【トレーナーになる条件】
基本的に、トレーナーになるための条件はない。
連れているポケモンを養うことができれば、
年齢、性別、学歴、犯罪歴すら、何も条件とはされない。
ただし、未成年の場合は 親の許可が必要となる。
トレーナー志望の子供は多く、1度トレーナーとなるとその多くが
家業を継がなくなるので、このことが家族間の論点となることは多い。


PAGE21.陽の当たる場所


「・・・どーお、ルビー?」
陽の光が多く差しこみ、なんとなく白っぽい印象を受ける シダケタウンのポケモンセンター。
特にジムがあるわけでもなく、目立って見るものがあるわけでもないせいか、見える範囲にいる宿泊客もまばら。

「んー、だいぶラクだね、気分的に。」
ルビーは 指先で喉の調子を確かめるようにしながら コハクの質問に答えた。
にこぉっと妙に子供らしい笑顔を浮かべると(それだけでも「よかった」という声が聞こえてきそうなのだが)サファイアの見張りへと向かう。



そんなわけで、シダケタウンのポケモンセンター、今見えるのはルビーとそのポケモンたち。
ワカシャモ、それにプラスルのアクセント、マイナンのルクスは昨夜ちょっとした事故があって、ボールの中。
太陽が高く昇れば ポケモンを捕まえるためにみんな出払ってしまい、辺りは、少し不安を感じるほどまでに静かで。
「・・・・・・・・・・・・なぁんにもない・・・」
ささやくようにつぶやくと、ルビーは小さな足音を立て、自分もセンターを後にしようと 少し重い扉を押した。
爪でこするようなワカシャモの足音の聞こえる中、片方だけ開かれた扉からは 白い光が差しこみ、瞳に突き刺さる。
前日の雨の仕業か、湿った草の匂い、緑色の風、西の空には虹。
「・・・でも、ないっか。」





「え〜天気や・・・・・・・・・」
ぽかぽか陽気にさそわれて、サファイアはふらふらと近くの街道を散歩する。
但し(ただし)、非常ーうに危険につき、モンスターボールから出してもらっているヌマクローのカナも、
ツチニンのチャチャも、気苦労が絶えることはない。
どっちの横道に入り込むか分からない主人に、ワザとはぐれそうになる振りをしてみたり、別のものを見つけた振りをしてみたり。
そうでもしないと、主人の身の危険=自分たちの危険となりかねないからだ。
やがて、ようやく追い付いてきたコハクの姿を見つけ、2匹はほっと胸をなで下ろす。
「・・・やっと見つかったぁ。
 サファイア、育て屋さんにポケモン預けにでも行くつもりだったの?」
「はえ? どうせ やることもあらへん思たから、
 工事中のトンネルっちゅうとこを見に行くつもりやったんやけど・・・?」
なんだか深いため息をつくと、コハクはサファイアが今きた道を びしっと指差した。

「逆。」
・・・・・・1、2、3、4、5、6、7。
「あら?」
「「あら」じゃないって・・・工事中のトンネルは、来た道戻って、シダケタウン抜けた反対側だよ。
 それに、カナシダトンネルは・・・・・・・・・・・・」
「うわあぁっ!!?」
突如響く、子供の叫び声。
直後 近くの草むらから飛び出して来た野生のポケモンたちが サファイアとコハクの間をすり抜けていく。
「・・・なんや、前にもこんなことあったような・・・・・・」
「そんな悠長(ゆうちょう)なこと、言ってる場合じゃないって!? K(ケー)、『いあいぎり』で背の高い草から切り裂いて!!」
指示が出てすぐ、サファイアが予想もしていなかった方向の生い茂った草が切り倒される。
背の低くなった草むらの奥に見えるのは、次々と他の草をなぎ倒していく キモリのK(ケー)の影のみ。
呆然とサファイアが見守るなか、5メートルほど草むらが切り刻まれたとき、全く別の影が草むらの中から飛び出してくる。
追って飛び出してきた、緑色の影も。


「のわああっ、貝割れポケモンかっ!!?」
オーバーリアクションでのけぞった弾みで サファイアはポケモン図鑑を取り落とす。
「違うッ、人だよ!! ポケモンに狙われてる・・・、I(アイ)、『ねんりき』で追い払って!!!」
「ふうっ!!」
コハクのポケモン、ラルトスのI(アイ)が巻き起こした風で 緑色のポケモンは一瞬動きを止める。
その直後に 何かが破裂した音が響き、今にも男の子に襲いかかろうとしていたポケモンの姿は きれいさっぱり姿が消えた。
まるで、神隠しにでも会ったかのように。



