【ポケモンリーグ】
ポケモントレーナーたちによる、最大のポケモンバトルリーグ。
抽選により選ばれた数百人と、
各地のジムバッジを集めたトレーナーだけが出場できる。
ここで戦えることがトレーナーにとっての最大の名誉であり、
また、上位入賞者は神のように扱われることも多い。


PAGE17.赤い男


「それじゃ、ここでお別れね。」
電気で動く街キンセツシティまでつくと、スザクは他3人を振りかえり、どこか間違っているお辞儀をした。
サファイアたちとは違う方向へ行くために3歩4歩 歩き出すと、急に振りかえり、ルビーを男たちから引き離す。
「・・・がんばってね。」
「あ、おぅ・・・」
スザクはパチリとウインクすると、ガムケースのようなものをルビーへと手渡す。
「ポケモンのコンディションを上げる『ポロック』のケースよ、余ってるから、1つあげる。
 バトルが嫌なら、見た目でバトルすればいいじゃない! どんな資質が眠っているかは、触れてみないとわからない。
 笑顔で、がんばっていこうよ! 女の子の最高のお化粧品は、なんといっても笑顔なんだから!!」
両手で握りこぶしを作ると、スザクはルビーが見たなかでも最上級の笑顔を見せた。
その顔ならば、ものすごく説得力のある言葉となる。
「それじゃ、ルビーがあたしのライバルになる日を楽しみにしてる!!
 ・・・・・・・・・またねっ!!」





もいだばかりのかんきつ類のような匂いを残して、スザクは去っていった。
口に残る苦さをほんの少し息を吸ってはらうと、ルビーは男2人の方へとくるりと振り向いた。
「んじゃ、これからどうすっか? 観光名所でも探しに行くか?」
明るい顔で尋ねてきたルビーに サファイアたちは目を瞬かせた。
今まで、新しい街についても彼女から提案がでたことなど、1度もなかったのだ。
ただ、決まったことに文句を言いながらもついてきただけ。
・・・少しずつ変わっている。 そう思ったのは誰だったか。

「とりあえず、宿取っとこうよ!!
 観光とかジムとかにでかけるのにも、基地があったほうが便利でしょ?」
提案したのはコハクだった。
大体、こういうときに真っ先に考えを出すのがコハクの役目。 そして、ほとんど その案が間違ってはいないらしい。
雨が降りそうだからと店に入った直後に 夕立が降りだし、混むから早めにジムに行こうと言った日は本当に超満員だった。
この日も、その意見はあっさりと通される。



そして、ポケモンセンター。
コハクが受付でチェックインを済ませている間(公式トレーナー以外は本人証明が必要)、ルビーは手のひらの上で一心に何かを指でなぞっていた。
上手く行かないのか、時々首を振ったり頭をかいたりしている。
「・・・・・・な〜に やっとるんや?」
「計算。 ああもう、また間違った・・・・・・・・・」
イライラしてきたのか、ルビーは両の手で軽く太ももを叩いた。
「ワシがやったろか? 『サファイア』目指して練習いっぱいしたったんや、ちょっとは得意やで〜。
 数字言うてみ。」

「・・・・・・願いましては・・・」
ルビーが軽く息をついて口を開くと、サファイアは指先でそろばんを弾く真似をしてみせた。
「(2+7+1+31)×3675は?」
「・・・は?」
「だから、2と7と1と31足したところに、3675をかけるんだよ。」
「え〜っと、41に3675かけて・・・・・・15万とんで675や。
 ・・・・・・・・・なんの数字や?」
「コハクのポケモンセンター宿泊料金。」

サファイアは本日2度目の「は?」を言った。
「1日の宿泊料が税込みで3675円、それが41日ぶん・・・・・・15万だろ・・・一体どこから支払ってるってぇんだ・・・?」
「宿泊料『だけ』で・・・・・・か?
 移動中の荷物も、昼飯代も入れんで・・・・・・!?」
はっっきりと、ルビーは首を縦に振った。
言葉はそこで途切れるが、2人は恐らく同じことを考えている。 コハクに対する、疑問を。





