【ポケモンブリーダー】
ポケモンをトレーナーから預かり、育成する人間。
『預かり屋』、『育て屋』などと呼ばれることもある。
また、ポケモンを初めて扱う人間のために、ある程度まで
ポケモンを育てておいたり、増やしたりするのも、彼らの仕事のうち。
トレーナーの方が先だってしまうので、進んでこの道に進む人間は少ないが。
PAGE20.のどかな道の小さな育て屋
何が起こっても起こらなくても、季節は少しずつ過ぎていって、夏が近づけば朝、暖かくなってくるのはどこも変わらなくて。
今日のルビーは、いつもよりも少し早く目を覚ました。
風邪でも引いたのか 喉(のど)が少し痛む。 寝転がったまま、その喉を軽く押さえていると、ささやくような声が聞こえてきた。
「・・・・・・・・・だから、・・・な、・・・」
またサファイアか、とルビーは眉をひそめながら寝返りを打つ。
いつもよりもうるさいな、と、少々気をいらだたせながら。
「・・・・・・ホント! お願い!!」
なかば怒鳴るような声が響き、ルビーの怒りが頂点に達する。
真上にいるはずのサファイアの背中(正確にはベッドの板)目掛け、『とびげり』攻撃。
「うるさいよ!! サファ・・・・・・」
「いや〜〜〜〜〜!?」
どったんばったんと派手な音を立て、コハクがベッドの上から墜落する。
よほど痛かったのか、目に涙をいっぱいためてルビーのことをうらめしそうに見つめながら。
何事かと 目を覚ましたサファイアが、向かいのベッドから様子を見ている。
「・・・あー、そっか。
このポケモンセンター、ベッド2段なんだ・・・・・・・・・カフッ・・・」
「・・・・・・おはようさん・・・大丈夫か、ルビー?」
喉に何か突っ込まれたような感じを受け、ルビーは軽く咳き込む。
痛みにうずくまっていたコハクも、起きあがって心配そうに彼女のことを見つめていて。
「・・・・・・・・・熱、測っとくか?」
「いらないよ、喉が痛いだけ。
熱もなさそうだから、このくらい気合でぶっ飛ばしとけばいいんだ。」
「喉が痛い・・・だけ?」
不安そうな顔をしながら コハクがルビーの顔を穴のあきそうなほど見つめていた。
それこそ本当に、穴のあきそうなほど。
「・・・・・・?」
「あ〜・・・」
「???」
何回も「あ〜」を繰り返すコハクに、2人はひたすら「?」の表情。
「・・・コハク、何がしたいんや・・・・・・・・・?」
「あ〜、ルビー、口開けて。 のど調べるから、口開けて?」
それなら最初からそう言えばいいのに、と ルビーは眉をひそめながらしぶしぶ口を開けた。
コハクはその中に どこからか持ってきたペンライトの光をあてると、まるで医者にでもなったかのように じぃっ、と観察する。
いつのまにか現れた、看護婦代わりのライチュウのD(ディー)。
「・・・・・・あれぇ、喉はれてないよ?