「・・・・・・なんや、ポケモンの方消えてもうたで?」
見えなくなったポケモンの姿を探そうとするサファイアを、止めてくれと言わんばかりにカナが引き止める。
その背後では息を切らせてうずくまる 色の白い少年とそれをなだめようとするコハク。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です、ケガもないみたいなので・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・あれっ、もしかして、コハクさん? それに、サファイアさん?
 お久しぶりです、いつかお世話になったミツルですよ!!」
色白の少年は 顔を上げるとサファイアとコハクの顔を交互に見比べた。
目を瞬かせ、それぞれ顔を見合わせるのは・・・
「誰やったかな?」
「え〜っと・・・・・・」
がーん、と聞こえない効果音が響き渡る。
表面上では笑顔を取り繕っていても、ひくひくと頬(ほお)が引きつっているのは隠せない。
「忘れちゃったんですか、ボクのこと?
 トウカシティであなた方に助けられた、ミツルですよ!!」








「・・・退屈だ・・・・・・・・・」
さびれるだけさびれた みやげ物屋(のような売店)で、ルビーは本当に退屈そうにしゃがみ込んだ。
普通ならあからさまな営業妨害にすらなりうるのだが、それでも邪魔にならないくらい その店は閑古鳥(かんこどり)がカァカァ鳴いている。
喉の故障のせいで軽くせき込んだルビーを ワカシャモが優しくなだめる。
その腕を振り払うと、彼女はケホケホせき込みながら、フラフラと店の外へと歩き出そうとした。
途端、ルビーは張り倒されそうなほどの勢いで 真正面から、抱きつかれる。

「ルビーッ!! 久しぶりっ、会いたかったぁ!!!」
「スザクっ!!?」
現れて大騒ぎすることタイフーンのごとし。
ルビーを抱き上げてくるくると回転すると、手首につけていたモンスターボールをなんと全て1度に開く。
「・・・ちょいと!? こんな所でボール開いたら、店の親父にどやされて・・・・・・」
「だーいじょうぶ♪ 店のおじさん、寝てるみたいだし。」
ちょいちょい、とスザクが指差した先には、ぐっすりといびきを立てて眠りこけている、さびれ店の店長。
その上をひらひらと舞う、ちょうちょのようなポケモン、恐らくはスザクの。
「まさか、そのひらひらポケモンに『ねむりごな(※相手を眠らせる技)』を命令したってぇんじゃ・・・・・・・・・」
「ん?」と声なのかそうでないのか分からない音を出しながら、スザクは極上の笑顔を向ける。
わざわざ逆らうのもシャク、そういう結論に達し、ルビーはため息を1つついて その店を後にすることにした。


「ほらっ、ミナモでルビーが好きそうかなって、おみやげ買ってきたのよ?
 スーちゃんえらいでしょ?」
少しばかり自慢げに スザクは可愛らしいラッピングのついた紙袋をルビーへと手渡した。
女の子なら、誰でも立ち寄りそうなファンシーショップの袋の中には、小さくて軽いものがパンパンに詰まっている。
「・・・開けても、いっか?」
「もちろん♪」
許可も得たことだし、とルビーはその場でガサガサと包みを開いてみた。
ピンク色を基調にしたカラフルな袋からは、モノトーンの小さなプラスチックがかった物体が 次から次へとルビーの手の上へと転がり出す。
色々な音楽記号の入った、ヘアーゴムだ。
「あたいに?」
「うん! バンダナで隠れちゃって分かりにくいけど、結構髪長いんじゃない?
 『海の博物館』のときに、延々15分歌い続けてたくらいだから、こういうのも好きかなって思って。」
10数個あるそれを、ルビーはじっと眺め続けていた。
しばらくして顔を上げれば、さきほどの不機嫌さもなくなっていて。


「・・・・・・・・・ありがと。」
「うんっ!!」
「でも、どうして こっちに来たってえんだ? 東の方に行くって言ってたじゃねぇか。」
どこかに行ってしまいそうなワカシャモとアクセントを呼び寄せると、ルビーは疑問の眼差しでスザクへと尋ねる。
ぴっ、と1本突き立つ、スザクの人差し指。
「うん、ミナモシティまで行ってたんだけどね、コンテストも終わったから飛んできたのよ、ぴゅーって。
 ルビーの方はどう? ここまで来たってことは、挑戦するの、ポケモンコンテスト?」
「へ?」
かすかによぎった疑問をぶつける暇もなく、ルビーはすっとんきょうな声を出して目を瞬いていた。
スザクはルビーの足元へと戻ってきたアクセントを抱き上げ、さも当たり前かのような口調で話を続ける。
「だって、ポケモンコンテストの1番最初の段階、ノーマルランクコンテストは このシダケタウンで行われてるのよ?
 この子110番道路で捕まえた、アクセントちゃんよね、すっごく可愛いじゃない!! ねぇ、ルビーもコンテストに参加しなさいよ!!」
キラキラと光るような笑顔を向けるスザクも、つんとした態度のアクセントにはそっぽを向かれる。
人間2人は 両方とも頬(ほお)を引きつらせていて。

