【ポケモンの歴史】
はるか太古からポケモンそのものは存在していたが、人間と関わりあうようになったのは本当に最近のこと。
この得体の知れない生物たちに『ポケットモンスター』という名がついたのは、7年前。
同時に、ポケモンリーグの初回開催もその時期とされている。


PAGE25.とっとこ


〔ルビー、コハク、スザク、元気しとるか〜?
 ビィッグビジネスが入ったったんや、依頼人はメノウっちゅう15、16ん男や。
 ん〜、何から話せばええんか分からんが、ホウエンのどっかにおる『カイオーガ』っちゅうポケモンを眠らしとくことが
 仕事の内容や。 おっと、これ以上は教えられへんで、企業秘密っちゅうもんやからな・・・・・・(しーっ)!
 そないな訳で、しばらく別行動になるっちゅうわけや、かっわえぇ〜アイドル、サファイア君がおらんでも、淋しがらんときや〜v〕



んん〜・・・と、サファイアは晴れ渡った空に向かって大きく伸びをした。
既に、ルビーたちのもとを離れて5日。 3人、ないし2人が自分たちを追いかけてくるような気配はない。
出発してから メノウのもとにすぐにかかってきた電話は、彼が取らずに切った。
その日から電源のつけられていないポケモンギア、カバンに下げられてはいるものの、それを気にする人間がいないというのは、実に奇妙なもの。
「おはよう。」
「ほあ、ん、あ〜、おはようさん、メノウやったな。」
冷え切らない程度に暖められた朝食が、美味しそうな匂いをただよわせていた。
火にかけられたフライパンの上で、カリカリにするために放り込まれたベーコンが じゅうと音を立てる。
ぷちぷちと小さな音を立てるベーコンから目を離さずに メノウは苦笑した。
「名前くらいは、すぐに言えるようになってほしいな〜。」
「すまんすまん・・・せやかて、ややこしいんやもん、名前が2つもあるっちゅうんは・・・・・・・・・
 どっち言えばええんか、迷ってもうて・・・・・・」
よくよく見ないと分からないほどうっすらと笑うと、メノウはベーコンを皿に取り分けた。
「『メノウ』で 覚えて。 僕と君が話す時は、その名前しか使わないだろうから。
 『ゴールド』の名前は、忘れてくれても構わないよ。」

サファイアは取り分けられたベーコンを よ〜く噛んで(かんで)味わうと、大きめの瞳をメノウへと向ける。
なんとなく、疑問の眼差し。
「でも、それホンマの名前なんやろ? 誰からも呼んでもらえへんで、淋しゅうないんか?」
パキッと自分のために炒めたアスパラガスを噛み切ると、メノウはもう1度微笑んだ。
口の中に入っているものを 飲み込んで取り除き、小さく息をついて、迷う様子もなくサファイアの瞳を見つめる。
「『僕の名前はメノウです。 ジョウト地方からアクア団とマグマ団を止めるためにやってきました。
 名前は言えませんがある人から依頼を受けて仕事をしています、報酬はありません。
 その代わりに、仕事が失敗すると 人の命が消える可能性があります、だから一生懸命やるつもりです。』
 これだけ、考えるようにしてる。
 失敗させたくないんだよ、今回の仕事。」
「得にもなれへんのにか!?」
「『命あってのモノダネ』、違う?」
サファイアは危うく口の中のものを吹き出しかけた。
頑張って飲み込むと、代わりに言葉を吹きかけるように連射する。
「3日前に『命がけの仕事になるだろうから、心してかかるように』言うたやないか!?
 矛盾してへんか!?」
「守りたいのは、『自分の』命じゃないからね。」
あくまでも淡々と話すその口調に サファイアは言葉を失った。
出発してから5日、いつもこんな調子である。



「んで、今日は一体何するんや?」
とても少年が作ったとは思えないほど上出来の朝食を食べ終わり、サファイアはメノウに聞いた。
既に食事を終え、自分のポケモンたちとトレーニングをしていたメノウは その手を止め、向き直って質問に答える。
「今日はキンセツ向こうまで一気に移動するよ。
 それから、適当な場所を見つけて、修行を開始するんだ。」
からになった皿を片付ける手を止めて、サファイアは実に奇妙な顔をする。
「キンセツ向こうやて? ちょいまち、今、ワシらはどこにいるんや? 5日もかけて 今までどこに移動したったんや?」
「シダケタウンのまわりを ぐるぐる回ってたんだよ。
 遠くに行くと、かえってポケモンの能力とかで探知されやすくなるからね。
 『灯台元暗し(とうだいもとくらし)』っていうわけ。」
「・・・・・・あんた、スパイか?」
手早く荷物を片付け、メノウはもう出発する体制に入っていた。
赤いパーカーにキャップ、少な目の荷物、高い背、落ちついた声。
「かもね。 さぁ、早く出発しよう。」
『仕事』として引き受けた以上、サファイアもそんなメノウについていくしかないわけで。