「な〜に話してるの?」
「これからの予定。」
無邪気な顔をして聞いてきたコハクを ルビーはあっさりとかわしていた。
怪訝(けげん)そうな顔をしながらも、ニコニコと笑いながらコハクは話題を作っていく。
「それなら、さっきPMN(ポケモンナース:ポケモンセンターでポケモンの搬入などを担当する人)の人に訊いた(きいた)んだけど、
 この街、ポケモンジムがあるんだって。
 サファイア、下見に行かない? ルビーも、散歩しようよ!!」
「そういや・・・・・・ひとつ気になっとったんやけど・・・・・・」
「はい、サファイア君。」

先生が生徒を示すかのような口調で、コハクはクスクスと笑いながらサファイアを指した。
軽く目を瞬かせると、サファイアは金色の瞳を じ〜っと見つめる。
「なして、ポケモントレーナーはポケモンジムをまわらなあかんねや?
 確かに金は取れるけど・・・それは普通のトレーナー戦でも出来るんやろ? それに、リーダーに勝った証明にバッジて・・・」
「それはね、ポケモントレーナーの祭典(さいてん)『ポケモンリーグ』に出場するためだよ。」
「『ポケモンリーグ』?」
ち、ち、ち、と指を振りながら、コハクはちょっと知っているのが自慢のような口ぶりで話しだした。
「年に1回開催される、ポケモントレーナーの頂点を競う大会。 トレーナー専用機関の・・・最高峰って言ってもいいかな。
 とにかく、全国のトレーナーが1番楽しみにしてるポケモンバトルの大会だよ!
 歴史は結構浅いんだけど、どんどん規模が大きくなっていって・・・・・・今年から、地方大会も開催されるんだって、ホウエンでもやるらしいよ。」
「・・・・・・金になるんか?」
質問をした直後、サファイアはルビーに小突かれる。
クスクスと笑いながら、コハクは続けた。
「お金のためにやってる人はあんまりいないけどねぇ・・・・・・一応、リーグで優勝すれば、200万円・・・もらえたんだったかな?
 準優勝だと半分の100万・・・
 執着するひとはいないけどね、ジムバッジ取らない限り、予選だけで倍率が高過ぎて割に合わないらしいから・・・」
「ジムバッジ・・・・・・取ったったらええんやな・・・・・・・・・?」



サファイアの瞳が不気味に光る。
悪の参謀のような目つきでにょきにょきにょきっとコハクへと迫ると、不気味ににやあぁんと笑顔を浮かべた。
「ワシも2つもっとる、このジムバッジ、もっと集めたったらええんやなぁ?」
「う、うん・・・・・・バッジを8つ集めると、リーグ予選免除されるから・・・優勝できる確率は上がるって言われてるけど・・・」
「よっしゃああぁ!!! 200万はワシのものじゃあ!!」
「どアホ!! そんなに簡単な問題じゃないって、さっきからコハクも言ってんだろ!!」
サファイアの叫んだ声も相当うるさいものだったが、ルビーの声もよく通るからなおさら。
にぎわっているキンセツシティのポケモンセンターは、「やかましい」の表現がよく似合う場所へと化してきていた。
「アホッ、目指すんなら常に最高のものと決まっとるんや!!!
 最高の『サファイア』を! 世界一の金持ちを! トレーナーでもトップになったるわい!!」
「『ポケモンマスター』っていうんだよ、トレーナーのトップは。 今のところ、8人いる。
 でもね、サファイア・・・ジムバッジ取っても・・・・・・・・・・・・」
「よっしゃあぁ!! そうと判りゃ(わかりゃ)、もたついとる場合やない!!
 善は急げや、行くでカナ、チャチャ!!!」

『でんこうせっか』も信じられなくなるようなスピードでサファイアは自分の2匹のポケモンを連れて飛び出していった。
呆然と見送るルビーとコハクは、感心するやら呆れるやら。
「サファイアッ・・・・・・あ〜あ、いっちゃった・・・・・・
 バッジを集めても トレーナーの猛者(もさ)、『四天王』に勝たなきゃ本戦には進めないって言おうとしたのに・・・・・・
 それに、規模が大きくなっちゃったから、地方大会で優勝しても 本戦で勝たないと、本当の優勝にならないんだけどなぁ?」
「追っかけて教えてやれば?
 放っておいたら、どこまでも間違った方向に突っ走るよ、サファイアは。」
「そだね、一緒に行く? 散歩にもなるし。」
ひらひらと手を振って、ルビーは断った。
「遠慮しとくよ、荷物まとめときたいし・・・・・・こいつらの回復も必要だしね。」

