【トレーナーにとって旅をするということ】
多くのトレーナーはポケモンと一緒に旅をし、各地を廻る。
その理由の一つとして、ポケモンジムの場所固定が挙げられる。
ジムのバトルは定期的に行われることが多く、場所も変わらない。
そのため、ポケモンリーグを目指すトレーナーは
各地を歩き回らなければならないのである。


PAGE11.依頼


「たいあたり」がヒットし、カナの体が飛んだ。
2回ほどバウンドして地面の上へと着地すると、ミズゴロウのカナは『戦えません』とでも言いたげに 情けない声を出す。
「・・・・・・あっちゃあ〜・・・負けてしもたわ。 あんさん強いな〜、手も足も出ぇひんかったわ。」
「いや、君のミズゴロウこそ、なかなか強かったよ。
 だけど、勝負は勝負、さぁトレーナーカードを出してもらおうか?」
「ほいほ〜い、しゃあないなぁ・・・・・・」
サファイアはカナをモンスターボールの中へと戻すと 小さな定期入れからカードを取り出した。
街角でポケモンバトルの相手をしていた少年は そのカードと自分のカードを向かい合わせにすると、なれた手つきで何かを操作する。
途端、少年の顔が凍りついた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだよ、所持金10円って・・・・・・・・・」
「あららぁ〜? もうすぐ出発やからなぁ、えろぅ 使いこんでしもたみたいやわ〜。」


アッパーがクリティカルヒットし、サファイアの体が飛んだ。
攻撃を仕掛けたのは突然に現れたルビー。
1回ほどバウンドして地面の上に転がったサファイアは うらめしそうにルビーのことを見上げる。
「・・・攻撃する前に 一声掛けてくれはってもええんやないの?
 それにしても、ようここが分かったなぁ?」
「ここに来る前に5件ほど交番を回ったけどね。 あんたが外に出たら、バトル場にいるか迷子になってるかのどっちかしかないだろっ?
 道草食ってないで、さっさとセンターに戻るよっ!!」
「ちょっと待ちぃ、靴がボロになっとって 歩きにく〜てしゃあないんやから・・・・・・」
ダダをこねるサファイアを引きずって、ルビーは早足でその場を立ち去った。
サファイアのバトルの相手をしていた少年は そんな2人をおかしな視線で見つめていく。
「・・・・・・なんだったんだ、あいつらは・・・?」





カナズミシティの雑踏の中を 2人は早足で歩いていた。
全く言葉を切り出そうとしないルビー。 気まずそうにしているサファイアは 先に口を開く。
「・・・・・・なぁ、ルビー。 ちょいと気になっとることが・・・あるんやけど・・・?」
「何でい。」
ルビーは足を止めるとサファイアのほうへと振り返った。
怒っていたのかと思い、びくびくしていたサファイアだが、ルビーの表情を見てほんの少しだけ胸をなでおろす。
それほど、怒っているわけでもなさそうだ。

サファイアは自分のリュックの中から『ポケモン図鑑』を取り出すと、画面を開いてルビーへと見せた。
「この『ポケモン図鑑』なんやけどな、2匹ほど見たこともない、身に覚えのないポケモンが記録されてんねん。
 詳しくは覚えとらんねやけど、多分・・・コトキかトウカ辺りからやと思う。」
「・・・気付かないうちにすれ違ったか、忘れちまっただけじゃないのかい?」
「それが、そうとも言えひんねや。」
軽く首をかしげると、すっかり慣れた手つきでサファイアは図鑑のボタンを押しつづける。
出会ったポケモンの一覧を表示させると、ルビーにそれを向けた。
「詳細は不明のままや、まだ、誰も見つけてへんポケモンで、偶然なんかもしれへんけど、2匹連番。
 普通表示されるはずの『生息地』も ずっと不明のままやし・・・・・・名前はな・・・」
「あっ、いたいた〜、ルビー、サファイア〜!!」
聞きなれた声の出現に サファイアはケムッソを口の中に放りこまれたような顔をした。
『彼』が出現すれば、大体会話はその人のペースになってしまうのだ、今回も例外ではない。



