【化け物】
ポケモンの歴史は浅い。
そのために、現在では多くがポケモンの存在を認めているが、
過去にはその存在を認めず、『化け物』として恐れられる存在だった。
ポケモンバトルが競技として認められ、
ポケモンリーグの開催が行われ始めたのは、7年前の出来事。
PAGE15.ミュージックファイター
波と砂を蹴散らして、小型のボートはカイナシティへと再び突っ込んだ。
ざわめく潮干狩りに来た客たち。
何十、何百という視線を浴びながらボートの上から転がり落ちた子供2人は 船の上へと向かって抗議の視線を向ける。
「なんだなんだ!? 自分たちから「急げ」っつっといて、ちっとスピードだしたくらいでもうヘロヘロか!?
ったく、最近の若いモンは・・・・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・限度っちゅうモンがあるやろうが・・・
メーター振り切るまでスピード出せとは・・・・・・・・・なぁ、コハ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あぁっ!? コハッ、コハクッ!? コハクが昇天しとる!!?」
「・・・決断を迫る、ね。
よく言ったもんだよ、選択肢なんて 本当はないってぇのに。」
あきれたような声を出しながら、ルビーは自分のホルダーからワカシャモのボールを取り外した。
全く変わらない、油断のない視線を階段の下へと向けつつ、スザクはクスリと笑う。
「あら、後をあたしに任して 逃げちゃうって手もあるわよ?」
「そーゆー選択肢はねぇ、逃げるアテのある奴専用なんだよ。
あたいは、・・・・・・・・・そんなにごたいそうなもんは持ってねぇかんな。」
ルビーはしつこく詮索(せんさく)されるのを嫌がり、スザクの横を抜けて 階段の下へとゆっくりと降り始めた。
ところが、彼女の予想に反し、スザクは手すりを滑り降りながらルビーを追い越していく。
「さよ(左様)ですか。
あ、そーそー、話変わるんだけど、ルビー歌ってくれない?
あたし、ムショーに 身体動かしたくって!!」
「歌えないっつったろ!?
何が起こるかもわかんないんだよ!?」
スザクは太陽のように笑うと、自信ありげに口を開く。
「そのくらいフォローするわよ、あたしこれでも、結構すごいんだから!!」
「マジ?」
「マジ。 こう見えてトレーナー暦4年よ?」
「ねぇ〜・・・はやくぅ、面倒かけないでよねぇ?」
「じょっ、じょじょ冗談じゃないっ!?
きっ、きき君たちのようなっ、集団にっ、わっ、わわ渡すものなんて、1つたりともっ、ないっ!?」
赤い服を着た集団に囲まれている男は パニックを起こしているせいか、聞き取るのが難しいほど早口で抵抗の意を示した。
床の上をはうように後退して逃げようとするが、体格の良い男にむなぐらを掴まれると、音の鳴るほど素早く息を吸い、体を震わせる。
「おぃおぃおぃ、かんちょうさんよぉ、
俺たちみたいな 神聖な集団『マグマ団』が、こーやって丁寧に頭下げて頼んでるってのに、その言い方はねぇだろう?
教えて欲しいんだよなぁ、お前の持っている、建設中の船を!!」
「な!? そ、そそそんなこと、出来る訳がないだろう!?
第一、ふっ、ふふ船の起動パーツがなくなって、私でも動かせないんだ!?」
「聖職者に嘘つくと、ためになりませんぜぇ? ツワブキかんちょう?」
「・・・・・・『きあいだめ』!!」
貫くようなよく通る女の声に 赤い服を着た集団は一斉に振り向いた。
視線の集まる先・・・1階と2階をつなぐ階段の前には はっきりと表情を見せた2人の女、それに、あまり知られていない黄色いポケモン。
そのうちの1人、背の高く、髪を結った方の女が、ゆっくりとした足取りで集団の方へと近づき、こんな状況で見せられることのないような笑顔を向ける。
どこかで見たこともあるような、その表情。
「さぁさぁ、お立会い!! トレーナー界の未来を担う、若い歌姫、ルビーの初ステージよ!!
器具も準備も一切ナシ、上手くいったらごかっさぁい!!
One,two−one two three four!」
「GO!」
あっという間の出来事で、その場にいる人間が反応もできないでいるうちに、3人ほどがワカシャモの手で倒された。
続いて爪を向けられたマグマ団の男も、避けるのが精一杯。
ぴゅう、と軽く口笛を吹くと、ルビーはおもむろに口を開いて歌い出す。
彼女の瞳が 深い茶色から炎のような赤い色へと自然と変化していく。
「・・・・・・デュビデュビパッパ、デュビデュパッパッパ♪」
口ずさんだ彼女のメロディに合わせ、ワカシャモが赤い服の集団へと攻撃をしかける。
軽いステップで走りまわり、大勢いる相手をものともせずに。
同じフレーズが繰り返され、別の場所に固まっている集団にも キツイ一撃。
驚いて退いていくもの、何とか攻撃を命中させようとするものなどで、あたりは一瞬にして騒然となる。
その様子を見て、ルビーは一瞬、笑った。
近づいてくるものから順番に。 悲鳴すら、彼女の『音楽』のハーモニーとなっている。
「・・・なっ、なななんなんだ!?
