベンチから立ち上がり、いくつもの声に囲まれながら、会場を去って行ってしまう。


そして、ルビーが追いつくよりも前に キャップの男は視界から消えてしまった。
後にはきゃあきゃあという 女の子の黄色い声を残して。
仕方なく、ルビーは手のひらの上の『きのみ』を『ポケモンジャーナル』で見た自分の記憶と照らし合わせる。
「・・・・・・『オボンのみ』。
 ポケモンに『持たせて』おくと、体力低下時に自分で食べて 体力を回復する・・・か。」





『フィニッシュは『みずでっぽう』です!!
 サファイア選手、ジムリーダーのツツジさんに勝ってしまいました!!』

アナウンスの声が響き、会場内はますます熱気に包まれた。
ふぅ、と 息をゆっくりとつきながらカナと一緒に歩くサファイアに コハクが声を掛ける。
「お疲れ様、おめでと!」
「なぁ、コハク・・・・・・バッジと一緒に 金もろたで?」
不可解な表情をしながら サファイアはグローブのはまった手の上の1000円札を しげしげと眺める。
「・・・あれ、知らなかったの?
 公認のトレーナーは トレーナー同士のバトルに勝つと、賞金がもらえるんだよ?」
「なな、なんやて!?
 どうして それをもっと早く・・・・・・・・・!!」

全てを言い切る前に コハクの金色の瞳がパチッと瞬かれた。
真後ろに振り返り、いつもとは違う、真剣な表情でジムの外を睨むように見つめている。
「・・・・・・なんや?」
「今、悲鳴みたいなのが聞こえた気がして・・・・・・」
「はぁ? こんなにやかましゅうて、聞こえるんか?」
バトルに1番熱の入る昼時、観客達の騒ぐ声もそれまでよりも一層大きなものへと変わっていた。
しかし、それすらも気にならないような眼差しで コハクはなお、ジムの外を睨む。
「ちょっと見てくる!!」
コハクはライチュウのD(ディー)を呼び出すと、ジムのロビーへと向かって走り出した。
置いて行かれ、また迷子になってはたまらない、と、慌ててサファイアもその後を追う。



「・・・なんじゃ、こりゃ・・・・・・」
ジムの外へと出た2人は 思わず息を呑んだ。
タイル張りになっているカナズミの街が まるで、台風が通過した後のように 水浸しなのだ。
「・・・・・・どうしてっ・・・!?」
唾(つばき)を飲みこんで何とか冷静さを保とうとするコハクの足元に 青い『何か』が飛んできた。
階段へと突き刺さった『それ』を抜くと、金色の瞳の少年は 高く空を見上げる。
まるで、天に祈りを掲げているかのように。

「コハクッ!?」
「・・・蒼のダーツ・・・・・・メノウ、間に合わなかったんだ・・・・・・
 ルビーに気付かれる前に 何とかして『アクア団』を倒さなきゃ、D(ディー)、K(ケー)、I(アイ)、行くよ!!」


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