「・・・・・・可愛い? こいつが?」
愛想笑いなのか別の意味を持つものなのかは分からないが、ひくひくと笑いながらルビーはアクセントを指差す。
それが気に障った(さわった)のか、パチリと電気の弾ける音が鳴ると、(スザクに降ろしてもらった)アクセントはいよいよそっぽを向いてしまった。
「あれれぇ? 怒っちゃったかな?
 ほら、アクセントちゃん、にっこり笑おうよ!! そしたらすっごく可愛いよ?」
スザクの子供をなだめるようなしぐさに ルビーは軽く含み笑いをした。
声にこそ出さないが、振り返るとスザクは『?』な表情を作る。
「・・・まるで コハクだな。」
「そーよ、あたしもコハクも、影響受けてるからね〜。 ・・・・・・・・・ずっと前から、この世で1番優秀なトレーナーのね。
 ねぇ、それよりもどうするの? ポケモンコンテスト、出る? 出ない?
 あたしは出て欲しいな〜、ルビーだったら すっごいステージ用意してくれそうだし!!」
「・・・・・・別に、いいんだけどさ。
 でも、こいつの場合・・・」







「ミツル・・・ミツル・・・・・・」
「・・・え〜と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あからさまに忘れられ、色白の少年、ミツルのショックはかなり大きそうだ。(読んでいる人の中でも覚えている人がいるかどうか・・・)
力のないため息をつくと、ひざについた泥をはたいて、改めてサファイアとコハクの方へと向き直る。
「はい、トウカシティでお世話になった、緑野ミツルですよ。
 2度までも助けていただいて、本当に感謝しています。」
ミツルはそういうと、丁寧かつ自然に 深く頭を下げた。

「でも、なんであんな草むらの中に1人でいたの?
 野生ポケモンが徘徊(はいかい)してて、トレーナー以外の人間が入ったら危険だって、分かることだよね?」
「はい、危険だというのは知っていましたけど、
 ・・・・・・だけど、ボク、どうしてもポケモンが欲しかったんです。
 こんな田舎町でも、ポケモンと一緒なら乗り切れそうな気がしましたし、元気になれば、サファイアさんやコハクさんみたいに、旅が出来る。」
何となく気持ちが分かるような気がして、サファイアはうんうん、とうなずいてみる。
ポケモンがいるからこそ出来ることが多い、最近はよくそう思っている。


「D(ディー)、K(ケー)、I(アイ)、N(エヌ)、戻っておいで。」
驚くほど冷めた声で、コハクは自分のポケモンを呼び戻す。
珍しく早く戻ってきた(鈍いためいつも遅れてくる)ノズパスのN(エヌ)をモンスターボールに戻すと、
フラフラとマイペースに歩いてくる 白いポケモンに金色の瞳を瞬かせる。
少女によく似た形をした、驚くほど美しいポケモン。
「あっ、I(アイ)!?」
派手にずっこけると、コハクはまたしてもサファイアが驚くほどの、今度は調子を外した声でポケモンに叫びかける。
何でもないような素振り(そぶり)をすると、2周りほど成長したポケモンは、いつものようにコハクの元へと戻ってきた。
落っことしたポケモン図鑑を拾い上げると、サファイアはその画面をのぞいてみる。
「ん〜、『ロゼリア、いばらポケモン』高さは・・・」
「違う違う・・・・・・」
身振り手振り、更には口まで添えられて、サファイアはポケモン図鑑のページを直す。

「『キルリア、かんじょうポケモン。
 頭のツノで増幅されたサイコパワーが使われるとき、周りの空間がねじまがり 現実にはない景色が見えるという。』やて。
 あんのちびっ子が、えろうキレイになったもんやなぁ?」
言った直後にサファイアが頭痛を起こしたのは、恐らくI(アイ)がやったせいだろう。
苦笑するコハクをよそに、ミツルは進化したI(アイ)を まじまじと見つめる。
「はい、キレイですね・・・・・・
 いいなあ、ボクも、こんなポケモンと一緒に旅に出られたらなあ・・・・・・」
「・・・・・・そんなに、旅に出たいの?」
コハクの質問に、ミツルは大きくうなずいて見せる。
「はい!! ボク、小さい頃から体が弱くて、それで・・・・・・
 ポケモントレーナーになって、ポケモンと一緒にいろんな世界を見てまわることが夢なんです!!」
「・・・そっか。」
なぜか哀しそうな笑い方をすると、コハクはいつもの通りの笑顔を浮かべ、立ち上がった。
サファイアとミツル、2人の手を引くと、180度回転。 シダケタウンへの道を歩き出す。
もちろん、ミツルを今泊まっている家へと 送り返すためだ。