彼女は、私たちのことを助けに来てくれたのではないのか!?」
スザクが開放した マグマ団に捕まっていた男は ルビーの戦い方に青筋を立てる。
テンポ良く流れていくリズムが 止まらない。
それと同じように、マグマ団が逃げるものだけになった今でも、ルビーとワカシャモは戦うことを止めようとしないのだ。
「『紅の眼』・・・ポケモンと同調し、能力を上昇させたうえでコントロール出来る能力・・・
予想はしてたけど・・・自分で制御できてないんだわ、そろそろ止めなくちゃ!」
「でといで、クリア!!」
スザクは天井に当たりそうなほど、高くモンスターボールを放った。
中から飛び出して、地面の上を跳ねたのは 誰も見たこともないような珍しいポケモン。
ピッ、と小指を立て、軽くほおにあてるとスザクは 今なお歌いつづけているルビーを差した。
「クリア、『さいみんじゅつ』で眠らせちゃって!!」
技の指示が出た瞬間、ルビーのひざから力が抜ける。
流れ続けていた音楽が止まり、ワカシャモは我に帰ったように辺りをキョロキョロと見回していた。
続いて、床の上に『何か』の倒れる音。
「・・・・・・やっばぁ・・・もう後10分しかないっ!!
それでは、みなさまごきげんよう!!」
首から下がっている携帯から手を離すと、スザクはすっかり眠っているルビーを抱えてパニックを起こしたままの博物館から走り出した。
軽く足でつつかれて、ワカシャモが慌てて後を追う。
後に残されたマグマ団の中で、1人髪を痛むほどに染めている女が その後ろ姿を見て、うっすらと笑う。
「へぇ〜・・・、しゃべるだけでポケモンが強くなるんだ・・・めんどくさい特訓しなくていいじゃん、便利ぃ〜♪」
『・・・・・・・・・・・・さぁ、盛り上がりました ポケモン・ハイパーランクコンテスト!!
数多くのポケモンが その美しさを競いあった結果!!
今回のコンテスト、優勝したのは・・・・・・・・・マサさんのホエルコン!!』
「・・・・・・あっちゃあ・・・・・・間に合わなかった・・・」
くーくーと 気持ちよさそうに寝息をたてているルビーをベンチの上に寝かせると、スザクはその場にしゃがみこんで深くため息をついた。
同情でもしたのか、ワカシャモが低くなった彼女の肩を優しくたたく。
「ありがと、優しいね。
・・・キミのご主人様は、キミのこと、どう思ってるのかな・・・・・・・・・?」
茶色い髪を軽くかき分けると、気持ちよさそうに眠っている少女に優しい視線が向けられる。
「ポケモンバトルは嫌がる、ポケモンに対して冷たい態度を取る、何か、トラウマみたいなものも持っている・・・・・・
なのに、どうして? 自分の身を守るだけに持っているはずのワカシャモが、どうしてこんなにキレイなのかな、なついてるのかな・・・?
・・・・・・・・・・・・『アイツ』なら、分かるのかな・・・・・・?」
「いいだろぉ、この『あかいレンガ』!!
これさえあれば、ふっかふかのクッションも! かわいぃかわいぃぬいぐるみも! きれいなまんま飾っておけるぞぉ!!」
人と物とポケモンの行き交うカイナ市場。
体格の良い男は目をキラキラと輝かせているサファイアへと自慢の商売トークを発する。
コハクはコハクで さきほどから広く並べられたポケモン人形を見つめて指をくわえたまま。
この2人、すっかりこの街に来た 当初の目的を忘れてしまっている。
「おおぉっ!! これはよぅ売れそうや!!
数じっこ(十個)仕入れとこ、おっちゃん・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐぎょっ!?」
黒く 影のついた物体が宙を舞い、しゃがみこんで品定めしていたサファイアの脳天を 真上から直撃する。
頭のてっぺんが煙を立てて燃えている。 炎タイプの『ブレイズキック』だ。
「みぎゃあ〜〜っ!! 燃えとる!? 燃えとるッ!!? 30円ハゲができてまう〜〜〜っ!!!」
「んなわけあるかいっ!!