コハクの隣では それなりに体格のある、白髪混じりの老人が微笑んでいた。
年齢のせいか、高そうなスーツとソフト帽が 妙に良く似合っている。
「誰だい? そのおっちゃん・・・・・・」
顔を引きつらせたコハクを「おっちゃん」と呼ばれた男は優しく微笑んで差し止めた。
「デボンコーポレーションの、ツワブキというものだ。
 君が、アクア団の襲撃から書類を守ってくれた サファイア君、だね? コハク君から 話は聞いているよ。」
ニコニコと極上の笑顔を浮かべながら、ツワブキと名乗る男が手を差し出したのは ルビーの方。
手を差し出されたルビーも、名前だけ呼ばれたサファイアも、頬を引きつらせ、腹の底を走る怒りをぶつけるべきか抑えるべきか、必死で思考をめぐらせる。
「ワ!シ!が!! サファイアや!! これで一端(いっぱし)の男なんや、間違えんといてや、おっちゃん!!」
「あぁあぁ、すまない、最近めっきり視力が衰えてしまってね。
 ところで1つ、君たちの実力を見込んで頼みたいことがあるんだが、聞いてくれるか?」
「嫌。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ミもフタもない、とは、このことだろう。
もう暖かくなっているはずの時期であるというのにも関わらず、一陣の木枯らしが その場を吹きぬけて去っていく。
やがて、その空気も収まった頃、非常にゆっくりとした口調で、20メートル先まで聞こえそうな大声で話し出す。
「あれれれれぇ〜? ルビーちゃんはトレーナーなら誰でも出来るような親切さんにもなれないのかなぁ?
 しょーがないなー、サファイア君のほうが良い子だもんね〜。」
「・・・コハク・・・・・・わざわざあたいにケンカ売ってんのかい・・・?」
「べえぇっつに、そんなつもりはありませ〜ん? ただ、サファイア君の方が 良い子だな〜って言っただけで・・・」
思うより、ルビーは分かりやすい性格のようだ。
コハクの代わりにツワブキを睨みつけ、吐き出すように一気に怒鳴りかける。
「用件はッ!?」


ツワブキは苦笑すると、ゆっくりと息を吸って話し出す。
「実は、君たちの活躍で今回の件は無事に済んだようなんだが、どうも、アクア団がこれで諦めるとも思えなくてね・・・
 現在(いま)、海の向こうのムロシティに 私の息子の『ダイゴ』という男がいるんだが、応援を求めようと思っている。
 そこで、君たちに手紙を届ける役目を引き受けてもらいたいんだ。」
もっと難しい仕事だと思っていたのか、ルビーとサファイアは 妙な顔をしていた。
首をかしげる2人を見て、ツワブキはもう1度笑う。
「もちろん、ただでとは言わないよ。 『仕事』を頼む以上、きちんと報酬はさせてもらおう。
 ・・・・・・おや、ルビーちゃん、ずいぶんと靴が痛んでいるじゃないか、そういえば、デボンで新開発した・・・・・・」
「ワ!シ!は!サファイアや!! ええ加減、間違えんといてや!!」
「おぉ、そうだったね、すまないすまない。
 その痛んでしまった靴の代わりに、デボンコーポレーションで開発された、この『ランニングシューズ』を履いて(はいて)行ってはどうかね?
 靴は、足を痛める前に履き替えておいたほうが、賢明(けんめい)だと思うがね?」
言われて、気が付いたようにサファイアは自分の足の裏を見つめ直した。
土の固まりの上から降りた時に破れてしまった布の下から、てろんとした生地の靴下が顔を覗かせている。
それを見てため息をついたルビーに、ツワブキは黄色い何かを差し出す。
「それでは、サファイア君、君にはこの『ポケモンナビゲーター』を 差し上げよう。
 これ1つでホウエン地方全体の地図と、出会ったトレーナーの登録、コンテストの記録も出来るという優れものなんだ!!
 トレーナーなら、持っていて損はないだろう?」
「あっ、あたいはルビーでい!! 大体、あたいは機械系は・・・・・・!!」
「『習うより慣れろ』言うやろうが、ルビーv この機会に機械に慣れとけ〜、なんてな♪
 ・・・まっ、そんな訳でしゃちょ(社長)さん、商談成立やな、荷物運びの仕事、引きうけたる。」
サファイアの快い返事にツワブキは笑うと、サファイアに黄色い機械とその説明書と見られる物、
ルビーに靴の箱と何かの説明書、それに大切そうに封筒に入れられた手紙を手渡した。
またしても渡す相手が逆さまになっている、と言ったクレームは無視される。
何度もコハクになだめられながら 3人はしぶしぶ出発するハメになっていた。







