【進化】
ポケモンの中には、一生のうちに1回か2回、姿を変えるものがいる。
それを『進化』と呼び、トレーナーの力により『進化』を引き起こすパターンも少なくない。
多くは戦いによって経験を積むことで『進化』するが、特定の道具を使うことによって進化するなど、別の方法も多く発見されている。


PAGE14.カイナのトレーナー


青い海を見渡せる街、カイナシティ。
良くも悪くも見る人の気持ちを動かすほどの青い空、青い海を壁紙にした街の中、
まるでアクセントにでもするかのような、真っ赤な服を身にまとった人間たちが行進していた。
にぎわう市場の人々の視線を受けながら、集団は建物の方へとまっすぐに歩いていく。



カイナのすぐ近く、114番水道の海岸ぞいのキャモメたちは一斉に飛び立った。
朝も早い時間から 猛烈な爆音を立てるモーターボートが突っ込んで、津波に近い波しぶきを立てる。
ざぁざぁと 砂をもそこら中にまきちらすと、小さなボートはようやく停止した。
辺りも静かになり、波の音だけが聞こえるようになったころ、停止したボートから1人の少女が砂浜の上へと飛び降りる。
体にぴったりとした赤い服にスパッツ、それに白いスカート。 茶色がかった髪は 赤いバンダナでまとめられている。
「あんがとな、ハギ、マオ。 おかげで結構早く到着できたよ。」
少女は船の上へと顔を向けると、よく通る声で簡単に礼を言った。
甲板からは、背中まで覆い隠しそうな黒く長い髪を手ぬぐいでまとめた女が顔を出し、砂浜の上へと降り立つ。
「礼には及ばぬ。 我らが好きでやっていたことじゃ。
 ぬしも、この先旅を続けるのであろう? 自身の身に降りかかる危険もあろう、気をつけることじゃ。」
「そりゃまぁ、ありがたいご忠告どうも、マオ女王様。」
どこかの映画で見た、兵士が王様に敬礼するようなポーズをルビーはとってみせた。
マオは「さよなら」を言って 船に背を向けて歩き出すルビーを見送る。 そして、斜め30度ほどにかたむいた船のほうへと体の向きを戻した。
「じぃ!! 早く船をムロへと戻すのじゃ!!
 はよう海へと戻さぬと、ぬしの荒い運転のせいで浜へと打ちあがった船は、白浜の粗大ゴミとなってしまうであろう!!」
「はぃはぃ、わかってますよぉ〜。
 さぁ、ピーコちゃん、おまいさんも手伝ってちょうだいなぁ〜・・・」





「・・・・・・昼から? コンテストが?」
街の人たちに聞いて回り、ようやくたどり着いたポケモンコンテストの会場で、ルビーは同じ質問を繰り返した。
受け付けの気の弱そうな男は、手にした紙を2〜3枚めくりながら、同じ答えを繰り返す。
「は、はい・・・。
 本日、会場整備のため、いつもよりもコンテストの開始時間が遅れておりまして・・・
 最初のコンテストでも、2時半ごろまで待っていただかないと・・・・・・すみません・・・・・・」
「・・・・・・ついてないったら・・・」
「・・・すみません・・・・・・」
ルビーはもう1度ため息をつくと、気を持ち直してもう1度受付の男の方を見た。
「じゃさ、この近辺で どっか時間つぶせるとことかあるかい?」
質問に対し、気の弱そうな男は顔を輝かせ、受付の引き出しの下からごそごそと数枚のパンフレットを引っ張り出してきた。
見ている目の前でその紙を広げ、ルビーに説明を始める。
「そ、それでしたら、海岸添いすぐにある この『カイナ市場』などいかがでしょう?
 この商業の街カイナなら、きっと、お嬢様のお気に召すものが見つかると思いますよ!!
 他には、海の街カイナならではの観光名所、『カイナ造船所』に、海の歴史と素敵な海の生き物たちに出会える『海の博物館』・・・・・・」


「・・・・・・疲れた・・・」
話を聞くこと30分、ルビーはカイナの市場のど真ん中で 今日1番大きいため息をついた。
街の商店街代わりにもなっているここは品揃えもよく、結構なにぎわいを見せる市場は 確かにルビーを退屈させない。
しかし、歩いて5分もかからない所にある市場へいくために、説明を30分も受けなければならないというのは どういうことか。
思い出すのも嫌になる 気の弱そうな男の『うんちく』が頭をかすめ、ルビーは再び大きなため息をつく。
特に何に執着するわけでもなく ぼぉっと市場を歩き回っていたルビーは2、3度人にぶつかってしまった。
その度に何度も謝って、頭を下げて、自己嫌悪におちいって、集中力を失っての悪循環。
同じ調子で5人目の人にぶつかりそうになった時は、その人が受けとめてくれたくらいで。