「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あい。」
ミツルを家まで送り届け、サファイアもポケモンセンターの中へと送り届けた(なかば放り込んだのに近いが)夜、
コハクは『夜のお散歩』と称し(しょうし)、シダケの町をポケモンたちと一緒にぶらぶらと歩き回っていた。
そんな折り、1人きりになれるような場所でコハクは立ち止まって 誰かの名前を呼んだ。
足元まで寄ってきて、同じように立ち止まり、顔を見上げたのは キルリアのI(アイ)。
「話が、あるんだけど。」
コハクはそう言うと、手近な場所を見つけて座り込む。
気を利かせているのか、いつのまにか周りに他のポケモンたちの姿はなくなっていた。



そこから、また時間が経過する。
日もとっぷりと暮れて、夕食の時間もとっくに終わって、昼間動くポケモンたちもさっさと眠りについている。
爪を切っても怒られる、口笛を吹けば泥棒がやってくる、なんていう話を聞いたこともある。
そんな時間。
ミツルは窓の外を眺めていた。 よくある、『目が冴えて(さえて)眠れない』という理由で。
いつもなら、ガラス越しに風の音だけが響く。
さほど変わらない日のはずだったのだが、何となく、流れる風が窓を叩いたような気がし、ミツルは窓を開いた。
「やあ。」
「はい、やあ・・・・・・・・・って、何してるんですか、コハクさ・・・!!」
『しーっ』、とコハクは自分の唇に指を当てる。
「時間が時間だから、あんまり大きい声出さないでほしいな。
 起きててくれてよかった、本当は明日にしようかと思ってたんだ。」
「はい、起きてましたけど・・・・・・一体、なんの用事ですか?」

コハクはミツルに手を出させると、その上に赤と白の球体を置いた。
驚きのあまり、叫びそうになっているミツルを見て、再び『しー』、と 唇に指を当てる。
「ルビーやサファイアが持ってる図鑑の番号では30番。
 学名はキルリア、レベルは17、性別は♂(オス)、見えないだろうけど、結構きまぐれ、特性は『シンクロ』。
 ニックネームは『あい』、普段はアルファベットで呼んでるけど、ひらがなで『あい』。」
「・・・はい、あい、ですね。
 でも、このポケモンを・・・・・・・・・ボクに?」
さりぎわに見せるような、哀しそうな笑顔を浮かべると、コハクは大きくうなずいた。
ミツルの 白い手のひらに納まっているモンスターボールを軽くつつくと、目をそらすことなくまっすぐに見つめる。


「でも、約束だよ。
 お医者さんから正式に『旅に出てもいい』って許可が出るまで、絶対に旅には出ないこと。
 そのために、1日でも早く病気を治すこと。
 あと、絶対に途中であきらめないこと、病気の治療も、あいの育成もだよ?」
「はい、絶対にあきらめません!!
 コハクさん、本当にありがとうございます!!!」
再び『しーっ!!』と言い直さなくてはならないほど、ミツルは興奮した声で礼をのべた。
きちんとした形で紹介するまで、モンスターボールを隠しておいた方がいい、との助言を伝えると、
コハクはそのままミツルの家に背を向け、ポケモンセンターへの道を歩き出す。




「・・・らぁう、らうらぅ、らーいちゅ?」
帰り道の道すがら、後をちょこちょことついてくるライチュウのD(ディー)が、黒い眼をぱちぱちさせながら
まるでコハクに話しかけるかのように 鳴き声をあげた。
歩調をまったく変えることなく、コハクは歩きつつも首を横に振る。
「寂しい(さみしい)よ、寂しいに決まってるじゃんか。
 でも、夢って言われたらかないっこないよ、それに これが僕の『仕事』でもあるわけだしさ!!」
「ライチュ、ら〜あ?」
不安げな瞳で自分のことを見上げているD(ディー)に気付くと、コハクは笑顔を作った。
放たれた質問らしきものに答えを差し出すと、少しだけ優しい表情になって、再びポケモンセンターへと進路を向ける。
その瞳から、涙が流れることはない。


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