「・・・・・・まったく、」
場所は変わり、前にも通った『トウカの森』。
足場の悪い森の中を ルビーはぶつぶつと文句を言いながらハイスピードで歩いて行く。
「仕事を引き受けたのはサファイアだろ? なんだって あたいが手紙持ってなきゃいけないんだい!?
 それにこの『ポケナビ』とか言う奴の説明書・・・!! こんなちびっこい物体使うのに 50ページ以上も読めっていうのかい!?」
「まぁまぁ、そんなに怒らんとき、説明書なんぞ読むポイント押さえとけば1時間とかからねんねやから。
 ツワさんの好意、無駄にせえへんように しっかり読んどきや。」
サファイアの歩調はあくまでゆっくりと。
もらった『ランニングシューズ』を足に装着し、左手で分厚い説明書を抱え、後ろをチラチラと気にしながら。
ほんの少しだけ心配そうな顔をして サファイアは後からついてくる人物の顔をうかがう。
「・・・・・・元気ないね。」
「は?」
なんの脈絡もなく、ルビーがつぶやいた言葉に サファイアは反応していた。
心当たりがあったせいか、説明書をたたんで振り向いたルビーと一緒に 同じ人物の顔を見つめる。

「あんただよ、コハク。」
「え?」
後から のろのろとついてきているコハクは 自分の名を呼ばれ、顔を上げた。
東洋系の顔には珍しい金色の瞳が パチパチと瞬かれる。
「・・・僕が、どうかした?」
「どうしたもこうしたも、あんた、今日1日全然しゃべってないじゃないか!!
 いっつもいっつも、うっとおしいくらいにペチャクチャしゃべってるってぇのに・・・・・・・・・」
「そ〜お? 僕なら全然、いつも通り元気いっぱいだよ!!」
コハクは意思表示の印として、ポンポンと跳ねまわって見せた。
サファイアは手に持った分厚い『ランニングシューズ』の説明書のページを はらりとめくる。
「それなら、ええんやけど・・・
 ・・・えーと、ほいで、靴の外側についておるボタンを押すと・・・・・・・・・どへえぇぇっ!!!?」
突然、サファイアは 今までに見せたこともないようなスピードで走り出す。
彼自身がその勢いについていけていないのか、半ば体が足に引きずられるような体勢で、ルビーとコハクの視界から消えるまで、どこまでも。
落とした説明書を、コハクが拾いあげる。
「通常(いつも)の2倍のスピードで走れます、上手にコントロールできるよう、最初はゆっくりモードで慣らしてください・・・だって。」
「・・・あ〜あ〜、あれじゃ多分、全力疾走だね。 曲がれねぇんじゃないかい?
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、落ちた。」


「あれぇ〜〜〜〜っ・・・・・・」
ほんのちょっぴり、勇気を出せば飛び降りられるような段差から サファイアは足を踏み外す。
後はそのまま下の森まで 落ちる、落ちる、落ちる、転がる、転がる、転がる、ざざざっ、がさがさがさっ。

・・・・・・と、しか言いようのない効果音を響かせ、サファイアは茂みに引っかかった。
三半規管(さんはんきかん)がまともに働かず、くるくると目を回してはいるが、とりあえず命に別状はなさそうだ。
零れ落ちたモンスターボールから何とか出てきたカナが 不安そうな声をあげる。 ・・・・・・・・・もっとも、
カナもサファイアが引っかかっているのと同じ茂みに引っかかり、完全に身動きが取れなくなっているのだが。
「・・・・・・・・・・・・ん、ふにゃぁ・・・? きゅうりにハチミツつけよったらメロンやてぇ・・・・・・・・・はぇ?
 せやったらプリンにしょうゆかけたほうが・・・・・・あ? どこじゃあ、ここはっ!!?」
起きるなり パニックを起こして暴れ出したサファイアは 引っかかっていた茂みを半分ほど滑り落ちる。
再び別の木の枝だかツタだかに引っかかり、何とか地面に激突することは避けられるが、代わりにサファイアより下で動けなくなっていたカナの頭にごっつんこ。
「あだだだ・・・・・・、えっらい石頭やなぁ、カナ・・・ええ『ずつき』が出来るで?」
「べ?」
「んあ〜、思いだしてきよった・・・ワシ、訳も分からんうちに走り出して、崖から落っこちたんや。
 ここの茂みに引っかかって助かったみたいやけど・・・・・・ツタがからまってしもて、これじゃ降りられへんな・・・。」
サファイアは 腰の辺りで絶妙にこんがらがっているツタを睨みつけ、舌打ちを打った。
何とか ツタを外して地面の上に降りたってみようと暴れまわってみるが、からみあったツタはとても子供の力で外せるようなものではない。
もう1度、サファイアは自分を拘束(こうそく)しているツタをうらめしそうに睨みつけると、自分の持っている青いモンスターボールを手に取った。
「アカンわ・・・がっちり固まってしもて、ほどくなんてできひん。
 カナ、ちょっと乱暴やけど、このツタ切ってまうで〜、じっとしときや〜。 チャチャ、出てこいや!!」
手の上でスーパーボールが開かれると、灰色のポケモンがカサカサと動きまわる。
・・・とはいえ、不安定なサファイアの手の上。 うっかりサファイアが手を滑らせれば あまり近くはない地面までまっさかさまだ。
「べべべ?」
「あわわわわっ、チャチャ、暴れんなや〜!! あ、カナ、紹介しとくわ、新参モンでツチニンの『チャチャ』や、仲良くしとき。
 チャチャ、『ひっかく』で カナを動けんようにしとるツタを切るんや!!」
サクッ、と軽い音が響き、ミズゴロウを拘束する細い枝が切り払われた。
続いて別の枝にも もう一発、ひらひらした尻尾に絡まりついたツタにも、1発。
左足にまとわりついていたツタが切れるとカナは 自由の身となり、するすると太い木の枝を伝って広い台地の上へと降り立った。