「トレーナー?」
半分眠っていたような状態だったルビーは かけられたその1言で我に帰った。
焦点が合うか合わないかくらいのすぐ近くで、ピンク色のエネコがルビーに向かってニタニタ笑いを向けている。
「・・・・・・エ、エネコ・・・?」
肩を押しのけられ、2、3歩後ろへ後退してやっと、エネコではなくそれを抱えている人物が話しかけているのだとルビーは認識できた。
朝、叩き起こされた子供のような顔でルビーが見つめると、ルビーの肩を支えてくれた女の人は にっこりと笑う。
「エネコドール好きなら、よかったらあげよっか?」
「へ?」
気が付いた時にはふわふわとした綿の詰まったぬいぐるみが ルビーの腕の中にすっぽりと収まっていた。
驚き、改めて女の人の顔を見上げる。
年は14、5くらいか。 ぱっちりとした黒の瞳に、後ろで1つにまとめられた黒髪。
季節外れのブルゾンも暑さを感じさせず、この人なら似合う、そう思えてしまう。

「あんたが買ったんだろ?」
突き返すようにしてルビーは受け取ったエネコドールを女の人へと渡した。
女の人はそれをくるくると回すと、ルビーに綿の飛び出した耳の付け根を見せる。
「あたし、不器用で・・・・・・うっかり耳のトコ壊しちゃったのよ・・・
 直そうとすると、いっつも余計に壊しちゃうし、あなた、女の子だから直せるよね? だから、良ければもらって! 後は好きにしていいから♪」
再び、ふわふわがルビーの腕の中に放りこまれると、女の人は最初に見たようなにっこり笑いを見せた。


「同じオンナノコトレーナー同士!
 仲良くしよっ!!」
軽い声で言われた言葉に ルビーは瞳を瞬かせる。
「え・・・どうして、あたいがポケモンを持ってるって・・・・・・?」
「トレーナーやってる期間、長いから。 なんとなく・・・匂いっていうのかな、判るんだ。
 ねぇ、あたしはトレーナーの『スザク』、あなたは? これからどこ行くか決まってる?」
甲高い声でやんわりと距離を詰めてくる行動は 女の子にしか出来ない行動。
少々苦手なタイプの女の人、スザクの瞳を見つめながら、しどろもどろにルビーは返答する。
「ル、『ルビー』・・・・・・コンテストを観ようと思って・・・・・・」
「・・・・・・ルビー・・・ちゃん?」
今度はスザクが眼を瞬かせる番だった。
ルビーが反射的にうなずくと、2〜3秒考えて、スザクはとびっきりの笑顔を見せる。

「そっかそっか!! アイツらが探してた子!!
 何か、仲良くなれるかもっ、ねぇ、コンテスト始まるまで退屈でしょ? 一緒にカイナの街見て回らない?」
声質が分かりやすいほどで明るくなるが、先ほどまでルビーの嫌がっていた甘えたような声ではなくなる。
慣れた、姉が妹に話しかけるような声。
「な、なんであたいが、あんたと・・・!?」
「理由は簡単、あたしもポケモンコンテストが始まるまでヒマだから。
 海の家行って、博物館見に行くの。 ね、ね、ね、どうせヒマでしょ? 1人でもつまんないしさ!!」



なかば強引に引っ張られて、ルビーはすぐ近くにあった砂浜の上へと飛び出していた。
砂が靴の中に入るのをも気にしないのか、
下からも光の降り注ぐ海岸をはしゃぎまわると、スザクは海沿いに1件だけ立っている焦げすぎた茶色の建物を指差す。
「ほらほらっ、あそこが海の家!!
 暗い顔してないで、余ってる時間は有効に使おう!! レディゴー、ルビー!!」
「スザクだったっけ・・・あんた、明る過ぎ・・・・・・なにも考えてないのかい?」
つぶやいた言葉に気付かなかったのか、スザクは変わらない笑顔を向けながらルビーの腕を掴むと、
土汚れやらさびやらで茶色くなっている小屋へと引っ張っていく。
抵抗しようと、ルビーは腕を引きかける。 しかし、スザクの顔を見て瞳を瞬かせると、一切の抵抗を止めた。
つないだ手から感じた、底抜けに明るい笑顔の裏に隠れた 哀しい、笑顔。