そんな訳で2人は歩く、のどかな道を歩く歩く。
ただ歩くだけ、というのも気まずいのか、会話をかわすことにはかわすのだが、しゃべる割合として、
サファイア9,9、メノウ0,1くらい。
がらがらがらがら・・・・・・・・・

がらがらがらがら・・・・・・・・・
「さてさて、本日の商品はこちら!!
 これ1つで50人分の炒飯(チャーハン)が作れる『万能中華鍋』!! お値段8万9800円!!」
がらがらがらがら・・・・・・・・・
直径が1メートル以上あるドーム状の物体を サファイアは引きずって歩いている。
名称と値段は上記のとおり。 重さは2,5キロほどらしい。
がらがらがらがら・・・・・・・・・と、音が鳴っているのは、底がこすれて鳴っているから。
「重くないの?」
「大事な商い品や、置いてくわけにいかへんやろ。
 それに、こないな使い方すれば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そう言って、サファイアは中華鍋を頭からかぶる。 その姿は・・・言ってみれば、黒いカメ。
結構な深さがあるので、人1人入っていられるくらいのことはできるのだが、
結構な重さもあるので、取っ手が隙間(すきま)をあけなければ、脱出も難しい。
・・・・・・・・・ここで予想がつく人間もいるだろう。
「敵さんからの襲撃からも逃れられるし、何かが上から降ってきてもあんし・・・・・・・・・」


がこん。

ぱきっ、カランカラン・・・カラン・・・・・・・・・・・・


しばらくして、
叫び声よりなにより前に、なんだかすすり泣きのような声がメノウの耳に届いた。
上海(しゃんはい)式の中華鍋は、コの字型の取っ手が見事に2つとも外れ、ただの半球型の鉄の固まりと化している。
その中に閉じ込められたサファイア。
何とか脱出しようとガタガタゆすりをかけるが、力が重さに負けて、一向に脱出できる気配はない。
「助けて・・・助けて・・・助けて・・・・・・くれひん?・・・くれひん?・・・くれひん?・・・・・・」
中途半端にエコーした声が響き、また、111番道路に静けさが戻る。
どうやら、メノウはあまりの事態に対応しきれず、硬直してしまっているらしい。
変化の起こらないこと15分、ようやく動きを取り戻してしゃがみ込むと、メノウは元中華鍋の底(上に来てしまっているが)を叩く。

コンコンコン・・・・・・

「入っとりまっせ〜・・・・・・・・・・・・って、トイレのドアちゃうわっ!!?」
「ナイス突っ込み。」
見えないのを承知(しょうち)でメノウは親指を立てて『GOOD!』のポーズを作る。
精神的に立ち直ってきたのか、黒光りする半球体はガタガタ揺れると ずるずると滑るように動き始めた。
その姿、スー○ーマ○オに出てくるメッ○の如し(ごとし)。
「・・・ねぇ、その格好で あと20km歩くつもり?」
ずるずるずる、ごとん。 という音を立て、サファイア入りの元中華鍋は停止した。
再び、ずるずるずる・・・とすすり泣くような音が鍋の中から響いてくる。
「困ったなぁ」と言いたげに、メノウは軽く首を横にひねった。
しばらくすると、ぽんっ、とモンスターボールの開く音がサファイアの耳に届く。



「何や?」
「キリンリキのイエロー君、タイプはノーマル・エスパー。
 この状態で移動するならそれなりに 力になってくれると思うけど・・・・・・・・・」
「おぉっ!!」


・・・・・・・・・・・・・・・ごぉいんっ!!!