「よっしゃ!! 後はワシがこのツタ切って降りるだけやな。」
「・・・止めた方がいいと思うがなぁ〜。」
「は?」
サクッと軽快な音と共に、サファイアをしばりつける太いツタに傷が付く。
「おまいさんの青色のポケモンちゃんとは違って、おまいさんの下には太い木の枝や足がかりになるようなツタもないからのぅ〜・・・」
サクッ。
「そんな風に無計画にツタを切っちゃうと・・・・・・」
サクッ。
「切っちゃうと?」
・・・ぶちっ。
「バランス失って、地面まで直角に落ちて・・・・・・」
ひゅ〜・・・・・・
「途中、細い木の枝でも折りながら・・・・・・」
ばきぱきべきぽきぺきっ!!
「・・・この、ちくちくの地面の上に どっしーん!って落っこちて、お尻痛め・・・って、遅かったか・・・」

「痛ってええぇぇ―――――――ッ!!!??」
分かりやす過ぎるほどに、サファイアは足をばたつかせ、痛さを強調している。
暴れまわった割に、近くに寄ってきたカナに足が当たらなかったのがせめてもの救いか、1分35秒、ヒーヒーと言いながらサファイアは痛みを噛み締める。



・・・そして3分後、ようやくサファイアはおとなしくなる。
「・・・大丈夫かいのう?」
「ううぅ・・・・・・まだケツがジンジンしとる・・・ところで、じーちゃん誰や・・・?」
涙目になっている瞳で顔を見つめられ、老人は太い眉をピクリと動かした。
しわのあるまぶたの下では 老人らしからぬ好奇心に満ちた瞳が動く。
「あぁあぁ、オラァ、この近くに住んどる、ハギっちゅうもんじゃ。
 おまいさん(お前さん)は、なんじゃってあんな所で 遊んどったんかのぅ?」

サファイアは頭のてっぺんをポリポリとかく。
「・・・遊んでた訳ちゃうねん、崖から足踏み外して、落っこちてしもたんや。
 おかげで仲間ともはぐれてしもた。 はよ、ムロタウンっちゅう所に手紙届けなあかんっちゅーのに・・・・・・」
「ムロ? おまいさん、そんなに若いのに海の向こうまでお使いか?
 船、ちゃんと取っちょるか?」
「・・・船!? ちょいまち、ムロっちゅうとこに行くのに、船必要なんか?」
身を乗り出して、サファイアは聞き返す。
「何言うちょる・・・? 必要も必要じゃて・・・・・・
 ムロタウンは海に囲まれた小さな島なんじゃから、行くには船かポケモン使うしかないぞぅ? 知らんかったんか?」
「知らんって・・・・・・・・・あの親父、面倒なこと頼みおって・・・!!
 船、予約せなあかんやないか・・・・・・・・・」
「じゃったら、オラがムロまで送っちゃろうか?」
「へぇ?」
目を丸くしたサファイアの頭に 軽い衝撃が走る。
振り向けば、太く大きな尻尾を自慢げに揺らす、キモリの姿。