まったく、市場うろついて何やってんのかと思えば・・・・・・見ててイライラするよ、もう・・・・・・・・・」
「・・・ルビー!?」
「・・・ルビー!!」
一瞬息を呑むような間があった後、サファイアとコハクは同時に叫んでいた。
何事もなかったかのように ルビーは人と人の間をすり抜けると、『あかいレンガ』を売っている体格の良い男を上目づかいに見上げる。
そして、サファイアがさきほどまで見ていたレンガを しゃがみこんで観察し始めた。
「いいなぁ、これ・・・・・・・・・あたいのエネコも、こんなのの上なら、汚れないで幸せなのになぁ・・・」
「そうだろそうだろ!! なぁ、嬢ちゃん買ってかねぇか、たったの500円だ!!」
体格の良い男は 飛びっきりの笑顔と思われるものをルビーへと向ける。
しかし、ルビーは浮かない顔をすると、腕に抱えているエネコドールをきつく抱きしめた。
「買いたいけど・・・あんまりお金がなくて・・・・・・ごめんねエネちゃん・・・・・・」
店の親父は そんなルビーをみて頭をぽりぽりとかくと、急にバンダナごしに頭をぐしゃぐしゃとなでた。
「よっしゃ!! そういうことなら負けてやるよ、400円でいいや!!
その代わり、嬢ちゃんの金がたまって、また買いたくなったら、今度も俺の所に来てくれよ?」
「本当!? ありがとう、おにいさん!!」
サファイアとコハクが青筋を立てて下がっていくほど ルビーはキラキラした表情を店の男へと向ける。
まんまと値引き価格でレンガを手に入れた彼女は、店にいる男から見えないような位置まで2人を誘導すると、サファイアの胸を軽く小突いた。
「市場っつっても、多少は自分の利益も考えて売ってんだから、値段そのまんまで買ったらアホくさいっての。
常連客じゃねぇんだから、最初は値引いてもらうもんなんだよ!!」
サファイアとコハクにしてみれば、まったくそれどころの話ではない。
ぽかんと口を全開にして とても風通しのよさそうな2人の姿を見て、ルビーは首をかしげた。
「・・・に、しても、2人して変な格好してんな?
アホに見えっぞ?」
確かに、2人は見なれないポケモンのロゴのついた、Tシャツ姿にキャップ姿。
服の流行りの激しいカイナの中でも、そうとうおかしく見える。
「なんじゃとお〜〜!? ルビー、知らへんのか!?
今、『ちまた』で大流行の、『ヘイ カラサリス』のグッズをぉぉ!?」
「ムロでは大流行だったよ? 見なかったの?」
「バンダナもそろえよう思とったのに、金があらへんで、買えんかったんや・・・・・・¥」
ひたいに手を当てると、ルビーはふかあぁぁくため息をついた。
『バカは死ななきゃ治らない』、恐らく、本気でそう思っている。
「でも、ルビー、どうしてここに?」
「気晴らしにって、あたしが誘ったのよ。」
人ごみをかきわけて現れたスザクが(どうやら今まではぐれていたらしい)、ルビーの肩を持ちながら やや睨むような視線をコハクへと向けた。
今までに見せたことのない動揺したコハクの表情に、ルビーとサファイアの視線が集中する。
「・・・ずいぶん変わって・・・いや、変わらなさすぎで一瞬分からなかったわよ。
あたしに黙って 2人して何か始めようなんて、ちょっとひど過ぎるんじゃないの? 分かってるの!?」
1歩、また1歩と大またでコハクへと詰め寄るスザク、同じ歩数だけ後ろへと下がっていくコハク。
それでも、身長の差も災いし、あっという間に距離が無くなるのは誰の目にも明らかだった。
「・・・ちょっと、これ、借りるわよ。」
見かけにもよらず、スザクは片腕でコハクを掴み上げると、ルビーとサファイアの目に見えないところまで持っていく。
完全に姿が見えなくなった瞬間、聞き取れないほどのものすごい怒号が聞こえ、2人は同時に体を震わせた。
「・・・・・・ゴニョニョの『ハイパーボイス』や・・・・・・」
「いい・・・・・・修行が出来そうだね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・らしいよ。」
猫のように首根っこを掴まれて、コハクがなさけない声を出す。
「『あまりにも頼りないからしばらく鍛える』んだって・・・・・・・・・あの分じゃ、1ヶ月くらいは離してくれそうにないよ・・・・・・」
「はぁ!!?」
「・・・コハク、逃げる方法とかは・・・・・・」
「あらへんなぁ、スザク、僕より強いんだよ・・・・・・・・・・・・」
「お話、終わりましたぁ?」
天使のような笑顔を浮かべたスザクが現れた瞬間、3人は一斉に鳥肌を立てた。
逃げたい気持ちは胸いっぱい、しかし、ハブネークに睨まれたニョロトノのごとく、動かしたくても体が動かないのだ。
「色々と文句もあるだろうけど、なんと言おうと強行させていただきます♪
あなたたちの使命を考えたら、今の実力じゃ どう考えても力が不足してますからね〜。」
何かを言おうとしているのか、空気が吸いたいのか、ルビー、サファイア、コハクは口を陸に上げたトサキントのごとく パクパクと上下に動かす。
一切、声は出てこない。
スザクは再びにぃ〜っこりと笑うと、パンッ、と1発手を叩いた。
「それじゃ! スーちゃんのポケモン集中講座を始めることにします!!
期間は1ヶ月、みなさん、がんばりましょうね〜♪」
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