サファイアの頭の中で 銅鑼(ドラ)が鳴り響く。
弾き飛ばされた中華鍋は 1メートルちょっと飛び、ごわんごわん・・・と音を立てた。
「何するんや・・・!?」
「タマゴ技の『とっしん』攻撃。
 『ねんりき』使おうと思ったんだけど、3レベル足りなかったから。」
ちょい待ちっ・・・と止める間もなく、2発目が大鍋にヒットする。
ごわわわわぁ〜ん、と景気の良い音が響く、記録は2メートル53センチ。
サファイアの頭の上で アチャモ辺りがピヨピヨと回っているのは容易に想像がつく。
「よお〜っし、イエロー、もう1発!!」
「無茶なぁ〜!!?」



「なにやっちょる?」
背後から突然声をかけられ、メノウとキリンリキは動きを止めた。
サファイアは見えていないのだが、そこにいたのは、ボロボロの上着に股引き(ももひき)の
昔からどこにでもいそうなおばあさん。
手ぬぐいを首から下げているが、よくよく見ればその下にはしっかりとモンスターボールが装備されている。
「ゴンゴンゴンゴンとまっ昼間から・・・
 そげな でかい音出されたら、こん年寄りの老骨(ろうこつ)に響くんがわからんと!?」
お年寄りの必須アイテム、杖(つえ)をぶんぶんと振り回し、老婆(ろうば)はメノウへの距離をぐんぐんと詰める。
「うちん前ば、ポケモンバトルと通行以外んこたぁ、禁止じゃけん!
 ばってん、楽器ん練習じゃったら、他当たることさね!!」
「すいません・・・そこの鍋がなかなか動かなくて・・・・・・」
「ちょい待ちっ!? ワシ、鍋なんか!?」

ふん、と鼻を鳴らすと、老婆は手ぬぐいの下からモンスターボールを取り出す。
乱暴に地面に打ちつけると、お約束のポケモン、人に近い形をし、座禅(ざぜん)を組んでいるポケモンが登場した。
種類を確認したいのだが、真っ暗闇でポケモン図鑑が開けるわけもなく、サファイアはキリリ、と歯を食いしばる。
「めいそうポケモンのアサナン・・・ですか、いい筋肉のつき方をしていますね。」
「ふん、ほめたところで何もでんさね。
 ナツ!! 『ねんりき』!!」
「おぉっ!?」
アサナンの『ナツ』が腕を動かすのと同時に サファイア入りの鍋は空中にふわふわと浮かび上がった。
空中でくるりん、と回転し、サファイアは30分ぶりに日の光と対面する。
「よっしゃ、出られるで!! あんがとな、ばあちゃ・・・・・・」
「『とびひざげり』じゃ!!」


疑問符をつける暇もなく、鍋入り息子サファイアは 近くの山の断面まで吹っ飛ばされた。
『ねんりき』の効果も切れたのか、ざらざらとした地面の上に放り出される。
何だかちょっぴり哀しく(かなしく)なって、サファイアの瞳から熱いものが流れていく。
とりあえず鍋から開放されたサファイアが目にしたのは、20秒もしないうちに自分を見つけたメノウの姿。
「あ、よかった、サファイア見〜つけ。」
「「見〜つけ」やないやろ!?
 何でワシが吹っ飛ばされなあかんねや、『ねんりき』だけで充分やろが!?」
「僕に言われても・・・・・・」
メノウは軽く首を横にひねると、手を引っ張ってサファイアを立たせた。


「くあっ、くあっ、くあっ、修行が足りんさね!!」
サファイアを救出(?)した老婆が 妙に嫌な笑い方をしながら再登場する。
怒りの感情にまでは満たないのか、恨めしそうな目つきでサファイアは老婆のことを見上げる。
「悔しきゃ、強くなることさね。
 この世は全部ポケモンバトル、勝者だけが生き残る、うちは有名な・・・」
「『カチヌキ一家』のミツヨさん。」
メノウに先を続けられ、老婆は目を丸くした。
しわだらけの目蓋(まぶた)の下から、くりくりした眼をのぞかせ、メノウとサファイアのことを見つめ直す。
サファイアの両肩をポンポン、と叩くと、笑顔でメノウは話す。
「ちょうど、今から行こうと思ってたんですよ。
 彼のバトルの腕を、確かめてみたくて。」
「はへ!?」
再び、くあっ、くあっ、くあっ、と妙な笑い方をすると、老婆は瞳に力のこもった笑いを見せる。
旅の途中でサファイアが何度も目にした、トレーナー独特の笑い方だ。
「・・・いいさね、うちは『カチヌキ一家』、挑戦するば、うちに来てやるたい。」
メノウが何気なく送った視線の意味を サファイアは理解した。
老婆と同じように、瞳に力を込め、上目づかいに『カチヌキ一家のミツヨ』を睨みつける。
がう〜っ、と うなるような声が聞こえるが、迫力は全くない。



