【属性】
ポケモンにはそれぞれ、
1匹につき1つか2つ、属性(タイプ)というものがある。
種類によってタイプは違い、それに伴い(ともない)、
使える技、使えない技、特技などが違ってくる。


PAGE13.光の無い世界


「・・・・・・ダイゴ? いえ、知らないわ・・・・・・・・・?」

「名前だけじゃ、ねぇ・・・・・・」

「第53(だいごーさん)? どんな船だよ、それは・・・・・・」



「あぁ、ダイゴさん?
 彼なら、さっき『いしのどうくつ』へ行ったけど・・・・・・」
小さく息をひとつつけば、ルビーは「ありがとう」と軽く礼を言って、その場を後にした。
『いしのどうくつ』の場所を聞き出し、サファイアとは違う、方向感覚のしっかりした まっすぐな足取りで。





「・・・・・・迷ったな、サファイア・・・」
口の先だけでルビーは ぼそっとつぶやいた。
声だけ聞いてると呆れたような言葉なのだが、ほんの少し、顔は楽しんでいる。
聞いた場所・・・ぽっかりと穴の開いた岩山へとやってくると、子供の顔でルビーは中を覗きこんだ。
探検にぴったりな洞くつは、入り口は広いが 中は闇が支配し、まさに、一寸先も見えないほどだ。
子供1人で入りこむには危険過ぎる。


「る、る、い♪」
ルビーの太もものあたりを、ぬいぐるみのような柔らかいものが叩く。
驚いて跳ねるように振り向くと、オレンジ色の体、黄色いほっぺ、黒くつぶらな瞳、ぬいぐるみのような風貌をもったライチュウがにこにこと見上げていた。
「・・・・・・・・・もしかして・・・D(ディー)・・・?」
大げさなほどに ライチュウは首をたてに振る。
スカートのすそを軽く引くと、パチンと尻尾から音を鳴らし 暗い洞くつの中を照らして見せた。
ぼんやりとした光は、少々心もとないが、人を探すくらいなら充分通用しそうな光量だ。
「・・・何だかよくわかんねぇけど、とりあえず先に進めんな。」
とても女とは思えないような口調でつぶやくと、ルビーは洞窟の奥へと歩き出した。
後を、D(ディー)がちょこちょことついてくる。

「知らない場所を歩く時の注意点は、気配に注意すること。
 肉食性の野生ポケモンが 腹をすかせて人間に襲いかかる可能性もあり得るから・・・・・・・・・」
何かのまじないのように ルビーはぶつぶつと以前聞いたトレーナーの心得を繰り返す。
歩調は速く、D(ディー)が小走りにならないとついて行かれないほど。
だが、それをルビーは見向きもしない。 D(ディー)がそれを気にする様子もなかったが。





「・・・・・・『ひっかく』攻撃。」
聞いているものが凍りつきそうな声で ルビーは飛び出してきたマクノシタをアチャモに攻撃させた。
育て方が良いのか、高い威力の攻撃を受けたマクノシタは ゴムまりのように弾み、壁にぶつかった。
目を回したのか動かなくなっている「それ」を、強引に無視する形でルビーは歩く。

(『いおん』に 声、かけんでええの?)
「・・・いいんだよ。」
どこからか掛けられた『声』に、ルビーは冷たい返事を返す。
ちょこちょこと鳴るD(ディー)の足音と、時折(ときおり)カリカリと岩を削るアチャモの足音を連れ、ルビーはそのまま歩いた。
太陽の光が当たらないせいか、暗く冷たい洞くつの中を、迷いもせず早足で。
(あ〜あ、冷たいのぅ。
 ハルカちゃんは 自分のポケモンにも気の回らないような子だったんか?)
「・・・っさいっ、サファイアみたいな話し方してんじゃないよ!!
 アチャモ、そこの岩の影!!」
ルビーの『命令』により、アチャモは指示された通りの岩の影へと向かって、鋭い爪を振りかざす。
70センチほどの小柄なマクノシタが倒れ、数匹のポケモンが引き波のように逃げ出していく。

(・・・・・・まずいんでない?)
「は?」
一瞬、ルビーはアチャモとD(ディー)、それに倒れているマクノシタを見渡して妙な声をあげた。
すぐに変わらぬ歩調で進み出すと、再び『声』が彼女へとかかってくる。
(忘れたんか? データより小っさいってことは、そのポケモンは子供やろ?
 あんた、その子供ポケモンを攻撃してもうたっちゅうことは・・・・・・・・・・・・)
ルビーのこめかみの辺りがサーッと冷たくなっていく。
野生ポケモン嫌いとはいえ、知識が無いわけではない。 何が起こったのか把握し、ゆっくりと後ろを振り向けば・・・
・・・・・・殺気だった マクノシタの大群が一斉にルビーを睨みつける。
「・・・これは、逃げた方が・・・・・・・・・」
(よさそう・・・・・・やな。)