「K(ケー)!! どうしてサファイアは何にもしてないのに 叩いたりするの!?」
森に響いた甲高い声で 誰がやって来たのか、一瞬で判別がつく。
とりあえず仕返し代わりにキモリを捕まえ、声のした方向へと視線を向ければ、
見事に期待を裏切らず、サファイアを迎えに来たルビーと、コハクの姿。
「ケッ、」
「『ケッ』じゃないの!! K(ケー)だって、叩かれたら痛いの分かってるでしょ!? 気持ちを伝えたいなら心で伝えなさい!!
 ・・・・・・はぁ、怒鳴ってちゃ、僕の声も伝わらないよね。」
「大丈夫か、サファイア?」
いきなり騒がしくなった森の空気に目を瞬かせながらも、サファイアはルビーの質問にうなずいて答える。
「なら いっか。 こっちのじーさん、誰でぇ?」

ずいぶんと失礼な言葉だとも取れるが、ハギ老人は気にする様子もなかった。
どんぐりまなこを くりくりと動かし、ルビーのことを見つめている。
「やぁや、可愛い嬢ちゃんじゃ、おまいさんの友達か?
 オラァ『ハギ』っちゅうもんじゃ、すぐそこの家で、船貸しやっちょる。」
「船貸し? わぁっ、まさに『渡りに船』だね!! 予約する手間がはぶけた!!
 ハギさん、僕たち『ムロタウン』に行きたいんですけど、船、貸してもらえませんか?」
不自然なほど明るい声でコハクはハギに尋ねている。
それを、少々おかしな所があるとはいえ、カンの鋭い子供たちが見逃すはずがない。
「ちょいと待ちなコハク。 船が必要になるのか?」
「え? そうだけど・・・・・・」
「知ってたんなら、何でカナズミの街を出るときに予約しねぇんだ!? こんな森の中じゃ、電話予約なんて、出来るわけないってぇの!!」
コハクは金色の瞳を瞬かせると、約1秒間考え込んで、
「忘れてた。」
異様な疲れがルビーとサファイアにのしかかる。
きょとんとしているハギ、笑顔のコハク、呆れて物も言えないルビー、笑うしかなくなっているサファイア。
奇妙な、だけど暖かい空気が流れる。
10分間ほど その場から動くことの出来なかった4人は、ひとまずはハギの家へと向かうことになった。
もちろん、船でムロタウンへと向かうために。





「おぉ、見えてきおった、オラの家。」
ハギのしわしわの指が示した先には 小さな小屋のようなものが建っていた。
海のすぐそばに建っている小屋の側には 何艘(なんそう)かの船が繋がっている。
海が嬉しいのか、船が物珍しいのか、小さな小屋に興味をそそられたのかは分からないが、
ルビーとサファイアが同時にハギの家へと走り出した時、ちょうど、小屋から人が出てくるところだった。
異様に長いストレートヘアの 整った顔を持った女だ。 見たところ、年は20代の後半といったところか。
「・・・・・・おお、じぃ、帰ったか。 いつもよりも遅いので、心配しておったぞ。
 そこの3人の子供は・・・・・・・・・客か?」
「あ〜、そうじゃ、久しぶりの客じゃ。
 そうじゃ、みんなに紹介しておこう、オラん孫の・・・・・・・・・・・・」
「『マオ』じゃ、よくぞやって来た、サファイア、ルリィ・・・」
「・・・・・・ルリィ?」
ルビーの疑問をよそに、黒髪の女マオは ゆっくりとした足取りでコハクへと近づいていく。
コハクが放つ、睨むような視線を不敵な笑みで受け止めると、マオは 自分の物らしきスーパーボールを開く。
使いこまれた青いボールが開き、登場したのは、黄緑色の大きな鳥のようなポケモン。
「・・・それに、『コハク』じゃな。
 ぬしたちのことは、このネイティオにより、察知しておった、待ちわびたぞ。」


「・・・・・・初めまして、よろしく。」
「よろしく頼み申すぞ。」
バチバチとコハクとマオの間で火花が弾けたような気がして ルビーとサファイアは1歩、2歩と後退する。
小刻みに震える体は 爆発するようなエンジン音で震え上がり、落ち着きを取り戻した。
2人の後ろで 小型のモーターボートが動き出したのだ。
「・・・っらぁ!! さっさと乗りやがれ!! ムロに行くんだろうが!!」
「ハギ・・・・・・」
「・・・じーさん?」
雰囲気や顔つきは全く違うが、背の高さ、それに服装はハギ老人そのもの。 一体なのが起こったのかも2人には分からない。
「じぃは船に乗ると性格が変わるのじゃ。 なぁに、恐るることはない、すぐに慣れる。
 それよりも、ぬしらはムロへと向かうのであろう?
 船に乗れ。 今すぐにでも、出発するぞ!!」


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