ほぼ、その状態のままで、ミツヨに連れられ、サファイアたちは水辺のこぢんまりとした家へと連れられ、やってきた。
小さな家の前では、中年くらいに見える男が これまた小さな泉へと釣り糸をたらしている。
本当に中年だと判別できるくらいまで近づいた頃、男はサファイアたち・・・いや、老婆に気付き、つり竿を畳んだ(たたんだ)。
「お母さん!! どこば散歩に行っとったんですか?
 ヤスエさん心配しとぅてましたよ。 ところで、後ろの人たちさ、誰ですたい?」
「久々の挑戦者さね。 ハルヒコ、まずはあんたが 手合わせしてやるたい。」
「おぉ・・・・・・」
話を聞きつけたのか、家にいたらしい女の子やら、中年のおばさんやらが見物に駆けつけてくる。

『ハルヒコ』と呼ばれた中年の男が しっかり用意していたのか、イスの下からモンスターボールを取り出す。
メノウ、サファイア、順々に視線を移すと、メノウの方に視線を固定し、持っているボールを突き出した。
「ニセモノ騒ぎがあったばかりじゃけん、
 君がホンモノだったば、やりがいばあるんけんどな。」
「あ、挑戦するの僕じゃないです。 こっちの、サファイアが挑戦者ですよ。」
気付いたように、メノウはサファイアを前へと押し出す。
視線を避けるように 帽子を深くかぶると、「がんばれ」の意味なのか、肩の後ろ辺りを軽く押した。
力を分けられたような気がして、サファイアは雄叫び(おたけび)を上げ、腕を振りまわす。
「よぉ〜っしゃあ、バトルじゃあ!!!
 絶対負けひん、行くでぇ、おっちゃん!!!」
「子供ばいうからとて、手加減せん!! やっつけてやつばい・・・・・・・・・スバメ!!」






―10分後―





「・・・・・・・・・聞くのも失礼ば思うが・・・君、本当にポケモントレーナーとね?
 それでバッジ3つ持っとるとね?」
「ママー、このお兄ちゃん弱い〜。」
「くうぅ・・・」
サファイアの前には、すっかり気絶しきったチャチャと、カナが横たわっている。
何が起こったのか、説明するまでもないだろう。
恐らくは、あなたの想像したそのままだから。
その後はといえば、ミツヨおばばに思いきり見下された視線を投げつけられた後、みんなそろって家の中へと帰られてしまった訳で。

「・・・大丈夫?」
「あ、はは・・・・・・いつものことやさかい・・・心配いらへん〜・・・」
半分瞳に涙をためて、サファイアは質問に回答した。
ポケモンのコンディションを見て、軽くため息をついて、メノウは横たわっていたヌマクローのカナをサファイアへと差し出した。
「コハクに叩き込まれたんだと思うけど・・・・・・
 ポケモンの基礎知識はしっかりしてきている、相性に対する考え方も、まぁまぁ間違ってなかった。
 敗因は、体力(レベル)不足。 分かった?」
カナをモンスターボールに戻すと、サファイアはゆっくりとうなずいた。
ケガのひどかったチャチャに応急処置を施す(ほどこす)と、そちらもボールへと戻させ、
メノウは再びサファイアを置き上がらせる。



「負けたこと自体は問題じゃないんだ。
 誰だって、どこかしらに才能は持ってる、根気良く練習すれば、何かの形で結果は返ってくる。
 だけど・・・・・・僕たちに、あまり時間はないんだ。
 本当はここで特訓したいところなんだけど・・・・・・
 ・・・移動中、残りの時間全部でも使って、君と、君のポケモンのレベル上げに費やす(ついやす)よ!!」
「なんやてぇ!!?」
メノウはモンスターボールから さきほどのキリンリキの『イエロー』を呼び出した。
鼻息を荒くし、イエローの背中を軽く叩くと、ポケモンにサファイアの背中を小突かせつつ、自分は前を走り始める。
「キンセツのポケモンセンターまでランニング!!」
「無茶なぁ〜!!?」
抵抗しようにも、ポケモンの方が力が強いに決まっている。
ひぃひぃ言いながらも、サファイアは走り出した。


<ページをめくる>

<目次に戻る>