「・・・・・・・・・走れッ!!!」
ルビーのよく通る声を合図に、数え切れないほどのポケモンたちは一斉に走り出した。
アチャモとD(ディー)はルビーと同じ方向に、他の殺気だった野生のポケモンたちはアチャモを狙って。
耳の痛くなるほど静かだった洞くつは急に騒がしくなる。
なだれのように押し寄せる マクノシタの『つっぱり』に『たいあたり』。 避けて、走って、走って、また避けて。
それでも、攻撃は止まらない。 それでも・・・・・・

「くけっ!?」
アチャモが転ぶ、岩に細い足をけつまずかせて。
反射的に振り返れば、すでにマクノシタはアチャモへと数10センチのところへと迫って。
口が動く、ルビーの時間が止まる。
(アカンッ、こんな場所じゃ・・・・・・・!!)
瞳の色が変わる、ルビーも気付かないうちに。
(止めっ!! 別の技を・・・!!)
止まらない。 もはや自分の意思では動かせない、口と、はちきれるような気持ち。
衝動がルビーを動かす。

「・・・・・・・・・・・・『ひのこ』ッ!!!」

オレンジ色の炎が 暗闇の洞くつの中に一瞬の光をもたらした。
熱気に包まれたマクノシタの大群が 悲鳴を上げながらクモの子を散らすように逃げ出していく。
(・・・『ルビー』・・・・・・? 走ろ? 今からでも・・・・・・)
黙ったまま、ルビーは首を横に振る。 動かそうにも 体が全く動かない。
片ひざが地面の上にぶつかった。
「・・・・・・戻れ、アチャモ・・・」
オレンジ色の体が 赤いボールの中へと吸いこまれる。
ふっと 消え入りそうな息をもらすと、ルビーは冷たい地面の上へと横たわった。
洞くつのような閉鎖された空間で 酸素を激しく消耗する炎タイプの技を使うこと、少し考えれば どうなるかなんて、わかっていたはずだったのに。
「・・ど・・・して・・・・・・・こんなっ・・・ことに・・・・・・・・・」






「・・・・・・れ?」
「ん、どないしたんや、コハク?」
コハクは にぎっていた砂を離すと、深そうな洞くつの奥から飛び出してきたポケモンに視線を向けた。
真っ暗な空間を抜け、眩しそうに体ごと横に振っているのは、言うならば、「モアイ」のような、すべすべしているけれど、固そうな体。
「おっかしいな、洞くつに住んでるポケモンが 洞くつを出てくるなんて普通ないんだけど・・・」
「・・・見たことあらへんポケモンやな・・・・・・。」

まるで、当然の行動かのようにコハクはモンスターボールからキモリのK(ケー)を呼び出した。
特に足音をひそめもせず、のんきに野生のポケモンの方へと歩み寄ると、牽制(けんせい)として持っているスーパーボールをつきつける。
「捕まえちゃおっか、K(ケー)。 欲しかったんだよね、岩ポケモン!!」





ほんの少し、暖かい風がルビーのほおをなでていった。
指先を動かせば、じゃりっと砂の削れるような音が耳に触る。
細く、小さく、ルビーは息を吐く。
「・・・・・・・・・生きてる・・・?」
体も動く。 酸欠で動きの鈍る体を、誰かがそっと支えていた。
「アチャモ・・・・・・・・・?」
自分を支えているのが、アチャモのはずがない。 体格が違いすぎるから、とルビーの中にある知識が話しかける。
しかし、心の底にあるものは それが自分のアチャモだということを信じて疑わない。
視界が開ける。 ライチュウのD(ディー)の灯りに照らされた『それ』は、今までにルビーが見たこともないポケモンだった。
ポシェットから落ちた『ポケモン図鑑』が 無機質な機械音をたてる。

「・・・『ワカシャモ、わかどりポケモン。
 野山を走りまわって足腰をきたえる。スピードとパワーをかねそなえた足は、1秒間に10発のキックをくり出す』?
 ワカシャモ? ・・・・・・まさか、アチャモが進化したってのかい!?」
「きゅぅう!!」
ライチュウのD(ディー)も一緒となって、見たこともないポケモンは首をうんうんとうなずかせた。
小さく息を吸うと、ルビーは何とか気を落ち着かせようと辺りに視線を配る。
それまでマクノシタたちと戦っていた場所とは違う、小部屋のような洞くつの中にはルビー以外の人間が1人いる。
しかし、ルビーが起きたことに、まるで気が付いていないようだ。


「・・・あんたが助けてくれたってぇのか?」
睨むような視線を送りながら、ルビーは小部屋にいる男に話しかける。
しかし、20代くらいの男は、自分の持っている石をながめていて、まるで気付きもしない。
「ちょいと!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「話を聞けッつってんのが分かんねぇのかいッ!!!?」
「え? あ、あぁ、気が付いたんだね。」
男は手に持っていた石とルーペをしまうと、ようやくルビーの方へと向き直った。
岩山の中にしては妙な、高そうなスーツとアクセサリ。
それにルビーに対する様子から、そこそこ腕の立つトレーナーだとルビーは推理した。
「キミ、この『いしのどうくつ』の中で倒れていたんだよ。
 私は医者ではないから詳しくは診察できないが、恐らく空気の薄い洞くつに長時間いて、軽い酸欠になってしまったんだろうね。」
「長時間じゃないよ、マクノシタの大群に襲われて、間違って炎技を使っちまったんだ。
 ・・・・・・自業自得ってやつだね。」
「無事だったのがなによりだ。」