ルビーは乱暴にモンスターボールを外すと、PMNの女性へと受け渡した。
振りかえった時、コハクがいつものニコニコ笑いを浮かべているのが目に付き、軽く眉をひそめる。
「なんでい?」
「変わったなぁって思って。 すごく、いい表情するようになったよね。
 初めて会ったとき、自分がどんな顔してたか、覚えてる?」
「よっ、余計なお世話だよ!! そんなに年も変わらないのに、年上ぶってんじゃないよ!!」
「・・・はいはい、それじゃ、僕はサファイア追っかけてくるね。 晩ご飯の時間までには戻るから。」
あまり力も入れず、ルビーはひらひらと手を振ってコハクを送り出した。
冷めた瞳でセンターの治療室を見ると、『いつも通り』、♀(メス)のポケモンに声を掛ける学名マイナンの『ルクス』、
それを止めるため・・・とはいえ、容赦ない攻撃を仕掛けるのは、学名はプラスル、ニックネームは『アクセント』。
「・・・ったく、見てて飽きないねぇ・・・・・・
 ほら! ワカシャモ、アクセント、ルクス!! 回復終わったんだろう、さっさと行くよ!!」
腕を振って合図すると、3匹のポケモンたちはすぐに・・・
いや、ルクスはアクセントが どこからともなく取り出したハンマーに殴り倒され、ずるずると引きずられてきた。
これが『いつもの光景』だというのだから、ルビーはため息が止まらない。



言っても言ってもルクスがモンスターボールに戻ってくれない。
あまり他人に迷惑をかけるわけにもいかず、お目付け役のアクセントも戻すことが出来ない。
「はぁ・・・おっかしな奴らだよねぇ・・・・・・
 さっさと部屋に戻って、道具の手入れでも・・・・・・・・・・・・・わ!?」
あまりにもおかしな格好をした男が目の前に現れ、ルビーは思わず声をあげた。
この暑い季節に、さらに暑っ苦しいびらびらの真っ赤な服を着、妖怪のような化粧をした中年っぽい男が
ルビーの目と鼻の先にまで現れているのだ。

「だっ、だだだだだだ誰だ、てめぇ!!?」
「イエーイ(※)、オイラ、最近はやりのイカしてる(※)ナウい(※)オヤジ、4649(※)!!」
ナウいオヤジと名乗る男はなんの前触れもなく、びらびらした服を揺らしながら踊り出した。
奇怪な男の登場に、ルビーは肩を震わせながら、1歩、2歩と後ろに下がって行く。
「見って見て〜、これ、おニュー(※)のふ〜く!!
 かなりバッチグー(※)って感じだろう? これで、ヤング(※)にバカウケ(※)、君のハートをイ・チ・コ・ロ(※)!!」
答える声すら失い、ルビーはひたすら首を横に振りまくった。
全く聞く耳を持たないナウいオヤジ(時代遅れ間違い無し)は、無視して更に口を動かし続ける。
「もー、竹の子(※)いのち(※)さ!!
 これ着てカイナでフィーバー(※)すれば、おきゃん(※)もむねキュン(※)! トホホ(※)なオイラにおさらばさぁ!!」



「・・・・・・・・・逃げよう、アクセント、ルクス・・・、ルクスッ!!?」
7歩分後ろへと下がって、ルビーはようやく気がついた。
足元にいるのが、アクセントだけだということ、そして・・・ルクスが、ナウいオヤジと一緒になって踊っているということ。
「レッツラゴー(※)!!」
「キュッビビー!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・アクセント。」
「きゅぴ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やれ。」
アイアイサー、と アクセントはルビーへと向かって合図すると、
うるさいオヤジに『でんこうせっか』、続いてルクスに どこかからか取り出したハンマーで問答無用の一撃。
ぎゃふん(※)、と愉快な(!?)音を立て、散々騒いでいたオヤジは「ひんし」状態になる。