代わりにちっちゃい傷が少しついてる・・・うわぁ、これは痛そう・・・・・・」
「ルビー・・・ナイフ飲み、失敗したんか?」
「あんたねぇ・・・・・・どっからそんな発想が出てくるってんだい・・・?」
声を出した直後、ルビーは痛そうに喉を押さえる。
普段、ちょっとしたすり傷が付いた程度では気にしない人だから、サファイアとコハクの心配はつのるばかりで。
「とにかく、看護婦さん呼んでくるよ。
あ、ご飯飲み込みやすい物の方が・・・・・・いいかな?」
なんだかバタバタしながらコハクはセンターの入り口のほうへと向かって 小走りに出ていった。
その背中を見送っていったルビーは、はぁ〜っ、と深くため息をつく。
「お節介な奴ってさ、たいしたことなくても ちょっとしたケガとか病気とかで大騒ぎするんだよな。
本当に大事なのは、大事になる前に問題を防ぐことだってのに・・・・・・」
「もっと問題にならんよう、大騒ぎしとるんやないか?」
「はぁ?」
「お医者さん、連れてきたよ!!」
どういうことだか問いただそうとしたルビーの言葉をさえぎるように コハクはかなり素早く戻ってきた。
引っ張られ、ぜぇぜぇと息を切らした白衣の男が、息を整えてからルビーの診療にあたる。
少しすれば、なんとなく気まずくって廊下で待っていたサファイアのもとへと、ルビーとコハクがやってくる。
一緒に部屋を出てきた医師に、形ばかりの礼をして。
「どやった?」
「ホウエン地方特有の『カザンバイ』にやられたんだろうってさ。
そんなにたいしたことはないから、しばらくすれば ひとりでに治るって。」
「・・・結構多いらしいね、この地方で目とか、喉とか、鼻とかの粘膜、火山灰にやられちゃう人・・・・・・
お医者さんもすっごい手慣れてた。」
心配損、とでも言いたげにコハクが肩を落とすと、サファイアも軽くため息をつく。
「そら当たり前や、ホウエンは もともと海の底にあった火山が噴火して出来た火山島なんや。
おかげで温泉やらなんやらの観光名所もでけとるんやけど、今でも時々噴火するらしゅうてなぁ、火山灰が降ってくるんやで。」
「さすが、地元人・・・・・・」
感心したようにルビーは腕を組む。
自慢げにふんぞり返っているサファイアに コハクは1本指を立てた。
「で、提案なんだけど、これから隣町の『シダケタウン』に行きませんか?
そこの町は、風向きの関係で 火山灰がほとんど落ちてこないそうです。 そこで、ルビーの療養もかねて、ゆっくりしませんか?」
妙な丁寧口調で口を利くと、コハクの仕草が なんだかのんびりになっているような気がした。
口で言った「ゆっくり」を体で表しているのかもしれない、当人以外、分かることでもないのだが。
「別に問題あらへんで〜。
シダケは評判ええねんけど、ワシも行ったことはなかったさかい、観光ついでやな〜。」
「それじゃ、決まりだね。」
何かを言おうとしていたルビーの口を塞いで、コハクはGOサインを出す。
ここより西の小さな町、次の目的地はシダケタウン。
サファイアが荷物をまとめるのに少々手間取って、出発したのは太陽が少し高くなってから。
南からの強い風が吹き、本日はお日柄もよろしくて。
「気持ちいいね〜。」
速いスピードで流れていく雲を見つめながら、言葉をもらしたのはコハク。
「こんなに気持ちの良い日に狭いボールの中じゃ可哀想(かわいそう)」とのことで、彼のポケモン4匹、ボールの外。
それにならって、ルビーのポケモン3匹、サファイアのポケモン2匹も楽しそうに駆けまわっている。
特に誰かが気をつかって話を持ち出すわけでもなく、
迷子にならないよう、サファイアと一定の距離を保っていること以外は3人、自由にそこらを歩き回って。
時に、トレーナーがバトルを求めてくることがあって。
「・・・・・・ポケモンバトル、申し込んでもいいかな?」
頼まれたのはルビーの方。
サファイアが間に入って自分が戦おうとするのだが、コハクに止められる。
「ルビーが断るまで待っておいた方がいいよ、トレーナー同士のバトルは、基本的に止められないことになってるから・・・
でも、バトルついでにナンパするつもりだろうから、注意しておいた方がいいんじゃないかな?」
「はぁっ!? ナンパかいな、あのルビーが!?」
ひそひそ声で話しているコハクの考えをぶち壊すほどの大声で サファイアが返答する。