ルビーは退屈そうにため息をつくと、ワカシャモに今度こそボールに戻るように指示を出した。
「・・・野生のポケモンたち、どうなってた?」
「私は深くまで入りこんだわけではないから、判らない。
 しかし、こんなに深い洞くつの中では恐らく、酸素が足りなくなって・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・あっそう・・・」
まるで興味もなさそうな声を出す。
もう1度ため息をつくと、ポシェットのジッパーを開き出した。



「・・・・・・あんただろ、『ダイゴ』って。」
脈絡(みゃくらく)があったのかなかったのか、ルビーは突然切り出した。
特に驚いた様子もなく、男はその質問にゆっくりとうなずいて答える。
「よく判ったね。」
「こんな辺ぴな所に来る奴なんて、そうそういないっての。
 あんた充てに手紙を預かってんだ。 あんたの・・・・・・父親から。」
ルビーのグローブをはめた小さな手から、ダイゴは2つ折りにされた封筒を受け取った。
彼女の見ている目の前で それを開いて確認すると、よくよく見ないと気付かないほどに眉をひそめる。

「・・・なるほど、事情はわかった。
 どうやらホウエンには、少しずつなのかもしれないが、危機が迫っているらしい。
 私も、微力ながらも応援に向かうとしよう。」
「そ。 それじゃ・・・」
「待って。」
呼びとめられ、ルビーは振り向いた。
薄暗いせいか、哀れみを込めたように見える表情がルビーへと向けられている。
「なに?」
「あぁ、すまない。 1つ、質問をしたくてね。
 キミは・・・ポケモンを突き放すようなかかわり方をしている、一体、なぜなんだ?」
ルビーは一瞬の間をおき、さらりと答える。
「嫌いだから。」

「ならば、なぜ? なぜ、キミはトレーナーをやっているんだ?」
どうにも腑(ふ)に落ちない表情をしながら、ダイゴは質問を続ける。
非常にわずらわしそうな顔をして、ルビーはダイゴに背を向けた。
「ポケモンから身を守る手段もまた、ポケモンしかないからだよ。
 ったく、頼んでもいないのに進化しやがって・・・・・・可愛げもなくなっちまったじゃないかい・・・・・・」


「・・・・・・可愛げ、か。
 それなら、このムロから海を越えた先にある、『カイナシティ』へ行ってみたらどうかな?
 そこで、『ポケモンコンテスト』というものをやっている。 キミの、ポケモンの見方も少しだけ変わるかもしれないよ。」
「そりゃどうも。」
ぶしつけとも思える口調で礼を言うと、ルビーは外へと向かってさっさと歩き出した。
来た時よりも速い歩調。 D(ディー)があせって追いかける。





「・・・・・・D(ディー)?」
満足げにスーパーボールを宙に放ったコハクは ちょこちょこと走ってきた自分のポケモンを見て金色の瞳を瞬かせた。
D(ディー)は主人の存在に気付くと、耳をパタパタさせながら慌てた様子で走りよって来る。
「らいぅっ!!」
後ろに2、3歩下がらないと受けとめられないような勢いでライチュウはコハクに飛びついた。

「・・・・・・な、なんや!?」
「どうしたの、D(ディー)? 泥だらけ・・・・・・・・・ルビーには会えなかったの?」
助けを求めるような瞳を向けると、D(ディー)はコハクに向かって、らいらいちゅうちゅう鳴きつきだした。
気分を落ち着かせようと オレンジ色の頭を優しくなでていたコハクは しばらくするとその動きをぴたりと止める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?・・・」





「・・・嬢ちゃん、オレの知ったこっちゃないが、いいのかよ?
 お前には、旅の仲間ってのがあったんじゃねーのか?」
「どうせ、くされ縁ってやつだよ。 それより、ちゃんとカイナまで船を進めてくんな。」
夕焼けの中、1艘(いっそう)の船が進む。
小型のモーターボート、操縦手はイキの良い老人と黒髪の女の2人。
それに、船首に少女が1人、赤いバンダナに腰につけたポシェット。 傷だらけ、泥だらけの笑顔も見えない表情は ピリピリした空気を感じさせていた。

「後悔はするまいな?」
自分の仕事はないのか、手持ちぶさたな様子で女、マオがルビーに意味ありげな質問を投げかける。
ルビーは面倒くさそうに振り向いてマオの顔を見ると、再び海の方へと視線を移した。
「ったりまえだよ、もともと、1人でやろうとしてた旅なんだ。 それが、元にもどっただけさ。」
ホルダーからモンスターボールを取り出すと、ルビーはそれを夕陽に透かし、また、元の場所へと戻す。



「・・・・・・そう、最初から1人と決めてたんだ、独りでも、やっていける・・・・・・・・・・・・」
夕焼けの中を1艘のモーターボートが進む。
どんなポケモンよりも速く、白い波を立てて。

――――――目指すは、カイナシティ。


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