「よし、さっさと戻るよ。」
何事もなかったかのような口ぶりでルビーはルクスを片手で持ち上げると、部屋への道のりを歩き出そうとした。
途端、何者か後をつけてくる気配。 しっかり者のアクセントが『でんこうせっか』攻撃で きっつーい一撃を食らわせても。
「・・・・・・まてい・・・・・・・・・・・・・・・」
「嫌だ。」
ずるずるとついてくるオヤジを無視して、ルビーはさっさと歩き続けていた。
その差、すでに50メートル。 それでもオヤジは諦めようとはしない。
ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる・・・・・・・・・・・・・・
「・・・きゅぴぃ・・・」
「わかってる。」
いつまでたってもついてくるオヤジをまくため、ポケモンセンターを15周しているのに、まだついてきているということ。
恐らくは・・・鼻。
ガーディ(注:赤緑青ピカチュウ金銀クリスタルに出て来る子犬ポケモン、鼻がとても良い)よりも効きそうな鼻を使って、追跡しているのではないか。
そこまでしてついてくる執念に、ルビーは寒気を覚える。
「・・・ったく、しょうがないね・・・・・・ちょいともったいねぇけど、『これ』使うか・・・・・・」
ルビーはウエストポシェットの中から茶色い物体を取り出すと、道に放ってまた歩き出した。
ポケモンセンターの中で待たせていたアクセントとルクスを呼び戻すと、さっさと自分の部屋へと帰っていく。
4分44秒後、「そんなバナナ〜!!!?」という奇怪な叫び声が聞こえたのは、一体何故なのだろう。





「たっだいま〜。」
夕方頃になると、コハクが何故か、全身びしょびしょになってヘコむだけヘコんだサファイアを連れ、ポケモンセンターへと戻ってきた。
サファイアの手元にモンスターボールがないことを考えると、恐らく、負けて戻ってきたのだろう。
ちらりとだけ見やって、軽く息をつくと ルビーは手に持っていたハーモニカの手入れをそのまま続ける。
「ゴメンね〜、退屈させちゃって・・・・・・
 あ、ねぇねぇ、もし、ルビーさえ良ければまたハーモニカ吹いてくれないかな?」
魂の抜け切っているサファイアから手を離すと、彼はその場で『ところてん』のようにぐにゃりと崩れ落ちた。
相当負けたことがショックだったのか、それを気にしないのもいつもの2人。
ルビーは磨いた(みがいた)ばかりの銀色のハーモニカを口に当てると、そっと息を吹き始める。
コハクが今までに聞いたことのない、珍しいメロディ。
力強く、そして、優しい。



「・・・・・・わぁっ、すごいすごい!!
 ハーモニカもらってまだ半年も経ってないのに、ルビー、すごく上手くなってる!!
 ねぇ、これ、なんていう名前の曲?」
曲も1通り終わり、ルビーが銀色のハーモニカから口を離すと、コハクはいたくなりそうなほどに手を叩いて賞賛した。
何だか優しい笑顔を浮かべると、彼女はコハクの方へと顔を向ける。
「名前は、まだ無いんだ、歌詞もね。
 まだ完成もしてないから、人に聞かせたのは本当に久しぶりだよ。」
「ルビーが作ったの!?」
「・・・・・・いんや。」
ルビーは首を横に振ると、立ちあがって寝室を後にした(夕飯の時間なのだ)。
まだ話の続きを聞きたそうなコハクと、ショックから立ち直り切れていないせいか、にょろにょろとコハクの後をヘビのようについてくるサファイア。
なんだかんだいって、3人は仲がいい。


「そういえばさ、入り口のところで変なおじさんが『くさや(※)』と一緒に倒れてたんだけど、ルビー知らない?」
「・・・・・・さぁ?」
軽く首をかしげると、ルビーはさっさと食堂へと向かっていった。
もちろん、サファイア、それにコハクも。
そんな感じで、キンセツのあっかる〜い夜はふけてゆく。




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※ 分からなかったら、お父さんかお母さんに聞いてね☆


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