当然のように、止める間もなく『コメットパンチ』がサファイアの後ろ頭にぶつかってくるわけで・・・
「・・・いいけど、こっちは声で指示出さないかんね。
あたいが使うのは、この・・・・・・」
ルビーは腰のポシェットから取り出す。 銀色に光る、ハーモニカを。
「OK? それじゃ、始めようか、愛と友情のポケモンバトルを!!」
白い歯の光るエプロン姿の・・・ブリーダーと呼ばれる男の笑顔に、ルビーは鳥肌全開。
そのせいか ただ弱かっただけか、男の出してきた1匹目のポケモンは瞬殺される。
「あらま・・・意外に強かったんだなぁ、ルビー・・・」
のん気に感心するコハクも気にはされず、男は2匹目のポケモンを呼び出した。
小さな流線形の体の、鳥型のポケモン。
「スバメ、『にどげり』を打ってくるような格闘ポケモンだ、『つばさでうつ』攻撃なら有効のはず!!」
青い空を旋回して 自分へと突撃してくる青いポケモンを見つめると、ワカシャモはルビーのハーモニカの音に合わせ、『ひのこ』を吹き出した。
赤々と燃える火はすいすいと空を泳ぐスバメに あっさりとかわされる。
「せっかく先制を取ったのに、残念だったね。
このスバメはかなり『すばやさ』が高いから、そうそうついてこられるものでもな・・・」
自慢げに男が語っている間に、深い青色のスバメの羽根に炎が燃え移る。
男が反応できずにいる間にも 羽根にまとわりつく火を消そうとスバメは
必死に暴れまわったり、羽根をばたつかせたりしていたが、結局地面の上を転げまわるまで火は消えずじまい。
青い草の上に横たわった小さな鳥は 空気を求めて胸を上下に動かし、もはや戦える状態ではない。
「・・・なぜだ?」
信じられない、というふうに言葉をもらしたポケモンブリーダーの男に、ルビーはハーモニカから口を離し、説明を付け加える。
「昨夜より、海洋前線接近中。
本日、南からの強風に注意するように・・・・・・・・・ん・・・」
「ルビー、無理にしゃべらないほうがいいよ・・・まだ痛むんでしょ?」
心配して声を掛けるコハクの言葉を ルビーは腕でさえぎった。
再びハーモニカを口につけようとして、止める。
対戦相手の男が 戦いの構えを解いて 歩み寄ってきたからだ。
「・・・・・・病気を押してまで、ポケモンバトルをやっていたのか。
見上げた気力だけど、感心は出来ないな。」
ルビーの代わりに コハクが会話を持っていく。
横からじと〜っとした視線で睨む サファイアの視線を感じなから。
「療養するために、シダケに行く途中だったんです。」
「そうか、なんなら療養している間、そこの施設にポケモンを預けていくかい?
ボクたちは 育てのプロフェッショナル、ポケモンブリーダー、預かったポケモンは責任を持って育てるよ。」
ルビーは、首を横に振った。
その直後、ドカン! と派手な音が 辺りに響き渡る。
見れば、いつもの調子でナンパへといそしんでいるルクスを、アクセントが成敗している真っ最中。
右手で軽く にぎりこぶしを作り、ルビーはその2匹を親指で差した。
どういうことなのか、なんとなく分かったらしく、コハクが苦笑する。
「・・・・・・目が離せませんね。」
「そうか・・・」
男は笑うと、コハクへと向かって何かを耳打ちした。
途端、下から上へと、肌の上をウェ〜ブのように連続して立っていく鳥肌。
あからさまな作り笑いを浮かべて、男と別れ、歩くこと20メートル、コハクはその場でしゃがみ込んでしまった。
「・・・・・・?」
「どないしたんや、コハク・・・・・・?」
う、う、う、と嗚咽(おえつ)のような声をもらすと、コハクはへばりつくように両手を地面に突く。
「『君みたいなかわいい娘なら、割引にしてあげるからね』って・・・・・・
・・・・・・僕、男なのに・・・・・・」
「男・・・なんか?」
「男だよぉ・・・何度も言ってるじゃないか・・・」
ルビーはため息をつくことしか出来ず、サファイアは頭の上に『?』を乗せるばかり。
ポケモンたちが 言葉を話せるわけもなく、その場にはコハクの泣き声のようなものだけが渡っていく。
何が起こっても起こらなくても、季節は少しずつ過ぎていって、夏が近づけば昼は太陽がまぶしくて。
風は強いがのどかな1日、今日もゆっくり過ぎていく・・・・・・
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