「うみサーッン!! サイコソーダ2つぅーッ!!」
ルビーに負けず劣らずよく通る声で、スザクは小屋の主人から缶ジュースを買い取った。
そのうちの1つを「おごりっ!」と軽い調子でルビーに渡すと、自分で持った方のプルタブを開ける。
足取りも軽く、海へと向かって笑いかけると、スザクは手に持った缶を高々とかかげた。
「新しく出会えた『ともだち』に、乾杯ッ!!」
「え・・・あ、か、乾杯・・・」
ノリにもついていけず、ルビーはただスザクに合わせるのみ。
しどろもどろしながらソーダの缶のプルタブをカリカリいじっていると、スザクがルビーから缶を取り上げ、代わりに開けてくれた。


「・・・・・・風、気持ちいいね〜。 いい時期に来れてよかった!!」
青い海を目を細めながら見つめ、スザクはつぶやいた。
何をしたらいいかも分からず、ルビーはうつむく。
「どしたの? もしかして、炭酸飲めなかったとか・・・・・・・・・?」
「・・・あんた、どうしていきなり あたいに話しかけてきた? 初めて会ったのに、どうしてそこまで 心を開くんだい?」
ルビーは質問を返すと、手にしていたソーダを1口飲み込んだ。
強くなってきた風に遊ばれる髪を ほんのちょっとだけ気にすると、スザクは優しい笑顔でルビーの方へと向き直る。
「ルビーが・・・・・・・・・あなたが、昔のあたしに・・・よく似てたからだよ。」
特に答えるわけでもなく、ルビーが瞳を瞬かせると、スザクは先を続ける。
「何だかは分からないけど、なんかあったでしょ、そう遠くない昔に。 空気がピリピリしてるし、ずっと暗い顔してるよ?
 あたしも昔、やなことあって・・・きっと同じような顔してたんだろうね〜。
 放っとけないのよ、今、何もしなかったら、一生、後悔しそうな気がして・・・・・・・・・」





「・・・どうして行かせたの!!」
コハクらしくない大声を出され、サファイアは驚いて退いた。
船を休ませるための浮き桟橋、目の前には、小さなモーターボートと、ハギ、それにマオ。
「で、でもなぁ・・・あのバンダナちゃん「独りで行く」っていって聞かなかったんだぁ。」
「我らの仕事は 船を使こうて人や物を運ぶだけであるゆえ。
 貴様とて、わらわにあの少女を引き止めるよう頼んだわけではなかろう?」
「・・・貴様・・・やて!?」
怒りで歯を噛み締めたサファイアを コハクは腕を使って静止した。
「いいよ、サファイア。 この2人を責めてたところで、何も変わらない。 それよりも、早くルビーを追おう?
 ハギ、それにマオ、船を出して。」
「わらわが、貴様の話を聞く耳を持つと思うとるのか?」
マオが挑発的な笑顔を向け、その場は一触即発状態。
服に取りつけられたホルダーからモンスターボールを外すと、コハクは異様に大人びた表情でマオを睨む。
「僕は、「お願い」してるんじゃないんだよ、・・・・・・マオ。」





「歌いたくなってこない?」
くるりと体の向きを変えると、スザクは微妙に茶色がかった黒の瞳をルビーへと向けた。
楽しそうにルビーの返答を待っていると、やがて、再び青空へと向かって 違う歌を唄いだす。
ルビーもよく知っている 英語の歌。
しばらくその歌を聴いていたルビーは、やがて、無造作にポシェットからハーモニカを取り出すと、スザクの歌に合わせて演奏を始めた。
「・・・歌わないの?」
「歌「え」ないの。」
「理由はやっぱ・・・・・・・・・」
「言いたかないね。」



「さてさてっ、こちらが、かの有名な『うみのはくぶつかん』となりま〜す!!」
スザクは海沿いに建てられた 大きな建物を指差した。
ボーっとした様子で それを見上げていたルビーは、急にクスクスと笑い出す。
「・・・れ?」
「どうでもいっけどさ、その指差した隣にある、『うみのはくぶつかん』って、でっかく書かれた建物、一体なんだろうな?」
「あら?」
差した指を硬直させ、スザクはルビーの指差す先に視線を向ける。
そして、少々顔を赤くした後で、自分の間違いを一笑すると、再び同じ調子で博物館の中へと突入した。





「りぃだぁ〜・・・・・・・・・まだ つかないんですかぁ〜?
 あたしぃ、つっかれましたぁ〜〜〜・・・・・・。」
面倒くさそうに女は言った。
赤いフードから飛び出た髪はボロボロになるまで染められ、そこそこ若いというのに、化粧はかなり濃い。
そんなやる気のなさそうな女に話しかけられた男は、いらだたしげに頭をかきむしる。
足音も大きくなり、歩調を速め、出来るだけ目的地に近づこうと 力を入れている。
「うるさいぞ!! 大体、お前が 前の作戦に失敗しなければ、こんなことにはならなかったんだ!!」
「ていうかぁ、邪魔が入るなんて思わなかったしぃ。」
「今回の作戦は下調べもろくに入れていないんだ。 邪魔が入る可能性も高い、充分に警戒していけ!!」
「はいはぁ〜い。」







博物館に入って、ルビーの瞳にまず映ったのは、青い色だった。
1面、青く塗りたくられた壁が、いかにも『海の』博物館だということを象徴している。
受付で50円を支払って 中へと入ろうとした時、ルビーはスザクに引き止められた。
「ルビー、あたしから離れちゃダメだよ?」
「・・・そー言われっと、余計に離れたくなるんだけど?」
「・・・ふふっ、それじゃ、あたしがルビーから離れないようにしないとね!!」
口では笑いながらも、ポケモンバトルの始まる直前のようなピリピリした空気がルビーの周りを取り巻いていた。
その気配を感じ取り、ルビーはスザクの行動、1つ1つにしっかりと注意を払っていく。
何気ない仕草で 博物館の中を歩き回りながらも、彼女の視線は博物館の半分くらいを占領している団体客へと向けられていた。
そろいのフードつきの赤い服を着た、体格の良い大人たち。
「スザク、なんだい、ありゃあ・・・・・・?」
「え? 会社の慰安旅行(いあんりょこう)かなんかの人たちでしょ?
 それよりこっち!! 岩がうねうねしてて面白いよ!!」


それなりに中を楽しんで、2階も1通り見終えた頃、スザクは2つ並んだガラス管の前で立ち止まった。
一瞬、ボッとした視線でそれを見上げると、包みこむような、優しい視線をルビーへと向ける。
「・・・・・・『ジョウトの水質サンプル』『カントーの水質サンプル』。 同じ海なのに、少しずつ水質が違うんだって。
 フシギだよね、もともと、きっと、同じところから生まれてきてるのに・・・・・・」
何かを考える気も失せ、ルビーはガラス管の中の液体に見入った。
ほんの少しばかり『にごり』の入った海水は、ルビーたちと同じように、何をするわけでもなく、ただ、たたずんでいる。



「・・・・・・静かすぎない?」
10分ほどすると(その間ずっとボーっとしていたらしい)、スザクは急に切り出した。
水を打ったような静けさ、とでもいうのか、博物館の機械の音以外、ルビーとスザクの会話を邪魔するものはいない。
「入り口んとこにいた 団体客が帰ったんじゃねぇかい?
 他に客もいねぇみてえだし・・・・・・」
「やっばいわね・・・・・・」
スザクは自分の携帯電話の時間を見るとつぶやいた。
のぞくのも気が引けて、ルビーは博物館の時計を探す。 壁にかかっている丸い時計は13時30分を指していた。
「・・・・・・・・・ポケモンコンテストッ!!」
「まだ余裕はあるわっ、少し急げば、15分前には・・・・・・・・・」



「・・・・・・だっ、誰かぁ!!!」
耳が痛くなりそうなほどの静けさをかっ消したのは、男の声だった。
何事かと、確認しようと走り出したルビーをスザクは引きとめる。

「危険よ、『マグマ団』が1階を占領してる。
 のこのこ降りてったら、戦いは避けられない、それどころか格好の標的よ。」
「・・・・・・あんたっ!? 知ってたのか!?
 どうして黙ってた!?」
スザクは リストバンドにもなっているホルダーからモンスターボールを取り外すと、1階と2階をつなぐ階段の前へと立ち、油断のない視線を階下へと向けた。
ルビーが感じるだけでも、一瞬のスキも見つからない。
それだけでも、彼女が相当の実力者だということが分かった。

「ルビー、あなたにこの決断をさせるためよ。
 あなたは戦うことをためらっている、だけど、行かなければ誰かが傷つくかもしれない。
 だけど、その意思で動いても 相手は実力者、簡単に返り討ちにあうのがオチよ。 よ〜く考えて答えを出して。
 単純な2択、戦うか、逃げるか。 ポケモントレーナーとして今、あなたに決断を迫るわ!!」


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